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「エレファス。もしあなたがクロード様に記憶を戻そうとするなら、何をするかしら?」
脈絡のない質問にエレファスはまばたいた。だが口元に指をあてて、考えてくれる。
「そう……ですね。まずは、過去を思い起こさせるものと引き合わせるとか……」
「でもわたくしが会っても駄目だったわ。……ちょっと傷つくわよね」
「お言葉ですが、魔道士としての視点から分析すると、それは当然に思えます。アイリーン様は聖剣を持ってらっしゃいますから、クロード様の記憶とは相性が悪い」
思いがけない視点にアイリーンは驚いた。アイザック達も聞き入っている。
「クロード様の魔力と一緒に記憶がなくなったということは、クロード様の記憶と魔力は連動していると考えるべきでしょう。ですが、聖剣――いわゆる聖なる力は魔力を打ち消すものです。魔力を取り戻す方向には働きにくい」
「クロード様の記憶を取り戻す刺激になりにくいということね?」
「そうです。理屈の上では、魔物達と会う方が魔力を喚起する分、刺激になるでしょう」
ということは、視察で起こりうるのは魔物関係のイベントではないだろうか。
「ただクロード様のあの膨大な魔力が海だとしたら、魔物の魔力は砂くらいです。大海原に砂を投げるような刺激にしかならないので、あまり意味はないかもしれませんが……」
「いいえ、十分参考になったわ。有り難う、エレファス」
「あー、その魔物関係でもう一つ報告がある」
ジャスパーが手帳をめくった。
「第二層あたりでも魔物の姿を見かけるようになったって情報がちらほら出てきてる。まだ悪さはしてないみたいだし、魔王様への刺激にならないよう箝口令しかれてるけど、あんまりよくない空気だぜ」
クロードを探しに行った魔物達だろう。思わずため息が出た。
「クロード様の髪、もっとむしり取ってくればよかったかしら……」
「魔王を取り戻しに皇城に突撃とか暴走しなきゃいいけどね」
ウォルトが頬杖をついてぼやく。カイルがつられたようにひとりごちた。
「そもそも魔物達は今のクロード様でも魔王だと認識するのか? 髪の毛に喜んでいる連中はともかく……」
「間違いなく認識する」
髪の毛を小物入れにおさめたゼームスが戻ってきた。ベルゼビュートと他の魔物達がうろうろとそれにまとわりついている。
「魔物としては、クロード様がいないというより突然音信不通になった感覚だ。だから会えば王だとわかる、たとえ魔力や記憶がなくても。そうだな、ベル」
「? 魔力はなくても王は王だろう」
「ってことは、お前らは今の魔王様でも何か命令されれば絶対服従なわけ?」
アイザックの質問に、ベルゼビュートは胸をはって答えた。
「当然だ」
ため息を吐きたくなった。もしこのことが皇帝側に知られたら、大変なことになる。
魔物達がクロードの一言で集団自決でもなんでも平気でするのだ。魔王でなくなった、すなわち魔物達はもうクロードの命令をきかないと思わせておかねばならない。
(――それも諸刃の剣だけれど。魔物が危険だということになるから)
どこまでおさえられるだろう。ベルゼビュートとゼームスは上位の魔物らしく、ある程度魔物達の統制ができるようだが、それでもクロードほど絶対の権限はない。あとはアイリーンの聖剣だが、聖剣は魔物を殺すものだ。できるなら使いたくない。
だが、聖剣を使わなければならなくなる日は、そう遠くない気がした。
「オジサンからの報告は以上。ああそうだアイザック、リュックとクォーツが言われたもん用意したって伝言頼まれた。あとドニからこれ、設計図だってさ」
「どうも」
「そういえばアイザック、あなた何をしているの? 色々城に持ち込んでいるようだけれど」
「念のためのアレコレだよ。で、どうすんだこれから?」
アイザックにうながされ、アイリーンは唇に人差し指をあてて考え込む。
「……クロード様の視察には必ず何か起こると見て間違いないわ」
「必ずって、なんでそんなことが」
「魔物がクロード様を狙うとか?」
お茶目に言ってみたが、アイザックは追及をやめて真顔で考えこんだ。
「あり得るな。今、魔王様は聖なる力とやらで守られた屋敷にいるんだろ? でも視察で外に出たらそれがなくなる。魔物達にしたら格好のチャンスだ」
「仮にそれが当たったとして、クロード様を魔物から助けるためとはいえ公衆の面前で皇帝の勅命違反はまずいんじゃないの、アイリちゃん」
「今でもギリギリなのに、さすがに言い逃れできなくなるぞ」
「エレファス、わたくしの姿を見た人間の記憶を消したりできないの?」
「残念ながらできませんね。できたら魔王様の記憶をいじりますよ」
かなりきわどい質問にそうとわかった回答が返ってくる。
(疑われてることを理解してるんでしょうね)
アイザックとゼームスがしかめっ面をしているが、アイリーンは気にしない。優秀ね、と思うだけだ。
「とりあえずそこは見習い騎士にでも扮装して誤魔化すわ。あとは協力してもらいましょう」
「協力って誰にです?」
「あら、誰かなんて決まっていてよ」
愛しい者に協力するのは、婚約者として当然なのだから。




