表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/14

浴槽死

翌日

聖と薫、

二人で、遅い朝食を始めようとしていると、

加藤から電話があった。

「あの、今、水色の車が停まっています。……家の裏です。今まで見ていなかった場所なので、前も停まっていたのかも」


「そうですか。行きます、」

 聖は、(すぐに)と言いかけて

「1時間後に、行きます」

 と、伝えた。

 目の前には

 炊きたてのご飯、

 ネギ入りの卵焼き。

 山菜の味噌汁。

 キュウリと穴子の酢の物。

 薫が作った朝ご飯だ。

 とても美味しそうで

 ゆっくり食べてからでも、いいかもと。


「俺も行く。友人と紹介して」

 と、薫。


「幼なじみです。夕べからうちに泊まっていて……噂に聞くミチルさんを一目見たいと……」

 加藤に適当に説明する。

 平日に、男二人、暇そうにしているのは不審かもと、思いながら。

 加藤は、薫に頭を下げた。

 一切、詮索はしない。

 妻とレイは、門の外で聖達を出迎えていた。


「坊や、幼稚園、春休みかな」

 薫はレイに声を掛けた。

 レイは黙って微笑み、

 側の母親を見上げる。

「はい。春休みです」

 加藤の妻が答えた。

 白いコットンのシャツにジーンズ。

 薄化粧。

 やはり少年のように見える。

 改めて見れば長身と、気付いたが。


「歩いても、すぐですが、このまま一緒に車で行きましょうか?」

  聖の提案に、加藤は頷いた。

  そして、ロッキーの後部座席に乗った。

  ブルーのTシャツに、着古したジーンズ。

  キャップを被って、この前会った時よりラフな服装だ。

  

  聖のロッキーで、男3人、洋館に向かった。

  妻とレイは、その場で見送った。

  

 加藤家からミチルの洋館までは300メートルほど。

 路は途中でカーブしている。

 カーブの先に、

 木立の中、赤い三角屋根が見えた。

 白い壁にはツタが絡まっている。

 家の周りに赤煉瓦が敷き詰めてあるが 

 門も、塀も無い。

 どう見ても別荘だ。


 館の正面に車を停め、

 加藤が先導して裏にまわる。


 水色の軽自動車があった。


「長いこと、停めっぱなしやな」

 薫が言う。

 車体に葉っぱがへばりついている。

 蜘蛛の巣も張っていた。

 刑事で無くても放置状態は、一目瞭然だ。


「あの、なんか臭いませんか」

 加藤が呟いた。


「臭いな家の中から、きてるな」

 

 3人、洋館の正面に行く。

 インターホンが見当たらない。

 アーチ型で上部にステンドグラスがはまっているドアを

 何度か叩いて、声を掛ける。

 返答は無い。

 1階の窓、2階の台形に張り出したサンルームの窓も

 分厚いカーテンが降りていて

 中は全く見えない。


「開いています、」

 加藤が言い、ドアを開けた。

 とたんに、腐敗臭が中から流れた。


「た、大変だ」

甲高い声を上げて 

加藤が中に入っていった。

 

「あ、ちょっと、入らないで」

 薫は止めた。

 だが、加藤は聞こえなかったようだ。

 尤も、刑事の言葉だと知らない。

 聞こえていても従う理由はない。


 薫と聖も、慌てて中に入った。

 正面に階段がある。

 2階の廊下と2階の部屋のドアが見渡せる。

 2階廊下で、加藤が、何か叫びながら端からドアを開けている。

 知的で物静かな男が

 完全にテンパっている、と

 聖は思った。


「2階はあの人に任せとこか。セイは右のリビング見て。俺は左。キッチンと……風呂、見るわ」

 薫は鼻をひくひくさせて言う。

 この時点で

 腐敗臭の元が、どこにあるか予想していたようだ。


 リビングにはゴブラン織りの高級そうなソファ。

 本棚、チェスト、テレビがあった。

 部屋の中は整然としている。

 そして誰も居ない。

 壁には写真が数枚。

 金色でアラベスク文様の彫刻を施した額に入っている。

 どれも、同じ女の写真。

 着物姿。

 ミチルだ。

 さすが元女優。

 華やかな笑顔はプロっぽい。

 すごく美しいかというと

 そうでもない。

 白い肌に大きな目、ハッキリした口元、鼻は高い。

 なのに、美人には見えなかった。

 どうしてだろうと考えた。

「ちょっと怖い顔、なんだよな」

 なんで怖いか、

 写真をつくづく見て

 美形だが鼻が、鷲鼻のせいかと

 つまらぬ思考をしてしまう。


「風呂場で、遺体発見。捜索終了です。家の外に出て下さい」

 薫の声。

 大声で、同じフレーズを繰り返す。

 

 聖は、

 玄関に戻った。


 薫が両手で口を塞いで、居た。


「カオル、ミチルさんは風呂で……死んでいた、の?」

「うん。浴槽でな。事件性は無いと思う。よくあるヒートショックやろうな……ちょっと電話するわ。……臭い。たまらん。外に出よう」


 2人は外に出た。

 薫は警察に電話を架け、

 その後で、

 加藤の姿が無い事に気付いた。


「うわ、加藤さん、まだ中にいるんだ。呼んでくる」

 聖は中に入ろうとする

 同時に、ドアが開いて加藤が転がり出てきた。


 「ああー。うわー」

 その場にしゃがみ込み、吐いた。


「もしかして、風呂に行って、アレを見てしまった?」

 薫が聞く。

 加藤は頷いた。肩が震えている。


「警察が来るまで、俺と聖、2人居たら充分や。もう、いいから。もう、終わったから。家に帰ってシャワー浴びて……アルコールを口に含んで。そうしてください。歩いて帰れるかな?」

 薫は優しく、この場を立ち去れと、促した。


 加藤は、(はい)と、か細い声で答えた。

 フラフラと立ち上がり、

 恐ろしい場所から逃げるように、一目散に坂を下りて行った。


「相当ショックだったんだ。……死体を見ちゃったんだよね」

 自分は見なくて良かったと、

 聖は思う。


「キツイな。俺はチラ見しただけや。時間の経った溺死体のグロさは知っているからな。電車の飛び込みより強烈やで。もう、ドロドロで人間かなんかわからん。……素人やから、アレは何、もしかして人? でもどこから胴体?、どうなってるん……細部まで見てしまったかも……気の毒や。トラウマになるで」

 加藤に申し訳ない事をした、

 もっと強く、風呂場に行くのを止めるべきだったと。

 薫は反省していた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ