閑話 蜂の女帝は斯く有りき
第五位階下位
「……ぅん」
目が覚めた。
重く鈍った思考で昨日の事を考えつつ、慣れた動作で配下を生産する。
「……んん?」
魔力を使用し卵を作る、そんないつも通りの事をいつも通りに五回繰り返した。
普段ならこれで疲れ、もう一眠りする所なのだが今日はかなりの余裕がある。
「うぅむ……まぁ良いか」
多く生産出来るということは良いことなんだろう。
魔力を多く込めれば卵だけでなく幼虫から成虫まで自由に作れる様になっている。
これも良い事なんだろう。
あまり魔力を使うとお腹が減るので、とりあえず卵を追加するだけにしておく。
「ぁ痛っ!?」
まだまだ余裕があったので外に出てみようと立ち上がったら、頭を天井にぶつけてしまった。痛いというよりも驚いた。
周りを見渡すと何故だか圧迫感の様な物を感じる、巣の中に特におかしな点は無い。
「んんん……これは……私が大きくなっているのか?」
巣の中と体を比較してみると、やはり体が大きくなっている。それも、成長したというより巨大化したと言った方が正しいくらいに。
そうと認識すると、巣の中が急に狭く感じて来た。とにかく外に出よう。
外に出ると、そこには見知らぬ生き物と見たこともない配下が遊んでいた。
見知らぬ生き物は恐らく人間だろう、何故かある知識でそれを理解した。
赤い瞳に緑色のツーテール、結び目には目と同じ色の赤い薔薇、草の匂いがする服を着ている。
その人間は此方に気付くと薔薇には合わない無邪気な笑顔を浮かべて声を掛けて来た。
「ああ! 良かった、目が覚めたんですね!」
「あ、ああ、えっと……誰だ?」
「え? ……覚えてない……ですか?」
そう言われ必死に頭を働かせる。
確か昨日はいつも通り過ごして
その後……その後は……
そうだ! 外に出たんだ
その後……どうしたのだったか……
「……おかあさま」
「ーーえ?」
突然聞こえて来た幼い声、それを発したのは間違いなく目の前にいる配下だろう。
ーーそう言えば、皆は喋れるんだったな。
黄色と黒の甲殻がキラキラと陽光を反射してーー
「……あ」
ーー思い出した
「落ち着きましたか?」
「……ああ、すまない」
気まずげにそう返す私に人間はニコリと微笑んだ。
あの後私は声を上げて泣き出してしまった。
優しく頭を撫でてくる人間と擦り寄ってくる我が子に我慢する事は出来なかった。
「……おかあさま?」
此方を心配そうに見上げてくる我が子。
「ああ、もう大丈夫だ!」
その不安を払拭する様に大きな声を掛けた。
私は幸か不幸かやり直すチャンスを得た。
次死ぬときは絶対に後悔を残さない様に生きる。
嬉しそうに擦り寄ってくる我が子を見下ろし、私はそう誓った。
落ち着いて来た頃、人間に話を聞いた。
倒れて死に掛けていた私を治療し、何とか巣を見つけ出して運び込んだらしい。
娘を呼び出し卵と私の護衛を任せ、本人は周辺の脅威となりそうな生物を殲滅して来たらしい。
見た目に似合わずアグレッシブな人だった。
その後、一日で卵が産まれたそうだ、それからは食料を集め与えてくれて、成虫になったのは昨日の事らしい。
……私は5日程眠っていた様だ。
更に、この人間どうやら人間ではないらしい、薔薇の木の精らしいです、と言っていた。
事実、娘も頭に薔薇の花が付いていた。
「何から何まで世話になった、お礼がしたいんだが……」
私も完治し、卵も無事産まれ成虫になった、それを見届けた彼女等はそろそろ拠点に帰らなければいけないらしい。
名残惜しいが彼女等にも事情がある、ならばせめてお礼を、と声を掛けた。
「いえいえ、お礼だなんてーー」
「御母さんは黙っててください」
「あ、あれー?」
断ろうとした母を押し退けその娘が前に出た。
幼きに過ぎるその娘は目付き鋭く此方を見上げて来た。
「私達は今黒い魔物の出所を探しています、アレは森を腐らせる、一刻も早く大元を叩かねばこの森は奴らの世界になってしまう事でしょう」
キリリと引き締められた憂いに満ちた表情から彼女が森を案じている事が良く分かった。
「御母さんは傷心の貴方に無理をさせまいと考えた様ですが……私は御母さんと私だけで奴らに勝てるとは思えないのです」
拳を握り俯く少女、肩が震えているのは悔しさからだろうか?
「貴方には奴らと戦う時の戦力になって欲しいのです」
不安そうに此方を見上げる少女、きっとこの娘は母親を、家族を失うかもしれないという恐怖と戦っているのだろう。
本当なら形振り構わず助けを求めたいだろうに、この娘は貴方達ではなく貴方にと言った。
「……うむ、分かった、その時は必ず力になろう」
そう応えると彼女は嬉しそうに微笑んだ。
ふと、この娘の母がどんな顔をしているのか気になり目を向けた。
彼女は此方に背を向けて遠い空を眺めている、此処からは顔色を伺う事は出来ない。
ただ、彼女の拳は強く、強く握り込まれていた。




