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桜色の盾  作者: 白兎 龍
第一章 魔境
48/59

閑話 斯くして薔薇と蜂は取り戻す

第五位階下位

 



 灰色に染まった世界。


 私は目を覚ますといつも通り、やるべきことをこなす。


 全て片付いたら後は見回りをしたり娘と話しをしたりする。




 極たまに新しく話を出来る娘が増える、私は彼女達と楽しそうに会話をしているのだ。


 だがそこにあの娘はいない




 無口だが人一倍優しい娘が、時折悲しげに此方を見上げて来る事がある。


 だが、私はそれに気付かずに変わらず話しを続けるのだ。

 本当は撫でてあげたい、不安を掻き消す様に大きな声で話し掛けてあげたい。

 それでも私は気付かない振り・・を続けてる。




 理由はわかっている、忘れた振りをしているのだ。

 本当は覚えている癖に、知らない振りをしている。

 だから気付かない振りを続けている、忘れた筈の事を思い出してしまうから。




 もう私の声は届かない。


 私は気付いているのに。



 知らない筈なのに、ゆっくりと、だが確実に薔薇の人への憎悪が積み上がっていく。



 私もいつかそれに埋もれてしまうのだろうか?


 そんな事は無い筈だろう、だってあの人は泣いていた。


 どのみち心の傷が癒えるまで、私の世界は灰色のまま。





 ある日、幼虫達に食べさせる為の肉を取りに遠征に行った娘達が思っていたより早く帰って来た。


 全員無傷だ、一先ず安心。


 喋れる娘の話しを聞くと、どうやらミツキと言う名の人に譲って貰ったらしい。


 その人には感謝するべきだろう。


 だが、私の事だから、数日後には忘れるだろう。


 心が麻痺した私は毎日を生きるので精一杯、新しい事を覚えていられる程の余裕は無い。


 この前だって、家族がまた死んだのに、私はまだ悲しいのに。

 一頻り悲しむと、私はその事を忘れた様に同じ日々を生きるのだ。






 どうやら喋れる娘が単独で外に出て行ったらしい、きっと助からないだろう。


 私は慌てた様に立ち上がると、巣の外に這い出た。

 その癖探しには行かないのだ、死体を見るのが

怖いから。


 死体が見付からないなら帰って来るかもしれない。


 知ってる癖に、忘れた振りをしている癖に、そんな事を思うほざくのだ。





 森から人が歩み出て来た、喋れる娘も一緒だ。


 娘はボロボロだが、良く見ると傷は無い。

 その上、娘を連れて来た人は薔薇の人と似ているものの、人間である事はすぐわかる、頭に薔薇が付いてないからな。


 だが、馬鹿な私は此処ぞとばかりに気付かない振りをした。

 溜まった憎悪を吐き出す為に、生贄を探していたのだろうか?

 本当に馬鹿な私だ。


 今まさに人間を殺そうとした瞬間、は人間と目があった。


 そう錯覚したのか、あるいは本当に・・・目があったのかわからない。


 ただその人間の瞳は灰色に染まった世界の中でそこだけが色付いていた。


 僅かに桃色掛かった綺麗な瞳、まるで心を覗き込む様に、あるいは心をさらけ出す様に



 ーーああ、やっぱり良い人だな


 ーー良い人なのか?









 気付くと私は攻撃を止めていた。


 あの今にも爆発しそうだった憎悪は嘘の様になりを潜め、今私の心に満ちるのは、暖かさと


 今世稀に見る羞恥心であった。


 やばい、またやってしまった、と。




 目の前に立つのは黒髪に桃色掛かった綺麗な瞳を持つ人間、服装は黒に金色の装飾が付いた高級感のある服だが、その胸元は喋れる娘を抱えていたせいか土がついている。

 人間はそれを気にするそぶりすら見せていない。


 私はいつの間にやら身に付いていた王者っぽい振りを止めると、それはもう無様に謝った。


 もう恥ずかしいやら情けないやらで言葉を選んでなんかいられなかったのだ。




 何より彼に嫌われる事を恐れた。


 その瞳に見つめられると何故だか心が満たされた、まるで乾いた大地に水が染み込む様に。


 暖かい物が心に流れ込んでくる。




 彼の歓待はつつがなく終わった、本当はもっと他に聞きたい事や言いたい事があるのに、娘達がする質問に合わせてしまう。

 私ももっとミツキと話したいのに、もっと心に近付きたいのに、気軽にミツキと話せている娘達に嫉妬してしまう。


 そして何より、ミツキの膝に座っている、あの喋れる娘……



 代われ!



 いやいやいや、何かおかしいぞ?


 そう! 娘の幸せは私の幸せ、娘の物は私の物、即ち愛しい彼の膝は私の物!!


 うむ、完璧だな!!




 いやいやいや、おかしい気が……する?


 いや、おかしくないな、問題ない。


 だが、此処には娘達がいる、立派な母として無様な姿は見せられない。


 あくまでも冷静に、かっこよく、母としての威厳を保つべし。









 彼が行ってしまった、後悔と寂寥が心を満たす。

 無様でも良いからもっと甘えるべきだったのだろう。






 私は今、身悶え項垂れている。

 側から見て十分無様な上に考えている事も恥ずかしい奴だ、羞恥心で死にそうですらある。

 だが、同時に安堵もしている。




 ーー私の世界は色付いた。




 十分な時で癒されて、必要以上に暖かさを分けてもらい、割れた心は繋がった。


 後は思い出すだけ、理解するだけ。


 今の私ならきっと乗り越えられるだろう。


 項垂れて色ボケる私を見て、私は期待に胸を躍らせた。





 それはともかく、さっさと正気に戻ってほしい、そろそろ私も恥ずかしい。

 我が事ながらようやく、娘がそれとなく馬鹿にしてきた理由を理解した。










 世界が色づくに連れて徐々に割れていた心が1つになって行った。


 色々な事に積極的になり、娘達も良く撫で、良く声を掛けた。


 無口なあの娘も最初は驚いていたが、どこか嬉しそうに見える。






 そんなある日の事、あの泥棒猫、じゃない、娘。

 娘の物は私の物、良いね?


 そのミツキと仲の良い娘がまた単独で何処かに行ったらしい、ミツキの影響だろうか? なら良い事なのだろう。


 だが、その日は天気も悪く、何か嫌な予感がしていた、朝から落ち着かず、何とも言えない違和感があった。


 これもミツキの影響だろうか? ならばそれに従うまで。


 私は娘達を呼び出すと、最低限の兵力を残し飛び立った。



 目的地はわかっている、あの日娘が居なくなった



 二度目の喪失の場所。















 森の大きく開けた広場、そこでは誰かが戦っていた。

 いや、戦っていたという言い方は違うのだろう。


 片方は鞭の様なもので攻撃し続け、もう片方はそれを反撃するでもなく避け続けている。




 ふと、あの日の事を思い出した。




 あの時、あの場所にあった紅は4つ、2つは薔薇の人の物、もう1つは薔薇の人が涙を流しながら両手で握っていた。


 そしてもう1つは、私を攻撃した幼い子。





 ーーああ! 私は、私は何て勘違いを……自分本位にも程がある!




 理解してしまえば早かった。



 母の悲しむ様を見て私を敵と定めた優しい幼子を


 誤解だと声を掛け、一度すら反撃しない優しい我が子を


 ーー止めなければならない





 私は威圧を放った、ピタリと止まる子供達


 これならうまく止められる!



 そう思ったその瞬間





 森の中から薔薇の人達が飛び出してきた









 最悪の状況だ、と瞬時に理解した




 薔薇の人の大切な娘に、集団で襲い掛かろうとしている様にしか見えない






 私は薔薇の人へと視線を向けた、ただ信じてくれと訴え掛ける




 彼女はしばらく口をパクパクと動かしたが、言葉が出てくることはなく、私も、何を言って良いのか、何を言うのが正しいのか、わからなかった




 事態は最悪の方向へと転がっていた



 私が見たのは此方を睨みつけ緑の蔓を武器に変形させた薔薇の娘達



 次に見たのは、それに対する様に攻撃体制をとった我が子達




 そこは、張り詰めた様な一触即発の空気で満たされていた





 不味い……!

 今声を発すれば、その瞬間に攻撃が開始される事だろう


 薔薇の人もそれを悟ったのか、口を閉ざし、悔しげに顔を歪めている











 状況を打破する方法が見付からないまま睨み合いは続いた。


 どれ程時間が経ったか、あるいは一瞬の事だったのか。

 ただはっきりと分かるのは、もう限界だ、と言う事。




 娘達が魔力を滾らせる




 それを察知した薔薇の娘達がそれぞれの得物に魔力を込めた








 どうしてこんな悲しい事が起こるのか。


 どうしてこんなに優しいこの子達が争わなくてはならないのか。



 ーー分かっている、全て私が悪いのだ。


 あの日、あの時、


 悲しみと恐怖、



 そして、自分への怒りを、




 ぶつける相手を欲してしまった自分がーー









 私も覚悟を決めなければならない。




 私は私の子を守る為に、彼女は彼女の娘を守る為に。


 優しい人達の命を奪う覚悟を、愛しい子達の命を奪われる覚悟を……







 互いが魔力を練り上げ




 戦いが





 始まる






 瞬間









 ーー何かが森を突き破って飛び込んできた











 それは黒に金色の装飾が付いた服を着て


 その服の所々に赤い血の跡が染みている


 その赤い染みは少しづつ大地を赤く染めていき






 子供達は突然の事に唖然としている



 張り詰めた空気はその一瞬で消えさっていた



 けれど、その時私はそんな事を気にしている余裕は無かった




 私は声を揃えて彼の名前を呼ぶと



 今にも死んでしまいそうな彼に飛びついた。


















 その後、薔薇の人達がミツキを付きっ切りで看病し、ミツキはどうにか死なずに済んだ。


 薔薇の人達への誤解も解けた。



 そして


 あの日を思い出した私は


 私自身の傲慢さと偽善、


 その心の脆さに立ち向かわねばならない。






 

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