65.咲良の浮気疑惑【石川駿視点】
(やっぱり、咲良に避けられている?)
咲良との電話で、駿と一緒に行くプール行きを頑なに断る彼女に、今の二人の現状を思い知らされた気がした。
やはり咲良は自分と付き合っているとは思っていないのかもしれないと、駿は茉莉江の言葉を思い出した。
「じゃあ、プールは諦めて、約束通りドライブは行くよね?」
ここで引くと、益々離れていってしまいそうで不安になった駿は、代替案を提示する。
「ドライブって、皆で行くんだよね? あの……私の友達も誘っていいかな?」
(皆って誰だよ)
そう言えば以前に咲良が、友達も誘って大勢でとか何とか言っていた様なと、駿は記憶の断片を拾い出す。
あの時は、そうだねとスルーしたけれど、忘れていなかったのかと駿はガックリした。
「いいよ。こっちも友達に声をかけるよ。行き先の希望ある?」
咲良の友達と3人と言う訳にはいかず、駿は自分も誰か誘おうと渋々決断し、話を進めた。
「ん……特には……」
「じゃあ、こっちで決めておくね。日は9月の最初の日曜日でいいかな?」
「はい、お願いします」
「じゃあ、又連絡するよ。おやすみ」
「おやすみなさい」
電話を切った後、駿は盛大に溜息を吐いた。
(何だろう、この手ごたえの無さ)
自分の恋愛経験の少なさは棚に上げ、咲良のつれなさに悪態を吐きたくなる。
*****
駿が自動車学校を卒業して実家へ帰ってくると、我が家のような顔をして茉莉江が出迎えた。
「お帰り、駿。もう、卒業できたの?」
なんとも失礼なお出迎えだったが、スルーして「ただいま」とだけ言った。茉莉江は気にした様子も無く、駿の後を付いて部屋までやって来た。
「それで、いつ本試験受けに行くの?」
茉莉江が駿の部屋にある一人がけのソファーにドカリと座り女王然として訊くので、駿は素っ気無く「明日」と答え仕方なくベッドへ座ると、彼女は勢い込んで言葉を続ける。
「わー、早いね。ねぇねぇ、免許取ったら車に乗せてね」
なんだ、それが言いたかったのかと駿がウンザリしていると、案の定茉莉江は「新しく出来たショッピングモールへ行きたかったんだ」と勝手な希望を付け加えた。
「今度のBBQパーティの時に着る服を見に行きたいんだよね。純君も綾ちゃんも前日じゃないと帰ってこないし……。ねっ、今度の日曜日はどう?」
駿は今度の日曜日と言われて、ドキリとした。咲良にプール行きを断られたから、結局予定はない。
「別にいいけど……免許が取れたらだぞ」
「駿が落ちる訳ないでしょ」
茉莉江の中ではすでに駿の免許取得は予定に組み込まれているようだ。
「そう言えば……あれから山野さんと連絡取り合っている?」
急に茉莉江が声を潜める様にして尋ねてきた。
「まあ、一応」
自動車学校から帰ってくる前に一度だけだが、まあ一応だよねと心の中で嘯く。
「一応って何よ? ちゃんと付き合っているって自覚してもらったの?」
痛い所を突かれた駿は、どう答えようかと言葉に詰まった。
「自動車学校でよく山野さんを見かけるんだけど……、あっ、声は掛けてないわよ。山野さんが浮気しているって訳じゃないけど……凄く仲の良い男子がいるのよねぇ」
茉莉江は追い討ちを掛けるように話を続けた。しかし、言葉のニュアンスにからかうような雰囲気を感じ、駿はムッとする。
「茉莉江、面白がっているだろ。そんな事ばかり言うなら、ショッピングモールへ行かないぞ」
「あー、ごめん。ごめん。面白がっている訳じゃないけど、うかうかしていると横から掻っ攫われるって言いたいの」
茉利江の言葉に驚くやら、苛立つやらする駿は、自分の気持ちを押さえ込みながら、どうにか口を開いた。
「仲が良いって、加藤の事だろ」
「なんだ、山野さんから聞いているんだ。なら、駿公認って訳ね」
「公認って……確かに、咲良には夏休みに帰省したら加藤に連絡取ればって言ったけど……」
(この前咲良から報告されたばかりだよ)
「駿から勧めたんだ? どうして?」
「加藤は高校の時に飯島彼方ファンで咲良とよく話しをしていたらしい。だから、飯島彼方の講義の話を聞きたいって、GWで集まった時言っていたから……」
「あー、要人さん繋がりか。どうりで、本を渡したりしていたみたいだったから、貸し借りしているのかもね」
「お前、どれだけ観察しているんだよ」
「ははは。だって、気になるじゃない。駿が本当に恋愛できるのか。心配しているんだよ」
「それ、心配じゃなくて、好奇心だろ」
駿が更なるつっ込みを入れると、茉利江はフフフと笑って誤魔化した。
「でも、山野さんも付き合っている人に違う男子と連絡取ればなんて言われたら、複雑だろうね」
「どうしてだよ? それに、そんな事言ったのは付き合う前だよ」
「そうだったんだ。でも、山野さんが駿に高校時代から憧れていて、そんな事言われたら、他の人を勧められているって思うよ。自分には興味ないんだって」
(え?)
駿は一瞬呆けた。
(確かにあの頃はまだ、付き合うなんて考えていなかったけど……)
駿が言葉に詰まっている間に、せっかちな茉莉江は追い討ちを掛けるように言葉を重ねる。
「山野さんも、本気で付き合っているかどうか分からない相手より、話しやすい相手の方が良いと思い始めているんじゃないの?」
「茉莉江、応援しているのか、不安にしているのか、どっちなんだよ?」
「もちろん応援しているよ。でもね、駿は恋愛経験がほとんど無いから、女性の気持ちに疎いよね? もっと真摯に誠実にお付き合いしなきゃ。女は言葉にして言って欲しいの。ちゃんと自分の気持ち伝えている?」
恋愛に関してトラウマを抱えている駿にとって、茉莉江の言う事はもっともだけれど、どうにも見下されているようで癪に障る。
言葉にして欲しいというのは茉莉江の願いだろうと、口下手な兄を思い出した駿は思った。
「ちゃんと言葉にしているよ。言葉にし過ぎて、引かれている位だよ。これ以上どうしろと言うんだよ」
ついに自分の中で燻っていた思いを、駿は口にした。駿にとって、咲良との距離の縮め方が分からなくなっているのだ。
「えー、そうなの? 言葉にし過ぎて引かれるって……いったいどんな事言っているの?」
改めて突っ込まれると、駿は妙に恥ずかしくなり、話を切り上げる事にした。
「もう、いいよ。茉莉江が心配してくれている事は分かったから。とにかく、今度の日曜日に買い物に連れて行けばいいんだろ? 明日の試験勉強をしたいから、もう出て行ってくれよ」
駿は立ち上がると、茉莉江を追い立てて部屋から出した。脳裏には、咲良と加藤が楽しそうに話をしている想像が映像となって流れていた。
茉莉江の予定通り、駿は本試験に合格し、自動車免許を手に入れた。早速母親のフィアット500を借りて市内を走る。何となく気の向くままやって来たのは凪浜自動車学校。咲良の通う自動車学校だ。
駿が敷地内へ車を乗り入れると、生徒を迎に来ているのか、建物前の駐車場に運転手が乗った状態で停まっている車が数台あった。
車も知られていないし、サングラスを掛けているから分からないだろうと、駿も車を止めてしばらく様子を伺った。
咲良が来ているのかも分からない駿にとって、もしも会えたらラッキーぐらいの気持ちで、建物の出入り口を見つめていた。
しばらくすると、入り口のドアが開き、大学生ぐらいの女性が出てきて、駿はドキリとした。
足早にこちらに近づいてくる女性は、すぐ傍に停まっていた車に乗り込んだ。そしてすぐに発進して行った。
なんだと思いながら、再び入り口へと視線を向けると、バラバラと続けて人が出てくる。おそらく学科教習が終わった所なのだろう。
そんな中、四、五人の集団がしゃべりながら出てきた。その中のとても楽しそうに笑う咲良の姿に目が止まる。
(ああ、元気そうだ)
駿の前ではどこか緊張気味の咲良が、自然な笑顔を向ける先を見て、胸がざわついた。
(やっぱり加藤と仲が良いんだな)
自分が想像していたよりももっと仲良さ気な二人の姿に打ちのめされ、声を掛ける事さえ思い付きもしなかった。
サングラスとフロントガラス越しに見つめる駿の視線に気づく事もなく、その集団は自動車学校の門を出て、駅の方へと歩いて行った。
呆然と集団が去った方を見つめたままハンドルにもたれていると、車のドアのガラスをコンコンとノックされ、駿は驚いて振り向く。ガラスの向こうでニッコリと微笑んだ茉莉江を見て、少々ウンザリとしながら、パワーウィンドウのスイッチを押す。
「見た事のある車だと思ったら、免許取れたんだ。もしかして山野さんを迎に来たの?」
どこかニヤニヤしているように見える茉莉江が首を傾げる。
「違う、どんな所か見に来ただけ」
駿が素っ気無く答えると、茉莉江は益々笑みを深めた。
「ふ~ん。山野さんは私より先に出て行ったと思うけど?」
「さっき帰って行ったよ。友達と一緒だったから、声を掛けなかったんだ」
「ふ~ん。じゃあ、私乗せて行ってね」
茉莉江はそう言うが早いか、助手席側に回り込んで乗り込んだ。駿は仕方ないなと思いながら大きく溜息を吐くと、窓を閉めてシートベルトをした。
「せっかくだから、明日の買い物、今から行こうか?」
駿は明日わざわざ買い物に出るぐらいなら、ついでに今から行く方が楽かなと思いつき、提案する。茉莉江にとっても買い物にいければいいので、すぐに了解した。
駿は危なげなく車を発進させると、ショッピングモールへ向けて車を走らせた。




