薫の推理
「サブロウの遺体は出なかった。手書きの遺書があったが、詐欺師だけに、本当に自殺したか疑わしい」
罪が発覚した頃合いを見計らったように、
<サブロウ>の自殺。
偽装工作かもしれない。
「他にも、妙な事が分かった。セイ、これ見て」
カオルはスマホの画像を見せる。
コンビニのATMらしきところに
和装の女が立っている。
斜め左上から撮っている。
浅黄色の着物。
白髪をアップに結い上げている。
白っぽいショールで襟元は隠れている。
「須永美千留の、生前の姿や。2月11日にコンビニの防犯カメラに残っていた」
「これが……ミチルさん、なんだ。確かに、かっこいいバーサンかも」
斜め後ろの高い位置からの画像でも
長身で、着物を着慣れている粋な風情は分かった。
「身長は164センチや。それで、この見た目やと、推定体重55キロ。ところが、溺死体の推定体重は(溶け出した脂肪、脱衣所にあった下着、ルームウエアから)95キロ前後、なんや」
「短期間で太ったの?」
「3Lサイズの下着は洗いざらし、やった」
「えっ、じゃあ、死体は別人?」
「それは無いな。高血圧で通院していた病院で確認した」
「と、いう事は……ATMに写っているのは、ミチルじゃないのか」
「綺麗な婆さんで評判やった、皆がミチルと思っていた、この人物は、誰かの、成りすまし、や」
「成りすまし……変装って事?」
「多分」
「いつから?」
「分からん。ミチルと親しい人物が、この村には居ないからな」
(ミチルさんはね、早くに東京に出て、十五年くらい前に村に戻ってきた。誰とも付き合いは無い。
別世界の人やからね。女優さん、やったの)
楠本酒店の老人は言っていた。
常に和装で、
水色の軽自動車を自分で運転して、
駅前のコンビニやスーパーに出現していたと。
「後始末を引き受けてくれた、遠縁の人の話では、多くの負債があったらしい。ミチルは元々資産家の一人娘や。親の遺産が億はあった筈。それを、この10年で使い果たし、さらに、カードローンやらなんやら」
「……誰かが、ミチルさんになりすまして、金を引き出していたのか」
一体、何処の誰が、とは思わない。
<加藤>が絡んでいると、
疑わずにはいられない。
「加藤の、詐欺師サブロウの仕業かも」
加藤とサブロウは同一人物ではないかと、
薫は言う。
「まさか、それは無いだろ。加藤は酒屋に行った。昔騙したバーサンと、普通に話していた」
「13年経っているんやで。バレない自信があったかも。癖の無い顔立ちや。一度見たら忘れない顔では無い。体型が変わり雰囲気が変われば、まさか同一人物とは思わないやろ。ほんで、ATMの女は、加藤の嫁、ちゃうか? 」
見直すと、背の高さや顎の感じが似て居る。
手はレースの手袋。
首はスカーフ。
年齢をごまかせないパーツはきっちり隠して、
顔だけならメークで老婆になれそうだ。
「セイ、加藤は、ミチルが風呂場で死んでいるのを知っていたと、考えられへんか?」
家の中から悪臭がすると最初に言い、
なぜか、真っ先に2階の部屋を調べた。
そして、最後に、家から出てきた。
「あちこち触って、指紋が出ても疑われないよう、工作したかも。つまり加藤は洋館に出入りし、ミチルを騙して金を盗み取っていたんや。」
自分が通報したら、正体がバレると考えた。
かといって、放置したままでは落ち着かない。
いつか発見され、事件性があると見なされれば家宅捜索。
家中の指紋を採る。
困ったところで、詐欺師の頭に、今回の筋書きが閃いた。
誰かと一緒に第一発見者になればいい、と。
通報はソイツに、と。
「つまり、俺に近づいたのは、溺死体を発見させる為だと?」
「うん。近所の霊感剥製士、コイツにしようと」
「わざわざ山田霊園経由で、俺に近づいたの?でも『死んだ犬』は? 花を供えに来たバーチャンと、女子大生の遺族に会ったのも、事実だし」
加藤の家が、空屋だったなら、
どうやって住人を装えたのか?
「酒屋のバーさんが、お供えに来たのは13回忌だけやないと思う。
予測して待ち伏せてたんや。命日は、偽装した本人なら知っている」
「女子大生の家族は? 命日にきたとは限らない」
「父親と、姉やったな。でも、確か母子家庭、一人っ子やったで」
「……作り話なのか」
「事実と嘘を織り交ぜて、霊感剥製士に相談する奇妙な話をこしらえた。実際、成功したやんか。セイは、家まで見に行き、自然な流れで、洋館に一緒に行った。巧妙な筋書きや。刑事のオマケは、想定外やろうけど」
詐欺師の作り話。
まんまと乗せられたのか。
「犬は……詐欺の小道具、なのか」
「柴犬やったな。交通事故で死んだと、言ってたんやな」
「うん」
「そんな怪我、やったんか?」
「……打撲。車に当てられたと……悲しんでいたし、不審に思わなかったよ」
「それは、子どもが犬について何か言っていたから? あの子は幼すぎて、演技は出来ない。よおく、思い出して」
セイは記憶を辿る。
<死の影>を背負った
あの坊や。
可愛らしい顔は、はっきり思い描ける。
シロが飛びついても怖がらなかった。
加藤は
(レイは犬が好きですから)
と、優しい父親の顔で言った。
……で?
あの子は、レイは、何と言った?
思い出せない。
記憶に無い。
……なにも、喋らなかったのか。
「あ、」
聖は、レイについての、ある事実に気がついた。
「セイ、どうや?」
「カオル、俺、あの子の、声を、思い出せない。あの子が何か喋った、そんなシーンは無かった」




