加藤の嘘
聖は可愛らしいインコの仕事に没頭した。
コザクラインコは初めてで、仕事は楽しかった。
暫く加藤の事は忘れていた。
「あれから、加藤に会ったか?」
薫からの電話で、その存在を思い出した位だ。
「会ってないけど、偶然北新地で見かけたよ」
と、ありのまま答える。
「北新地? 北新地のどこか、目撃場所を教えて下さい。目撃時間も正確に」
と、事情聴取みたいに聞いてくる。
「該当する、4階建てのビルは……コレやな。ガールズバー、にキャパクラか」
パソコンを触っている気配。
店を調べているらしい。
「プライバシー探っているの? 」
よほど暇かと思う。
「これや。『シュガー』という店や」
「何が?」
「加藤が行った店や」
「どうして分かる?」
「店のホームページ、見て」
と、興奮した様子で言い、電話は切れた。
ホームページに加藤が写っているのだと思った。
常連客が紹介写真に映り込んでいると。
北新地、シュガーで、すぐにホームページは見つかった。
写真が出ている。
ボックス席に、ホステスが5人、露出の多いコスチューム。
カメラ目線で微笑んでいる。
「加藤さん、写ってないよな。カオルはどうして、この写真で……」
つくづく眺めた。
右端の金髪ホステスは、加藤と一緒に居た女だと分かった。
「あれっ?」
別の、もう一人のホステスに、見覚えがある気がした。
拡大する。
<加藤の妻>に似ている。
いや、似ているのでは無く、本人だ。
厚化粧で雰囲気が違うが、顔立ちと骨格が
同一人物だと示している。
「……じゃあ、加藤は奥さんの同僚と浮気? 余りにイメージが違う。あの夫婦は……そんな感じでは無かったんだ」
マユに画像を見て貰う。
「奥さんは、結婚して店を辞めたとか。そのあとも加藤さんは店に通い続け、金髪の彼女と……」
写真には、新人紹介のコメントがある。
右端のホステスがその新人だと。
コメントの日付は4月1日。
2週間前ではないか。
そして、洋館でミチルの死体を見つけた、あの日だ。
「最近撮った写真なのね……北新地まで通っているなんて小さな子どもがいるのに大変ね」
「仕事は建築デザイナーで、立派な家で、車も高級。奥さんは清楚な感じ。テレビのCMに出てくるような一家だと……」
「印象と実際の暮らしは違うみたいね。ねえ、カオルさんは何故加藤さんの事、調べていたの?」
「洋館に一緒に行って、関わり合ったから、一応どういう人物か確認しているのかな」
「行動範囲まで調べるのは行き過ぎじゃない? 加藤さんが行った店を調べるなんて」
「うん。……暇なだけだったりして」
「理由があるかも。聞いてみようヨ」
悪戯っぽく微笑む。
白いドレスに着物を羽織った生活感のない姿も見慣れた。
コスチュームといい、
明るくなった顔つきといい、
<幽霊>と呼ぶには
ふさわしくなくなっている。
人の幽霊から、人ではないモノに
変化したのかしらと、
聖は改めて思った。
「11時か。まだ電話しても、いいか」
早速、薫に電話。
すぐに出た。
「セイ、加藤の家な。あれは空屋やで」
「空屋?」
意味がわからない。
「あの家は、2年前に、大阪市内の会社が別荘として建てたんや。でもその会社は倒産した。負債の担保になっている物件や」
「それを加藤さんが、買ったんだろ」
「売に出てない。ややこしい手続きの最中や」
「でも、現実に住んでいるじゃないか」
「それがな、ミチルの死体を発見した、次の日に、表札が外されていたんや」
ミチルの親戚が、警察に連絡してきたと言う。
発見者の<隣人>に、挨拶に出向いたが、空屋だったと。
「引っ越したのかな。嫌になって……いくら何でも急すぎるか」
「妙やと思って調べて、家の事が判明したワケや。それからな、建築デザイナーでも該当無しや」
住居も職業も嘘だった。
そして、忽然と一家で消えた。
「不法侵入の疑いがある。本人に話を聞きたい。行方を捜していたんや。北新地で見たと聞いたから該当する店を調べてみた。そしたら、何と、『シュガー』が出てきた。しかも嫁がおるヤンか」
「あの店、何かあるの?」
「うん。10年前、変死で見つかった女子大生が、バイトしていた店やねん。セイに頼まれて調べたアレや」
「えっ……そう、なんだ」
偶然なのか?
「わからん。『加藤』は空屋に不法侵入以外に、何か、やらかしてる、かもな」
また近いうちに会って話すと、
薫は最後に言った。




