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悪役令嬢なのでラスボスを飼ってみました  作者: 永瀬さらさ
第三部

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111/344

10

 案内された二階の部屋は、皇族が使うにはいささか質素なものだった。チェストも棚も最低限のものしか置いておらず、壁紙もモスグリーンの落ち着いた色合いだ。

 だがきちんと清潔に整えられていて、何より静かだ。療養にはもってこいだろう。


「ここが共用の応接間。左の続き部屋が俺の寝室、奥の突き当たりの部屋が兄上の寝室だ」


 出入り口は一つだけ。

 ということはクロードの寝室に入るには、テラスから侵入するか、セドリックも使うこの部屋を通らなければならないということになる。

 侵入経路を算段するアイリーンに気づいているのかいないのか、セドリックは応接間の長椅子に足を投げ出して座った。


「俺はここにいる。あとは好きにすればいい」

「……一体、どういうおつもりですの? ここまでわたくしを案内するなんて」


 かつらを取り払ったアイリーンは、長い髪をはらいながらセドリックを睨めつける。


「ひょっとして、リリア様をクロード様にとられそうだと思って、わたくしに協力しているのですか? ありがたいですけれど、器が小さすぎましてよ」


 一番あり得そうな可能性を上げて挑発したのだが、セドリックは怒るでもなくそばにあった本を取って開くだけで、淡々と返した。


「お前には関係ないことだ。いいから早く行け、巡回の時間がきても俺は教えないからな」

「……。エレファス、ここで控えていて。何かあったら教えてちょうだい」

「わかりました」


 セドリックの思惑が読めないのは不気味だったが、悠長にもしてられない。アイリーンはエレファスを置いて、奥の扉の取っ手に手をかける。深呼吸して、扉を開いた。

 白いカーテンがそよぐ広い部屋の真ん中。天蓋付きの寝台の上に、黒髪が見えた。


「……クロード様……!」


 まるで、何年も会えなかったみたいだ。

 かさのある枕を重ねて、上半身を少し起こすような姿勢でクロードは眠っていた。急いで駆け寄り、寝息を立てるその頬に恐る恐る手を当てる。あたたかい。


(生きてる……!)


 目が潤みそうになって初めて、どれだけ自分が不安だったかに気づいた。布団の上にある手をそっと取り、掌に自分の頬をすりよせる。


(よかった、よかった……! 生きてらっしゃるならなんだっていいわ)


 傷が浅いというのも本当のようだ。苦しんでいる様子もなく、穏やかに眠っている。枕元には本が開いた状態のまま置いてあった。読んでいる途中に眠ってしまったのかもしれない。

 もっとそばによりたくて、音を立てないよう寝台に乗り出す。と、頬に当てていたクロードの指先が震えた。


「……クロード様?」


 起こしてしまったか。長い睫が震えるのが見えた。

 無性に抱きつきたくなる衝動をこらえながら、精一杯綺麗な笑顔を浮かべる。その瞳に映る自分が世界で一番綺麗であるように。

 ゆっくりとクロードの瞳が開く。


 その瞳の色は、黒。


 目を瞠るアイリーンの前で、クロードの薄い唇が震える。かすれた寝起きの声は、甘い。


「……リリア……?」


 一刻も早くものにして連れて帰らねばならない。そう、縛ってでも。



 目が覚めると騎士服を着た男だか女だかわからない人物が自分の上にまたがっていた。


「おはようございます、クロード様」


 女の声だ。まばたきして、クロードは寝起きで乾いた唇を動かす。


「……なんだ君は――どうして僕を縛ってるんだ!?」


 女が自分の両手首を縄でせっせと縛っている。混乱するクロードに、女は薄く微笑んだ。


「大丈夫ですわ、クロード様。怖くありません。なんでもないことですから」

「いやおかしなことだ! 確実におかしい状況だ! そもそも君は誰だ!」

「クロード様。据え膳という言葉はご記憶にありまして?」

「だから君は誰だと――据え膳? ……」


 まさか、この状況は貞操の危機か。

 ごくりと喉を鳴らしたクロードに、見知らぬ女はやたら楽しそうに笑いながら、何故かクッキーを取り出した。

 ぞっと背筋に妙な悪寒が走る。どうしてだろう。見覚えがある。


「念のため持ってきてよかったですわ。今のクロード様は魔力もなく、解毒能力はありませんわよね? 元々体が毒慣れしてらっしゃって薬物関係は効きにくいということですけれど、大丈夫です。リュックがより強力に改良してくれました。さ、クロード様。あーん」

「……。ま、まず、話し合おう」

「あら、わたくし達の間に言葉は必要ないと言ったのはクロード様でしてよ……!」


 何が勘に触れたのか、笑いながら瞳に怒りをたぎらせて女が迫ってきた。この女は過去の自分を知っているらしいということはかろうじて頭の隅で理解したが、いかにも怪しげなクッキーを無理矢理口に突っこまれそうになってはそれどころではない。


「あらあら、お逃げになるなんて」

「ま、待て、なんだかよくわからないが早まるんじゃない……!」

「男らしくないことを仰らず、さあ観念なさって!」


 身をひねって逃げた自分を笑いながら押さえ込もうとする女が怖い。本気で怖い。

 だが力はそう強くない。急いで結んだせいか、手首を縛る縄の結い目がどったんばったん寝台の上で暴れている内に緩みだしたのも幸いした。自由になった手で、クロードは逆に女の頭を布団に片手で押さえ込み、うつ伏せで腕をひねり上げる。

 難なくそれができたあたり、自分は武術か何かの心得があるのだろう。


「いったいなんなんだ、君は……!?」


 肩で息をしながら、落ち着こうと言い聞かせる。だが、女の背が震えているのを見てぎょっとした。泣いているらしい。


(そんなに強くは押さえていないはずだが……)

 どこか痛めたのかと力が緩む。その瞬間、女が俊敏に身を反転させた。クッキーを口に突っこむ寸前で右手首をつかまれた女が、小さく舌打ちする。

 怒りとも呆れともつかない感情をクロードは爆発させた。


「まさか嘘泣きか!?」

「あら、勝手に勘違いしたのはそちらでしてよ!」


 隠していた左手で再度クッキーを突っこんでこようとした女の手首を、クロードは冷静につかむ。やはり自分は武術の心得があるらしい。


「本当になんなんだ、君は……!」

「自分の胸におたずねになったらいかが?」

「僕の知り合いに痴女はいない。……と、思う」

「歩く公然わいせつ物みたいな顔をなさった方が何をおっしゃるのかしら」

「どんな顔なんだ!?」

「……赤ではなくなりましたのね、目」


 寝台の上で組み合ったまま、ぎりぎりとにらみ合っていたと思ったら、突然しゅんと女が肩を落とした。


「……ほんとうに、わたくしのことを、覚えてらっしゃらないんですね……」


 また罠の可能性を警戒していたクロードだが、女がこぼした一言に、胸がざわついた。


(誰だ。僕は知らない、覚えていない)


 さわり心地のよさそうな金色の髪も、青い宝石のように強く輝く瞳も。


「でも、それならそれで仕方ないですわね! わかりました、ではわたくしと結婚してくださいませ」


 ――このどこからつっこんだらいいのかわからない、突飛な思考回路も。

 笑顔で両腕を広げている相手に、肉体的疲労より精神的疲労でげんなりしたクロードは、寝台に両手をついてうなだれた。


「……どうしてそうなるんだ……」

「はいと言ってくださるだけで快適な生活と幸せな未来をお約束しますわ。幸せになりたいのであれば勇気を出して一歩、踏み出しましょう」

「新手の宗教勧誘か。――いくら記憶喪失でも、名も知らぬ相手と交渉するほど僕は間抜けじゃない。いい加減、名乗れ」

「それもそうですわね、失礼いたしました。ついうっかり興奮して」


 ひらりと寝台から降りた相手は、近衛隊の制服のまま、完璧な淑女の礼をした。


「アイリーン・ローレン・ドートリシュと申します」




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