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鯉のぼり

「ミチルさんが死ぬなんて、全く考えもしなかった。……救急車を呼んだらどうなる? 警察が来たら……考えてみて、僕らにとってヤバイ状況だと」

 家の中には

 <加藤と妻>二人が暮らしていた痕跡が多くあった。

 元詐欺師の男と

 死人に変装していたホステス

 ミチルが死んでしまっては、関係を証明してくれる者がいない。


「まず、自分のモノを全部屋敷から処分しました。一人暮らしの老人の孤独死。よくある事だし、警察の調べも甘いと。……でも考えたら……一体誰が発見するんだって……」

 ミチルは<他人>が家に来るのを嫌った。

 醜い自分を見られたくないからだ。

 元々人づきあいは無い。

 宅配の類いも必要無かった。


「初めは宅配頼んで、発見して貰おうと考えました。でも、家の中を見渡して、マズいなと気がつきました。私達は2階の部屋を使っていたんですが、モノは処分しても、階段、廊下と、靴跡が残っていたんです」

 洋風の生活様式で土足。

 掃除が行き届いていないので、

 家具には埃がかかり

 床にも埃が溜まり、靴跡がくっきり付いている。

 だが、拭き取るのもマズイ。 

一人暮らしの、超肥満の老婆の家で

 床だけピカピカは不自然で目立つ。

 

「どうすりゃ良いんだと……考えました。そして、自分が、偽の人物になって、誰かと一緒に死体を発見し、その時に、2階まで靴の跡を付けまくって……通報は、その誰かにお願いしたらいいと。それしかないと。

誰が、どういう人が適任か、色々考えました……ふと、ミチルさんが話していた霊感剥製士の事を思い出したんです」

 「へっ?……面識無いですけど」

 聖は、ミチルの噂を隣組の老人達から聞いただけ。

 会った事は無い。


「ミチルさんはインターネットで、近辺の事を調べていたんですよ。(新しいケーキ屋が出来たから、買ってきてとか)神流さんに興味を持っておられた。生前会えなかったし、近所だし、いいかなと。発見者に決めました。早速プランを立てました」

 加藤は、自分が考えた<詐欺芝居>のストーリーを

 嬉々として語り出した。


「まず、僕らの役は、洋館の下に引っ越してきた家族。

接触理由は、客として訪問しようと……

新しいペットの死骸をSNSで募集して、安く手に入れました」

「!(そんなモノまで手に入るのか)」


「霊現象を捏造して、打ち解けようと。面白いストーリーを思いついた。でも、剥製の料金が高いのと、出来上がったら、受け取りに行くのが面倒だし、危険だと」

 

思案して、山田動物霊園に目を付けた。

 ホームページを見た事があり、事務所内に剥製が飾られていたのを覚えていた。

 提携しているに違いない(隣だし)

 埋葬なら料金も安く、後腐れが無い。

 霊園経由で、剥製屋に接触することにした。


「犬が死んだ理由をミステリアスにして、酒屋のバーサンが花を供えに来た事実を入れ込んでストーリー を組み立てました。成功、しました」

悪びれずに言う。

 確かに、成功した。

 北新地で聖が見たのは偶然だ。

 あの偶然が無ければ、

 ミチルは孤独死。

加藤一家は引っ越したと、なったであろう。


「アンタら、かわいらしい、この坊やも、詐欺に付き合わせたんやで」

 鈴子がたしなめると、

 加藤は縮こまって頭を下げた。(反省のリアクション)


「あ、レイ君は偶然なんです」

<妻>が口を挟む。

「レイくんって……アンタの子と、ちゃうんか?」

鈴子は驚いている。

聖も想定外だった。

加藤の子で無いとしても、女は<レイの母>だと思い込んでいた。


「ホステス仲間から預かっているんです。3日の約束でしたが、連絡が無くて……借金の取り立てがキツかったから、夜逃げかもしれません。殆ど喋らないので、連れて行っても大丈夫だと思ったんです」

 言いながらレイを抱きしめる。

 レイは女に笑顔を返す。

 

「アンタ、ずっと、坊やの面倒見るつもりか? 赤ん坊ならともかく、幼稚園に行く年ちゃうん?……行政に任せた方が、その子の為やで」

「はい……そうですね」

女は涙ぐんだ。

レイと別れるのが辛いのだ。

加藤の手はレイの膝に伸びる。いとおしそうに

ぽんぽん、軽く叩いている。

詐欺師だが、レイは可愛かったらしい。

否、加藤は本質的に

優しい性分なのだと、

聖は感じた。

だから、皆、すっかり騙されたのだと。


加藤の告白が一通り終わり

事務所内が、一瞬静かになった。

その時、

ノックも無くドアが開いた。

薫が、相棒を連れて立っていた。

グレーのスーツ。

久しぶりに見る<仕事着>。


「ご苦労様です」

ヤクザ二人が、頭を下げる。

薫は

「なんや。おたくらも、おったんか。ややこしいから、帰って」

と、まずは二人を退散させる。


「加藤サブロウさん、と奥さん、話を聞きたいことがあるので、ご同行願えますか?」

  <逮捕>の段階ではないらしい。

  加藤と女は(申し訳ありません)と呟き

レイを(守るように)真ん中に、3人抱き合うようにして

パトカーに乗り込んだ。


「刑事さん、お願いがあります。子どものことです。実の母親に虐待されていたかもしれない。身体に異常は無いか、医者に診せたってください」 

鈴子は、去ろうとする薫に懇願した。

「実の母? ……成る程ね。了解しました」


「にいちゃん、今、またちょっと、あの子の黒い影が薄くなった」

鈴子は嬉しそうに笑った。


「薫さんから連絡無いの?」

毎晩のようにマユは聞く。

  レイがどうなったか気になるのだ。


「あの子、どうなった?」

  山田鈴子からも、三日に一度ラインが入る。


「まだ、何も連絡は無い。待つしか無い」

 <死の影>が満ちる時が来て

 レイが死んでしまったら……いやだ。

 聖も、思いは同じだった。

 レイの無事を祈りながら、薫の報告を待った。

 

 待っている間に

 5月になった。

 山の朝も、そろそろ寒くは無い。

 良く晴れた朝早くに電話。

 薫かと思ったら、違う。

 楠酒店のバーちゃんだ。


(まだ7時じゃん。こんな時間に何?)

 誰か(村の老人が)死んだのかと、思ったが

「セイちゃん、分かった。思い出した」

と、明るい声。

「思い出した?……あ、アレの事? 花を供えていたアレ」

 今となっては、さして重要な事でも無いが。


「鯉のぼりや。あれは、鯉のぼりの、土台やで」

 昔、アノ場所に屋敷があり、

 跡取り息子の為に、吉方向に、しつらえたと言う。

 だが、結局男子は産まれなかった。

 一人娘は嫁に行き

 家は途絶えたという。



 どうしてもの買い物で

 駅前まで出れば、

 あちこちに鯉のぼり。

 これを見てバーさんは思い出したのかも。

 (一度も、鯉のぼりを立ててないのか)

 気まぐれにホームセンターで鯉のぼりを買う。

 大きくて綺麗で、案外安かったから。

 そして、

 <加藤家>へ寄り道。

 謎の四角い筒の泥を掻き出し

鯉のぼりを設置した。

五月のそよ風に

ぺらぺらの鯉は、はためいた。 

 

「あの子の鯉のぼりにしよう」

暫く、青い空と

三匹の鯉を見上げていた。


「やっぱりセイか」

不意に薫が現れた。

ぼーっとしていて

バイクの音にも

気付かなかったらしい。


「セイの処に行こうと県道走っていたら、鯉のぼりが見えたからな。見にきてん」

「そっか。それで、あの子はどうなった?」

「一番に子どもの事聞くか。さては霊感が働いてたか」

 意味深な言い方に不安になる。

 だけど、薫は微笑んでいる。


「実は、間一髪やってん。あの子、頭に腫瘍が出来てた。養護施設に入所時の診察で見つかったんや。緊急入院、緊急手術」

「腫瘍、……そういう事か」

手術の結果は、薫の顔を見れば、聞くまでも無かった。


「加藤の件やけど、ミチルが高級ホテル巡りしていた裏は取れた。病院の送迎もしていた。親族は、一緒に暮らして10年も世話をしていた人に、ミチルと会った事も無い自分が、何も言えない、と」

 つまり、ミチルの遺産の調査は必要無いと、心を変えた。

 

「10年前の詐欺については、加藤の親が、被害者に示談金の交渉中や」

「親が、そんな金、あるの?……高卒、工場で働いていたと、言ってたよな」

「うん。その工場な、祖父が創業者で父親が社長なんや。加藤は一人息子や。建築資材製造で従業員が200人程の規模らしいで」

 加藤は<建築デザイナー>を騙っていた。

 建築の知識が多少はあってのチョイスだったかも。


「跡継ぎで社長になるのかな。アイツ、結局、幸せ者じゃないか」

「詐欺師のくせにな」

「うん。すっかり騙された」

「騙されたな」

 薫は

 か・は・は・は

 と笑う。

 聖も、レイの無事を聞いて、

 嬉しい。

 何の不安も無く、

 レイの可愛らしい笑顔を思い出す。

 一言も喋らないけど、

 何時も、ご機嫌な、いい子だった。

 優しい両親に挟まれて、楽しそうに、見えた……。


「あの子は、本当に楽しかったんだ。ふたりに、可愛がられてたんだ」

 鯉のぼりは

 澄み切った青空を背景に

 鮮やかで美しい。


「見事な鯉のぼりやな。高いモノやろ?」

 薫が聞く。

「そう。……親父が誰かに貰ったのかな。桐の箱に入ってた」

 嘘をついた。

 詐欺ごっこをしたくなったのだ。


「やっぱりな。上等やと思ったで」

 薫は

 簡単に騙された。




最後まで読んで頂き有り難うございました。

   

            仙堂ルリコ

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― 新着の感想 ―
[一言] 詐欺を題材にしたお話でしたけれど、読後感がとても清々しかったです。 青空にたなびく鯉のぼりの力でしょうか。 警察に連れていかれた彼ら、詐欺をしたという過去はありますけど、人は良いのですから…
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