ミチルの事
翌日、
聖は早速加藤に電話した。
<洋館のミチル>に自分も挨拶したい。
<隣組>だから、と。
「有り難いです。行ってみて、車が停まっていたら、神流さんに電話します」
加藤は嬉しそうだった。
聖は次に、
結月薫にラインを送った。
(洋館のミチルさん、知ってる?)
と。
(どのゲームかな)
即、返信。
(リアルの話。楠本酒店の近く、洋館のミチル)
と、送れば、
電話してきた。
仕事中では無いらしい。
「セイ、ミチルさんに会ったのか? どんなバ-さんやった? 俺は1回も見た事無い」
興味津々だ。
自分が知らなかっただけで、村の有名人であるらしい。
「会ってないけどさ、近くに家を建てた人が居るんだ」
加藤との出会い、犬が殺された話をした。
「あ、あんな処に、家が建っているの?」
「うん。10年前、変死体が見つかった話を聞いた。加藤さんは気味悪がっている。薫、知っている?」
「あったな。確か女子大生や。……詳しく知りたいの?」
「ちょっと、気になって」
「よっしゃ。明日の晩、行く。明後日休みやし」
薫は、
久しぶりに聖に会うのが嬉しい感じ。
そして、
言葉通り、明日の夜に来た。
コンビニで買ってきた夜食を携えて。
四月の最初の日だ。
良く晴れて満月。
八分咲きの山桜が
月の光に
ぼーっと白く
山に点在する
滅多に無い、美しい夜だった。
「須永美千留が、本名やで。芸名は須永ミチル。女優には違いないが、昭和の映画の端役レベル。それでも、こんな田舎では有名人やな」
薫は
須永家について、聖よりは、知っていた。
焼き鳥と
チキンフライ
稲荷寿司
肉まん
お握り数個。
厚切りベーコンはシロに。
そして、アルコール類がいっぱい、
応接セットのテーブルに並んだ。
「カオル、俺は、あの洋館は、別荘だと思っていた」
「やろうな。空き家の時期が十数年あったから。洋館の主については、親父から聞いている。
尤も親父が駐在していたのは俺が小学校の間だけや。変死体の件は知らん。
その頃は、吉野におったからな」
結月薫の父が、村の駐在だった時期は数年。
駐在所は、県道沿い、楠本酒店より駅に近い位置にある。
小学校(分校)の幼なじみが
数キロ隔てた処から、
神流剥製工房のある河原まで、
川沿いに1時間歩いて来ていたのかと
薫のタフは
子どもの時からだと、
改めて知った。
「須永家は、第二次大戦後戦後に村に来た。嫁はドイツ人や。ミチルはハーフ。
長身で彫りの深い顔立ち、と、噂や」
洋館が建っている山のエリアの
元々の地主は、戦争で跡継ぎを無くし、家が途絶えたらしい。
「ミチルは20歳過ぎから70くらいまで、東京在住。15年前に実家に戻ってきた」
「その間、洋館は空屋だったのか?」
「完全に空き家になったのは三十年くらい前。ミチルの両親が亡くなってからや。ちなみにミチルは一人っ子。兄弟はいない」
薫の話から
ミチルは現在80代後半と判る。
その年で
常に和装で、
水色の軽自動車を乗り回してたとは、
粋で元気なバーサンには違いない。
「それで十年前の死体……事故なの?」
「当時の巡査に確かめた。10年前の8月、死後2週間から1ヶ月の状態。第一発見者は郵便局員や」
「……事故死?」
聖は同じ質問を繰り返した。
真夏の屋外で少なくとも2週間放置された
哺乳類の死骸の状態は周知だ。
肉食の鳥や獣。虫の餌となり
見つかったときには
骸骨だろう。
身につけていた服はボロボロの布の残骸となり
獣が食い残した肉片が
ところどころに、へばりついている
「検案結果は縊死や。精神疾患で入院歴もある。過去に自殺未遂有り。自殺をほのめかす言動もあった。遺書と見なされる、紙に書いたメモも現場で見つかった。よって解剖の必要は無かった。山の中で首を吊り、遺体を熊か猿が移動させた。この案件は……事件性が無い。自殺や」




