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なごやかにお茶会は進む。
リリアとセドリックがクロードによくしているというのは本当のようだった。クロードが感謝するのも無理はない。この関係を壊しかねないアイリーンの存在がうとましく思われるのは、当然の流れだ。
もちろん、だからと言って引く気はない。ないが――両膝を抱えてため息をついてしまう。
「では私、また夕方きますね、クロード様。一緒に夕飯を食べましょう」
メイドに呼ばれたリリアが一人で立ち上がった。どうやら視察用のドレスを試着しに行かねばならないらしい。
「ああ、待っている。セドリックも行かなくて大丈夫なのか?」
「俺はここで少し時間をつぶしてから父上の手伝いへ行きます」
「セドリックもお仕事がんばってね! あ、そうだクロード様。まだクッキー食べてらっしゃらないでしょう。ひょっとして嫌いな味でした?」
「……いや、そんなことはないんだが」
「じゃあ一枚だけも食べて感想教えてください! はい、あーん」
「んなッ……!?」
思わず声が出た。気づかれなかったようだが、ワードローブの内側に張りついて硝子窓からその様子を凝視してしまう。
だがクロードは、身を乗り出して近づけられたリリアの手首をつかんで止めた。
「リリア、セドリックの前だ。誤解されるようなことはよくない」
優しくやんわりと断ったクロードに、アイリーンはほっと胸をなで下ろす。リリアはわずかに――本当にほんの一瞬だけ、値踏みするように目を眇めたが、すぐ笑顔になった。
「クロード様はいずれお義兄様になるんですよ? セドリックだって怒ったりしないわ、ね」
「……リリア、兄上は奥ゆかしいんだ。困らせると嫌われるぞ?」
「やだ、そんなの困るわ。ふふ、じゃあセドリックにね、あーん」
セドリックに矛先を移すリリアに、アイリーンは半眼になる。
(相変わらずね、あのやり方……人の婚約者によくも)
――セドリックだって最初は、断っていたのだ。でもリリアの好意と無邪気さからくるものだと理解して、仕方がないと受け入れて、やがて可愛いと言うようになった。
アイリーンはそれを非常識だと責めたけれど、愛されていないアイリーンの正論はもうなんの力も持たなかった。
今もきっとそうなのだろう。今のアイリーンは今のクロードに愛されていない。
(……わたくし勘違いしてたかもしれないわ。片思いってこういうことなのね)
唇に笑みが浮かぶ。リリアが退室し、セドリックがクロードに改めて向き合うのが見えた。
「兄上、すみません、リリアがわがままを言っ――」
がん、と内側からワードローブを蹴り飛ばすとあっさり開いた。一緒に持っていたお茶をひっくり返しかけているクロードとセドリックの前で、堂々とワードローブから出る。
「き、き、君は、中に入っていろと……っ」
「別に隠さなくてよろしいですわ、セドリック様は気づいてらっしゃったようですし」
「なんだと? そうなのか、セドリック」
「……あの籠に見覚えがあったので……それ以上でもそれ以下でもないですよ」
二人の会話には加わらず、アイリーンはテーブルの上にあるクッキーを一枚取り、ぱくりと口に含んだ。顔を見合わせている二人の前で咀嚼し、飲みこむ。
「さすがリリア様ですわね。おいしいですわよ、クロード様」
「そ、そうか」
「――わたくし、帰ります」
これ以上ここにいるとよくない。隅っこに追いやられたアップルパイの籠を回収し、セドリックに押しつけた。
「な、なんだ、どうして俺にわたす。兄上のなんだろう」
「ゴミはゴミ箱に捨てないと駄目でしょう」
「――ちょっと待て、ゴミ箱というのはまさか俺のことか!?」
「クロード様」
椅子に座ったままクロードが訝しげにアイリーンを見上げた。その目が赤くないことに今更泣きすがりたくなるのをこらえ、笑顔を作る。
「次は一口食べたら私に一目惚れするクッキーを持ってきますわね!」
「持ってこなくていい! というかそもそもくるなと言ってる、僕は!」
「では来週、視察でお会いしましょう」
「待て、本気でくる気なのか! こら!」
引き止める声は聞こえたが、テラスを飛び降りてまで追ってきてはくれない。
嘆息したアイリーンに、ずっとテラス下の木陰で待っていたエレファスが声をかける。
「もうお帰りですか? 収穫は?」
「片思いはつらいってわかったわ」
「――それは、また。……僭越ながら、そのまま泣いて、今の顔をクロード様に見せればいいのではないかと思いますよ。男は女の涙に弱い」
「嫌よ。泣き落としなんてする気はないの」
――君を、泣かせたくなった。
あの流れ星が降る夜空のような恋をアイリーンはもう一度見るのだから、それまでは。
「……アイリーン様は泣かせてみたくなると耳に挟んだんですが、なんとなくわかりました」
「どこの誰なのそんなことを言ったのは。成敗してやるわ」
「アイリーン! タイヘン! 喧嘩! 喧嘩!」
屋敷から離れて結界を出た瞬間に、待ってましたとばかりにアーモンドが叫んだ。
眉をひそめたアイリーンは、飛んでくるアーモンドを腕に抱いて尋ねる。
「喧嘩? こんな時に……まさか魔物じゃないでしょうね」
「違ウ! オーギュスト、城、女、連レ込コンダ!」
顔を見合わせたアイリーンとエレファスの前で、アーモンドは「敗色濃厚!」と胸をはって付け加えた。




