—乙女の頑張り—クリスマスイベント
ある日の昼下がり。乙女たちはばたばたと廊下を駆けまわっていた。活発な少女が、大人し気な少女が、無口な少女が、精霊の少女が、広い部屋を飾りつけていたりしている。
そんな少女達を補佐するように暖かい目で見守る大賢者とその従者、そして彼らが頼んで手伝わせてもらった侍女や執事達。
重労働ができる兵達まで動員して、決まってひとつのイベントの準備をしていた。
「それで、プレゼントはどうするのか決めたの?」
「あたしはもうきめたよー。かれんは料理がとくいだから、すいーつを作っておくったらるねっくすよろこぶとおもうよ!」
「ん……わたしもそうしようと……思ってた……意気投合だね……」
「折角色んな人にも手伝ってもらったんです。絶対にルネックスさんに喜んでもらわないと、ルネックスさんに恋してる乙女なんて名乗れません!」
活発な少女、フレアルが取り締まりを行う。此処は彼女の部屋であり、王城全てを『クリスマス』風に飾るのに大量の動員をしているのだ。
そんな彼女の取り締まりに答えたのは大精霊の少女、フェンラリア。フレアルと同じくらい取り締まるのが上手いので、度々ライバル視し合っている。
そしてフェンラリアと意気投合した無口な少女、カレンは拳を握って意気込む。そんな彼女と同じく大人し気な少女シェリアも意気込んだ。
現在ルネックスはわざとらしいとも言えるがコレムに頼まれて他国に遠征任務に向かっている。戻ってくるのは明日の昼下がり、今日のこの時間である。
今までのお礼もかねてとコレムに説明したのは大賢者テーラ、『くりすます』の存在を説明するとコレムは大喜びで受けとめてくれた。
更にシェリア達にも話すと、コレムより喜んで盛大な拍手をもらった。
それから寝ず食わずでシェリア達は準備を続け、それなりに休憩を取りながら実行している侍女達にとっては、引く程の行動以外の何物でもない。
ただ、侍女の中でも恋を体験したことのある者は仕方ないと思えているらしい。
「私、ルネックスさんの服を一式作ります。今からじゃ遅いなんて言い訳はいらないです、命を賭けて作ります!」
「わたし、ルネックスの喜ぶような料理を作って期間を待つ……そしてクッキーを作って贈る……!」
「んじゃ私はルネックスに似合うネックレスを選んでくる! 今から。それじゃあ、また夜に帰って来るわね!」
「あたしはどうしよかなー、精霊界の禁書庫のほんをもちだすー!」
シェリアが一番ひたむきに頑張っている気がする。カレンも乙女らしく燃えて頑張っている気がする。フレアルは一生懸命模索している。フェンラリアはあまりにも手段が多すぎて、もはや敵対しようと思うのもおぞましい気がする。
何をどうしたら精霊界の禁書庫を持ち出そうとするのか、思考回路が謎である。
しかしルネックスにとってこれが一番喜ぶだろうと言うのも、間違ってはいない。
〇
長い長い廊下には、金色の壁紙から赤い壁紙に張り替えられていた。王城はあちこちにツリーが置かれ始め、リースも壁に無数に張り付いている。
雪だるまやサンタ、靴下も。とりあえず王城がとても賑やかになった。テーラは夜になると点灯するライトを改造してルネックスが戻ってきたら自動的に点灯する装置を作った。
そのライトを王城のあちこちに配置するのは、必然的に彼女の仕事となった。
「ぜぇ、はぁ……なんでこんなバカデカいのこの王城は……!」
「何で、神界で戦った、時より、疲れているんだ。まあ、この王城が、バカデカいのは、否定しないがな……!」
「そう言うセバスチャンも息切れまくりじゃん、ボクのがまだいいじゃん!」
そう。日本で言う東京ドームなんて比にもならない大きさの王城にライトを内装する仕事が、たった二人で行われていたのだ。
疲れるのも当たり前であり、むしろ倒れていないのを褒めてほしいくらいだ。
ちなみにシェリア達の気づかいで、ルネックス達の住むスイートルーム、最上階は一番最後に飾り付けをすることになった。
そして全ての飾り付けが終わり、残るは最上階のみになった。夜中の三時。ルネックスが戻ってくるまでまだまだ時間はあるのだが―――。
「ヤバイ。疲れた。倒れたい。気絶したい。もう心くじけそう」
「諦めるのか? あのお前が?」
「諦めないよ! ボクが諦めることがあったら殴れって昔約束したんだから、セバスチャンのチョップはマジで痛いんだかんね」
弱音を吐くことはあっても、所詮偽りの弱音。本当の彼女はいつまでも諦めることは無く、それこそ命を捨ててでも選んだことは貫いていた。
それを分かっていたからこそ、セバスチャンもただ言ってみただけだった。
テーラは階段を上っていく。セバスチャンもそんな彼女に自分もへとへとになりながら付いて行く。そんな二人の横を―――。
「ってフレアルさん、何でここにいるんですか!?」
「コレム様に意見を貰いたかっただけよ! シェリアこそ、時間ないんだから黙々と毛糸やってりゃいいのに!」
「私は毛糸を取りに来たんですー!」
「シェリア、フレアル……うるさい……性格が……めっちゃ豹変……してる……」
「「カレンまで何でここにいるの(ですか)!?」」
男であるコレムに意見を貰おうと出てきたフレアル、足りなくなった毛糸を取りに来たシェリア、材料を取りに来たカレンが鉢合わせになって喧嘩している。
普段なら穏やかに済ませられる話でも、テンションが上がっていれば、恋する乙女ならば変わってしまう。
そんな彼女達より自分の勝ち―――と密かにカレンが思っていたことを彼女たちは知らない。そしてカレンも彼女なりにテンションが上がっているためにぴしゃりと言ってのけたことを彼女たちは知らない。
そして、その証拠にカレンはへとへとになっているテーラとセバスチャンに気付かずに、三人で言い合いながら通り過ぎていく。
テーラはその背中をしばし眺めてから、ふっと慈しむように笑った。
「ルネックスは幸せ者だねぇ……たくさん、愛されててさ……」
「おいテー―――」
「さぁー行こう! ルネックスのためにも乙女達のためにも、へばってちゃいらんない! 幸せ者の帰りまでに終わらせんだよ!」
復活したテーラは大股で階段を駆け上がりながら叫ぶ。その背中を懸命に追いかけるセバスチャンは、微かに眉をひそめていた。
―――貴女は、ルネックスと同類です。
そう思いながら。鈍感なルネックスと共に、テーラも鈍感なのだ。ルネックスほど愛されては来なかったテーラは愛に鈍い。
セバスチャンが慈しむように彼女を愛しても、冗談だと切り捨てられる。
それが、彼女の深い闇のような人生から来るものだという事を、セバスチャンは分かっていたからこそ何も言わなかった。
大賢者テーラもシェリア達と同じく、恋する乙女でもあったから。
〇
大精霊の特権、精霊界にひとっとびを使ったフェンラリアは、禁書庫の中を必死に探っていた。勿論、中には持ち出してはいけない物もある。
英雄ルネックスの知識を増やすためならと、精霊たちは彼女の提案を拒否することは無かったが、精霊界の核心に関わるような物もある。
下手に人間界の者に触れさせるわけにはいかない物は、基本的に整理して今探っている場所とは違う本棚に移す。
「んーと、んーっと……」
できるだけルネックスが未修得の魔術が記されている本を選び、人間界では葬り去られているような歴史が記された本を選ぶ。
軽々しくそう言ってはいるのだが、これを人間界に発信するとなると、莫大なバッシングと称賛を同時に浴び、国内外から敵視されたり利用されたりする。
それほど重要な書物であり、本来はおいそれと持ち出してはならない。
でもあのルネックスならと、精霊界が公式的に認めたのだ。それに、勇者グループの一人であり大精霊でもあるフェンラリアの頼みである事実も強かった。
「あ! 聖神のかこがかかれてる! これはぜったいるねっくすよろこぶ」
聖神の過去、『あの』悲劇の歴史が書かれた書物を胸に抱いて喜ぶフェンラリア。ルネックスは喜ぶのだが、テーラにとっては黒歴史でしかない。
それを知るのは、ルネックスが戻って来たもう少し先になる事だろう。
〇
ルネックスの部屋に足を踏み入れたカレンは、赤いナフキンの敷かれた長机に料理を並べていく。同時に、可愛いラッピング袋にクッキーを詰めていく。
元は『料理ができる奴隷を』とルネックスが彼女を買ったのだ。そのために買われた身なのならば、それ相応の結果を出さなければならない。
いいにおいが鼻をくすぐる。常人が見ればすぐに飛びついてくる、たくさんの料理が混ざっても煩わしくない爽やかな香り。
それでもカレンは満足せず、これでいいのかなぁ、と不安に思っていた。
「よし……ルネックスが帰ってきたら……いいサプライズになる……と思う……」
百と満足できなくても達成感はある。カレンの口角は自然と上がり、満足しきれなかったことから語尾は弱くなったが、湧き上がってくる喜びは確かな物だ。
「さて、次はどうしよう……」
湧き上がっていくやる気に身を任せて、彼女は更に進化する。
〇
深夜。静かな街並みは緩やかな音楽が流れていて、宿屋ではにぎやかな声が響いている。ほんのり光る街灯が、今までとは違うように世界が進化したと物語っていた。
歩けば歩く程進化の度合いが分かる街並みを、ルネックスは晴れ晴れとした顔で歩いていた。
顔を上げて王城を仰ぐと、街灯の光を受けて所々が光ったり暗かったりする美しい装飾のついた、見慣れた城が瞳に移る。
遠征が上手く行き、予定している時刻である明日の昼下がりよりも早く帰ってくることができた。現在のルネックスの気持ちは限りなく高揚している。
「お疲れ様です」
「いえいえ、これが仕事なので。ルネックス様こそお疲れ様です。ふっ」
王城の前に立っていた兵士に声をかけるが、彼はいつもとなんだか様子が違う。わくわくしているような、ニヤニヤしているような。
怪訝に思いながら慣れた王城に踏み込むが―――その中は見たこともない装飾に満ち溢れていた。赤に染められた壁と地面が優雅さを出している。
飾られたツリーが赤の存在感を鎮め、穏やかさを出している。丁度よく比例しずっと見て居たくなる程綺麗に飾られた王城が、そこにあった。
「ルネックス―――……メリークリスマス……!」
「か、カレン?」
赤い帽子に紅いドレス。サンタの衣装を着たカレンが飛び出してきて、ルネックスに差し出したのは綺麗にラッピングされた袋だった。
ルネックスがそれを受け取れば、入れ替わり式でシェリアが登場する。
「こちらを受け取ってください。私が作ったんですよー!」
戸惑いながらも服のセットを受け取ると、シェリアとカレンがわざわざルネックスの部屋に案内する。その表情は恋する乙女のそれであった。
陰で見守っていたテーラはふっと微笑むと、かちりと手元のスイッチを押した。
張り巡らされた小さな電球から虹色のライトが光り、ルネックス達の足元を照らす。誰にも言っていなかったが、テーラは誰が何処に足を踏み込むか全て計算してライトが光る場所を操作していた。
そのために体力無限なのにあれだけ疲れていたのである。主に精神的に。
ルネックスが自分の部屋の中に入ると、遠征を終えたばかりで疲れ切った体を揺さぶる強烈で華麗な料理の匂いが鼻をくすぐった。
長机に並べられた料理の横で、カレンが胸を張って自信満々にしていた。ルネックスがこれ以上なく戸惑っているところで、すぽっ、とルネックスの首に何かが当たった。
次の瞬間には、きらりと光ったシンプルでそれでいて優雅なネックレスが首についていた。
「フレアル……今度は君か」
「テーラさんに教えてもらったんだ。二十四日と二十五日は『クリスマス』って言うんだって。プレゼントを贈る日だって聞いたの」
「この世界にサンタさんはいないので、私達がルネックスさんのサンタさんになるんです。喜んでもらえましたか?」
綺麗に飾られた机の横にあったのは、長机とは少し装飾が劣る小さな机。しかしそこには精霊界の重要な資料が山ほどに積み上げられていた。
その本の上に座っていたのは、にこにこと微笑んでいるフェンラリアだった。
「あさまでたのしもー!」
やけに誤解を招きそうなセリフと共に、鮮やかな夜が幕を開けた。
―――念のために言うが、やましいことは、ない。
クリスマスイベントです。
一応私の主な作品であるので、これだけはやらねばと思っていました。
Wi-Fiが変わって非常に遅いんですよね……(;^ω^)
乙女の頑張り、萌える……方はいますかね?萌えませんでしたかね?四千文字では我がヒロイン達の良さは表せないんですよッ!(*'ω'*)




