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婚約者を妹に奪われた私は、呪われた忌子王子様の元へ  作者: 秋月乃衣
本編

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芸術鑑賞

 晴れた日の昼下がり、ティアリーゼはターニャを連れて庭園を散策することにした。

 純白や薄桃が咲き誇る、レンテンローズの道を進んでいくと、見慣れた姿が視界に入った。


 肩下まで伸ばした赤髪を束ねた後ろ姿、ターニャの兄、マシューだ。


「マシュー」

「お嬢様、散歩ですか?」


 声を掛けると、彼はすぐに振り返った。

 マシューもターニャ同様、この城での奉公に随分と慣れてきたと先日、自ら口にしていた。彼曰く、この城が公爵家の屋敷よりむしろ居心地が良いのだとか。


「お庭でのお仕事?それとも雪像を見ていたのかしら?」

「いやぁ、間抜けな生き物の雪像と、見事な一角獣の雪像が並んでいるなぁと」

「あぁ……」


 ティアリーゼの眼前に鎮座する二体の石像。その一つは、初めてユリウスと出会った時に彼が作っていたイエティの雪像だ。

 あの時と変わっている部分といえば、削げ落ちた筈の両腕がレイヴンにより、左右対称に修復されている。

 その際、レイヴンはついでに自分でも雪像を製作していたらしい。

 これ見よがしに、ユリウス制作の「間抜けな顔のイエティ」の隣に、見事なユニコーンの雪像が出来上がっていた。

 それらを見比べてみると、出来栄えは雲泥の差であり、ユニコーンは今にも動き出しそうな見事な佇まいである。


(レイヴンは本当に何でも出来るのね……)


「ティア、ここにいたのか」


 振り返ると、雪像達の製作者であるユリウスとレイヴンが、こちらに歩いてくるところだった。


「おお、赤髪の兄妹も一緒か。マシューとターニャだったか」

「旦那様に名前を覚えて頂き、恐縮でございます」

「うちは使用人が少ないからな、この人数の名前くらいだったら、僕だって覚えられるぞ」


 驚きつつ急いで頭を垂れる兄妹に、ユリウスは明るく笑う。


「皆で芸術を鑑賞していたのか。僕の美しいイエティを眺めていたという訳だな」


(美しい……?)


 愛嬌はあるがマシューの言うように、独特過ぎるセンスのせいで、美しいとは形容し難い見た目に仕上がっている。

 しかしこのユリウスの満足気な表情を見ると、ティアリーゼは指摘しようなどという気持ちは、露程も湧いてこなかった。


「お三方とも、ユリウス様には気を使わずに、はっきりと言って下さって構いませんよ」


 にこりと微笑むレイヴンの言葉には、明らかな嘲笑が見て取れる。

 無理だろう。ティアリーゼでも本心を口にするのは憚られる。一介の使用人であるマシューとターニャの表情には、困惑の色が浮かんでいた。


「存分に愛でて知見を広げるといいっ」

「このように、はっきり言わないと、調子に乗ってしまわれるのです」


 レイヴンの言葉に「なるほど」と納得の一言が喉まで出かかった。

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