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サクラ、サク  作者: 宙埜ハルカ
第四章:夏休みは修羅場
73/80

73.BBQパーティ【王子・駿視点】

『こんばんは。今はお話を聞く時間が取れません。それから、ドライブも友達の都合が悪いので、私もやめておきます。他の人達と楽しんで来てください。』


 咲良からのメールは何度読んでも拒絶されているとしか思えず、駿は大きな溜息を吐いた。しかし、その真意を問うために電話をしたり、メールを送ったりする勇気が湧いてこない。

 駿の心の中に浮かぶのは『やっぱり、女心は分からない』と言う事だった。

 アドバイスをくれた茉莉江にも、これ以上相談し辛く、悶々としたまま日ばかりが過ぎていく。そんな駿を助けたのは、考える時間が無いほど仕事を手伝わせた父親だったかもしれない。



 そして、BBQパーティの行われる八月最終の日曜日がやって来た。日差しはまだ真夏のそれだが、朝晩には秋の気配を感じる今日この頃。

 人を招くためにと建てられた家は、高台の住宅地の中でも大きな敷地を有し、一番端にあたる為、広い裏庭からの眺めはなかなかなものだ。高台の住宅地を下りると鉄道駅があり、駅周辺は商業施設も充実しているため、住宅地としては人気のあるエリアだった。

 石川酒造の自宅は、ガーデン&テラスパーティが出来るように、大きな(ひさし)と庭に向かって開放的な大きな窓の有る部屋があり、その下から上まである大きな窓を開放し、部屋から庭までをパーティ会場として使えるような設計になっている。

 庭の桜の木が満開の頃のお花見や夏のBBQ、秋の月見やクリスマス等、取引先や関係者を招待して、石川酒造の製品の試飲を兼ねたパーティを開いていた。

 特に夏のBBQパーティは、夏休み最後の日曜と言うこともあり、家族ぐるみで付き合いのある取引先や関係者、知人や親戚を招く。

 このパーティだけは、駿達三兄弟や従姉妹である茉利江兄弟も子供の頃から、お客様の子供達の相手をするため、参加していた。




「綾ちゃん、今回もあのずうずうしい姉妹は参加するの?」

 茉莉江が我が家にやって来るなり、綾に尋ねた。あのずうずうしい姉妹と言うのは、取引先の関係者の娘で、去年のBBQパーティに来ていた。良く似た年頃の純と駿に付きまとい、疲れ果てた記憶を再び掘り起こされ、駿は顔をしかめる。


「ああ、あの姉妹ね。参加者の名簿までチェックしていないから……。来ない事を祈るしかないわね」

 綾の返答に不満そうな茉莉江は、純の腕にすがりつくと駿三兄弟と自分の弟に向かって宣言した。


「今日は私、ずっと純くんの傍に居るから。あの姉妹が来たら、お相手は駿と莉久(りく)でお願いね」


「ええっ、俺だって去年酷い目にあったから、嫌だよ」


「姉さん、酷いよ」

 駿と茉莉江の弟莉久が声を上げた。



 一昨年までは綾が率先して若いお客様の相手をしていたため、それほど不愉快な思いをせずに済んだ。しかし去年、茉莉江は弟と共に小さい子供達の相手をしていたし、綾も父親について大人のお客様の相手をしていた。そのため、必然的に純と駿が十代後半のお客様の相手をする事になり、例の姉妹に付きまとわれ振り回されたのだ。


「純、お父さんとも相談したけど、今年はあなたが大人のお客様に挨拶も兼ねて接待しなさい。それから、駿と莉久はお嬢様のお相手が嫌なら子供達を頼むわね。最後に茉莉江、私とあなたでお年頃のお嬢様やお坊っちゃまのお相手をしましょう。良いわね」

 いきなりの綾の命令に皆は一瞬驚いたが、駿と莉久はホッとして頷いた。そして、純と茉莉江は不満顔だが綾には逆らえないのか、渋々頷いた。


 しかし、その時になって駿は思い出した。

「あっ! お父さんの大学時代の友人家族が来るって言っていただろう。Q大生の子供がいるから、相手をするように言われていたんだ」

 確か、同級生の女子だったよな、と思い出して駿はウンザリした。


「そう言えばそんな事言っていたわね。それじゃあ駿はそちらに。子供のお客様が多かったら、茉莉江も莉久の方へ。そう言う事で、宜しくね」

 仕切り慣れた綾の言葉が、パーティの開始の合図だった。



 BBQパーティでのBBQやその他の食べ物・飲み物の準備や実施は、現在ケータリングに依頼しており、主催者側としては接待に専念でき、雑用に逃げることができない。

 駿は気が重かった。Q大生だと言う女子が、もしも去年のあの姉妹のような女だったらと思うと、気が滅入った。

 そして父に呼ばれ、他の兄弟と共に招待客と対峙する。


「どうして……」

 ポツリと溢れた声は、隣にいた綾と見事に被った。目の前で挨拶を交わす両親と大学時代の友人と思われる夫婦の姿より、その後ろで貼り付けたような笑顔で佇む男性に、駿の視線は釘付けだった。


「これが長女の綾でQ大の大学院生、こっちは長男の純でR大の四年生、それから次男の駿は今年Q大へ入ったばかりなんだよ」

 父親が紹介するのに合わせて、それぞれが頭を下げる。驚いていたはずの綾が、すぐに笑顔で会釈している姿を見て、駿はさすがだと思った。


 一方駿は、目の前に現れた咲良の兄を見て、父親の友人は咲良の父親だと悟り、咲良はどこだ? と内心落ち着かなかった。しかし、何とか自分の名が出た所で笑顔を貼り付ける事が出来た自分に安堵した。

 咲良の兄の眼差しは、余計な事を言うなよとでも言っている様な気がして、咲良の事を尋ねる事ができない。


「立派なご子息ばかりで、会社の方も安心だね。私の方は社会人二年目の長男の大樹だけしか来られなかったんだよ。今年Q大へ入った娘の咲良は今朝急に体調が悪いと言い出して、一日寝ていれば治るから、皆さんに宜しく伝えて欲しいと私達を送り出してくれたんだよ。すまないね、ドタキャンで」


 (咲良が体調悪いだって?)


 咲良の父親が申し訳なさそうに説明するのを聴きながら、駿は思わず声が出そうになったのをグッと我慢した。

 駿の両親が咲良を心配する声を受け、咲良の両親はたいした事は無いが大事をとって休ませただけだから気になさらずにと、遠慮がちに微笑んだ。


「あら、あなた、GWの時に咲良と一緒に高速バスに乗って帰省した高校の時の同級生じゃなかったかしら?」

 咲良の母親が、駿を真っ直ぐに見て問いかけた。そう言えば、東京に戻る時に見送りに来ていた咲良の両親と挨拶をしたのだったと、駿は言われて初めて思い出した。あまりに咲良の兄のインパクトが強く、他が霞んでいたのだ。


「まあ、駿、山野さんのお嬢さんと同じ高校だったの?」

 駿の母親も驚いたように駿に尋ねる。


「はい。高校の時は話した事も無かったので、同じ大学へ進学した事を知らなくて、帰省の時バスで一緒になって驚きました。」

 駿は出来るだけ突っ込まれないよう、最小限のアレンジを加えて答えた。しかし大樹の眼差しが痛い。


「そうだったの。奇遇ね」

 母親達は嬉しそうに微笑む


 すると、先ほどまで笑顔で佇んでいた咲良の兄が、一歩前に出た。

「山野大樹です。現在Q大との共同研究をしておりまして、初めてQ大へ行った時に駿くんに研究室まで案内してもらったんですよ。駿くん、覚えていますか? その節はありがとうございます」

 まるで恩人との再会に喜ぶような大樹の言葉に、駿は唖然とした。


「まあ、お兄さんとも駿は出会っていたの? 山野家とはご縁があるのね」

 駿の母親が驚きと共に嬉しそうな声を上げた。

 駿は大樹の発言の意図がわからず、またこの場の雰囲気を壊せなくて、何も言えなかった。姉が何も言い出さない事を不審に思い様子を伺ったが、目の前の男と同じく変わらず笑顔をキープしている。

 相変わらずこの二人は、このまま素知らぬふりを通すのか。駿は一人悶々としていた。


 その後駿は、綾が咲良の両親を案内して離れていく姿を目で追い溜息を吐いた。


 (何で、こいつだけここに残っているんだよ)


 本当は咲良の相手をするはずだったのに、よりにもよってその兄の相手をする羽目になるなんて、と駿は再び嘆息する。


「君と二人だけで話がしたいんだ」

 大樹が素っ気なく言うのを、先ほどまでの笑顔はどこへ行ったと駿は心の中で悪態を吐く。


「じゃあ、こちらへ」

 駿は仕方なく 、車庫の方へ抜ける通路になっている家の側面の空間へと先導した。ここまではお客は入ってこないだろう。


「あの、咲良は一人で大丈夫なんですか?」

 大輝と向き合った駿は、真っ先に気になっていた事を尋ねた。


「大丈夫。病気じゃ無いから」


「えっ? 病気じゃ無いなら、どうして……」


「俺の親父の友人が、君の父親だったからだよ」

 大樹の遠回しな説明に、駿は混乱した。


「そんな事より、まず君に報告しておく事があるんだ。五年前のことだけど、君の指摘通り誤解だったと分かった。その事には君に感謝している。だから、君の目的は達成されたと言う事だから、これ以上咲良には近づかないで貰いたい」


「えっ? ちょっと、待ってください」

 駿は益々混乱して、相手の言っている意味が分からなかった。


「待つも何も、君は俺と綾の五年前の誤解によるすれ違いを解決するために咲良と付き合うフリをしていたのだろう? だったら、もう誤解は解けたから、君と咲良の関係は終わりだと言う事だ」

 駿はやはりそうかと思い至った。咲良は本当に付き合っていると思っていなかったのだ。


「違います。確かに最初はあなたと姉の誤解を解くために付き合って欲しいと言いました。でも、だんだんと咲良さんに惹かれ、僕は本気で付き合っていると思っています。咲良さんを誤解させていたのなら申し訳なかったです」


「はっ、まだそんな言い訳するのか。君は高校の時からの彼女がいるそうじゃないか。遠距離だから、近くにいる咲良を浮気相手として都合よく扱いたいのだろう? 咲良はとても傷ついているよ。もう絶対に話しかけてくれるな」

 大樹は駿の説明も端から信じず、振り払うように強い口調で拒絶した。





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