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サクラ、サク  作者: 宙埜ハルカ
第三章:恋は大騒ぎ
50/80

50:王子VS兄

「ふ~ん。それでおまえは何を企んでいるんだ?」

 王子の交際宣言に驚きもせず、咲良の兄大樹(ひろき)は鋭く切り返した。

「企むも何も、真実を報告しただけです。先日の恋人の件は事情があって、フリをしただけなんです」

「フリねぇ。企んでいるのは(あや)か」

 王子の言葉をまともに取らない大樹のニヒルな笑い顔を見て、咲良は固まった。

 (こんなお兄ちゃん見た事ない。なんだか怖い)


「姉は何も企んでなんかいませんよ」

「やっぱり兄弟じゃないか。綾は何を考えているんだ。弟まで巻き込んで」

 大樹が呆れたように言う。そんな兄を見て咲良は、王子の姉と付き合っていたと言うのは本当だろうかと思う程、兄の態度の冷たさが気になった。やはり、二股疑惑は本当か。


「姉のストーカー撃退のために恋人のフリをしていただけですよ」

「ストーカー? そんな物好きいるのか? 勘違いじゃないのか?」

 大樹は小馬鹿にしたように鼻で笑った。そんな兄を咲良は胡乱(うろん)な目で見つめる。

 (一度は好きになった相手を、そこまでバカにできるものなの?)


「お兄ちゃん。どうして元カノの事をそんなに酷く言うの?」

 兄に対しての沸点が低い咲良は、思わず身を乗り出した。

「元カノって、おまえ……。誰に何を聞いたか知らないが、俺にとっての黒歴史で、無かった事にしたいぐらいだよ」

「お兄ちゃん、酷い。二股していたくせに、よくそんな酷い事が言えるね」

「二股だと? お前こそ俺がそんな事をする人間だと思っているのか?」

大樹が咲良を睨む。そこには本気の怒りがあった。咲良の見た事の無い兄の怒りに、彼女は再び固まった。


「僕は思いません」

 咲良の横から真面目な声で口を挟んだ王子の方へ、大樹が顔を向ける。

「俺の機嫌でも取ろうと思っているのか? それとも、綾の言う事よりも俺の方を信じると?」

「あなたの言う事も真実だし、姉の言う事も真実だと思っています」

「なんだ? どちらにも良い顔しているだけか」

「そうじゃなくて、二人とも誤解しているって言いたいんですよ」

 王子が強く言い切った時、近づいた足音に気付いた咲良は慌てて「料理が来たみたい」と張り詰めた場の空気を断ち切った。


 給仕の男性が綺麗な所作でそれぞれの注文の料理をサーブして去ると、咲良は「冷めない内に食べよう」と、先程の睨み合いを阻止するべく出来るだけ明るく二人に声をかけた。それでもぎこちない空気がその場を覆ったままで、味気ないランチとなってしまった。

 咲良は少しでも場を明るくしようと、大げさに自分の食べている料理が美味しいと()(たた)えた。王子は律儀にその度に咲良へ笑顔を向け、自分の食べている料理も美味しいのだと付け加える。

 そんな二人の様子に呆れたのか、食べる事に専念する大樹を、咲良は意識の端で様子を伺っていた。


 食べ終わった食器を片付けるタイミングで、兄と王子にはコーヒーを、咲良にはレディースセットに付いているデザートが出された。咲良が嬉しそうにスプーンを持った所で、王子が口を開いた。

「さっきの話の続きですが……」

「もういいよ。5年も前の話だ。今更何が真実で何が誤解だったかなんて知ったところで、何も変わりはしない」

 咲良は始まった二人の会話にまたオロオロとする。けれど、先程とは打って変わり、食事の間に兄の怒りは冷めてしまったのか、もうこれ以上会話を続ける気がないようだ。

 王子の計画を思えば、二人の誤解を解くために兄に5年前の真実を話して欲しいと考えながらも、咲良には本気の怒りを見せた兄が怖かった。もうこのまま兄の言うように、過ぎたこととしてお仕舞いにしてしまいたい。けれど、それじゃあ何のために付き合っているフリをしているのかと思い直した。


「あなたは妹に、兄が二股する様な人だと思われたままでいいのですか?」

 王子の問い掛けにハッとした大樹は、咲良の方へ視線を向ける。

「咲良、おまえは俺がそんなことする奴じゃない事ぐらい分かっているよな」

 否定したらどうなるか分かっているだろうなと、兄の言外の意味を正確に受け取った咲良は、心の中で震え上がった。

「咲良はお兄さんの事を信じたいから、真実を知りたいよね?」

 優しく微笑みかける王子の眼差しが、兄の視線で石のように固まった咲良を溶かしてゆく。そして咲良は王子と目が合うと、無意識に頷いていた。 


「咲良、おまえ……」

「ち、違うの! お兄ちゃんが二股するなんて思っているわけじゃないの。ただ、石川君のお姉さんの話も嘘とは思えなくて……」

 咲良は兄と王子の眼差しに挟まれ、あたふたと言い訳をする。

「綾に何を聞いた?」

地を這うような低い大樹の声に、咲良はまたもやビクついた。

「あ、あ、お、お兄ちゃんのもう一人の相手から『ヒロが別れたいのに優しくて言い出せないから』って電話があったらしいです。それもお兄ちゃんの携帯で……」

「…………」

 大樹は思わぬ話に呆気に取られたようにぽかんと口を開けたまま固まった。しかし、すぐに我に返ると顔をしかめた。

「……もう一人の相手ってなんだよ。そんな相手いるわけないだろ」

「で、でも、お兄ちゃんの携帯からだったから本当だと思ったんじゃないかな……」

 咲良の言葉に眉間に皺を寄せた大樹は、「……俺の携帯……」と独り言のように呟いた。



「お二人とも裏切られたと思っているみたいですけど、直接確かめ合っていないですよね?」

 先程まで様子を窺っていた王子が、そっと口を挟む。

「仕方ないだろ? いきなり携帯は着信拒否されるし、学校では綾の友達が近づかせてくれない。その内に受験に突入して学校にも行かなくなったから、確かめる所の話じゃ無かったよ。訳がわからない内に受験が終わって卒業して、それっきりさ」

 大樹が溜息混じりに言うのを聞いて、咲良は唖然とした。これは王子の言うように、誤解がこじれまくっているようだ。

「姉はあれから男性不審になったようですよ」

「はぁ? それはこっちのセリフだ」

 大樹はそう言うと、腕を組んで椅子の背もたれにもたれ掛かり、王子を睨んでいる。

「だから、誤解は解いたほうがいいと思うんです」

 大樹の睨みに(ひる)みもせず、尚も王子は言い募る。大樹はますます眉間に皺を寄せ、何かを考えるように目を閉じた。

 その様子を見ていた咲良は、本日何度目かの兄の初めての姿に驚きを隠せなかったが、何も言えないまま兄の様子を伺う。王子も大樹の反応を待って黙り込んだ。その場に静寂が漂った。



「わかった。後は綾と直接話をするよ。だからもう咲良を巻き込むな」

 突然体を起こした大樹が、宣言するように言った。その言葉に王子は何やら慌てている。咲良も驚いたが、やっぱり兄は何でもお見通しなんだと納得した。

 (お兄ちゃんにはやっぱりバレていたんだ。フリだって事)

 バレていることに、なぜだかホッとした咲良だった。


「ちょ、ちょっと、待ってください。姉には誤解じゃないかと言う話はまだしていないんです。いきなりあなたが姉に話をしようとしても反発するだけだと思います」

「綾に頼まれたんじゃないのか?」

「いえ、姉も過去の事だからと、それ以上の詳しい事は話してくれませんでした。だけど、やっぱり何処かに恨みが残っているように感じました。だからいきなり過去の話をしても、聞く耳を持たないんじゃないかなと思います。それで僕が二人の話を聞いて調整役になろうかと……」

「随分お姉さん想いなんだな。でも、綾はそんな風に自分の知らない所でお膳立てされたり、コントロールされたりするのを一番嫌うと思うけどな」

 大樹は王子が姉の事を何も分かっていないとでも言うように、皮肉った。その言い方にカチンと来た咲良は、思わず口を挟んだ。

「石川君はお姉さんの事を心配しているの」

 突然口を挟んだ咲良を、少し驚いたように一瞥した大樹は、(おもむろ)に溜息を吐いて見せた。

「あのな、咲良。心配していたら、頼まれてもいないのにプライベートにずかずか入り込んでもいいのか?」

「お兄ちゃんだって、私のプライベートに口を出すじゃないの」

「俺の場合は、世間知らずの妹に忠告しているだけだ」

「じゃあ、僕と咲良さんの交際に口を出さないでもらえますね? 姉の事はお任せいたしますから」

 咲良と大樹の兄妹喧嘩のような言い合いに、するりと口を挟んだ王子の言葉に、咲良はポカンと口を開けたまま彼を凝視した。大樹も隙を突かれ、返す言葉も無く王子を見た。

 そんな二人にニッコリとプリンススマイルを見せた王子だった。

「咲良を傷つけるような事があったら、どんな関係でも潰すから。咲良、嫌な事ははっきり嫌だと言わなきゃダメだぞ」

 プリンススマイルの王子に、大樹は睨みながら釘を刺した。そして、咲良にも忠告をする。


 咲良の頭の中は混乱中だ。

 王子の言った言葉の意図も良く分からないし、それに返した兄の言葉の意図も咲良には読めなかった。


「ご心配なく。僕は二股も浮気もしませんから」

 王子の言葉に途端に顔をしかめた大樹の表情を見て、咲良は内心焦る。

 (どうして火に油を注ぐような事を言うかな)

 兄に向かって『二股』などと言った事によって本気の怒りモードを見せられた咲良にとって、『二股』と言う言葉は、絶対禁句だと胸に刻んだ。それなのに……。

 ハラハラと二人の様子を見守る咲良には、王子の言った言葉の意味などこれっぽっちも理解できていなかった。



 

 



 

 

 

 

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