30:告白はシスコンの後で
長らくお待たせしました。
新章に入ります。
どうぞよろしくお願いします。
―――――石川君、あなたの事がずっと好きでした。
(あー!! こんな事言えないよ~)
咲良は頭の中で告白のシミュレーションをしてみようと想像してみるのだが、こんな恥ずかしい言葉を告げるかと思うだけで、身悶えしてしまう。
それでも出来るだけ早くにどんな風に告白するか考えなくてはいけないと思うと、咲良は焦るばかりだった。
篠田さんと会った夜、由香に告白宣言をしたのはいいけど、その後「いつするのか」「どこでするのか」「どうやってするのか」と由香に突っ込まれるたびに、咲良は言い淀み、自分の無謀さを実感したのだった。
それでもここで折れてしまったら、由香の決意も鈍らせてしまうと思い、来週のサークルの日までにはと言ったけれど、何も思いつかなくて咲良は途方に暮れるばかりだった。
(だいたい告白なんて一度も経験ないのだから、分からなくて当たり前なのよ)
咲良は開き直って心の中でぼやく。
「いつ」と言うのは置いといたとしても、「どこで」と言う事さえ思い付かない。
高校ぐらいまでだったら、体育館の裏とか、非常階段の踊り場とか……定番の告白場所があるだろうけど、それは大学生でも有効なのか、よくわからない。
もっと分からないのは「どうやって」だ。メールではダメだろうか? それともラブレター? いやいや、後に残るものは誰かの目に触れたらと思うと、憤死する。
でも、顔を見て告白するなんて、もっと恥ずかし過ぎる。
(なぜ、あんな事言っちゃったのかなぁ)
もう既に後悔し始めている咲良は、頭の中で篠田を恨めしげに睨んだ。
その時、携帯が鳴り、咲良は答えの出ないループから抜け出すように電話に飛びついた。
「咲良ぁ、元気か?」
「なんだ、お兄ちゃんか……まあ、元気だよ」
「なんだ、ってなんだよ」
思いもよらない兄からの電話に、思わず気の抜けた返事をしてしまった咲良は、兄のツッコミがめんどくさいなと思ってしまった。
「まあ、まあ……それより、何か用だったの?」
「そうそう、来週の火曜日、そっちへ行くから」
「ええっ! こっちへ来るの?」
「前から出張で行くって言っていただろ」
「あれ、もう無くなったかと思っていた」
「まあとにかく、そっち行ったら、大学の案内してくれよ」
「講義とかある時間だったらダメだよ」
「ん、その辺は大丈夫。じゃあ、また時間とかメールするから、宜しくな」
そう言うと兄はそそくさと電話を切ってしまった。
咲良は通話の終わった携帯を見つめ、呆気にとられた。
(お兄ちゃん、来るんだ……)
そう思った後、ハッと気付いた。
(お兄ちゃん来る前に、告白とかしてられないよ)
あの聡い兄の事だ、振られて落ち込んでいる事なんてすぐに見抜くに違いない。そして、しつこく問い詰めるのだ。
「由香、来週の火曜日、お兄ちゃんが出張でこっちへ来るらしいの。だから、告白はその後にしたいんだけど……」
「えっ? なんで?」
「だって、振られて落ち込んでいる姿なんて、お兄ちゃんの前にさらせないよ」
「振られるの前提?」
「あ、当り前じゃない」
何を言っているのだ。彼女がいるのを分かっていて告白するのは、自分の気持ちに区切りを付けるためであって、その先なんて期待もしていない。
「あら、私は五分五分だと思うけど?」
「何が五分五分なのよ?」
「だから、告白の成功率」
「はぁ? 何言っているの?」
「石川君は咲良に対して興味を持っているのは確かよね」
「それは、同じ高校出身だからでしょ」
「それだけじゃない程、興味持っているよ」
興味もたれていると言ったって、同じ高校なのに今まで知らなかったからとか、同じ大学に試験で入ってきたとか言う事で珍しいからに決まっている。
「私の事より、由香だって、可能性あると思うよ。幼馴染さんが初めて由香に声かけた時、まるで行方不明だった恋人を見つけたようだったもの」
ちょっとオーバーだったかなと思ったけれど、図書館で話しかけてきた幼馴染を思い出すと、やはりそこには幼馴染だからと言う以上の想いを感じたから。
咲良は約束があるため、この事を言えない事が悔しく感じた。
「行方不明の恋人って……」
由香は言いかけて噴出すと、笑い出した。他人事のように笑う由香に少々腹が立ったが、下手な事を言って、「やめる」なんて言われてしまったら大変だ。本来の目的は、由香に告白させる事だったんだから。
(そうよ、私の告白はオマケみたいなものだったんだから)
そうは思っても、今更やめられる訳もなく……。
咲良は心の中で情けなさと苛立たしさに身悶えした。
「それより、あまり時間が経つと決心が鈍るんじゃないの?」
まるで他人事のように言う由香に、咲良はムッとした気持ちを押さえこんで、ニッコリと笑った。
「大丈夫。だけど、由香は私を待たずに先に告白してね」
「何言っているの、咲良が先でしょう?」
やっぱりそう来たかと咲良は心の中で嘆息した。
「それじゃあ、同じ日にしよう。それなら文句ないでしょ?」
咲良の提案に由香はしばらく考え込み、そして、小さく息を吐いた。
「仕方ないなぁ。じゃあ、合わせてあげる。それで出来るだけ早く決行して、篠田さんにとびっきりのイケメンを揃えてもらうのよ」
明るく言う由香を見ながら、昨夜辛そうに素直な気持ちを漏らした彼女の事を思い出し、咲良は彼女の強がりが少し胸に痛かった。
そして翌日のサークルのある水曜日になっても、咲良は来週に兄がやって来ると言う連絡があってから気が抜けてしまったのか、すっかり告白の事は考えられなくなってしまった。
(まあ、お兄ちゃんが来た後で考えよう)
咲良は開き直る事にしたけれど、やはりサークルで王子にいつもの笑顔で迎えられると、告白なんてだいそれた事を考えてしまった自分を恨んだ。
横で由香が意味深な笑いをもらしたけれど、咲良は無視をする事にした。
王子がいつものように話しかけて来ても、視線を合わせられず、素っ気ない態度しかできない自分に情けなくなる。今日は少し距離を取っていようと咲良は由香を促して王子の傍から離れた。
それでも離れた場所から王子に気付かれないように視線だけが彼を追いかける。傍にいるとドキドキするのに、こうして遠くから見ているだけで何か癒される様な気がするのは、長く見続けて来た習慣のなせる業か。
でも、告白なんてしてしまったら、この習慣化した癒しの行動さえ、もう出来なくなるかもしれない。
咲良はそう思うと少し胸が苦しくなった。
(でも、もう潮時だよ)
自分に言い聞かせ続けている言葉は、むなしく咲良の脳内で響いた。
「山野さん、身体調子悪いの?」
咲良は、由香と共にサークルが終わって帰ろうと部室から出たところで、王子に声をかけられた。
咲良は舌打ちしたい気持ちになった。今日は声をかけて欲しくない気分なのに。
「え? そんな事無いよ」
白々しい笑顔を張り付けて答えると、王子は心配気な表情のまま「それでも今日はずっと俯き加減だっただろ?」と咲良と目を合わせようと覗き込む。
(それは、あなたの視線を避けていたから……)
今日は離れた場所から王子を見つめていたけど、目が合いそうになると視線を落として避けていた事が、こんな風に取られていたなんて。
「咲良はね、来週お兄さんが大学へ来るらしいから、気が重いのよね」
いつもなら、からかいのネタに咲良の話を出してくる由香が、今日は助け船を出してくれた。
もしかしたら今までも、からかいのネタじゃなかったのかもしれない。単純な咲良は、素直に彼女の助け船に感謝しながら、同意するように頷いた。
「シスコン兄が来るの? どんな人か見てみたいな。いつ来るの?」
口を挟んで来たのは村上で、その好奇心の旺盛さに咲良は怯んだ。
「来週の火曜日だけど……そんな、見る程のものじゃないよ? 普通の会社員だから」
咲良は戸惑いながら答えると、「へぇ~、社会人か。いくつ離れているの?」とまた突っ込まれ、兄の話題からも早く離れたい咲良は、なんと言って話を変えようかと思案していた。
(もう一度、由香、助け舟出してよ)
心の中で願ったけれど、由香に届く訳もなく、しかたなく「5つ上」と答えた。
「お兄さんって、高校どこだった?」
今度は王子が突然口を挟み、咲良は驚いて視線をもう一度王子の方へ向けた。
(なぜそんな事訊くの?)
腑に落ちない問いかけでも、咲良は律義に「凪高だけど……」と答えた。
通称「凪高」は、正式名は「大凪高等学校」と言い、県下一の進学校だ。咲良と王子の出身高校は「大凪北高等学校」で、通称名は「北高」と呼ばれていて2番目か3番目の進学校だった。他に「大凪南高等学校」と言うのもあるが、こちらは偏差値の低い高校だった。
咲良の答えに一瞬ハッとした王子は、少し照れたように「兄貴も凪高なんだ」と言った。
王子の兄貴と言う言葉に、咲良の脳内では王子プロフィールデータの検索が始まった。
(たしか、お兄さんとお姉さんがいたはず……お兄さんって、ウチのお兄ちゃんと同級生なんだろうか?)
「ウチのお兄ちゃんと同級生なの?」
「いや、僕の3つ上だから、違うな」
(じゃあ、どうして高校なんか聞くのよ?)
ますます腑に落ちない咲良が怪訝な表情で王子を見ると、彼は王子スマイルでまた別の問いかけをしてきた。
「それで、お兄さんはどうして大学へ来るの?」
「しゅ、出張でこちらへ来るから……ついでにQ大を見たいらしいの」
王子スマイルに見惚れてしまった咲良は、慌てたように答えた。
「それは、山野さんの身辺調査だね」
村上が面白そうに言う。
(身辺調査ってなによ?)
「そうそう、愛する妹に悪い虫でも付いていないか、調べに来るのよ。咲良って、突っ込まれると嘘がつけないものね」
可笑しそうに言う由香を少し睨みながら、咲良は「べ、べつに疾しい事なんてないから、平気よ」
もう既に動揺している事に、咲良は自分自身が気づいていなかった。




