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アイリーンの宣言通り、オーギュストはうちのめされて帰ってきた。レイチェルからおおよその会話内容を聞いたアイリーンとしては、オーギュストにつけこまなかったセレナに拍手を送りたい。
オーギュストは「そんなつもりはなかった」とゼームス達に愚痴っていたが、今のセレナを半端に気にかけるのは無責任だとわかったのだろう。落ちこむオーギュストをゼームス達が慰め励ましていたが、そちらもいい勉強になるだろうと放置することに決めた。
(どうなるのかしらね。わたくしも人のこと気にしている場合ではないけれど)
ほんの少し、あのクロードに会うのが気が重い。だがそんなことを言っている時間も、それをさとられたくもない。
それにたちの悪いことに、片思いでも顔を見るだけで幸せになってしまうのだ。
「この者達が、皇太子殿下の乗られる馬車の周囲を見張る者達です。全員、面を上げよ」
まして自分を見た時に、美しい顔が歪む瞬間ときたら。
視察出発前の説明を終えた役人が、騎士見習い達の名前を簡単に紹介していく。その間、クロードはあからさまにうろたえていた。その態度が可愛くてならない。
「この者はアイリ・カールアと申します。見習いですが、何かあった際にはクロード様を逃がすため隊の指揮をとる者です」
「指揮!? ま、まさか隊長ということか、かの――っ彼が!?」
「見習いですが、騎士団の一人を叩きのめすほどの実力があると認められての抜擢です」
「た、叩きのめしたのか!?」
「将来有望と聞いております」
「将来有望なのか!?」
クロードが役人とアイリーンを交互に見ては復唱している。その横にいるセドリックが頭痛をこらえるように額に手を当てているのは気に入らないが、クロードの可愛さに免じて許すことにした。
「もちろん見習いですので、見張りと道案内に関して任されているというだけです。何かあった際は騎士団の者が指揮をとりますので、ご安心ください」
「そ、そう……か……い、いや、僕は」
「もうそろそろ時間です。アイリ・カールア、皇太子殿下を馬車へ。他の者は出発の準備を」
はい、と立ち上がったアイリーンは、にこやかにクロードへ語りかけた。
「皇太子殿下、こちらへどうぞ。ご案内いたしま――」
「その前にこっちだ!」
がしっと腕をつかまれ、ずるずると引きずられた。顔を見合わせる周囲を置いてクロードはアイリーンを広間から廊下へと連れだし、誰もいないことを確認してからがっくりと壁に手をついて脱力する。
「何をしてるんだ、君は……っ僕と会っていたら本当に処刑されるのか!?」
「クロード様がわたくしと婚約したままでいてくだされば、処刑されずにすみますわ」
「それで脅すのが狙いか!? 今すぐ帰ってくれ、僕はこれ以上、君とかかわりたくない!」
「……」
間が開いた。クロードにも違和感は伝わったらしく、目をぱちぱちさせている。
「……どうして言い返さないんだ?」
「……。仕方ないでしょう。もし魔物が出て、クロード様が誘拐でもされたら、わたくしが誘拐犯にされてしまいますもの」
「……。そういうことではなくて……その……いつもと様子が……」
「――ひょっとして今、わたくしのことを心配してくださったのですか?」
クロードが口ごもる。けれどその瞳がアイリーンを気遣っているのは明らかで、それだけで機嫌が一気に上昇した。
「まあ……まあまあまあ! わたくしが気になるのですねクロード様!」
「そ、そうではなくて、らしくないと思っただけで――っち、近づくな抱きつくな、君を心配なんてしていない!」
「強がらず素直にわたくしを愛してるとおっしゃればいいのに」
「君のその無駄な前向きさはどこからくるんだ!? いいから離れ――」
「アイリーン様。男装したままクロード様と抱き合っていたら、あらぬ噂が立ちますよ」
突然何もない空間から姿を見せたエレファスに、アイリーンを必死で引き剥がそうとしていたクロードがぎょっとした。ああとアイリーンは納得して、クロードから離れる。
「そうね。気をつけるわエレファス」
「な……なっ……どこから、今、彼は」
「彼はわたくしの護衛ですわ、クロード様。姿を消す魔法を使ってるんです」
エレファスがクロードに一礼した。にこにことアイリーンは説明を続ける。
「彼がおりますので、わたくしのことは心配なさらないで。もちろん、クロード様はばっちりわたくしが護りますわ! 安心してくださいね」
「なにか間違ってないか……!? 普通、男性の僕が護る方なのでは!?」
「アイリーン様の御身は俺がお守りいたしますので、クロード様はお気になさらず」
クロードがエレファスを真正面から見た。その視線をエレファスが笑顔で受け止める。そのまま二人が黙りこんでしまい、アイリーンは首をかしげる。クロードの表情が固い。
「……。君は……この間もいたな。彼女の臣下なのか?」
「正確には違います。ですが、死ぬときは一緒だと口説かれてしまいましたので」
本当はクロードの臣下なのだという当てこすりだろうか。意外と粘着気味な言い方をするエレファスに、アイリーンは呆れた。
「今のクロード様にそんなことを言ってどうするの。さがりなさい、エレファス」
「承知いたしました。ですが何かあればすぐ俺をお呼びください、アイリーン様」
そっと耳元でささやいて、エレファスが姿を消す。エレファスが消えた空間に視線を動かさないまま、クロードは微妙な顔をしていた。
「……彼は、本当にただの臣下なのか?」
「ただの臣下とは言えないかもしれませんわね。魔道士ですもの」
「……そういう意味ではなく……」
「兄上、言っても無駄ですよ。こいつはそういう女なんです」
いつの間にかセドリックが廊下にいた。追いかけてきたらしい。相変わらず目に入るだけで腹が立つ存在だ。怒りでやる気まで出てくる。
「早く持ち場に戻れ。それともここで正体をばらされたいのか?」
「やってみればいかが? セレナ・ジルベールのこと、わたくしが何も知らないとお思い?」
セドリックが顔色を変えた。ふんとアイリーンは鼻で笑う。はったりは大事だ。
二人の間でまたたいたクロードが、首をかしげる。
「セレナ? 一体なんの話だ?」
「まあ、ごめんなさいクロード様。わたくしとしたことがゴミ箱に向けて独り言を」
「……お前、この間から俺をなんだと……!」
「珍しいですわよね、しゃべるゴミ箱」
「……僕には言えないということか。……仲がいいんだな」
「「は?」」
セドリックと声がそろってしまった。クロードは顔を隠すように背を向ける。
「僕がいるのは不都合だろう。先に行っている」
「……えっ、待ってくださいクロード様。わたくしも行きます」
「必要ない。僕に近寄らないでくれ」
きっぱりと拒絶され、追う足を止めてしまった。冷ややかな眼差しが、赤い目であった頃とそっくりだったのも足を止めた原因だったかもしれない。
どうあってもクロードはクロードなのだ。そう感じられたのは嬉しかったが、何が気に障ったのかさっぱりわからず腰からさげた剣の柄に手をかけた。セドリックが息を吐き出す。
「……馬鹿らし――っ脈絡もなく斬りかかってくるな!」
「なんだかよくわかりませんが、とりあえず息をしないでくださる?」
「相変わらずだな、お前は! 兄上が不安がるのも無理はない」
「クロード様が不安?」
聞き返したアイリーンに鼻を鳴らし、クロードのあとを追ってセドリックは立ち去った。
誰もいなくなった廊下に、ふっとエレファスが姿を現す。
「クロード様、脈ありですかね、これは」
「一体なんの話なの? 脈も何もクロード様はわたくしの婚約者なのだけれど」
「……それ、本気で言ってます?」
「そんなことより、進行はどう?」
エレファスはまばたいたあと、口を開く。
「広場の方は手配通りに。あと、今回の視察についての責任者がわかりましたよ。レスター・クレインという若い高官のようです。視察のルートも彼が作ったとか」
唐突に出てきた名前に、アイリーンは記憶をまさぐる。
(レスター・クレインって1の攻略キャラよね。先輩ポジションで眼鏡をかけた、冷静沈着な参謀キャラの……よく攻略したものだわ)
先輩で一足先に卒業する彼は、短期間で攻略せねばならず、ゲームでも初回で攻略するのは難しい。それを卒業後に攻略するリリアは、プレイヤーだと自負するだけはある。
スチルにあった色素の薄い面差しを思い出す。クレイン侯爵家の長男でもあるレスターはエリート意識が高く、人を平気で利用する野心家だ。ゲームではドートリシュ公爵家がアイリーンと共に没落するので、エルメイア皇国で最年少の宰相になっていた。
実際はドートリシュ公爵家は健在で、次の宰相の候補と言われているのはその長男、すなわちアイリーンの一番上の兄だ。だが彼の有能さや野心が失われたわけではないだろう。それがリリアの手足として動いている。
剣を鞘におさめ、アイリーンはエレファスに向き直った。
「アイザックにそれを知らせてきて」
「今からですか? それに名前だけでは大した対策も打てないかと思うんですが……」
「高官の情報ならジャスパーが持っているし、キース様も面識があるかもしれない。それだけでも人となりはわかるでしょう。あとはアイザックにまかせればいいわ。わたくしの部下は優秀なの、最善の結果を持ってきてくれるわ」
「信頼してらっしゃるんですね」
「ええ、あなたのこともね」
エレファスがわずかに瞠目したあと、苦笑を返す。
「光栄ですよ。ですがアイリーン様、あなたの護衛はどうするんですか?」
「魔物相手なら聖剣を持っているわたくしに勝る者はいないわ。まずクロード様を護るのが先決よ」
歩き出したアイリーンに、エレファスは一礼して御意と答えた。




