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尾行

須永ミチルの死因に事件性は無かった。

冬場によくあるヒートショック。

警察が現場に呼んだ検察医が早々に答えを出した。

脱衣所、浴室の様子に

不自然な処は無いと、警察も判断した。

訪れる人も無く、発見が遅れた、孤独死は珍しく無い。


「サブロウさんも、女子大生も自殺。ミチルさんも……つまり、事件は無かった」

その夜、聖はマユに報告した。

「犬以外は、でしょう?」

 マユは<事件は無い>とは納得出来ないと言う。

「何か、引っかかるのよ。ミチルさんの家に同居人は居なかった。じゃあ、犬を殺したのは誰かしら。わざわざ山の中に、一匹の犬を殺しに来た。理由が想像出来ないわ」

「死後数ヶ月。その間に家の中に入った者は居ないって事だ」

「郵便配達とか宅配はどうなの? 加藤家の前を、洋館への道を通る人は居たんじゃないの?」

「事件性はない。だから、訪問者まで調べないとカオルが言っていた。ミチルさんの家のポストに溜まっていた郵便物は役所からの税金関係の通知書だけ。ダイレクトメールの類いも無かったらしい」


「セイ、これからどうするの? 死の影が見えてる男の子が、気になるんでしょう?」

「うん。そうなんだけど、接触する理由が無くなったかも。加藤さんに……携帯に電話したけど、出ない」

 遺体が運び出された(風呂場で半分解けた状態で大変な作業)後に加藤に電話してみた。

 が、出なかった。

 折り返しの電話も無い。


「加藤さん、ショックで、セイとも話したくないかも」

「そうかも」

「仕方ないわね。暫くは、セイからコンタクト取れないわね」

「加藤さんが電話してくれるのを待つしか無い。洋館を見に行こうとは思っている。その時に、加藤さんの家の様子を、せめて外から見ることが出来る」

 

 その後、 

 加藤からの電話を待ったが掛かってこなかった。

 

 1週間、過ぎた頃、

 山田鈴子が電話を架けてきた。

 

 仕事の話、だった。


「インコの剥製の注文やねん」

「インコ、ですね。種類は?」

「コザクラインコやて」

 聖は、

 コザクラインコを買う値段の

 20倍払って、剥製にする依頼人に興味を持った。


「了解しました。霊園の事務所に取りに行けばいいですか?」

「いや、それが。……職場に来て欲しいと、ご希望や。なるべく早く」 

「成る程。じゃあ、行き先をメールで送って下さい」

 宅急便でも良いのだけれど、

 手から手へ渡したいのかも知れない。

 珍しくも無い事で、軽く請け負った。

 だが、

 送られてきた<職場情報>に、目が点。


「大阪市北区……会員制倶楽部しらき……へっ?」

 北新地の、高級クラブだ。

 しかも<しらき>

 どっかで聞いたことの或る響きじゃないか。


「これって、前に猫の剥製作った、あのヤクザの白木さんと関係あるんですか?」

 山田鈴子に電話して確かめる。


「にいちゃん、その通りや。白木さんの紹介や。リサちゃんは、いい子やで。あんな、出来たら、店を開ける8時前頃に取りにいってあげて」

 さらっと言う。

 断る理由も頭に浮かばない。

 行くしか無かった。


 「分かりました。では今日伺います」  

 気が重いことは、さっさと済ませる主義だった。

 

 駐車場を捜す時間を考慮して、かなり早めに家を出た。

 それでも高速道路を降りてからが渋滞で、

 駐車場も近くに無い。

 現場に着いたのは、約束の時間ギリギリだった。

  

「倶楽部しらき」は

 北新地メインストリートの、11階建ビルの5階に在った。

 同じビルには、ショットバーやラウンジ、

 寿司屋、和牛専門店、があった。

 

 大きなエレベータに若いカップル、スーツの中年3人と同乗した。

 5階で降りると、

 黒いスーツの男が寄ってくる。

 30代から40代の長身で整った顔立ちの男だ。


「いらっしゃいませ。シラキの者です。お客様は奈良からおいでになった……?」

 と、声を掛けられた。

「はい、剥製屋です」

 名刺を渡す。


 <黒服>は丁重に名刺を受け取り、

「お待ちしておりました。少々お待ち下さい」 

 と、言う。

 聖は

 軍手をはめた左手に、一瞬鋭い視線を感じた。

 他の手袋にすべきだったかと、ちょっと後悔した。

 きちんと営業用の黒スーツ着ているのに。


<黒服>が「倶楽部しらき」のインターホンに何か囁くと

ドアが開いて和装の女が出てきた。


白っぽい生地にピンクと薄紫の柄で銀色の帯。

有名な演歌歌手に感じが似ている。

 艶っぽくはない。

 想像していた(北新地のホステス)と雰囲気がズレる。

 小柄で愛嬌の或る丸顔の女だ。

 年齢不詳。

 つぶらな瞳で、まず聖を直視した。

 紫色の小箱を両手で大切に持っている。


「わざわざ来て頂いてありがとうございました」

 と、箱を手渡す。

 小さな白い手。

 指先に数カ所、はっきりと、インコの噛んだ痕があった。


「剥製が仕上がりましたら山田社長に連絡して下さい。小さなお仕事でしょうから、お手隙の時に作って下さって結構です。急ぎません」

 と、頭を下げた。

 そして、<黒服>が店のドアを開ける。


 (そうか、商談終了なんだ)

 聖は、まだ一言も発していないけど。

「了解しました」

 慌てて言って頭を下げた。

 その時には、二人の姿は、店の中に消えていたが。


「ま、あっさり済んで良かった」

 箱の中を早く見たいけど、

 車に乗ってからじっくり見ようと我慢する。


 駐車場まで600メートル程なのだが、

 人通りが多く、急ぎ足で行けない。

 そして信号待ちは長かった。


 <人の手>を見ないように、ネオンを見てぼーっとしていた。

 その時、右後方から、聞いたことの或る声が。


「なあ、みっちゃん、今日は休んじゃえ。俺が店に電話してやるからさ。な、このままホテルに直行しようよ。なあ」

 こう、

 喋っていた。

 ごく最近、聞いた声。確かだが、誰だったかと、

 声の方を盗み見る。

 そこに、

 加藤が居た。

 そうだ、

 加藤の声だった。


 でも意外。

 声は加藤だが、口調が、別人のように……軽い。

 千鳥格子柄の派手なジャケット、大ぶりの金のネックレスが、

 自分が知っている加藤にそぐわない。

 

 隣に女。

 胸元を大きく露出したサーモンピンクのワンピース。

 髪は鮮やかな金色で、厚底のサンダルも金ピカ。

 べったり加藤に身体を寄せている。


「カトウセンセイ、金曜の夜やん。休めるワケないやん。ワガママ言わんといてヨ。今日休んだらクビになるわ」

「クビになって、いっそ、俺の愛人になれば。独り占めにしたい」

 

 信号が変わる。

 聖は、加藤の後ろに付くように移動した。

 <尾行>を試みてみようと。


加藤と連れの女は、メインストリートからすこし外れた裏通りの

雑居ビルに入っていった。

4階建ての古いビルだった。

縦に並んだ看板をスマホで撮っておく。

ガールズバー、キャパクラ……。

 加藤の連れの女は、この中の店で働いていて

 加藤は親しい客で在るに違いない。


「俺、こんな処で、何してる……」

 なぜ<尾行>してしまったか、自問自答した。

 偶然、見た加藤が

 自分の知っている人物像と、イメージが違い過ぎていたからだと

 頭の中を整理した。


「大人の男なんだ。いろんな顔があって当然じゃん。プライべートに立ち入ってはいけないんだ」

 ロッキーに乗り込んだ時点では、冷静な思考ができた。

 

(どんな子?)

 ワクワクして、紫色の小箱を開ける。

 箱は化粧品の空き箱だったらしく、いい香りがした。

 

 若いコザクラインコの冷たい(冷凍保存していたらしい)死骸と、

 USBメモリが入っていた。

 USBメモリが包んであった小さなメモ用紙には

(生前の画像です、神流様が良いと思うポーズでお願い致します)

 と、書かれていた。





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