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桜色の盾  作者: 白兎 龍
第一章 魔境
47/59

閑話 斯くして薔薇と蜂は分かたれた

第五位階下位

 



 あれから長い時が立った。




 あの後、今後のことを考え巣を移転する事にした。


 元々巣があった場所は山に程近い岩場の崖、そこに穴を掘った簡易的な物だったが、そのままでは糧を得る為に娘達を森に遠征させなければならない。


 ならばいっその事森に住もう、と、そう思い、あの娘達が散ったあの場所に巣を構える事になった。


 普通ならば危険な獣が住みつかない岩場の方が安全だが、今この森は薔薇の人が危険な獣を殲滅したので安全になっていた。

 死骸の幾らかは粉々に粉砕されて森の養分になっていたものの、折角なので食べられそうな物は頂いておいた。






 移転から数日、どうやら喋れるのは今の所大きな娘だけらしい。

 喋らずに黙々と働く娘達に寂しさを覚えながらそれを理解した。


 ある朝、何とその大きな娘が卵を作った。

 あまりの事に慌てた私はーー



「だ、だれだ! 相手は!?」


「おちついてくださいおかあさま、いみふめいです」


「ま、孫か!? わ、私はお婆ちゃんなのか!?」


「しょうきにもどってくださいおかあさま、いみふめいです」



 ーー落ち着くのに時間を要した。


 良く考えれば私も相手はいないし、孫でお婆ちゃんなのは間違いないし、よくよく見れば大きな娘は私が巨大化する前の姿にそっくりなのだった。



 さらに驚きは続き、何とその大きな娘が白い液体を吐いた。

 何やら専用の壺のような物を作ってそこに吐き出したようだ。


「ふわぁ!? な、な、何か出た!? びょ、びょびょびょ病気か!? ふわぁあわわわ、わわわわゎ!?」


「けふぅ、……ん? おかあさま? ……はぁ……またですか、みょうなもうそうをして……まったく……かわいいおかあさまです」



 何でもそれを娘達に食べさせると成長が促進されより丈夫な体に育つとの事、倒れるまで吐いた。

 その後娘に無茶苦茶しないでくださいと怒られたが、娘達を少しでも守れるなら無茶でも無理でも何でもしたかった、倒れてしまう自分の非力さに涙が溢れる思いだった。






 それからさらに月日は流れ、農業をする事にした。


 この考えは目が覚めてから常々思っていた事なのだが。

 このまま娘達が増えていけばその分探索範囲が広がり、万一外敵が現れた時は私がすぐに駆け付ける事が出来ないだろうと危惧しての事だ。


 農園を作り野菜や果物、花の蜜を得られれば、その分娘達も危険を冒してまで糧を探しに行く必要がなくなる。


 森を拓き土を耕し、集めた種や実を手当たり次第に埋めて、近場の川や泉から汲んできた水をあげ、試しに蜂蜜をあーー



「ちょっ!? おかあさま!? いまなにをしたんですか!?」


「……な、何もやってないぞ! 本当だぞ!」



 植えた植物は私が蜂蜜をあげた物だけ急成長し、花は直ぐに咲いてや蜜を沢山取れるようになった。



「ふわぁ! 凄いぞ! こんなに成長するのか」


「……そんなばかな……おかあさまがしたことがうまくいくなんて……はぁ、あしたはあらしがきますのね」



 もちろん土地が痩せない様に肥料を撒くのも忘れない、骨や落ち葉を粉々に砕き密かに蜂蜜を混ぜて土と混ぜた物を撒くのだ。

 それらは花や木をぐんぐんと成長させ、さらなる能率向上へと繋がった。



「ふわぁわわゎ! おかあさまが! おかあさまがどんどんりっぱに!? そんなばかな!?」


「……我が娘ながら割と酷いと思うのだ……だが怒りは湧いてこない……はっ!? これが娘愛か!!」


「あら? ……ほっ、いつものおかあさまにもどりましたのね、それでこそおかあさまですわ!」



 割と酷いと思うのだ……







 それからしばらくは貯蓄に費やしたものの、やはり土地は徐々に疲弊していくもの。

 必要十分な量を確保した後はゆっくり成長させて行く方向に転換し。

 農園の拡張と整備、巣の拡張に努める事にした。



 方向転換をした数日後の朝、大きい娘をもう一人生み出せる事に気付いた。

 それは感覚的な物で、何となく出来るんじゃ無いかな? といった程度の物だったが。

 家族が更に増えるなら、と生み出す事にした。




 生まれてきた子はあまり喋らない娘だった、様々な事を淡々とこなす様は何処か冷徹な印象を受けるが、その実良く見れば色々な事に人一倍気を使ってくれる優しい娘だった。





 それから更に月日は流れ、巣も農園も花園も大きく広がり娘達も安全安心な暮らしをしていた。


 そんなある日。


「御母様、分蜂しましょう」


「駄目」






「ということが有ったのだ」


「そんな事が……」



 駄目ったら駄目、と言い残すと私は巣を飛び立った、そのまましばらく真っ直ぐに進むと、久し振りに薔薇の人と出会ったのだ。

 勿論探していたと言うのもあるが、直ぐに出会えたのは運が良かった。

 薔薇の人とは娘の反抗期を相談したかったのだ。



「ですが、娘の独り立ちを応援するのも母の務めだと私は思います」


「う、そ、そうだろうか? でも外には危険がいっぱいあるのだぞ?」



 薔薇の人の言葉、確かに一理あるだろうが、やはり不安は絶えない、死にかけた事があるから尚のこと不安なのだ。



「はい、勿論、不安にもなりますし心配で眠れない夜もあるでしょう」


「な、なら」


「ですがーー」



 結論を急ぐ私に薔薇の人は決然と言い放った。



「ーー娘の成長を遮る事、それは一番してはいけない事だと私は思います」


「……む……うむ……そうだな……」



 何処か寂しげにそう言った彼女を見て、同じ思いを共有しているのだ、と悟った。

 きっとあの時のあの娘だろう、我の強そうなあの娘なら武者修行の旅に出たいと言っても不思議じゃ無い。



 母二人で話し合い、結果、お互いの長女を一緒に旅立たせようと言うことで纏まった。

 その日までの間に、とびっきり甘えさせて甘えようと……。





 旅立ちの日がきた。



「ほ、本当に行くのか?」


「ええ、私も御母様の様に立派な母になってみせますわ。それに、お姉様も一緒に行くのですから、何の心配も要りませんでしょう?」



 そう言って娘は森の方をちらりと見た、そこには既にお別れを済ませて来たらしい、薔薇の娘がいる。

 あの時より幾分か成長し、未だ幼いものの凛々しさを持った素敵な子。



「では、行ってきます」


「……ああ」



 私は追い掛けたくなるのを必死に堪えながら娘が森の中に消えて行くのを見送った。

 娘が生んだ孫達もその一部が娘について行った、心配でならず、声を掛けたくなったが、何とか耐えて見送った。



「おかあさま……」



 あの子とは違って一歩身を引いたところで、無口な娘は、しかしとても心配げに此方を見上げている。



「……大丈夫だ」


「ん……」



 この娘も姉と離れては寂しいだろうに、私を案じてくれている。

 あの娘が誇れる様な立派な母にならなければ。



「さぁ! やる事は沢山あるからな! さっさと終わらせてしまおう!!」


「ん……!」



 私は不安を掻き消す様に殊更大きな声を上げて何時もの仕事をやり始めた。











「さっさと終わってしまった……」



 あの後、暇があれば直ぐに娘の心配をし始める自分を誤魔化す為に私は何時もの数倍程の早さで仕事をやり、気付けば全てが終わっていた。



「ああ、あの娘は今何をしているのだろう? 危ない生物に襲われていないか? お腹を空かしていたらどうしよう? 疲れた時はちゃんと休む様に言ってなかった、言いに行こうか?」



 暇が出来てしまうともう駄目だった、押し寄せて来る不安に耐え切れず、正に飛び立とうとしたその瞬間ーー


 ーー1匹の娘が飛び込んで来た




「ジョオウサマ……」


「な!? どうした! その体、何があった!?」




 ーーボロボロの姿で




 甲殻はひしゃげ、割れた甲殻からは体液が垂れている、羽は折れ足も何本か無くなっていた。




「バラトタタカッタ、ヒメサマ、アブナイ」


「まて! 喋るな! 今治療をーー」




 ここで私には治療をする術がない事を私は思い知らされた。

 思えば当然の事だった、私が死にかけた時、治療してくれたのは薔薇の人だ。


 あまりの無力感に体は震え、吐き気が込み上げて来る。



 伝える事は伝えた、と言わんばかりにその娘はゆっくりと地面に落ちると、そのまま息を引き取った。





 死んでしまった、死んでしまった、死んでしまった、孫が娘が家族が。


 体と心が乖離して行く様な不思議な感覚がした。


 呆然とする自分、慌て始めた自分、それを見ている冷静な自分、まるで心が3つに割れた様なおかしな感覚。


 ただただ、全力で巣を飛び立ち娘のいる方へ向かった私へ



 無意味だとわかっているだろうに



 と、呟いた。











 私は何も考えずに飛び出した。



 ただただ何も考えずに、飛び続ける。



 唐突に声が聞こえた




 ーー無意味だとわかっているだろうに




 そんな事無い! だってさっきまで元気だったでは無いか!





 ーーわかって無い振りをしているだけだ、考えていない振りをしているだけ





 そんな筈ない! だってあの娘は立派な母になるって





 ーー見たく無い物を見る事になるぞ?





 そんな事は有り得ない……大丈夫、だって守るって誓ったから、だからあの娘は大丈








 ーー無力な癖に、臆病者め、現実を見ろ








 うるさい、うるさい、うるさい!! 守ると誓ったんだから、あの娘は無事なん








 ーーほら、見えて来たぞ? 呆れる程弱いお前わたしが耐えられるだろうか?










 直ぐ助ける、助ける、助け









 ーーキラキラと光って、まるであの時の様では無いか









 嘘だ









 ーー良く見るんだな






 嫌だ




 ーーそして思い知ると良い



 嫌


 ーー無能なわたし





「い……や……」










 妙にぼやけた灰色の世界にキラキラと光る娘のかけら



 やけに開けた森の広場、黄色と黒のかけらが飛び散るその場所の中心に




 赤い、紅い薔薇の花





『バラトタタカッタ、ヒメサマ、アブナイ』





 薔薇と戦った?






「お前が……やったのか……?」







 薔薇は此方を見上げた










 血の色をした、その瞳













 突如手から伸びた鋭い鞭の一撃が私を打ち据えた









 攻撃された?







 どうして?






 助けてくれた?




 どうして?



 ーー薔薇の人は誰?


 私を助けてくれた


 ーーばらのひとはだれ?


 むすめのいのちをうばった


 ーーアレハダレ?


 ワタシヲコロソウトシテイル





 ーードオスルノダ?



 ーーワタシハ……ワタシハアレヲコロ




『ああ! 良かった、目が覚めたんですね!』


 嬉しそうに、




 ーーワタシハ……わたしは




『貴方には奴らと戦う時の戦力になってほしいのです』


 不安そうに、気遣わしげに




 ーーわたしは……私は




『ーー娘の成長を遮る事、それは一番してはいけない事だと私は思います』


 寂しげに、誇らしげに




 ーー私は……




『ーー御母様の様に立派な母にーー』




 ーー私は……一体何を考えた?










「あああああああぁぁアアぁぁーーー!!!!」



















 気が付くと私は巣に戻っていた




 わからない、わからない、わからない



 ーー忘れるな



 何を? わからない、知らない



 ーー今はそれで良い、ただただ、忘れないで



 知らない、知らない、知りたく無い



 ーーお前わたしの心はまだ壊れていない





 ーーお前わたしが見たもの、聞いた事






 ーーお前わたしの特別は







 ーーあの娘は……まだ











 

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