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悪役令嬢なのでラスボスを飼ってみました  作者: 永瀬さらさ
第三部

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16

 なごやかにお茶会は進む。

 リリアとセドリックがクロードによくしているというのは本当のようだった。クロードが感謝するのも無理はない。この関係を壊しかねないアイリーンの存在がうとましく思われるのは、当然の流れだ。

 もちろん、だからと言って引く気はない。ないが――両膝を抱えてため息をついてしまう。


「では私、また夕方きますね、クロード様。一緒に夕飯を食べましょう」


 メイドに呼ばれたリリアが一人で立ち上がった。どうやら視察用のドレスを試着しに行かねばならないらしい。


「ああ、待っている。セドリックも行かなくて大丈夫なのか?」

「俺はここで少し時間をつぶしてから父上の手伝いへ行きます」

「セドリックもお仕事がんばってね! あ、そうだクロード様。まだクッキー食べてらっしゃらないでしょう。ひょっとして嫌いな味でした?」

「……いや、そんなことはないんだが」

「じゃあ一枚だけも食べて感想教えてください! はい、あーん」

「んなッ……!?」


 思わず声が出た。気づかれなかったようだが、ワードローブの内側に張りついて硝子窓からその様子を凝視してしまう。

 だがクロードは、身を乗り出して近づけられたリリアの手首をつかんで止めた。


「リリア、セドリックの前だ。誤解されるようなことはよくない」


 優しくやんわりと断ったクロードに、アイリーンはほっと胸をなで下ろす。リリアはわずかに――本当にほんの一瞬だけ、値踏みするように目を眇めたが、すぐ笑顔になった。


「クロード様はいずれお義兄様になるんですよ? セドリックだって怒ったりしないわ、ね」

「……リリア、兄上は奥ゆかしいんだ。困らせると嫌われるぞ?」

「やだ、そんなの困るわ。ふふ、じゃあセドリックにね、あーん」


 セドリックに矛先を移すリリアに、アイリーンは半眼になる。


(相変わらずね、あのやり方……人の婚約者によくも)


 ――セドリックだって最初は、断っていたのだ。でもリリアの好意と無邪気さからくるものだと理解して、仕方がないと受け入れて、やがて可愛いと言うようになった。

 アイリーンはそれを非常識だと責めたけれど、愛されていないアイリーンの正論はもうなんの力も持たなかった。

 今もきっとそうなのだろう。今のアイリーンは今のクロードに愛されていない。


(……わたくし勘違いしてたかもしれないわ。片思いってこういうことなのね)


 唇に笑みが浮かぶ。リリアが退室し、セドリックがクロードに改めて向き合うのが見えた。


「兄上、すみません、リリアがわがままを言っ――」


 がん、と内側からワードローブを蹴り飛ばすとあっさり開いた。一緒に持っていたお茶をひっくり返しかけているクロードとセドリックの前で、堂々とワードローブから出る。


「き、き、君は、中に入っていろと……っ」

「別に隠さなくてよろしいですわ、セドリック様は気づいてらっしゃったようですし」

「なんだと? そうなのか、セドリック」

「……あの籠に見覚えがあったので……それ以上でもそれ以下でもないですよ」


 二人の会話には加わらず、アイリーンはテーブルの上にあるクッキーを一枚取り、ぱくりと口に含んだ。顔を見合わせている二人の前で咀嚼し、飲みこむ。


「さすがリリア様ですわね。おいしいですわよ、クロード様」

「そ、そうか」

「――わたくし、帰ります」


 これ以上ここにいるとよくない。隅っこに追いやられたアップルパイの籠を回収し、セドリックに押しつけた。


「な、なんだ、どうして俺にわたす。兄上のなんだろう」

「ゴミはゴミ箱に捨てないと駄目でしょう」

「――ちょっと待て、ゴミ箱というのはまさか俺のことか!?」

「クロード様」


 椅子に座ったままクロードが訝しげにアイリーンを見上げた。その目が赤くないことに今更泣きすがりたくなるのをこらえ、笑顔を作る。


「次は一口食べたら私に一目惚れするクッキーを持ってきますわね!」

「持ってこなくていい! というかそもそもくるなと言ってる、僕は!」

「では来週、視察でお会いしましょう」

「待て、本気でくる気なのか! こら!」


 引き止める声は聞こえたが、テラスを飛び降りてまで追ってきてはくれない。

 嘆息したアイリーンに、ずっとテラス下の木陰で待っていたエレファスが声をかける。


「もうお帰りですか? 収穫は?」

「片思いはつらいってわかったわ」

「――それは、また。……僭越ながら、そのまま泣いて、今の顔をクロード様に見せればいいのではないかと思いますよ。男は女の涙に弱い」

「嫌よ。泣き落としなんてする気はないの」


 ――君を、泣かせたくなった。


 あの流れ星が降る夜空のような恋をアイリーンはもう一度見るのだから、それまでは。


「……アイリーン様は泣かせてみたくなると耳に挟んだんですが、なんとなくわかりました」

「どこの誰なのそんなことを言ったのは。成敗してやるわ」

「アイリーン! タイヘン! 喧嘩! 喧嘩!」


 屋敷から離れて結界を出た瞬間に、待ってましたとばかりにアーモンドが叫んだ。

 眉をひそめたアイリーンは、飛んでくるアーモンドを腕に抱いて尋ねる。


「喧嘩? こんな時に……まさか魔物じゃないでしょうね」

「違ウ! オーギュスト、城、女、連レ込コンダ!」


 顔を見合わせたアイリーンとエレファスの前で、アーモンドは「敗色濃厚!」と胸をはって付け加えた。



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