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悪役令嬢なのでラスボスを飼ってみました  作者: 永瀬さらさ
第三部

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18

 廊下を曲がろうとしたところで、突然レイチェルに腕を引っ張られた。


「な、なにすんの!?」

「この部屋に治療箱がありますから。セレナ様、左足、ひねっているんでしょう」


 驚いたせいで、セレナはそのまま部屋に引きずりこまれてしまった。

 レイチェルは手早くセレナをソファに座らせ、部屋の灯りをつけて包帯と塗り薬を持ってきた。身をかがめて、セレナの左の足首から靴をそっと抜き取る。


「腫れてますね、やっぱり。この塗り薬はどこかひねったり打ったりして腫れた時の痛みに効くんです。少し冷たいですけど、我慢してください。すぐ終わります」

「……ッ」

「はい、終わりました。乾くまで少し待ってください」


 そう言って塗り薬にレイチェルがふたをする。セレナは肘掛けに頬杖を突いた。


「よく気づいたわね、怪我してるって」

「かばう歩き方をしてらっしゃいましたから。アイリーン様も気づいていたと思いますよ」

「ふーん。ご主人が知らんぷりしてたのに、あんたが手当てしていいの?」

「アイリーン様が手当てを言い出さなかったのは、あなたが断るのが目に見えていたからでしょう。アイリーン様ができなかったことをフォローするのが、私の仕事です」

「その奴隷根性、気持ち悪い」

「お褒めにあずかり光栄です」


 会話はぎすぎすしているが、不思議と不快ではなかった。アイリーンとの会話もそうだ。


「――同情しないのね、あんた達は」

「当たり前でしょう? 自業自得です」


 言い切られて、笑ってしまった。その間にレイチェルは手早く包帯を巻いていく。


「あの性格悪いご主人とつきあってられるんだものね。あんたも性格悪いわ、十分」

「セレナ様ほどじゃありません」

「さっきからその様づけ、なに? 嫌味?」

「嫌味もかねてますが、今のあなたはアイリーン様のお客様ですから」


 手当てを終えて、レイチェルが立ち上がり、セレナを見下ろす。


「もちろん、お客様でなくなればセレナさんとお呼びします。いつまでも様付けで呼べるよう頑張ってくださいね」

「セドリック皇子の愛妾になれば様付けで呼び続けてもらうわ。お気の毒」

「いいですよ。あれだけ聖剣の乙女聖剣の乙女ってリリア様を尊敬してたくせに寝取ろうとする、その図太い神経を尊敬して様をつけます。よくできますね、そんな真似」

「自分の命がかかってたら当たり前じゃない? ――あの女、可愛い顔して底が知れない」


 リリアが困った顔でセレナのことを手下の男共に相談しているのを立ち聞きしたのは、クロード・ジャンヌ・エルメイアに肥だめに落とされて、その匂いを誤魔化すためリリアに香水を借りに行こうとした時だった。

 恐ろしかったのは、リリア本人が言わずとも、周囲が自然とリリアの望むようセレナを処分すると決めたこと。その後、香水を借りにきた自分をリリアは平然と笑顔で迎えたことだ。


(……あの女は、私を人だと思ってない)


 権力者にはよくあることだが、それを逸している気がして、恐ろしくなった。リリアはセドリック達でさえ人間扱いしてないのではないかと疑っている。

 そんなリリアが唯一人間扱いするのは、アイリーン・ローレン・ドートリシュ。そういう意味で、アイリーンの客になるのは悪い話ではない。その周囲にいるあの元生徒会の男達が苛立つだけで。


「そんな危険な相手の婚約者を狙うなんて、勝てない勝負に出たものですね」

「だから何? 失うものなんかもうなにもないでしょ」


 そう言って立ち上がった。しっかり固定されていて、さきほどより動きやすい。塗り薬のおかげか、痛みもあまり感じなかった。


「礼は言わないわよ。――あんたには貸しがあるし」

「貸し? 覚えがありませんが」

「白百合姫の選考会。私に言ったでしょう、負けるなんて恥ずかしいわねって」

 レイチェルが眉をひそめてセレナを見返す。あの時とは逆に、その顔をのぞきこんだ。


「勘違いしないことね。私、あんたには負けてないから」

「……」

「あの女さえいなければ、私が白百合姫だったわ」


 ふんと笑ったセレナに、レイチェルがため息を返す。


「階段から突き落としたことを謝るとかじゃないんですね……」

「なに、謝られたかったの?」

「いいえ。清々しくて感心しました。――これ、差し上げます」


 塗り薬の入った容器を差し出された。受け取りはしたが、首をかしげて尋ねる。


「どうして?」

「一人で戦うあなたに、せめてもの餞別です。ご武運を」


 悪くない。笑ったセレナは、間違いなく自分へ贈られたものをポケットに忍ばせる。


「もういいわ、ここで。帰るから」

「そうはいきません、勝手にうろうろされては困ります」

「それ、私は聞く義理ないから」

「――セレナ! レイチェルも。よかった、見つかって」


 扉を開けたところでオーギュストが駆け寄ってきた。追いかけてきたらしい。


「やっぱ俺、送ってく。ここに連れてきたの俺だし、それに俺、セレナに謝らなきゃいけないと思って。ゼームスにしたこととかは許さないけど、でもセレナの事情知らないで、その」

「なに? ひょっとして必死で男漁りしてるって笑ってて悪かったとでも言うつもり?」


 意識せず、冷たい声が出た。人の良さそうな顔が驚いたような顔をする。それにますます苛立った。


「許さないけど思いやってやれる俺優しいって、そういうこと?」

「そ、そういうんじゃない! ただセレナにも事情があるからって……だってやり方は認められるわけないだろ、学園でのこと! セドリック皇子の愛妾目指すとかもないだろ! なんでそうなるんだよ、他にもやり方あるだろ……!」

「そうね。あんたが聖騎士団に入るってわかってたら、もっといい顔しとくんだった。そしたらオーギュストは同情して、私のこと愛人くらいにはしてくれたんでしょう?」


 上から目線で。可哀想だからと。好きでもなんでもないけれど、助けたいからと。

 安っぽい、男らしい正義感で。

 オーギュストが目を見開いたまま、呆然とする。それを正面からセレナは嘲笑う。


「相変わらず、誰にでもお優しいのね。――二度と話しかけてこないで、虫唾が走る」

「……」


 何も言えないオーギュストを置いたまま、セレナはきびすを返す。仕返してやったのに一向に気分が晴れず、苛々した。自然と早くなる歩調にレイチェルが小走りで追いかけてくる。


「あの、オーギュストさん……」

「悪気はなかったって言うんでしょ。知ってるわよ、私を馬鹿にしてるだけだって」

「――でも、つけこまないんですね」

「だって私は第二皇子の愛妾になるのよ?」


 つけこむ理由がない。セレナはどこか空々しく笑う。


「聖騎士になったって言ってもまだ新人。アイリーン・ローレン・ドートリシュの味方をしてる限り出世の見込みもないし、相手にしてる時間なんてないわ」

「わかりませんよ?」

「わかるわ。あんた達はその内つぶされる。皇帝ににらまれてるのよ? アイザックとか言ったっけ、あの男だっていつまでこれまでどおりでいられるか。実家のローウェル商会にもうそろそろ圧力がかかるはずよ」

「……それでもアイザックさんはアイリーン様の味方でいますよ」


 顔色を変えるかと思ったら、レイチェルは淡々としていた。それも気に入らない。


「なに? 信じてるってわけ。あんた、もう少し自分のこと考えたらどうなの」

「そこでアイリーン様を裏切るような人なら、私は苦労しません」


 ほんの少し、レイチェルの瞳が揺れた。でも、それだけ。それだけなのになぜかセレナの苛立ちがすうっと引く。

 同情かもしれない。言うつもりのない一言が出た。


「……さっさと逃げることをおすすめするわ。私みたいにいいように使い捨てられる前に」


 レイチェルは何も答えない。セレナもそれきり、何も言う気は起きなかった。




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[一言] 第二部で生徒会男メンバーで固まってセレナの陰口悪口大会をしていた場面(アイリーンは聞いていたけどちゃんと不参加だった)、いくら悪役に対してといっても卑劣だなと思っていたので 社会構造まで含め…
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