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サクラ、サク  作者: 宙埜ハルカ
第四章:夏休みは修羅場
58/80

58.同級生加藤との再会【咲良視点】

 自動車学校へ通う日々が始まった。

 咲良は柚子と同じ日時になるように、学科教習も技能教習もスケジュールを組んでもらったので、毎日駅で待ち合わせて通学している。それはまるで高校生の頃に戻ったようで、咲良は毎日が楽しかった。


「今日から技能教習だよ。何だかドキドキするね」


「ホント、自分が車を動かすとか、信じられない」

 咲良と柚子の運動神経の鈍さは同じぐらいなので、運転に対する苦手意識は共感できるものだった。

 それでも、地元での暮らしには自動車の運転は必須であるから、二人はお互いの存在が心強かった。



「圭吾はもうすぐ仮免なんだって。免許取れたら、自動車学校まで迎に来てくれるって」

 嬉しそうに話す柚子に昨日の不満や心配の様子は見られない。咲良は少しホッとして、相槌を打った。


「ねぇ、王子は自動車学校どうするか聞いている?」


「あ、柴田君と同じく合宿式の所らしいよ」


「ふ~ん。どこの自動車学校だろう? 合宿式だと全国どこへでも行けるものね。中には観光も兼ねて沖縄とかへ行く人もいるらしいよ」


「そ、そうなんだ。どこの自動車学校かはきいてないよ」

 咲良は答えながらドギマギしていた。本当は昨日王子からメールが来て、隣県の海に近い所の自動車学校だと書いてあった。だけど、必要以上に王子の事を突っ込まれると、咲良は二人の関係をどう説明すればいいかわからないのだ。


「ねぇ、王子とは相変わらずサークルでお話しするの?」


「ま、まあね」


「何か進展無いの?」


「無いよ」


「なぁ~んだ。咲良はもっと積極的になるべきよ。頑張ってQ大まで追いかけたんだから」


「追いかけたんじゃ無くて、私は飯島彼方の講義を受けたくて……」


「はいはい。王子が指定校推薦でQ大へ行くって分かったからQ大に志望を変えたんでしょ」

 確かにそれは切っ掛けだったけど、と咲良は心の中で言い訳する。けして王子の恋人になりたいと思ってQ大を目指した訳じゃない……はず。

 咲良は現状を思い返すと、自分が何を望んでいるのか分からなくなるのだ。大それた望みなど無かったはずだったのだ。


「ねぇ、ねぇ、夏休みに地元で会おうって王子と約束していないの?」


「と、とんでもない!」

 そう言えば免許を取ったらドライブ……と脳裏を過ぎったが、咲良はすぐさま記憶に蓋をした。


「なんだ、つまんない。私も王子に会えるかもって期待していたのに」


 (つまんないって!! 柴田君はどうした!)


 咲良は脳内で突っ込みを入れたが、これ以上王子の話題を長引かせないために「ごめんね」と謝っておいた。



 午前中に学科教習を受け、午後から技能講習があるため、自動車学校内にある食堂で昼食をとることにした二人は、入校時にサービスで付いていた食券を早速に使う事にした。

 洋食系の日替わりプレートや和食系の日替わり定食、麺類に丼物等、メニューも豊富だ。咲良はサークルの1年生への宿題である地元のお勧めグルメの事を思い出し、真剣にメニューを見ていた。

 二人が選んだ日替わりプレートをカウンターで受け取ってテーブルに座ると、咲良は早速に写真を撮った。


「写真なんか撮って、SNSにアップするの?」


「違うよ。サークルの宿題で地元のお勧めグルメレポートを出す事になっているの」


「地元のお勧めグルメなのに、自動車学校の食堂のメニューで良いわけ?」

 柚子がクスクス笑って突っ込みを入れる。咲良は少し頬を膨らませ「だって、どこに隠れグルメがあるか分からないでしょ」と反論する。


「そう言えばサークルって、王子も一緒の?」

 咲良は内心しまったと後悔した。又王子につながる話題を出してしまった。


「まあね」


「咲良、それならその宿題を口実に王子を食事に誘ったら? 私も一緒に行ってあげるから」


「自分から誘うなんて無理! だから、諦めて」


「そりゃあ咲良はQ大へ入るために頑張ったと思うよ。でも、最後まで内緒にしていたんだから、こちらにもおこぼれくれてもいいんじゃない?」


「おこぼれって!! 本当に無理だから。柚子は柴田君がいるでしょ!」

 咲良は柚子のあまりの突っ込みに、タジタジとなりながらも言い返した。


「だって、圭吾はサークルの女の子達と合宿に行っているんだよ。私も何かちょっとぐらい楽しい事があっても良いと思わない?」

 柚子は少し冗談ぽく言っているが、その瞳は何処か物悲しく揺れているように見えた。咲良は驚きながらも少し反省した。いつもの柚子の様子に安堵していた咲良だったが、無理をしているのだろうかと心配になった。

 柚子がやけに王子の話題を出していたのは、そうして自分の中の不安を誤魔化していたのかもしれない。


「ごめん。もし連絡取れる事があったら、食事の提案してみるよ。その時は柚子の事も誘うから。でも、あまり期待しないでね」

 咲良は王子が言っていた皆とドライブに、柚子も誘おうと秘かに決めたのだった。




「あれ? 山野じゃないか?」


「加藤君?」

 名を呼ばれて振り向いた咲良は、見覚えのある男子の名を思い出し、問いかけた。と同時にGWの帰省から戻るバスの中で王子に言われた事を思い出した。


『山野さんって、加藤晴臣覚えている?』

『加藤がさ、今度会ったら、飯島彼方の講義の話を聞きたいって言っていたよ』

『夏休みに帰った時にでも、連絡取れば?』


 (そうだ、あの時、加藤君との仲を勧められているような気がして、モヤモヤしたんだった)


「うん、久しぶり。夏休みで帰ってきているんだ?」

 咲良は少し戸惑いながらも、頷く。


「ねぇ、ねぇ、加藤君って、高二の時咲良と同じクラスだった?」

 柚子が二人の会話に口を挟んだので、加藤は柚子の方に視線を向けた。


「そうだよ。お互い読書が好きで良く話をしていたんだ。えっと、森嶋さんだよね?」


「そう、私の事知っていたんだ?」


「よく山野のところへ来ていただろ?」


「へぇ、よく見ているんだね」

 柚子は、咲良が高校時代男子の中で唯一良く話をしていたのはこの加藤だったと、思い出した。


「それより山野、Q大へ行っているんだってな。石川に聞いて驚いたよ。飯島彼方の講義はどうだ?」

 少し興奮気味に話し出した加藤に、再び柚子が「加藤君、話があるなら、そこに座れば」と声をかけた。


「あっ、ごめん。ここ良いかな? 昼食買ってくるから、大学の話聞かせて?」


「いいよ」

 咲良は王子が言っていた通りだと思いながらも、久々に加藤と話が出来る事は嬉しかった。

 加藤が昼食を買うために離れて行くのを見送って、咲良は柚子に視線を向けた。


「柚子、突然の事だけど、良かったの?」


「いいよぉ。なんだか加藤君、話を聞きたくてたまらないって顔していたし」

 柚子の言葉が的を射ていて、二人で笑いあった。

 咲良は王子の話題より、加藤の話題で盛り上がる方がずっと良いと、心の中でホッと息を吐いた。



 午後の技能教習の時間まで三人のおしゃべりは続いた。

 咲良の話す飯島彼方の講義の話題に、加藤は興味津々の眼差しで相槌を打ち、質問を返す。柚子も突っ込みを入れながら、楽しく会話に加わる。


「飯島彼方の写真って、いつも顔が分からないけど、本当の所どんな感じ?」

 加藤の問いかけに、やっぱりこの質問が出たかと咲良は心の中で嘆息する。

 けれど、皆の笑いのネタにされたこの話題、この二人は『飯島彼方は若くてイケメンだった』と聞いてどんな反応をするか気になった。


「飯島彼方が若くてイケメンだったら、どう思う?」


「えっ? 若いの? おまけにイケメン? それは凄いな。人気作家だし、もてるだろうな」


「ええっ? イケメンなの? わぁー見てみたい」

 母親と同じようは反応に、咲良は内心ガックリとしながらもう一度問いかけた。


「ショックじゃない? あの飯島彼方が若いって。おまけにイケメンなんてイメージ狂わない?」


「はぁ? どうしてそれがショックなんだ?」

 加藤が呆れたような声で聞き返す。柚子も同じように頷いている。


「だって、私の中では高校の校長先生のようなイメージだったんだもの」


「山野、それは渋すぎないか?」


「じゃあ、加藤君は若くてイケメンの飯島彼方を受け入れられるの?」

 咲良は共感して欲しくて、言い募る。


「別に飯島彼方の外見なんて想像していたわけじゃないから、ありのままを受け入れるよ。それより山野はあまりに飯島彼方に入れ込みすぎて、イメージ固めすぎたんだろ」

 加藤にあっさりと言い返され、的確に心理を突かれ、咲良はもう何も言えなかった。


「私は、イケメンと聞いて、益々興味出たけどなぁ」

 咲良の心情など気にせず、柚子が追い討ちをかけるように言った。


「そうそう、普通そうじゃないか? 女子はイケメンが良いんだろ? 山野だってあの石川のファンだっただろ?」

 加藤がからかうように言った王子の名前に、咲良は動揺する。


 (なぜ、ここで王子の名が……)


「そうだよ。咲良は王子を追いかけてQ大まで行ったんだから……」


「わー、違うから。私は飯島彼方の講義が受けたかったからだから」

 柚子が加藤の言葉につられて、爆弾発言を落とした。咲良は慌てて否定したが、加藤たちは笑うばかりだ。


「分かっているよ。山野がどれだけ飯島彼方の小説が好きだったか知っているからさ。まさか、いくらファンでも石川を追いかけるためにQ大の一般入試を突破しようなんて考えないだろ」

 加藤は咲良をフォローするように言ってくれたが、咲良は内心複雑だった。




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