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7月17日(土) 馬鹿みたい

「おはようございます、先輩!」


  昨日あれだけしつこく降った雨は、待ち合わせ時刻に合わせたかのようにピタリと止んだ。


 9時ちょうどに家から出てきた少女は、水たまりの輝きに照らされて眩しそうに目を細め、キャップを目深に被り直す。白いTシャツにジーパンというラフな出で立ちは、去年よく見たジャージ姿をどことなく彷彿とさせた。


 一方で、去年より長く伸ばした髪の毛や、すらりと伸びた脚の輪郭に、梨紗が女子であることを意識しないではいられない。視界の端で捉えた限りでは、胸も心なしか膨らんできているように思う。


「おはよう、梨紗」


 挨拶を返すと、それだけで梨紗はえへへ、と満足そうに笑顔を浮かべた。


「じゃあ、行きましょうか」


 今日目指す水族館までは、電車を乗り継いで1時間ほど。少し遠くはあるものの、おしゃべりな後輩と一緒に歩いていれば、それほど退屈することもないだろう。


「雨が止んだ後のこの匂いって、なんていうか知ってますか?」


 地面から立ち上る独特の匂いを、すんすんと音を立てて嗅ぎながら、梨紗が問いかける。


「ペトリコール?」


「……なんで知ってるんですか」


 どこかで仕入れてきた蘊蓄によほど自信があったのか、柊が知っていたことが気にくわないようだ。


「じゃあ、フランスの国旗は?」


「トリコロールね。あんま似てなくない?」


「むぅ」


 少女はいじけたように口を尖らせる。とはいえ、この少女は放置しておけば勝手に気を取り直すということを、柊は知っていた。


「先輩先輩、好きなペンギンなんですか?」


 案の定、1分もしないうちにまた話しかけてくる。


「好きなペンギンかぁ」


 チャットアプリのスタンプのキャラくらいしか思いつかない。とはいえ、「知らない」と答えた瞬間に彼女が浮かべるであろう得意気な笑みが癪に障るので、知識を総動員して知っているペンギンの名称を探り当てた。


「キタイワトビペンギン」


「キタイワトビペンギン! あの黄色い飾りみたいな羽根がかっこいいんですよね。それに、正面からみると意外と可愛いところもあったりして! でもー、私のイチオシはフンボルトペンギンなんです!」


 こんな風に、彼女は放っておくといくらでも喋ってくれるので、ふんふんと頷いて話を聞いておけば、時間は勝手に過ぎるのだ。


 そんな邪悪な考えに気づいたのだろうか、並んで電車に乗り込んだタイミングで、彼女は突然柊の顔を見つめて口をつぐんだ。


「どうしたんだ、ペンギンの話はもういいのか?」


 怪訝に思って訊ねてみると、梨紗は口に指を当てて見上げるように柊の顔を覗き込む。


「先輩元気ないなと思って。やっぱりショックでしたか?」


 そう言いながら首をかしげる梨紗。何が、と言わないのは、せめてもの武士の情けだろうか。


「まあ、それはもちろんショックだったけど、もう大分立ち直ったよ」


 実際、梨紗と電話で話したことで、落ち込んでいていた気持ちは遙かに楽になっていた。


「うーん」


 柊の返事を聞いてなお、得心がいかない様子で柊の目をじっと見つめると、突如ぽん、と手を打った。


「なんか分かったのか?」


 梨紗の挙動の意味不明さに好奇心を刺激され、思わず質問してしまう。


「先輩ってたぶん、自分のことあんま好きじゃないですよね?」


 指を当てたままの口元をにやりと歪ませていう梨紗の言葉を柊はすぐさま否定する。


「そんなことないさ。むしろ俺なんて自分のことしか考えてない、自己チュー野郎だから」


「いや、そういうとこですってば」


 微笑みとともに繰り出された梨紗のツッコミに反論できない。押し黙る柊に続けて梨紗は声をかける。


「でも、心配しないでください。私が先輩の分まで先輩のこと大好きでいてあげますから」


「おう、ありがとう……」


 女子(J)中学生(C)の謎理論に目を白黒させる柊とは対照的に、少女の目はどこまでも真剣そのものだった。


「私、先輩がどういう方なのか、たぶん先輩ご自身より分かってると思います。少なくとも姫川先輩よりは分かってる自信があります」


 彼女の眼差しの前には、柊が昨日から抱えている後ろめたさも自己嫌悪も全て見通されているようで。


「その上で、私は先輩が好きです。無条件に、好きなんです」


 そこまで言ったところで梨紗は表情を緩め、いつもの元気な笑顔に戻る。


「だから、先輩は胸を張って今日のデートを楽しめばいいんですよ」


 思えば、中学生の頃から、この後輩の言うことは、いつだって正しかった。そんな実績を積み重ねてきた彼女の一言は、柊の心を確かに救い得るだけの説得力を持っていた。


「……梨紗がそういうんだからそうなのかもな」


「はい、そうなんです!」


 梨紗はえへへ、と笑いながら猛烈な勢いで顔を仰ぎ始める。


「ところで先輩、今日、暑くないですか?」


「そうだな、暑いな。弱冷房車でもないのにな」


 シリアスなムードが過ぎ去ると、先ほどの梨紗の真剣な眼が再び脳裏に蘇り、柊も顔が熱くなる。

 そのまま2人して顔をぱたぱたと仰いでいるうちに、気づけば水族館の最寄り駅に到着していた。


「中学生と高校生1枚ずつお願いします」


「かしこまりました。学生証を見せて頂けますか?」


 窓口でやりとりをしてチケットを購入する。そのまま中へ向かおうとしたところで、梨紗からストップがかかる。


「待って下さい。お金! 払いますから」


 言い募る梨紗の頭に手を置き、キャップ越しに撫でてやる。


「今日は初デートだからな。俺が出すよ」


 梨紗は柊より5,6センチほど背が低いので、俯いてしまうとつばが邪魔で表情が見えなくなる。とまれ、お金を払うことは諦めたようなので、マップを眺めながらどこへ行くか考える。


「えっと、12時半からのペンギンショーと、14時からのオタリアショーと、15時からのイルカショーは見に行きたいので、まず初めの1時間でここを回って、少し早めの昼食にしようと思うんですがどうですか?」


「おっけー、そうしようか」


 マップもイベントスケジュールは事前に確認して頭に入っていたようで、梨紗のは柊の手を引いてぐんぐん館内に入っていく。


「どうしたんですか、にやにやして」


 思わず柊がもらした苦笑が不思議だったようで、梨紗が小首をかしげる。


「いや、これじゃどっちが先輩かわかんねえなって」


 本来なら先輩である自分が下調べをして梨紗をエスコートするべき場面で、逆にエスコートされているのがどこか可笑しくて、笑ってしまったのだ。


「いいんです。今日は先輩の失恋記念デートなので、先輩は黙って甘やかされておけばいいんですよ」


「いや、失恋を記念してどうすんだよ」


「いいんですよ。私にとってはめでたいことなんです!」


 上機嫌なまま柊の傷を抉りにくる生意気な後輩に、思いの外腹が立たない。それどころか冗談にすることすらできているのは、ようやく柊の中で区切りを付けられたという証拠なのかもしれなかった。


 梨紗のお陰で柊の気分もだいぶ紛れ、お昼を食べ終わる頃には午後のショーを楽しみにする心の余裕もできていた。


 そのまま何も起こらなければ、楽しいデートで終わっていたのかも知れない。だというのに、彼は見つけてしまったのだ。


 梨紗がお手洗いに入ったため、ベンチに腰掛けて漫然と辺りを眺めていた、そのときだった。視界の隅でたなびく、嫌と言うほど見つめ続けた黒髪を。彼は見つけてしまったのだ。




  *  *  *




 かおるんから泣きながら電話が来たのは、昨日のことだった。


 その日私は、友人同士をくっつけるために、これでもかというくらい世話を焼きまくった。二人も何だかんだ言いつつまんざらでもないようで、これは秒読みかななんて思ってた。かっこ悪い片思いもやっと諦めがつくなんて、清々しいような虚しいような、そんな気持ちだった。


 だから、突然鳴り響いた携帯の画面に映し出されるかおるんの名前を見て、ついにきたか、って身構えて電話に出たんだけど。


「え、嘘。断っちゃったの?」


「うん」


「なんで」


 鼻をすすりながらかおるんが報告してくれた顛末がうまく飲み込めず、思わず問い詰めるような口調になってしまう。


「なんか、自分が柊くんのことほんとに好きなのか自信がなくって。梨紗ちゃんの話とか聞いちゃうと余計に」


「そっかぁ。じゃあ、仕方ないね」


 それは、最高に私らしくない返しだった。普段なら


「もう少し待ってもらってよく考えてみなよ」


とか、


「とりあえず、2,3回デートしてみたら?」


とか言っていたはず。だってどうみてもかおるん柊のこと好きなんだもん。

 でも、「好きかどうか自信がない」なんて言ってるかおるんがあいつと付き合うのは、不公平な気がして、許せなくて。

 だから、これ以上何かしてあげる気にはもうならなかった。正直、「好きにすればいいんじゃない?」なんて言いかけて、ぎりぎりで回避した。


「ていうか、かおるん断った側だよね? なんでかおるんが泣いてんの?」


「なんか、柊くんのこと傷つけちゃったかなって思うと悲しくて。私のことほんとに好きって言ってくれてたし、立ち直れなくなってたらどうしようって」


「なら付き合えば良かったじゃん」


「それはそうなんだけど……」


 そんな理由で付き合うのは、とか、あくまで友だちとして、とかごにょごにょ言ってた。まあ、かおるんはそういう子だよね。


「柊の方は私がちゃんとフォローしとくからさ、かおるんも元気だしなよ」


「うん、ありがと」


 言葉とは裏腹に、元気になりそうな予兆が一切感じられない。


「ところでかおるん、明日暇?」


「え、暇だけど……」


「ならデートしよデート」


 手許には、お誂え向きに親が会社でもらってきたチケットがあった。柊を誘えないかななんて妄想してる間に使用期限が迫ってきたチケットを、親友の気分転換のため使うことにしたのだ。






 そんなわけで、かおるんと手をつないでやってきた水族館。目の前には、ベンチに座って誰かを待ってる様子の浅宮柊……いや、なんで?


「ぐ、偶然だね……」


 なんて声をかけてくる柊はテンパって視線を泳がせ、かおるんと目があっては気まずくなって目をそらす無限ループに入ってる。


「柊くん、1人?」


 ってかおるんが聞いてるんだけどさ、柊って水族館1人で来るキャラじゃなくない? てか明らかに人待ってる様子なのに気づかないあたり、かおるんも平常心じゃないよなぁ。


「いや、知り合いと一緒に」


「そうなんだ」


 知り合い、なんてごまかそうとしてるってことは、柊も後ろめたい気持ちがあるのかな。でもさ、柊と一緒に水族館来そうなのとか、家族じゃなきゃあの子しかいないじゃん?


「――なんだ、誰でもいいんじゃん」


 かおるんの唇からぼそりと一言、こぼれ落ちる。

 それが届いたのかどうか、あいつはかおるんの方に視線を向ける。口を開いて、戸惑ったみたいにまた閉じる。


「――それはまた、随分と勝手なことをおっしゃるんですね」


 かおるんへの返事は、背中から聞こえてきた。ぎょっとして振り返ると、可愛らしい女の子がニコニコしながら立ってた。


「そもそも、姫川先輩、先輩のこと断ったんですよね? 赤の他人の事情に口出しするのはいかがなものかと思いますよ?」


 柊を庇うように、梨紗ちゃんが2人の間に割り込む。顔にはニコニコした表情が張り付いたままだけど、拳にぎゅっと力が入ってるのが遠目にも分かる。


「別に口出しなんてするつもりないよ。ただ、どうしてるかなって心配してたら全然平気そうだったから、ちょっと拍子抜けしただけ」


 なんてセリフに気色ばむ梨紗ちゃんを、柊が必死に抱き留めて宥めてる。


 そりゃね、私は泣きながら電話してきてたのを知ってるから、かおるんの気持ちも分かるけどさ。でも向こうからしたら、余計なお世話って感じになるよね。


「俺は大丈夫だから。怒ってくれてありがとな」


 後ろから声をかけられると、梨紗ちゃんは落ち着きを取り戻す。肩からも力が抜けていく。


 今のうちに私はかおるんを宥めて、収束させよう。そう思った矢先だった。


「――あはは、告白されて真剣に悩んでた私が馬鹿みたい」


「ちょっとかおるん」


 大慌てで口を塞いだけど、時すでに遅し。梨紗ちゃんは体がぴくりと震わせて、かおるんを睨みつけてる。


「は? 逆に、振っても一途に想い続けてもらえると思ってたんですか。大した自信ですね」


 怒った梨紗ちゃんの声色は、私たちの知ってる梨紗ちゃんからは想像も付かないくらい、冷たくて苛烈だった。ありったけの罵倒と侮蔑と嘲笑を、フルオートでぶっ放してくる。


「付き合う気はないけど他の女子と仲良くしちゃだめなんて、都合良すぎません? そういうの世間じゃ『キープ』って言うんですけど知ってました? あれだけ悩んで悩んで告白までした先輩に、あなたはそんな不誠実な態度を返すんですか。好きな人に告白するのがどれだけ勇気いることか、分かってて言ってます?」


「そんなこと……」


「あーはいはいはい」


 かおるんが何か言おうとしてるけど、どうせまたロクなこと言わない。しゃあないから、かおるんの肩を抱き込みながら、間に入った。


 梨紗ちゃんの視線が私にもろに刺さってめっちゃ痛い。


「ごめんね梨紗ちゃん、この子ちょっとセンチメンタルになってるんだ今。後で落ち着いたら私からちゃんと話しとくからさ、今日はこれくらいで許してあげてくんない?」


 必死に梨紗ちゃんに笑いかける。かおるんがむくれてるけど、この際無視してしまおう。


「姫川先輩の肩を持つんですか?」


「肩を持つっていうか、まあ、友だちだから」


「友だち思いなんですね」


「まあね」


 梨紗ちゃんがちらっと柊を見る。


「俺はもう区切りついてるし、大丈夫だよ」


「うん……」


 柊が梨紗ちゃんの帽子に手を乗せて微笑むと、浮かべてた剣呑さが一瞬でどっかにいって、急にしおらしくなる。てか、ほっぺちょっと赤くなってない?


 とりあえず、梨紗ちゃんは柊に任せておけば大丈夫そうなので、むすっとしてるお姫様の腕を引っ張って、場所を移すことにした。


「椿」


 後ろから呼び止められる。


「辛い役回りさせて、ごめん」


 口から飛び出しそうになった返事を、辛うじて飲み込む。胸の奥で暴れる感情を、飲み込むことができず、吐き出すわけにもいかず、私は黙ってかおるんを引っ張ってくしかなかった。







「ごめん、ちょっとトイレ行ってくるからここで待ってて」


 かおるんにそう言い残して、トイレの個室に駆け込む。バタンと勢いよく閉めたドアに寄りかかって、ようやく吐き出せた。


「ふざけんなよ」


 何なんだよ、いったい。好きな人何故か梨紗ちゃんとデートしてるし、かおるんは変にへそ曲げてて意味分かんないし。

 挙げ句、何で私が梨紗ちゃんに睨まれなきゃいけないの?


 何で、私、こんな気持ちになんなきゃいけないの……?


「もう、わけわかんないよ」


 抑えていた涙は、一度あふれ出したら止まらない。脳裏に焼き付くのは梨紗ちゃんの頭をなでる柊の姿。前とは全然距離感が違った。


 私がかおるんを慰めてる間にあの子は柊を慰めていたんだろう。役割分担といえばそれまでだけど。柊を振ったのはかおるんの方なのに、かおるんを慰めてる間に柊が取られてるとか。かおるんじゃないけど「馬鹿みたい」だ。


「友だち思いなんですね」


 そう言いながら梨紗ちゃんが投げかけてきた視線。嘲笑にも、憐憫にも見えた。彼女はたぶん、私がどんな思いだったか分かってる。なんていうか、皮肉な話だ。


 そもそも、今日のことはどう考えてもかおるんが悪い。いろいろあって不安定だったのは分かるけど、振った相手に「誰でもいいんじゃん」とか、梨紗ちゃんが怒るのも当然だ。てか、梨紗ちゃんの方が幸せにできる的なこと言ってたのかおるんじゃん。

 でも、そう思っちゃうのは私が柊のこと好きだからかも知れなくて。中立でいよう、公正に判断しようなんて思ってたら、一番美味しいところは梨紗ちゃんにさらわれてた。


 結局のところ、かおるんとの友情とか、他人からの評価とか、自分の生きがいとか。いろいろなものに雁字搦めになってるだけなんだ。

 あの子みたいに、好きな人のことだけ見て、ひたむきに生きる勇気が無かっただけなんだ。


「もう、嫌だよ」


 雨は降ってないはずなのに、ぽつりぽつりと足下が濡れていく。






「大丈夫、おなかの調子悪いの?」


 トイレから出た私にそんな的外れなことを聞いてくるのは、我がクラスの誇る2大鈍感の片翼、その名もかおるん。

 一瞬いらっときたけど、うるうるとした目が可愛いから、まあ許す。可愛いは正義だからね、しょうがない。


「ごめんごめん、もう大丈夫。それよりオタリアショー見に行こう」


「う、うん……」


 かおるんが躊躇いがちに返事をする。まあ、何を気にしてるか分かるけど。


「柊と梨紗ちゃんならもう帰ったぽいから気にしなくて平気だよ」


「ふぇ?」


 柊からは別れてすぐに連絡が来たんだけど、どうやら私の方だけだったみたい。そりゃそっか。でも、ちょっと優越感がないでもない。


「私が悪かったのかぁ」


 ぽつん、とかおるんが漏らす。そりゃあね、って返したい意地悪な気持ちをぐっと堪える。今の私じゃ感情的過ぎて、多分まともな返事ができない。


「誰が悪いとかじゃなくてさ。かおるんはどうしたいの?」


「どう……どうしたいんだろう?」


「そればっかりは私には分かりません。かおるんの好きにすればいいんじゃない?」


 突き放すような言い方になってしまったのは申し訳なく思う。ただ、私の心もやさぐれてて、心のオブラートが入荷待ちだったのを理解して欲しい。


 ペトリコールが鼻の奥を刺激して、また泣きそうなのを堪えるのに精一杯だったんだ。






「――っていうことがあってさ」


『そ、そうか、苦労したんだな』


 ふう、1時間くらい話したかな、ちょっと話し疲れた。聞く方も疲れたんじゃないかな、ざまぁ。


「やっぱかおるんが悪いのかなぁ」


『いや、姫川も悪いけど、それ言ったら振った後輩とデートしてる柊も同罪だな。あと、後輩ちゃんが口を出すのもおかしい』


 そう、それ! 思った!


「そうだよねぇ。なんで私だけこんな苦労しなきゃいけないんだろう」


『だってお前そういう性格じゃん』


「にゃーもう。どうせ私は貧乏くじばっかり引く性格ですよーだ」


『自覚あんのか』


「うっさいなぁもう!」


 からかってきてるくせに、昂輝の声は優しげだ。


『お疲れさん』


 耳朶を打つ昂輝の声には、心なしかそこそこシンパシーが込もってた気がする。




  *  *  *




 ――好きにすればいいんじゃない?


 親友の言葉を思い出しながら、少女はため息をついていた。手に持ったスマホには、彼とのトーク画面。どうしたいか、と問われれば、謝りたいに決まっている。仲直りして、前と同じように仲良く話したいに決まっている。


 だが、彼はそれを望んでいるのだろうか。区切りが付いている、と彼は言った。今更彼女から謝ったとして、迷惑なだけなのではないだろうか。そう考えると、「謝りたい」という彼女の気持ちは、自己満足でしかないのかもしれなかった。


 少し前まで、1番気軽に電話がかけられる相手だった彼は、今、1番電話をかけづらい相手になっていた。


 断続的にトーク画面を眺め続けて早2時間。ちらりと時計を見て日付が変わったことに気づいた彼女は、彼に連絡を取ることを諦め、布団に潜ることにした。


 その夜の夢に出てきたのは、なぜかというか案の定というか、浅宮柊だった。

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