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サクラ、サク  作者: 宙埜ハルカ
第四章:夏休みは修羅場
79/80

79.恋と友情の狭間で【咲良視点】

 BBQパーティのあった夜、駿からメールが届いた。


 『咲良、今日はありがとう。

  皆にも認めてもらえたから、これからは何も心配しなくていいからね。

  ところで、ドライブに行く約束はまだ有効?

  出来たら二人きりで行きたいけど、どうだろう?

  行き先の希望があれば教えて』


 今までと変わらないメールなのに、どうにもあの甘い囁きで脳内読み上げされるので、咲良はメールを読み終えると、ベッドに突っ伏した。そして、足をバタバタと動かしてみたり、ゴロゴロとベッドの上を寝返り打ってみたりと身悶えする。

 咲良は駿に対して、どんな態度を取ればいいか分からないのだ。

 付き合う=カレカノ=恋人同士とは分かっていても、その実体は謎だった。

 例えば、柚子と柚子彼の場合はどうだろうと咲良は頭の中に思い描く。あの二人は咲良の前では友達同士のような雰囲気なのだ。


 (柚子達も二人きりだと違うのかな?)


 咲良ももう大学生だ。男女交際におけるいろいろな段階も、知識としては知っているつもりだが、それと自分が結びつかないのだ。お得意の妄想も、王子と恋人同士と思うだけで、真っ白になってしまう。

 それでも、駿の見せてくれた誠意に対して、自分も誠意を返さなくてはと思い至った咲良は、心を込めてメールを打った。


 『こちらこそ今日はありがとう。

  それから、お兄ちゃんと綾さんの事、良かったね。

  私達の事まで話すと思わなかったので驚いたけど

  石川君の誠意が感じられて、嬉しかったです。

  ドライブの件、了解です。

  でも、もうお友達を誘っているのなら、皆で行きましょう。

  私も友達を誘います。

  場所は、海とか山とか自然を感じられる場所がいいなと思うけど、

  いかがでしょう?

  でも、石川君の行きたい所がいいかな?

  宜しくお願いします』


 咲良はメールを送ってしまった後、脱力した。これだけ入力するのにも、何度も打ち直し、時間がかかってしまった。

 しかし、すぐに再びメール着信音が鳴った。


 (まさか、もう返信?)


 そのまさかの彼からの返信に、咲良は驚きながらもメールを開く。


 『友達は誘っていないから、二人きりで。

  県北部にある虹ヶ岳はどう?

  紅葉には早いけど、山頂までロープーウェイがあって、涼しいらしいよ』


 (え? もう友達を誘っていたんじゃなかったの? あれ?)


 咲良は駿とのドライブについてのやり取りを振り返るが、いろいろ有り過ぎて記憶がごちゃ混ぜだ。まあ全てが今日リセットされたんだったと再び今日の出来事を思い出すと、咲良は又身悶えしたくなった。


 どうにか今度の日曜日のドライブデートの約束をし終わると、咲良は疲れ果ててベッドに倒れこみ、そのまま眠ってしまったのだった。


    *****


 又新しい一週間が始まり、いよいよ自動車学校も終わりに近づいて来た。咲良達より先に入校していた加藤は、もう卒業検定を残すのみだ。


「加藤君、今日卒検だってね。受かれば卒業しちゃうんだね」

 駅から自動車学校へ向かいながら柚子が何気なく話題に出した。


「そうらしいね。もう自動車学校で会えなくなるね」

 咲良もどこか淋しい気持ちで言葉を返す。この一ヶ月弱の間、加藤達とのお喋りは咲良にとって楽しみの一つだった。


「咲良と加藤君って、いい雰囲気だったのに……。でも、上手く行っても結局大学が離れているから遠距離になっちゃうか。王子達と同じだね」

 柚子の言葉に、咲良は絶句した。何処から訂正して良いやら、頭の中は高速で言い訳を考えるが、何一つ出てこない。柚子に王子の事を何も話していない疚しさと、話をどう切り出せばいいのか分からない焦りで、咲良の頭の中は混乱するばかりだ。


「あ、あの、加藤君とはそんなんじゃないよ。私も加藤君も友達以上の気持ちはないから」

 どうにか加藤の件だけは否定するが、咲良の心の中は焦りで一杯だ。


「最初は友達から始まるんじゃないの?」

 柚子がニヤリとして突っ込む。


「もうぉ、柚子と柴田君はそうだったかもしれないけど、私と加藤君は只の読書友達だから」

 咲良は柚子のからかい半分の突っ込みを、はね返すように言った。


「じゃあ、大学で加藤君みたいにおしゃべりできる男子はいるの?」


「そ、それは……」

 柚子の更なる突っ込みに、咲良はすぐにタジタジになってしまった。


「咲良、それじゃあ、せっかく大学デビューしたのに、彼氏も出来ないよ」

 柚子の呆れたような声に、咲良はさっきから自分の中で(くすぶ)っているカミングアウトへの勇気を、今こそ出すんだと鼓舞する。


「ねぇ、咲良は王子と離れた方がいいんじゃないかな? 王子も神崎さんとは、たとえ遠距離でも続いているみたいだし。咲良も王子の近くにいると好きな気持ちがなかなか消えないと思うし、辛いだけじゃないかな?」

 咲良が言いあぐねている内に、柚子が心配顔で咲良の顔を覗き込む。そんな心配顔をされてしまうと、咲良は益々言い辛くなってしまった。

 そして、二人はいつの間にか自動車学校の玄関前まで来ており、立ち止まったまま話をしていた。



「山野さーん」

 咲良が不意に名前を呼ばれ振り返ると、神崎茉莉江が手を振ってこちらに駆けてくるところだった。


「噂をすれば影……」

 柚子が小さな声でぼそりと言う。

 咲良は茉莉江と柚子を交互に見てオロオロとするばかりだ。そうしている内に、茉莉江は傍までやって来た。


「おはよう」

「お、おはよう」

「神崎さん、おはよう」

 茉莉江の明るい挨拶の声に、咲良はどうにか笑顔を貼り付けて挨拶を返す。柚子も同じように挨拶をした。


「山野さん、昨日はありがとう。遅くまでお疲れ様でした」


「い、いえ、こっちこそご馳走になって、ありがとうございました」

 茉莉江の突然の昨日の話題に、咲良は反射的にお礼を返したが、何も知らない柚子の反応が気になった。


「ふふふ、山野さん、駿の事、宜しくね」

 茉莉江は意味深な笑いと共に、盛大な爆弾を落とした。

 咲良は一瞬全ての動きが停止し、次に柚子の存在を思い出しワタワタと焦りだす。しかし、動き出すのは柚子の方が早かった。


「咲良、どう言う事?」


「あ、あの……」

 まだ頭の中が混乱している咲良は、何から説明すればいいのかわからず、言葉が続かない。


「あ、私、時間だから、先に行くね」

 不穏な空気を読んだのか、茉莉江はそそくさと自動車学校の中へ入って行った。そんな彼女の後姿を、『見捨てないで』と心の中で叫びながら、咲良は縋るように見つめた。

 同じ様に茉莉江の後姿を見送った柚子が、再び咲良に向き直ると、真っ直ぐに見つめた。


「咲良、どう言う事か説明してくれる?」

 柚子の言葉には少し怒気が含まれているようで、いつもより声が低い。


「わかった。後で必ず説明するから、とりあえず中へ入ろう?」

 咲良はようやく覚悟を決めて全てを話す約束をする。その言葉に、柚子も仕方なさそうに頷いた。そして、二人は学科教習へ向かったのだった。


     *****


 長い話になりそうだと思った咲良は、柚子に自宅へ誘い、泊まって行く事になった。高校以来のお泊り会に、二人は話す内容の事など忘れ、暫しはしゃいだ。

「咲良、Tシャツと短パン貸してね。お菓子もジュースも買ったし、今日は語り明かすぞ」

 柚子が妙なテンションで言うのを聞いて、咲良は覚悟を決めたはずなのに、どう話せばいいか困惑していた。

 まだ現実味が無い上に、今まで誤魔化して真実を話してこなかった報いだろうかと咲良は自分を責めた。

 そう言えば、父親の友人である駿の父親も、マドンナと結婚した事を抜け駆けしてしまった負い目から、大学時代の友人に言えなかったと聞いたが、その気持ちは良く分かると咲良は心の中で頷く。

 高校時代、みんなで一緒に憧れていた王子と本当に付き合うと言う事は、たとえ咲良が王子を追いかけてQ大を目指したのだとしても、恐れ多くて望めなかった事だ。


 (これって、やっぱり抜け駆けした事になるのかな)


 女の嫉妬は怖いと、小説の中では良く出てくる話だ。

 皆の憧れのアイドル男子の彼女になった途端、影でいじめられるとか、仲が良かった友達達に掌を返されるとか……。

 良くない想像ばかりが頭の中を巡り、咲良はまだ覚悟が足りていなかった。


「さあ、どう言う事か話してもらいましょうか」

 柚子の真っ直ぐな眼差しが、誤魔化されないわよと告げている。


「あ、あの、結論から聞きたい? それとも時系列で順番に話した方がいい?」

 咲良は何処からどう話せばいいか分からなくなり、まずそこから尋ねてみた。


「じゃあ、まず結論を言って、その後時系列で説明して」

 容赦ない柚子の命令に、こんなことを訊いた自分を呪った。


「あ、あのね、驚かないでね。自分でもまだ信じられないんだけどね」


「もおー、グダグダ言わずに、サッサと言いなよ」

 言いあぐねる咲良を、待ちきれない柚子が急かす。そして、遂に咲良は観念した。


「あのね、お…石川君と付き合う事になって……」


「はぁ? 石川君って、まさか王子? 神崎さんは? そう言えば今朝、神崎さんに駿をよろしくって言われていたけど、まさか略奪?」

 まだオロオロしている咲良に、柚子は次々に疑問をぶつけた。そのストレート過ぎる柚子の言葉に、咲良は一気に血が頭に上った。


「違うから!! そもそも石川君は神崎さんと付き合っていないの!」

 興奮して叫んだ咲良の言葉に、柚子は困惑した表情で「はぁ?」と首を傾げていた。

 










 

 






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