ななじゅうごかいめ 戦争に合わず
雷がうごめいた。激しく地面を打ち付け続けた雷が突如として軌道を変え、聖神の抵抗を少しでも抑えるための封印のひとつとなる。
轟々と音を奏でながら広がっていく闇が聖神の視界を縛るようにして彼女の周りへ纏わりつく。しかし聖神はまるで気にしたような感じはない。
ルネックスとしても、彼女の牽制になるとは思っていないが、さすがに手を振り払うだけで抗える闇と雷の量ではなかった。
「……何をしたの? 覚醒……、ではないよね。覚醒というのはある日突然こうなってましたというふうに起こるわけではない……」
「貴様らに知らせるなんてバカなことを私がするとでも思ったの?」
『分かりましたわ。聖神は此処で半分自滅に似たことをする気ですのね。膨大な力を持つ魂を燃やすことで己を強制的に覚醒させる、そんな禁断の術がありましたの。ただ、この神界の時間にすると五日も持ちませんわよ?』
『それで勝負を決めるってことかなー……舐められちゃ困るよー……』
ルネックスの問いに答えた聖神のその言葉を聞いたら、さすがのシャルもそれを聞いては敵対心が湧く。仮にも光を操る彼女が、魂を燃やして進化したからとはいえ五日で勝負を終わらせると宣言されたのだ。
ちなみに、シャルが世界の概念やらそういうのに手を突っ込んだことはない。大体雑事が多いので、崇められるべき彼女がやる事はない。
そもそも一日中眠いとマネージャーに困惑を与えるシャルが、アデルの立場に立ったとしても色々な理由をつけて回避するだろう。
それはさておき、聖神から立ち上がる怨念の闇がどんどん増えている。
「危険な状態かもしれないね……このまま放っておいたらどうなるか分からない。とりあえず僕が強さの確認をしてくるよ」
「まー、構わないけど安全にね? キミに死なれたらマジ困るからね」
テーラの適当な言葉に込められた心配の気持ちを受け止めつつ、ルネックスは剣を構えたままこくりと頷いた。
下手に皆に戦わせたらどうなるかわからない。危なくなったらすぐに引いて戻ってくるつもりだ。強さの程度を確認してから皆の位置を決めるしかない。
今のところ、ロゼスと聖神、ルネックス一行が天界を二つに割るようにして占領している。明らかな人数の違いも、強さによれば覆る。
今のように見えない結界が二つに分かれて引かれている現状も、乱闘になればぐしゃぐしゃになって見えなくなる。
ロゼスはアデルとシャルがある程度封じておくことにして、ルネックスは援護射撃を受けながらも聖神との戦いに集中することになった。
「っ……」
剣を交える。狂おしいほど闇に煌めいた瞳が二つの剣が交差する隙間から爛々と輝いている。荒々しい息が吐かれるたびに、おぞましいほどの怨念が空気に流れる。
足を後ろに回してルネックスは剣にすべての重心をかけて、どこまで力任せが通用するかを確かめることにした。
すると聖神は自らの剣に五重強化を施し、剣が壊れる代わりに強くルネックスの剣を打ち据え、ルネックスは大きく飛びのいた。
魂の力を押し返すほどの闇の力か。とルネックスの額から冷汗が流れた。この人は、己の生きる意味を失っている。
この場でルネックス達を倒すこと以外、彼女の行く道はない。
ルネックスはそれ以上深追いせずに未だ援護射撃を続けるテーラたちに合図を出し、彼は自分が先程元居た場所に戻る。
聖神は肩で息をしながらも、深淵の瞳でこちらを見据えて睨んでいる。
「結構力の差がある。僕一人では勝てるかどうかわからないくらいだ。世界を操ってなかったら絶対負けてるって断言できる。多分魂に邪神が張り付いてるから、丸ごとその力を使えるようになったんだと思うよ……」
「うわ邪神!? ボク忘れてたんだけどそれなんで?」
「ああ、テーラさんもいましたよね、聖神が反乱を企てた時。邪神が彼女に協力してたじゃないですか」
『確かにそうですわ。邪神は今代変わりして平和な奴になってますけど、昔の邪神はそういうことに協力しそうなヤツでしたもの』
ルネックスの言葉に驚愕したテーラに、彼は微笑みながら返す。テーラはそんなことどうでもいいという扱いだったので、アデルの追加にそうだったと手を叩いた。
聖神は今すぐにでも攻撃を仕掛けてきそうな雰囲気だ。全身から立ち上がるオーラだが、ルネックスは呆れたような嘲笑ったような笑みを浮かべた。
英雄とは常に人の上に。
英雄とは常に涙を見せず。
英雄とは常に弱き者の味方。
英雄とは―――常に不自由とも言える。
呆れた感情も嘲笑った表情も、全部聖神に向けられたのかと問うとそうじゃないとルネックスは答えるだろう。
英雄とは何だろう。勇者とは何だろう。心に問うても答えはない。
「そっか。……唐突ですけど、テーラさんって泣いたことありますか?」
「んーとね、そんなにないかな。仲間の死とか、そもそも仲間作ってこなかったし。ああ、でも一人だけね、好きな人が居たんだ。その人は勇者でね……歴史とかにも、書かれることは無く揉み消されちゃったけど」
そうだ。ルネックスも良く論文や文献で見る、一部の空白の歴史。世界の始まりで、光と闇がぶつかり合い終焉に挑んだ時代。
それはテーラの前世が活躍した時代でもあり、はっきりとした文献など残っていないほど昔の時代でもある。
テーラがそれを思い出したのも、全部その人のおかげだというのに。
その人は歴史に揉み消されて、挙句の果てにテーラを遠くの果てに転生させて力を使い果たし、自分は永遠に輪廻転生を迎えられなくなった。
その好きな人が死んだときに、一度だけ泣いたことがあるらしい。テーラは英雄が何だとかそんなのは、一度も考えたことがないとも言った。
縛られる必要がある英雄なんて―――。と、そう付け加えながら。
「勇者が全ての上にあるべきなのは、確かにそうだと思う」
テーラがひゅ、と手を上げた。すると、セバスチャンとアデル、シャルが前線に飛び出していって聖神と剣や魔術を交えた。
言葉を切った彼女は、彼らの戦いの音を聞くと話を戻して口を開く。
「ボクもそれを否定したりはしない。ルネックス君がしたいことは、正しい事だからね。というか、ボクが間違ってんだからね? ……だからさ、恋愛とかしてみたらどう?」
「……今はそんなこと、考えられなくて」
「考えるんじゃなくってー! 恋愛ていうのは自分から探しに行くもんじゃないっての。ゆっくりやってけ鈍感チキン! 誰か見つけらんなかったら、シェリアちゃんが泣いちゃうんじゃないの?」
テーラも恋をしてきた者。シェリアの気持ちが一番強いのが見えていた。ルネックスが生涯孤独なんて、彼女は絶対に認めないだろう。
必死にルネックスの良いところを叫んで、誰か、と遠くに届けようとするのだろう。恋する乙女とは、そういうものなのだ。
そしてシェリアならば間違っても自分が、とは言わない。言えない。
彼女は自信がない。ルネックスを絶対とするシェリアが何か言えるはずもない。だとしても、アタックの強いフレアルやさらりと凄いことを言うカレンやそれすら突破してルネックスの心を密かに狙う大精霊フェンラリアが居たりと、ルネックスが結構モテているのは部外者のテーラですらも分かるが。
それでも恋心のひとつも芽生えないルネックスに鈍感チキンと叫びたくなるのも納得できるだろう。せめて微かな恋心でも―――。
そう思ったテーラだが、ルネックスはゆっくりと口を開いた。
「恋、ですか。例えばその人が危険なところに行こうとしているのを引き留めたくなったり、自分が行くと言いたくなったり。それって、恋と言えるのですか?」
「うーん、あと一押し! 気になってるってくらいじゃないかな。ま、この戦いが終わったらゆっくり話そうよ。彼らの情報収集も終わったらしいし」
本当はそれだけで十分恋だと言える。ただ、ルネックス自身が確信できない……それならば、あと一押し何かあった方が良いだろう。
シャル達が風を切りながら高速で戻ってくる。聖神が追ってくる様子はやはりなかった。それは自信の表れなのだろうか、それは分からない。
ただ、シャルによると聖神は魔力を使うことを極限まで抑えている。
剣に強化を施すときも、体力を多く使っている気がしたらしい。感覚が増強されている彼女だからこそ分かったことだ。
魔力の代わりに体力を使うのは、ある一部の天才以外可能としない。だが、相当なデメリットがあるために緊迫した戦い以外で使われることは無い。
あっても無駄———人々の認識の中でこの技は、そうであったはずだ。
ならば聖神は、何を目的として。
自分の命を手放してする自爆行為ならば、当たるという保証はない。人界に帰る事が出来る彼らと人界に行くにしても討伐されるだろう聖神という立場の差がある。
ルネックス一行は人界に戻ればいいだけの話である。ついでに聖神も自爆してくれるので、助かると言いたいところだが。
あの聖神が、ここまで考えていないわけがないと思うのだ。
「―――ル、ルネックスさん、危ないですッ!」
推理するルネックスに覆いかぶさるようにしてシェリアが倒れこんできて、彼女の髪でルネックスの視界が揺らいだ。
途轍もない轟音が響き渡ると共に、ゆっくりとシェリアが顔を上げた。その口からつぅ、と血液が一筋流れ落ちた。
弱々しく微笑んだ彼女を見て、ルネックスはようやく状況を認識する。
つまり、光の球を体力で強化し、魔力で速度を極限まで高め、魔力を使って気配を隠蔽し発射したという事。
これは魔力も体力も大量に消費する三重魔術。だからなのか―――。
盲点だった。ルネックスは奥歯をきつくかみしめながら、髪を揺らしながら言葉を紡ごうとするシェリアに目線を向けた。
「……私、死んだりしませんよ……。だって戻ったら、ルネックスさんをゲットする……任務が、残っているんですから……」
「シェリア、ルネックスは渡さないからね。私と戦おうじゃないの。だから、だから、そのためにも絶対の絶対に死んじゃダメなんだからね!」
「わたしも……待ってる……シェリアと……戦ってみたいって……前から思ってた」
ふわりと女神の微笑みを浮かべたシェリアに、ルネックスは目を見張って息を止めた。シェリアに声をかけながら後方へ運ぼうとするフレアルの声も、好戦的な言葉を発しながら心配の言葉をかけるカレンの言葉も聞こえなかった。
どくん、と胸が脈打つ。
父を失い、母を失い、居場所を失った。居場所をくれた少女。自分をここまで導いてくれた一人。健気に支えてくれた少女。
自分がその思いに応えなくても、幾度も想いを伝えてくれた一人の少女は。
どくん、想いが脈打つ。
テーラの言葉を鮮明に思い出す。シェリアが此処にいるという事実さえも受け入れがたい。彼女はすぐに安全な場所に逃がしてやりたい。
それくらい強烈な気持ちが、胸の中で頭の中で急速にうごめいている。
しばらくなんと声をかけようか迷ったルネックスは、いつものような微笑みを心がけながらそっとシェリアを地面に降ろした。
意識を失って瞼を閉じているその顔ですら、可愛く感じてしまう。
恋をしている英雄は五人いた。今も人界にいるパートナーが二組。一人、此処にいた片思いの英雄が命を散らして。
―――こんなこと、英雄に合うのかな。
ふとそう思ったルネックスがテーラの方に無意識に視線を送ると、少しにやけて口角を上げた彼女がグッドサインをしていた。
ふっと微笑んだルネックスは息を吸って吐いて口を開いた。
「カレン。誰かが後方に回っている時間すらも惜しい状態だ。君はシェリアを治癒魔術で治癒していてほしい。それなりに回復次第、前線に来て欲しい。フェンラリアはカレンが治癒を終えたら結界を立てて。頼んだよ」
こんな戦争地帯だ。こんなところに少女一人を置いて行くなんて、しかも好きになった人を置いて行くなんて不安な要素だらけだけれど。
自分は英雄になるかもしれない。勇者になれるかもしれない。全ての上に立つ存在が恋を許されても、贔屓は許されないのである。
いつだって、世界の平和を願う正義を掲げる『勇者様』として。
無言でうなずいたカレンとフェンラリアを一瞥したルネックスは、聖神達と自分たちの見えない境界線を一歩超えた。
―――メモリー・プラス。
此処でまさかの恋愛要素。
というかテーラさんて未来が見えるんですよ。いくつも分岐点みたいなのが見えるらしいんですけど、この話題を上げたらきっと! という希望があったらしいです。
いつか書こうかなと思っている小話ですけど、ちょっと書かせてもらいました。
今回から真面目な戦いとか言ってたけど、ウ↓ソ↑(←
次から真面目な戦いです。
あ、あと最後のメモリープラスは世界の巡回……じゃなかった、世界の概念がやったやつです。
概念くんが登場する小話も本編も書くつもりはありませんが。
うーん、活動報告にでも書こうかな。




