閑話 蜂の女王は斯く有りき
第四位階中位
「よし、行ってこい」
ブブブと羽音を立てて飛び立つ配下達、今日も沢山の蜜や果実、肉を取って来てくれるだろう。
私は日課の配下作りに取り掛かる、魔力を少しずつ流し込み、一定量になると魔法が発動する。
強い光が収まった後には、配下の卵が完成する、これが数日後には幼虫に、さらに数日後には蛹に、さらにさらに数日後には立派な配下になるのだ。
この生活も、もう一年はたっただろうか?
最初にこの世界に生まれ落ちた時は、右も左も分からず、ただただ本能に任せ、如何にか1日を生き抜き。
配下が増えるまでは本当に大変だった。
今では穴を掘り巣を作り、配下を送り出しては食料を得、安全平穏に暮らす毎日。
今後も変わらず死ぬその時までこのままなのだろう、私は満足していたし、それが当たり前だと思っていた。
「よし、行ってこい」
あれから長い月日が流れた、どれ程経ったのか覚えていないし、知るつもりもない。
……ただ、何故だろうか? 時折頭に靄がかかっている様な違和感を感じる瞬間がある、それが何なのかは見当もつかず、ただ変わらない日々を過ごす。
その日は良く晴れ、優しい風の吹く日だった。
配下の帰還が遅いのもあり、私は久し振りに外へ出てみる事にした。
陽光は空高くで輝く真昼時、流れる風は暖かく、仄かに若草の香りが混じっている。
「ああ……気持ち良いな……」
皆を迎えに行ってやろうか? と、普段は考えもしない様な事を思い付いた。
それが名案に思えてきて、私は暖かい空へと飛び立った。
皆とはずっと一緒にいるのだから、偶にはこんな日があっても良いだろう。
皆のいる方向は何となくでわかった、何故だかは知らないが、こっちにいるだろうと確信していた。
暖かい陽気の中空を進む、森の中を見下ろしていると遠くに陽光をキラキラと反射する物が見えた。
遠いが、それらが皆である事は何故か理解出来た。
おお、あんな所に居たのか。
私は皆が驚く様を思い浮かべながら近付いて行った。
何時も皆を率いているリーダーの前に降り立つ。
「遅いから迎えに来たぞ」
そう声をかける、すると彼女は一瞬驚いた様に固まり、直ぐに慌て始めた。
「ニ、ニゲテ!」
突然聞こえた声に驚いて固まってしまった
「……お前、喋れーーッ!?」
しばらく誰とも会話をしていなかったのが災いしたのだろう
彼女が必死の思いで紡いだ言葉
その意味に気付いたのは
ーー激痛の後だった
「ぐ……うぅ……な、何が……?」
突然強い衝撃に吹き飛ばされ、木を何本かへし折って止まった。
身体中に走る痛み、固い甲殻が幸いして傷は無いものの、所々へこんでいたり歪んでいる。
激痛のおかげか、思考を鈍らせていた靄がすっかり消えて無くなっていた。まるで目が覚めたかの様にスッキリしている。そしてーー
「あ……」
私は思い出してしまった
ずっと
一緒に
いた……?
だ れ と ?
少し考えればわかった筈
毎日配下を生み出しているのに
一向に数が増えていない
私は今まで、配下を……皆を……一度として見ていなかった
外には敵がいるのだ、私も最初の頃は緑色の大蜥蜴に襲われて大変だった。
私より小さくて弱い彼女等が
ーー死なない筈が無い
「あ……ああ……!!」
ーー何度変わった?
周りにいる娘達が
ーー何人死んだ?
皆を率いるあの娘は何人目?
ーー何を見てたの?
今あの娘はボロボロだった
ーー何をしてたの?
なにを……………
ーー何をしたいの?
「ーー助けなきゃ」
痛む身体に鞭打って、折れた羽で空へ飛び立つ。
助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ
あの娘が死んでしまう、死んでしまう死んでしまう死んでーー
ーーバキャ
固いものが砕ける音が響いた
「あ……」
目の前にいたのは体に赤い線が走る緑色の大蜥蜴
「あ、ああ……!!」
ーー何か食べている……?
な に を ?
「あああぁぁぁぁぁぁーーー!!!」
蜥蜴の足元に転がっている物は
陽光をキラキラと反射して光る
黄色と黒の
ーーあの娘のカケラ
ふと、我に返った。
地面に転がっているのは蜥蜴の肉、その胃から周囲に飛び散ったあの娘達の体のカケラ。
何をしたのかは覚えている。
噛み付かれながらも、引き裂かれながらも。
本能に全てを任せ、奴に顎を突き立て肉を引き千切り、一度も使った事の無い魔法の様な攻撃で痛め付けた。
瀕死で怯える奴の内臓を抉り出し……無意味を悟った。
私は力なく地面に倒れこむ、身体の至る所で甲殻が割れ中身が出ている、とてもでは無いが生き残れはしないだろう。
倒れこんだ視線の先に何か丸く細長い物があるのに気付いた、それは見慣れている物で、今初めて認識した物でもある。
何時生み出したのか分からないが、この娘は私の娘だろう。
死に際に咄嗟に生み出したのだろうが、私の本能が何を思ってそれを残したのかは分からない。
ただはっきりと分かる事は、この娘が今後たった一人で生きなければならないと言う事だ。
意識がゆっくりと薄れていく、あらゆる事が心残りで後悔は山の様に積み上がっている。
できる事ならやり直したい。
こんな私は地獄に落ちる事だろう、天国に行ったあの娘達に会えないのは寂しいが、私には丁度いい罰だ。
今生もまた、何も成せないのか、もはや自分が何を考えているのかすら分からない。
「うーん、こっちで音が聞こえたのですが……わ!?」
消えかけていた意識がその声によって引き戻された。
言葉の分かる何者かが近くに来たらしい。
最後の力を振り絞り卵を持ち上げると、その誰かに声をかけた。
「……お願い……します……この娘……を、守っ…て」
私の手元から卵が離れたのを感じ、私は意識を手放した。




