事故物件ではない
神流 聖:29才。178センチ。やせ形。端正な顔立ち。横に長い大きな目は滅多に全開しない。大抵、ちょっとボンヤリした表情。<人殺しの手>を見るのが怖いので、人混みに出るのを嫌う。人が写るテレビや映画も避けている。ゲーム、アニメ好き。
山本マユ(享年24歳):神流剥製工房を訪ねてくる綺麗な幽霊。生まれつき心臓に重い障害があった。聖を訪ねてくる途中、山で発作を起こして亡くなった。推理好き。事件が起こると現れ謎解きを手伝う。
シロ(紀州犬):聖が物心付いた頃から側に居た飼い犬。2代目か3代目か、生身の犬では無いのか、不明。
結月薫:聖の幼なじみ。刑事。角張った輪郭に、イカツイ身体。
山田鈴子(ヤマダ スズコ50才前後):不動産会社の社長。顔もスタイルも良いが、派手な服と、喋り方は<大阪のおばちゃん> 人の死を予知できる。
3月の始めにしては気温が高い。
空は晴れ渡り、梅が満開。
昨日まで雀たちが宿っていた木に
メジロの群れが、葉を揺らしせわしなくエサを取っている。
「シロ、こんな清々しい日に……厄介な話じゃ無かったらいいけど」
ロッキーの助手席に愛犬を乗せて呟く。
山田鈴子に呼ばれて、隣の動物霊園へ行くのだった。
「兄ちゃん、昼ご飯時にゴメンな。ちょっとな、お客さんの話を、聞いてあげて欲しい」
詳しいことは分からない。
鈴子は言わないし、聖も聞かなかった。
車で3分の距離。行った方が早い。
来いと言われて断れない。
山田動物霊園の事務所前には、鈴子のベンツの横に、ランドクルーザーが停めてあった。客の車だろうと思う。
黒いスーツ姿の、鈴子が出迎えた。
黒い服でも、相変わらず派手。
髪が銀色で、赤いフレームのメガネ。
金の指輪とイヤリングが大きいからか。
奥の応接室に、三十代後半位の夫婦、5才くらいの男児、が座っていた。
男は、膝に段ボール箱を乗せている。
筋肉隆々の身体に、優しそうな顔つき。
箱の中には柴犬の亡骸があった。
「可愛い。……まだ若いのに残念でしたね」
聖の関心は、死んだ犬に向かう。
自分が呼ばれたのは、この犬に関係する事に違いない。
名刺を出そうとすると、男が先に
「加藤です」
と名刺をくれた。
建築デザイナー、とある。
一見して、感じの良い一家だと思った。
もちろん、この一家に<人殺しの徴>は無い。
「1才になったばかりです」
加藤の妻が、小さな声で言う。
ショートヘアで薄化粧、少年のような雰囲気。
母親似の子は温和しく、DSをしている。
画面にピンクで丸っこいのが、ちらっと見えた。
「交通事故ですか?」
犬にはダメージを受けた形跡があった。
「多分、そうです。私も妻も、見ていなかった。家の前で死んでいました」
「轢いたヤツはそのまま逃げたんですね」
ひき逃げではないかと、腹が立つ。
「兄ちゃん、家の前で死んでいたのは、この犬が初めてと違うねん。今までに、2人、同じ場所で死んでいるらしい。」
「それは、家の前で2人死ぬような事故があったと、そういう事ですか?」
「交通事故はありません。調べました。一度に2人死んだのではありません。別々らしいです。知らないで、あの土地を買い、家を建てました」
加藤はスマホで、家の画像を見せる。
白い壁に細長い窓。シンプルで機能的なデザイン。
50程の敷地。
半分が芝生の庭で。
ブロック塀で囲まれている。
門を閉め忘れ、犬が外に出たのか?
「いいえ。門は閉まっていました。犬が庭に居ないので、まさかと思いましたが、外を見たら、血を流して死んでいました」
妻が、思い出すのが辛そうに説明した。
「不可解ですね。こんな道で」
坂は急で、狭い、山道ではないか。
ノロノロ運転でないと無理。
「神流さん。コレを、見て下さい。門の左」
アップで見ると、
石で出来た升状の突起物が、あった。
「1年前の春です。……知らないお婆さんがソレに花を供えて、手を合わせていたんです」
妻が話し出す。
「うちの前で、何してるんです、って聞きました……そうしたら、サブロウの命日、13回忌だから、お参りにきたと」
此処に墓があったのかと、聞くと、
違う、ここで死んでいたのだと、老婆は答えた。
「びっくりして、それ以上、何も聞けませんでした。お婆さんは、なにかブツブツ言いながら坂を下りていきました。……その時は、すこし呆けているのかも知れないと考えました」
ところが、夏に、また同じ事があった。
「盆休みで主人も家にいました。2階の窓から、花を持った二人連れが、坂を登ってくるのが見えました。もしやと思い、主人に知らせました」
60才くらいの老人と、その娘のような2人だった。
やはり花を手向け、座って手を合わせていた。
加藤は声を掛けた。
「この場所で亡くなった人がいるのは事実で、お盆なのでお参りにきたのだと思いました。それで、声を掛けましたサブロウさんがここで亡くなられたのですね、と」
妻から聞いた名前は、覚えていた。
「家の前に墓があるようなもので、好ましくはありません。場所を移して欲しいと思いました。しかし、何より相手を知り、コミュニケーションを取る必要があった訳です」
2人は、声を掛けられ驚いたのか、すぐには、答えない。
「これも何かの縁ですからサブロウさんの事を教えて頂けませんかと、お願いしました」
すると、老人から意外な答えが返ってきた。
(違いますんや。ワシらはサブロウさんとは関係ありません。今日は娘の命日やから、拝みに来たんです)
と、
言った。
「聞いた瞬間、ぞっとしました。……その2人は、ごく普通の感じで、嘘を言ってるとも思えない。嘘をつく理由も考えられない。娘さんの事、聞きました。いつ、どうして路上で亡くなられたかと」
(妹は19才でした。10年前です。どうして死んだのか分かりません。山犬に喰われボロボロで)
と、娘の方が答えた。
「2人は、それ以上語らずに去って行きました。私は過去の地元新聞を調べました。話は事実でした。家が或る区域で、変死体が発見されています」
「事故物件、だったんですね」
と聖が言うと
「敷地外で、10年前。不動産屋も知らなかったと思います」
と、鈴子が答えた。
「敷地外、です。それが厄介です。お参りに来られるのは感じが悪い。でも文句は言えない。アレも勝手に取っ払えない、でもどう考えても気味が悪い。同じ場所で、2人死んで。今度は犬が死んだ。そんな偶然、有るでしょうか? 非科学的な力が介入しているのでしょうか?」
加藤はまっすぐに聖を見る。
知性的な顔立ちだと気付かされる。
聖は、なぜ自分が呼ばれたか、やっと分かった。
<霊感剥製士>、の<霊感>に用があったらしい。
でも、
関わりたくない。
何の力にもなれないと思うから。
それに、
話を聞いた限りでは、2人の遺体発見場所が家の前とは限らないと、思った。
「花を供えていた、ソレは、古い、お地蔵様かなんかの残骸ではないですか? たまたま、そこに有るから、墓に見立てたと、考えられませんか?」
「あ、」
加藤の顔が、ぱっと明るくなる。
「つまり、ここで死んだというのは、もっと広い範囲をさしていると、おっしゃるんですね」
「そうです。13年で2人と犬一匹、多くない。この山は、もっと死体が出ていますよ」
指で数えかけてやめた。
「……実は家の処分を考えていました。犬が死んで動揺していました。……お話しできて良かった。有り難うございます」
加藤は深々と頭を下げた。
聖は、これで、自分の仕事は終わったと思った。
(もう帰ってもいいですよね?)
と、鈴子にアイコンタクト。
ところが、鈴子は、聖の視線を、
相変わらずDSに夢中な男の子へと、導く。
そして、眉をひそめる。
これが何の合図なのか、すぐに分かった。
鈴子は加藤夫婦の
この可愛い息子に、
<死の影>を見ているのだ。




