ななじゅうろっかいめ 超新星大爆発覚醒
深淵の闇が広がっている。心が破滅させよとささやく。頭が壊せと叫んでいる。怨念の念が瞳に集まっては空気に霧散していく。
闇に溶け込むのが心地いい。ただ、決められたわけでもない二つに分かれた境界線をにらんで必死に足で体を支えた。
頭を漂うのは罵声。罵倒も心を割くように響いてくる。顔を上げることができない。足を踏み出して口を開こうとすれば無限の怨嗟が無為に湧いてくる。
終焉へ導け。終わりは何処までも悲しく痛々しい。その中にある嬉しさが、限度なく自分を楽しませていく。
頭が、心が、体がひとつ怨嗟を口にするたびに、口元が禍々しく歪んだ。
天を刺し血を割く哀哭が響き渡るのも構わないで、無理をしていると分かっているのに足を踏み出さずにはいられない。
超えろ。叩け。希望を夢見る彼らの無謀を壊して踏みつぶせ。
煌々と輝く恨みと妬みの瞳を向けて、無量の闇を包んだ剣を抜いて。重力も規則も無視した恐ろしい一撃を放とうと。
終わりへ叩き落とされる未来へ輝こうと、迷いなく足を踏み出した。
―――瞬間、轟音が全てを叩き潰して世界に新たな亀裂を創り出した。
「ぁぁぁあああああああ―――ッ!」
『これは……これ以上彼女が闇の方向へ覚醒すれば、後戻りは不可能ですわ。あの世界の亀裂はじきに塞がる事でしょう……』
「それなら構わないよ。僕はもう聖神に遠慮なんてしないし、したくないからね。それよりも、人間界を脅かす事象が起きるかもしれない方が怖いよ」
『分かりましたわ。これは、超新星大爆発覚醒と言いますわ。神のできる限界がこれですわね。さらに上にもうひとつ覚醒があって、その上が虚無となりますの』
「へえ。僕でも彼女を退かせることができるのかな?」
『同じ覚醒をする以外方法はありませんわ。ナタリヤーナ、この方たちが同時覚醒する方法を模索なさい』
『かしこまりました。………………お嬢様、こちらの方法でどうでしょう?』
アデルがナタリヤーナに指示を出すと、彼女はパネルを空間に浮かばせて頭が痛くなるほどの情報を凄まじい勢いで処理していった。
やがてひとつだけ残った文字を押すと、大量の文字が出現する。アデルはそれを見て満足そうに頷く。何が書いてあるかはルネックスにも分からない。
カレンが覗き込んでいるが、同じく分からないようで首をかしげている。フレアルもフェンラリアも同じなようだ。
もしシェリアがいるのなら、彼女は分かったかもしれないが。
アデルは素早く画面を操作すると、ルートのような図が表示される。それを素早くタッチしていくと、ひとつのルートが指示された。
画面が勢いをかけて切り替わり、やがてひとつの画面に落ち着いた。
〖終焉を押し上げなさい。望んだ道は開かれる〗
その文字が現れたところで、アデルが手をゆっくりと降ろした。
『覚醒をするためには、常人では考えられない努力が必要ですわ。闇とは、世界の怨念と怨嗟と無で出来上がっているのです。世界の概念は、それを吸収して人の良し悪しを作っておられるのですわ。それを理解したうえで、怨嗟を心にとどめ終焉への道を閉ざす……その感覚を理解する必要がありますの』
「だとしたら、どうして聖神は覚醒する事が出来たの?」
『色々複雑なことが絡み合っておりますわ。何かをとどめるはずの魂が割かれている事によって、覚醒への道が歪んだ……というより、自分で捻じ曲げたという感覚ですわ。広がり過ぎた闇は、光を押し返すことも可能ですのよ。正反対にはじき返すからこそ、この世界は二つの要素で成り立っていられるのです』
世界は人の手で変えるために、不安定な基盤と概念を持っている。決められたルールは必ずしも守られるわけではなく、世界に広がる巨大なシステムはそれを許している。
安定しない規定の元、聖神は道をなぞって自分を安定させる。この世界も宇宙に漂う思念もいくらでも変えられるのだ、とアデルは言う。
システムの代替わりを見たことは無いが、いつかあり得るとも言われている。それはさておき、この世界、この宇宙に存在するものすべてが変更可能だということが分かった。
全員で一斉に目を閉じる。
広がる心の魂を見つめて手を伸ばす。愛しいというように魂をゆっくりと休ませる。お疲れ様、と感謝を述べてひとつ撫でる。
ここまでこれた。それは、無限の力を必死に受容できるように頑張ってくれた魂のおかげだ。魂は意思を持つ。
主の本当の思いこそが、魂の強さと気持ちに関わってくるのである。
アデルはそう言ってから皆と同じように目を瞑る。願うのは、変えうる可能性のあるこの世界があまりにも不安定すぎて崩れないように。
そして、全部支えることになるだろう勇者ルネックスに心配と感謝を。
そして、自分に世界を見せてくれるきっかけになったのは、魂のおかげだ。
―――ありがとう。
<勇者パーティ、称号、《世界を変えし者》が登録されました>
<勇者パーティ、《終焉の覚醒の可能性をもつ者》が登録されました>
<最終覚醒完了。これより、超新星大爆発覚醒の加護を全展開にします>
―――勇者たちは。
―――音も空気も時間も置き去りにして無限の未来へ駆けだした。
「お、おい聖神ッ、これはどうすればいいんだよ!」
「黙ってなさい! アンタも黙って私に従えばいいんだよ……私こそ新世界の概念にッ、ならなくてはぁ……!」
<愚かなる者《聖神》の存在に鉄槌を>
<神罰を強化します>
<勇者パーティの加護を強化します。全展開、概念が導入されました>
<―――開始。物語。消失>
ロゼスと聖神の必死の叫びを遠くに聞きながら、響く感情の抑揚がない冷たい声にルネックス一行は目を白黒させる。
加護の全展開はまだしも、聖神に与えられる色々な言葉の意味は何なのだろうか。
アデルとシャルの方をちらりと見ると、二人して口を押えて沈黙している。シャルなんかは、目をこれ以上なく瞠目させて握った拳から血液が滴り落ちている。
「あ、アデル、シャル。これはどういうことなの?」
『世界の概念がわたくし達に味方してくださいましたわ……それだけならまだしも、聖神への無限の罰を約束しておりますの』
『世界の概念様はねー……人間とかに興味ないのー……三千世界の中のひとつの世界で繰り広げられる戦いなんて……あの方は興味ないはずなのにー……』
驚きが引いてきたのか、シャルの目はいつも通りの眠たそうな目に切り替わり、アデルは早く鳴った鼓動を抑えつけようとしていた。
しかし、巨大な世界の概念が味方したという事はもう少しでこの戦いが終わるという事でもあるのか。ちらりとブレスレットを見つめた。
全ての技が入っているこのブレスレットだが、今ではルネックス自身が全ての技を扱えるようになっているため必要なくなっている。
後方では、重症のシェリアが薄っすらと目を開けてこちらを見ている。
どうやら彼女も同じく覚醒したようで、髪の毛が長くなっていたり見たことのない、見るだけで高級なものだとわかる紫の杖を持っていた。
「あーあ、ボクも自力でこの覚醒したかったのに。まあ、出来ただけでもいい方かな! 行こうかルネックス、まだ終わってないよ!」
「はい。シャル、アデル、ナタリヤーナ。君達は三人でロゼスを任せた。倒し次第こちらに回ってくれ。英雄の皆さん、ヴァルテリアさんをリーダーに援護をお願いします。テーラさん、セバスチャンさん、それとカレン、フレアル、フェンラリア。僕に続いてほしい」
誰も言葉を発することは無かった。誰もが頷くだけにとどめる。立ち上がる戦火の予兆に余計な言葉などいらなかったのである。
ルネックスは剣を振り回すと勢いよく境界線を跨り通り越し、その後ろを二人と大精霊一人が走ったり飛んだりで付いてくる。
聖神は臆した様子もなく、ただ怨嗟の瞳で今にもかかってきそうな敵意の目でこちらを見ていた。
「―――行くよ」
そう。その言葉だけで十分だった。
ルネックスが剣を聖神に向けると共に、全員で聖神に向かっていった。
「やっと来てくれたねぇ……終わりだよ、その命を刈り取ってあげる!」
「そんなつもりはないよ。僕はまだやりたいことがあるんだ。こんなところにずっといる気にはなれない」
聖神との距離はそれほど離れていないので、勿論話はできる。しかしかみ合わないので、たった一言で戦う前の話を終わらせた。
なお、カレン達は一言も発すること無く黙って魔力を練り上げている。
後方ではゆっくりと起き上がったシェリアが何かしら援護しようと、先程手にいれたばかりの杖を振り上げて何かを唱えている。
フレアルが封印魔術を聖神の足元に出現させたが、聖神がそれを握りつぶす。カレンが鎖を振り上げて聖神を拘束しようとするが阻まれ、二人の魔術で作られた隙にテーラが機関銃を叩きこんだ。
聖神の腕と頬に傷が入るが、彼女は気にした様子もなく一直線にルネックスへ向かっていった。
剣を交える。重い剣が叩きつけられるが、ルネックスは軽く受け流したり回避したりと、自分で攻撃することは無かった。
それが、フレアル達を主役に戦っていることに気付いた聖神だったが、ルネックスから飛びのいた瞬間にカレンの鎖が足元に巻きついた。
セバスチャンが体の重さを増やす闇魔術をかけたことにより体が重くなるが、少量の魔力放出で鎖を振り切る。
しかし動きは鈍くなり、聖神は奥歯を噛み締めて手を胸の前に掲げた。
―――瞬間、時間が止まる。
しかしこの世界を操れない聖神に時間を止める術を使えるのは瞬間だけ。だが、熟練の彼女にとってその一瞬はすさまじい。
その刃がルネックスに届く前―――フェンラリアが立ちはだかった。
盾を作り上げた大精霊の術に阻まれて、聖神の魔術がルネックスに届くことは無かったのである。
「るねっくすだいじょうぶ!?」
「大丈夫だ。少し油断したよ……気を引き締めなくては。人数の有利は時に役に立たない時もあるからね。いくら覚醒しているとはいえ……」
やはりこの世界の基盤は不安定なのである。いつ、新しい覚醒が発見されてもおかしくないし、この世界が崩れてしまう可能性もゼロではない。
どの可能性も百パーセントあり得るものだからこそ、この世界は楽しい。
にやり、と口角を上げたルネックスは不敵な微笑みを聖神に向けた。ただの怨嗟でも、世界を変えられるのなら楽しいものである。
そして、不敵な笑みを浮かべたのにはもうひとつ意味があり―――。
「貴様何を嗤っている―――ッぅあ!」
その笑みに怒りを刺激されたのか、真っ黒なオーラを保ったままルネックスに歩み寄ろうとする聖神の体を、巨大な紫の木が拘束した。
どれだけ暴れて魔力を使っても、強靭な木が動くことは無かった。
「る、ルネックスさん。それで、しばらくは大丈夫です……しかし、私は、魔力を三分の二ほど、使ってしまいましたので……もう戦いの面で、使い物にはなりません……」
「大丈夫だよ、シェリア。助かった、ありがとう。後は最終の―――」
肩で息をする、既に傷が塞がっているシェリアから視線を外して、シェリアの魔力三分の二を消費させたほど力を入れた大きな木を見上げる。
素晴らしく美しい。
この戦が終わっても崩れないのなら、崩れた神殿は此処に建てよう。
またひとつ、やりたいことが増えた。微笑みを浮かべたルネックスはとどめを刺すべく剣を持ち上げて大量の魔力を流し込んだ。
「あ―――……私は、ここで、終わってはいけないのだッ、邪神、力を貸しなさぁぁぁああい!」
聖神の天への咆哮が、彼女の最後の抵抗を意味していた。
次の話で、最後の人が死にます。
ヒロインかそうでないか、それは見てからのお楽しみです。
作者としては、画面の前で眉をひそめて聖神への恨みを立ち上がらせてくれる―――それが一番の望みなのですけどね。
この戦闘が終わるまであと三話。
事件はどんどん起こっていきますので、どうぞお楽しみください<m(__)m>




