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悪役令嬢なのでラスボスを飼ってみました  作者: 永瀬さらさ
第三部

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17


 かつては廃城だった魔王の居城は、一年かけてドニが魔物達と修繕し、改装し、増築まで手を出し始めたため、今では客間もある快適な城になった。

 そして今、その客間の一室では、珍しく男女の罵声が飛び交っている。


「いいから私から取り上げたものを返してって言ってるでしょ!」

「これ魔香じゃんか! こんなの持たせとくわけにいかないだろ!?」

「なんでそんなことオーギュストに決められないといけないの」

「セレナ、お前わかってるのか? これのせいで教会の連中に襲われてたんだぞ。俺が通りがかって助けなかったらどうなってたか」

「通りがかった? つけてたくせに。ばればれだったんだけど」

「そ、それは」

「つけ回して人が気絶してる間に持ち物全部取り上げて、これって助けたって言うの?」


 いつも大らかなオーギュストがセレナに言い負かされて赤くなったり青くなったりしている。ゼームスやウォルト、カイルもいるが完全に傍観者だ。

 アイリーンもノックはしたものの気づいてもらえず、戸口に立ったまま、セレナが目覚めるまで介抱していたレイチェルに尋ねた。


「ずっとこの調子?」

「はい。どうにも事情を話してもらえなくて……」

「まあ、彼女の立場を考えれば当然でしょうね」

「こないだ闇オークションにもいたよな、セレナ。今度は何たくらんでるんだよ。っていうかあんな剣さばきとかどこで覚えたんだ!?」

「毎日クッションに八つ当たりしてたらできただけ」

「なんだそりゃ!」


 オーギュストは頭を抱えているが、アイリーンは納得してしまう。

 セレナ・ジルベール――今、オーギュストとにらみ合っている彼女は、『聖と魔と乙女のレガリア2』のヒロイン、つまり主人公だ。そして『聖と魔と乙女のレガリア』シリーズにはパラメーターがある。選択肢はもちろん、主人公の能力値も攻略には必須だった。

 そして2では“名もなき司祭”であるウォルトやカイルのルートで、運動値や器用さのパラメーターを上昇させると、セレナがウォルトやカイルと一緒に“名もなき司祭”として生きるエンディングを迎える。つまりセレナは教会の強化人間である“名もなき司祭”になれるくらいの潜在的才能があるのだ。


(クッションを殴ったり剣で引き裂いたりしてたらいつの間にか……ってことかしら)


 召使いになってもさすがヒロイン、まさかの戦闘能力開花だ。


「とにかくもうゼームスを魔物にさせようとしたって無駄――なんだよ、その顔」

「もう興味の欠片もないわよ、そんなこと。ほんと、男ってなんでいつまでも女が変わらないと思うの? 夢でも見てるの? うざいんだけど」

「なっ――」

「あなたと意見が一致する日がくるとは思わなかったわ、セレナ・ジルベール」


 声をかけるとやっとセレナがこちらに気づいた。以前のように上から見下すような笑顔はない。憎々しげな表情を隠しもせず、吐き捨てる。


「あんたの顔を一番見たくなかったわ」

「まあ、わたくし、そんなにあなたに嫌われるようなことをしたかしら? まだ会うのは二度目でしょう」

「よく言うわよ。人のことアシュタルトだって犯人に仕立て上げて、召使いにして。まさか助けたなんて恩を売ったつもりなの?」

「セレナ! ミーシャ学園をめちゃくちゃにしたのは事実だろ、ゼームスとウォルト先輩とカイル先輩を戦わせようとして! 俺はまだ許してないからな、でもそれをアイリは――」

「オーギュスト」


 静かに制すると、オーギュストが渋々と言ったように口を閉ざす。ウォルトが空気を読んで、オーギュストの腕を引いて壁際に連れて行った。カイルが何かさとし、ゼームスはそっぽを向いて何かそれにつっこんでいる。仲のよい四人を、セレナは鼻で笑う。


「男同士で仲良しこよしってわけね、ばっかみたい」

「そんなにつんけんしないで。あなただって悪いことばかりじゃなかったでしょう? あなたを散々搾取したジルベール伯爵家は取り潰されたし、卒業と同時に二回り以上年上の成金親父に嫁がされずにすんだじゃない。それはわたくしのおかげではなくて?」


 ぎょっと壁際からオーギュスト達がこちらを見た。アイリーンから話を聞いていたレイチェルと、セレナ本人だけが顔色を変えない。


「ほんと、よく調べてるのね。だから感謝しろって? 冗談じゃないわ、私は――」


 強気に笑っていたセレナの表情がほんの少しかげった。だがすぐに、口端を上げる。


「……失礼させてもらうわ。仕事があるの。あなたがくれた大切な召使いの仕事がね」

「今のご主人様はセドリック様?」


 不意打ちにセレナは反応しなかった。だが、怪訝そうにもしない。それが答えだ。


「アタリね。わたくし、あなたを召使いにした件は、リリア様にしか話していないの。リリア様はあの性格ですもの、内容はともかくあなたを警戒、あるいは始末するようお仲間にお願いしたでしょう。教会にでも依頼したんじゃないかしら?」


 答えないセレナの前を横切り、一人がけの椅子に腰かけ、足を組む。


「でもあなたはまだ皇城にいる。つまり、皇城に置く力のある誰かの庇護をあなたは受けていることになる。闇オークションにあなたがいたのも、その誰かの命令を受けて潜入したと考えるのが妥当ではなくて?」

「……」

「その誰かはあなたの事情を知っていて使おうとする人間で、打算的なあなたが仕えてもいいと思うだけの地位と将来がある。そんな人が、わたくしにはセドリック様しか思いつかなかったの。何かまたよからぬことを企んでいるのは知っていたから」


 今、セレナを使う理由とアイリーンを見逃した理由は同じだ。それを確信する。


「何か思わせぶりなことでも言って、あなたの気を引いたのではない? 自分を手伝えば、愛妾にしてやるとかなんとか」

「よくわかるのね、さすが元婚約者」


 挑発で言っただけのつもりだったが、当たってしまって逆に呆れた。


「あなたまさか、それでセドリック様に仕えることにしたの?」

「そうよ、悪い?」

「あ――愛妾ってセレナ、お前意味わかってるのか!?」


 ぽかんとしていたオーギュストがいさめられたことも忘れて大声を上げる。セレナは冷たくそれを一瞥した。


「わかってるわよ。だからなに」

「セ、セドリック皇子にはもう婚約者がいるんだろ。絶対、お前のこと好きで言ってるんじゃないぞ、都合よく使おうとしてるだけじゃないのか!?」

「それでも召使いよりマシよ」

「な、なんでだよ。ちゃんとした仕事だろ、きついかもしれないけど」

「ずっと家族の召使いで、今は皇族の召使い。その次は結婚してうだつの上がらない男の召使いにでもなればいいの? 冗談じゃないわ」


 きつくセレナににらまれて勢いをなくしたオーギュストが、ぼそぼそと反論する。


「ふ、普通に好きなやつ見つけて、一緒になれれば、それで幸せだろ……」

「相変わらずお花畑ね。皇城の最下層の女の召使いが結婚するのは、しなきゃ生きていけないからよ。男は従者とか騎士とか出世ルートがあるけど、女は行儀見習いと称して貴族の娘が上に入るから召使いは一生召使い。だからみんな必死よ、若い内に誰でもいいから収入のある男と結婚しなきゃって。それが酔っ払って物を投げてくるような衛士でもね」

「……」

「愛のある結婚なんかできるわけないでしょ、従うのにまだマシな相手を選ぶだけ。私もそれを選んだだけよ。好きだのなんだのばからしい。そもそも男は女を性欲処理のはけ口か家事手伝いとしか見てないでしょ。こっちだって金づるとしか見てないけど」

「セレナ。あなたの言う皇城の女性の召使いについての問題はもっともだけれど、わたくしの部下を女性不信にするのはやめてちょうだい。結婚できなくなったらどうするの」


 オーギュストだけでなく、ゼームスやウォルト、カイルまで毒を当てられたような顔になっている。


「あなたの考えはわかったわ。セドリック様の愛妾なら経済的に苦労することはないし、皇子でも産めば国母になる可能性もある。今のあなたなら賭けるだけの価値はあるわ、確かに」

「ご理解ありがとう、ならもう帰っていいかしら?」

「でもセドリック様に切って捨てられないように、あなた、何か対策をしてるんじゃないの? よかったら教えてくれないかしら」


 まだ魔香を隠し持っていたように――アイリーンの探りを、セレナは笑い飛ばした。


「答えると思うの?」

「いいえ。でもわたくし達、仲良くなれるんじゃないかしら?」

「お断りよ」


 わりと本気で言ったのに、即答されてしまった。肩をすくめたアイリーンは、オーギュストに命令する。


「オーギュスト、彼女の荷物を返してあげなさい」

「えっ……い、いいのか? だ、だってこれ……」

「彼女の命綱でしょう。でも魔香だけは助けた代金としていただくわ」

「……何? まさかそれで恩を売ったつもり?」

「まさか。あなたが一人でどこまでやれるか応援したくなっただけよ」


 立ち上がり、アイリーンはゆっくりと微笑んだ。


「わたくしに情報を売りたくなったら、オーギュストかレイチェルに伝言なさい。わたくしならあなたの欲しいものをちゃんとあげる」

「私のことなんてほとんどわからない癖に、よく言えるわね」

「わかるわよ。あなた、セドリック様に愛妾にしてやるなんて言われて、本当は頭にきてるんでしょう?」


 そう言って、アイリーンはゆっくりと彼女の望む報酬をその耳にささやいた。

 セレナが瞠目したのを見届けて、きびすを返す。


「オーギュスト、彼女を皇城まで送り届けて」

「えっ……いやでも、俺……」

「余計なお世話よ。一人で帰れるわ」


 奪い取るようにオーギュストからセレナが荷物を受け取る。レイチェルがふと声を上げた。


「アイリーン様。私がセレナ様をお見送りしてもいいですか?」

「いいわよ、レイチェル。同級生だものね、積もる話もあるでしょう」

「……見張りってわけ。勝手にすれば」


 言い捨ててセレナは出て行き、それをレイチェルが追いかけていった。足音が遠ざかったあとで、ウォルトが詰まった空気を祓うように明るい声を上げる。


「いやーなんか強烈になってたね、セレナちゃん。あれが本性なんだろうけど」

「……俺はアイリの件といい、この間から女性不信になりそうなんだが……」

「俺……知らなかった。卒業したら、結婚しなきゃならなかったとか……」


 ぽつんと、オーギュストがうつむいたままつぶやく。カイルが静かにさとした。


「事情はそれぞれある。気にしていたらきりがないぞ、オーギュスト」

「そ、そうだけどさ。……なんであんなに色んな奴にいい顔すんのかなって内心、馬鹿にしてたんだ俺。俺を好きじゃないのなんて、見てればわかるって。でも……ただセレナは必死だっただけなんじゃないかって思ったら、なんか……それで第二皇子の愛妾って……」


 ウォルトがカイルと顔を見合わせて黙ってしまう。アイリーンが何か言う前に、ゼームスが声を上げた。


「感傷はどうでもいいが、教会に狙われているのはいいのか? レイチェルも巻き込まれるんじゃないのか」

「……えっあ、そうだよな! お、俺、行ってくる!」


 うつむけた顔を上げ、慌ててオーギュストが部屋から出て行く。あっという間だった。

 ひゅうっとウォルトが口笛を鳴らす。


「ゼームスってオーギュストになんだかんだ優しいよねえ」

「事実を言っただけだ。謝りたいなら謝ればいいだろう、意味があると思えないが」

「だがセレナ・ジルベールだって悪い気はしないだろう。以前はオーギュストにご執心だったわけだし」

「……三人とも、オーギュストをなぐさめる準備をしておきなさい」


 友人を応援する体になっている三人に、アイリーンは遠い目で言った。


「八割方、打ちのめされて帰ってくるわよ」




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