幕間・ハーライト・フェリアッサイド
天界が混沌の闇と化している中、地上もそう変わることなく流血や断末魔で染め尽くされていた。世界の亀裂の動きは不規則で、セイジがや国王などが色々召喚したりと全力を尽くしているが、それでも地上で明確な戦功を誇ったのは国王とセイジの二人。
しかし所詮は二人なのだし、国王は外に出ることができない。つまり、表側で戦っている中でも活躍しているのはセイジのみだということ。
だが、人間界を舐めてもらったら困るのである。セイジに少しでも加勢しようと、役に立とうと必死に指示を飛ばして魔法陣を作り上げては魔力を流し込んでいる。
先頭に立っているのはルネックスも良く知る人物―――ハーライト・フェリアッサイド。
現在二十二歳、宮廷魔術師長。三十五歳となった元宮廷魔術師長ミェールは寝る間も惜しく鍛錬していたが、ふとハーライトが自らを超えていることに気が付いたのだ。
それを目をそらすことなく見つめたミェールは、もうすぐ四十になろうとする自分に引き際を感じ、若く天才であるハーライトに国の未来を託すことにした。
そして自分は、才能ある者を一身に補佐するために宮廷魔術師副長についた。
二人の立場が交換されたという形で、二人とも同じくらいの功績を残していたので貴族からも民からも不満は無かった。
何より、今は世界の巡回が成し遂げられるだろう重大な時なのだから。
「第一陣行け! 魔力が無くなった者は後方へ回れ! 重力に引っ張られるな! 第四陣、しっかり天界の力を抑えろ! ……ウリーム殿ッ!?」
「ぬぅ……この老骨もそろそろ引き際のようですな。まだ負けてやる気はないんじゃがな。壁は任せるのじゃ!」
「しかしウリーム殿、貴方様はずっと戦っておられます。少しばかり休息してはどうでしょうかッ!?」
「ふん。若者は黙っとれい。上で我らが英雄たちが頑張っとるのじゃ。何故、一回りも二回りも小さな少年が頑張っているのにワシが休息するのか分からぬわい」
今の人間界は天界の圧力だけではなく、冥界の主ではあるが冥界そのものでもあるアデルが天界に来ることによっての圧迫もされている。
油断すれば、魔界や展開を繋ぐ糸のような結界のような物が滅されるだろう。そうなれば、世界は混ざり混沌の闇に満ちる。
そうなれば民を守るどころか自分の命もなくなるし、何より英雄であるルネックスの帰る場所が見るも無残な形になってしまう。
あの日、コレムの姉の反乱の後、テントに居たハーライト達はみんな揃って人が引いて逃げてしまうくらい激しい訓練を始めたのだ。
ウリームも例外ではなく、八十を超えようとする老骨な体を引きずって毎日毎日夜中まで剣を振り続けてはよくもまあ飽きずにと言われるくらい一般兵士を鍛錬しまくっていた。
たまにミェールやハーライトと訓練すると、自分の実力がよくわかるとも言っている。
ウリームはハーライト達の中でも一番ルネックスに憧れているといってもいい老人だ。騎士団長の身分は今も変わらないし、単純な武力で彼を超えられる者などいない。
しかし、彼が目指すのは武力と剣技だけで剣技も魔術も申し分ないルネックスに追いつこうという果てなき夢を持っているのだ。
そう。
だからこそ今、心臓に衝撃を受けて常人なら死ぬほどの圧迫をされても、汗ひとつかかずに何事もなかったかのように起き上がる事が出来たのだ。
しかしやはり引き際とはあるもので、七十六歳の老人がこれ以上耐えられるはずもない。何せこの世界での二年にあたる時間休んで居なかったのだから。
だが、ウリームは引かなかった。神界ではあまり時間がたっていないだろうが、消費する体力も魔力も彼らと変わらないのだ。
手を伸ばしても届かぬ少年の背中へ、一歩でも追いつけるように。
「この身が戦場で果てるまで、引く気は全くないわい! さあ、ワシと共に戦おうではないか、のう!」
「ちょっと爺さん。調子乗り過ぎっスよ。帰ったら今度こそ爺さんに勝つッスよ。ハーライトも覚悟するッス。ぶちのめしてやるっスよ」
壁となって宮廷魔術師を圧迫気体から援護する騎士たちの体力をあまり削らせないようにあちこちへ飛び回る兵士団の団長であるぺチレイラストが遠慮知らずにウリームの背中を叩いた。
まあ、あまり強くない強さであるしたとえ彼が全力で叩きつけたとしてもウリームは痛くも痒くもないだろう。
あれから、兵士団は騎士団に、ぺチレイラストはウリームに一度も勝てたことがない。
勿論、ハーライトもウリームに勝てたことは無いわけで、彼らの中で一番最強なのはウリームだということになる。
剣を担いだ十九歳の少年であるぺチレイラストは、ルネックスにこの中で一番近い歳であることに誇りを持っている。
地震は頻繁に起こり、司令部はほとんど原形を保っていないがコレムとハイレフェアが維持してくれている。
団長副団長は後衛―――第六陣の後ろに控えながら指示を飛ばしていく。
「そう言えばミェールさんはどうしたんスか?」
「ああ。私が戦ってやるとか言って前線に吹っ飛んでいったのじゃ。まあ、魔力供給に十分な量を持っているのじゃが、団長級は温存と伝えてあるのじゃがなぁ……」
「まあ、ミェールさんだから仕方ないですよ。ミェールさんですから」
「まるで人を脳筋みたいに言うな。私も分かっていないわけではない。魔力が三分の二を切ったら引くようにしている」
「「「うわぁぁぁぁッ!?」」」
ぺチレイラストがミェールの顔がない事に怪訝な表情を浮かべたが、ウリームの返答にハーライトが苦笑いを浮かべた。
しかし突如ウリームの後ろから現れた美しい緑髪を腰まで伸ばし、杖を腰に刺した女が見たら黄色い声を上げるほどの美形であるミェールに全員が悲鳴にも似た絶叫を上げる。
「……なんだ。人を化け物みたいに」
「いや、いきなり現れたら誰だって驚きませんっ!? それに、脳筋って自覚無かったんですね。誰よりも激しく訓練していたじゃないですか」
「ハッハッハ! しかしウリーム殿は超えられんが……」
残念系美形だと皆が声を揃えて答える宮廷魔術師副長に、苦笑いと微笑みが入り混じった不思議な笑みを浮かべたハーライトだった。
しかしほのぼのとする空間も仕舞い。突如状況が変わり、地が割れ、減り続けていた兵が更なる速度に拍車をかけて割れた地面に埋もれて消えていく。
最初に動いたハーライトはすぐに宮廷魔術師達の被害を最小限にするため、中間から割れる地面を避けるために両脇によるように指示した。
次に呆けた表情から回復したウリームが宮廷魔術師団を守るために彼らの前に壁として騎士団が並ぶように指示を飛ばす。
情報を持ってくるようにミェールが命令した伝令が息を切らしながら帰ってくる。
「急に亀裂が、収まりました……セイジ様によると、ルネックス様が完全に世界を掌握されたようです! 今までのように急な圧迫や強い地震は起こらないとの事です!」
息を切らしながらもはっきりと全てを伝える伝令の声に、四人の表情が晴れた。今のはルネックスが世界を掌握できるようになった反動らしい。
今、グライエットが自分のいる世界に帰ったついでにセイジに色々現状を話しており、伝令の今伝えた情報以上の情報を彼は持っている。
ひとまず、無用な警戒はしなくてもいいことが保証された。
「皆の者! 我らが英雄ルネックス殿が世界を掌握為された! 先程の亀裂はその反動により起こったものだ! 心配することは無い、すぐに我らが勇者が全てを終わらせるだろう! 力を漲らせよ、安定した世の中へ導くのだ!」
『我らが勇者に誓って!』
杖を天高く掲げたハーライトが全ての兵士に向かって声を張り上げた。喧噪の中でも良く通る威圧と威厳をよく含んだ声は団長らしい。
ミェールは士気を挙げて雄叫びを上げ、更に一層動きの速さと強さを増した兵士たちを満足そうに見つめ、続いてハーライトをまぶしそうに見た。
ルネックスは一歩一歩と着実に成功に近づいている。きっと今の彼は自分たちより苦労し傷を増やして戦っている事だろう。
ハーライトは自分を愚かな道へ進まぬよう知らずの内救ってくれた勇者の事を考えて、薄い笑みを浮かべてウリームたちに振り返った。
「……暴れてきましょうかね、みなさんで?」
「「「……おう!」」」
呟くようにしたその一言に、一瞬皆がきょとんと呆けたもののすぐにその言葉の意味を理解してそれぞれの武器を天高く掲げた。
「「「「進め! 我らが勇者に一歩でも追いつくのだ!」」」」
さらに雄叫びを上げた兵士たちを境に、ウリーム、ミェール、ぺチレイラスト、ハーライトが自分たちの長所を引き出しながら前線に向けて走り出した。
圧迫する空気を気迫で押し飛ばし、兵を押しつぶそうとする圧力を魔力で押し返し、行く道を遮る空気の流れと時空の歪みを力ずくで吹き飛ばした。
(ルネックス殿。見ていてほしい。あなたが分かってないとしても、俺はあなたに救われた。強くなって見せる、追いついて見せる。だから―――帰ってこい!)
のちに世界の巡回で影ながら活躍した影英雄として神格化される四人の中、最も活躍した英雄である男で、テーラたち名を轟かせる英雄を抜いた中で、最も人間に近い英雄の中でも一番ルネックスに近づける才能を持った男でもある。
その名を。
―――ハーライト・フェリアッサイド。さぁ、名を轟かせよ。
幕間は楽しいなあ。
クリスマスの幕間はめっさほのぼのさせる……ルネックスをひたすらヒロインとほのぼの恋愛させます。
なので、シリアス続きで飽きそうになっている方はちょっとお待ちくださいませ……(;´・ω・)
今回の幕間はどうでしたか?
ハーライトさんの苗字、もうみなさん忘れているのではありませんか?(笑)




