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「エレファス・レヴィ。魔道士。――魔法大公レヴィ一族の末裔か」
「魔法大公などと、今はそのように言っていただける身分ではございません。今はエルメイア皇国にお仕えする身です」
伏せ目がちに、エレファスは自嘲をにじませた。
アイリーンはクロードの隣に座り直し、考えこむ。
(レヴィ一族の歴史ってほとんどゲームの設定と変わらないのよね……)
魔力を持つ人間が生まれる希少な一族だ。だがこの世界で魔力は魔物に通じる力と考えられている。魔力が使えるのは魔物と交わった人間だと信じている人間も少なくない。故に、魔力を持つ人間は歴史的に魔物と同じ扱い、すなわち人間社会から排除され化け物として扱われてきた。
その中でレヴィ一族は二十五年ほど前まで魔法大公として、小国ながらも国を維持していた。
しかし領土を広げようと武力蜂起したものの、敗戦。国は解体され、一族はちりぢりになった。ここまではこの世界の歴史でも学ぶ。
問題はそのあと。レヴィ一族は危険な魔力を持つ者達として、エルメイア皇族の身を守る魔道士として暗躍するよう強制された。幼い子どもや老人を人質にとられて――これは、エルメイア皇国内でも皇族に近いごく一部にしか知られていない。アイリーンが知っているのも、ゲームの知識があるからだ。
(表向きは危険な魔道士達の国を正義の皇国が滅ぼしたってことになってるものね。本当は圧力と無理難題を突きつけて追い詰めて、武力蜂起させたはずだけれど)
このあたりはゲームでも語られていたので、事実なのだろう。まんまとエルメイア皇国の罠にはまり、レヴィ一族は『危険な一族』のレッテルを貼られたまま被支配階級に落とされたのだ。今でもレヴィ一族といえばそれだけで石を投げられる。
非人道きわまりないこの扱いは、今の皇帝がまだ幼い魔王を制御するため、言いなりにできる魔道士が大量に欲しかったからだ――というのは、アイリーンがこっそり書斎で宰相である父ルドルフと長兄の会話から盗み聞きした。しかし魔王を制御することなどできず、結局レヴィ一族は使い捨ての皇族直属の奴隷扱いになっている。
「皇太子殿下であれば、我々のことをご存じかと思いますが、いかがでしょうか」
「ああ。皇帝が幼い僕をなんとかしようとして、犠牲になった一族だろう」
エレファスが唇をかみしめた。目を細めたクロードは、エレファスが膝を突く前に、その望みを言い当てる。
「誠心誠意つかえるから、僕が皇帝になった暁には、レヴィ一族にエルメイア皇国での市民権を与えて欲しい――といったところか? あるいは、国を取り戻すか」
「! そのとおりです。是非、我々一族を救っていただきたく……!」
「君の働き次第だ」
端的なクロードの答えは、エレファスを臣下と認めたも同然のものだった。エレファスは目を丸くしている。即断にアイリーンも驚いた。
確かにクロードには人間の味方が必要だ。だがほとんど初対面、人となりもわからないのは困る。遠くで様子を見ていたアイザックが、声を上げた。
「魔王サマ、そいつが信頼できる根拠は?」
「ない」
「ねーのかよ。なら俺は反対だ。レヴィっていや敗戦国、こっちを恨んでるのが普通だ」
「もし僕に復讐という名前の勝負を挑むのであれば、それだけの気概と策謀を巡らせられる人物だということだ。優秀な人材ならこちらが手に入れておくべきでは?」
一理ある。
(エレファスは1のFDのラスボスだものね……ルートによってはエルメイア皇国を滅ぼすのに成功していたわ。言い換えれば優秀だって証拠だわ、確かに)
知識が曖昧なのは、FDをやっていないからだ。アイリーンは――正確にはアイリーンの前世の人物は、原典主義者だった。すなわち、好きなゲームはリメイクも移植もやらず、周回するのは無印のみ。FDは積極的にはやらない。ネタバレを見て萌えそうだったらやる。やってもお目当てのキャラのエンディングを1つ見るくらいが多かった。
だからアイリーンは、FDのパッケージやネタバレ、スチルをざっと把握はしていても、細かいところまで知らない。
(セドリックルートだけはしっかりやったのよね、FD……だからエレファスが復讐だって色々暗躍してたのは覚えてるんだけど、セドリックルートではぼかされてたから……)
悩んではみたが思い出せない。
しかし、すでにゲームでは死んでいるはずの自分とクロードが生きている時点で、ゲームの設定と現実が矛盾している。考えても無駄かもしれない。アイリーンはエレファスを再度見た。
突飛な登場ではあったが、アイリーンを助け、目通りを願った。きちんとこちらの内情を調べているのだろう。情報収集能力は確かなようだし、順当な手順を踏んでいるあたり、立ち回りもいい。
何よりゲームではなく、現実を見たい。虐げられる一族を救いたい青年。手を差し伸べない理由がどこにあるだろう。ましてそれが、アイリーンの愛しい人が原因ならば。
そう、クロードはきっと気にしている。皇位継承権を放棄していた時でさえ、捨て置かれがちな民を気にかけ、助ける人だった。自分のせいで差別階級に落とされた人間を放っておけるわけがない。裏切られたとしても、きっと救おうとするだろう。
じんとアイリーンの胸に愛しさと尊敬が広がった。自分はなんて素敵な人に二度目の恋をしたのだろう。
「っつっても、やっとミルチェッタの騒動が落ち着いたばっかだぞ。楽観的すぎる」
「アイザック。わたくし達は魔物と人間を共存させようと言うのよ。魔物扱いされて虐げられている一族を救うのは、当然ではなくて?」
立ち上がったアイリーンはまっすぐにクロードを見た。
「わかりました、クロード様。わたくし頑張ります!」
「……ついさっきそれとは真逆の話をしていたと思うのだが、もう無視か?」
「お気持ちは有り難いですが、アイリーン様。レヴィ一族は基本皇帝に仕えています。俺がクロード様にお仕えすることは内々にしていただきたいのです。俺個人の判断ですので」
「いい判断だわ。クロード様の味方はまだまだ少ないもの。多くなってからこちら側にきても、あなたは優遇されないものね」
そうですね、とエレファスは苦笑い気味に肯定した。小賢しいことを隠さないところも加点要素だ。
「でもそれだけでは、クロード様の偉大さをあなたが実感しない。だからわたくしが教えて差し上げるわ、クロード様の素晴らしさを!」
「……ええと、はい。楽しみにしております」
「魔王サマ、こないだ言ったよな。手綱」
「そうだな。今夜はこれで解散にしよう。アイリーン」
何ができるか考えていたせいで、反応が遅れた。
まぶたに軽く一度、口づけを落としたクロードが、優しくささやく。
「もう寝る時間だ。おやすみ。愛している」
ぱちんと耳元で指が鳴れば、移動は一瞬。
気づけばアイリーンは、ぼすんと自室の寝台の上に落っこちていた。




