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第四章 伝説の征服点//in冥界&神界
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ろくじゅうごかいめ 例え忘れられたって

 深く深く声が響いた。闇よりも深いといえばそうでもなく、光に差し掛かっているわけでもなく、ただ何処までも堕ちていっているような声が響いた。


『絶対に―――殺してやる』


 聖神は剣を捨てた。あるのは復讐の心。誰にでもあるはずの神様のように光輝く地点は黒く、塗りつぶされて消えていく。

 剣を捨てて、感情を捨てて、想いを捨てて、恨みの果てにある暗き闇の先へ堕ちる。それでも構わないと言い切れる程、聖神はこの世界を憎んでいた。


 多分、彼女でさえも分からない。その激しい恨みのゆえんは、自らの手でディステシアを傷つけてしまったことの悔しさただそれだけなのだ。

 そして現在ディステシアはもうこの世にいないことを聖神は分かっている。だから、より一層恨みは大きくなった。

 それは、彼女に残された最後の『思い』の形をした輝く地点だったのだろうか。


 ―――いらないよ。


 それすらも塗りつぶして、聖神は目を閉じた。願わくば、自分という存在そのものがこのまま消えてしまいますように。

 ああどうか、誰か。こんな無様な私を、殺してください。


「……聖神。私ね、あんたのこと嫌いだよ。すごく、すごーく嫌いなの。何でかわかる? 解らないんじゃないかな? だってあんたは自分が私達に酷いことをしたっていう事以外分かってないもの。私は、あんたのやり方が大っ嫌い!」


 フレアルは剣を聖神に向けた。聖神の顔が歪む。本当は、聖神だって全てを分かっていた。どうしたら憎まれるか、どうしたら好かれるか。

 自分が嫌われたからこそ、目の前で友人が好かれたからこそ、それを裏切りだと思ってしまったからこそ、彼女は知っているのだ。


 だがそれでも―――ルネックスを狙った理由はなにか。


「あんた、満足じゃなかったんでしょ? 自分の昔のやり方、気に入らなかったってことじゃないの? どうして言えないの? 言えばいいじゃない。今は昔じゃない、助けてくれる人だっているかもしれないでしょ?」


「……っさい。貴様にはわからないよォッ! あんなのは無理だ。貴様らにはわからない永遠に分からないんだ! 暗闇を知らない、純粋な英雄になれる貴様らにはわからない、私には光輝く地点がなかったんだよ!」


「―――ルネックスさんは」


 剣を交えて、激しい鉄のぶつかり合う音を響かせる。勿論、使っているのは両方鉄製の剣ではないのだが、比喩をするとそのような感じだ。

 ぎりりと歯を噛み締めながら声を絞り出した聖神の言葉を遮って、援護の魔術射撃をするシェリアが静かに声を上げた。


「丁度良いですね。貴方が狙った人物について言いましょう。同じ感じがしたんですよね、あの人を狙ったのは。ええ、同じでした。それは認めましょう。でも、決定的に違うところがあったんです。あの人は、求められないものすらも求めようとする立派な人です。ルネックスさんだってッ……最初から英雄になれるために生まれてきたんじゃない……! 文献を見ました、稀に生まれてくる特殊なステータスを持つ者は、闇に堕ちるために生まれた忌子なのだとッ。でも、違うんです、違ったんです! ルネックスさんは、貴方のように闇には堕ちないんですよッ!」


 ガレクルの猛攻を止めて、フェスタの阻みを殺して、聖神の更なる追撃を防ぎ、シェリアは必死に言葉を紡いで気持ちを述べる。

 これだけの言葉を、これだけの場面で言えるくらいシェリアはルネックスが好きだ。何度だって断言してやると誓えるくらい。


 シェリアは最初、憧れていた。それが好きへ変わったのは、ドラゴン騒動の時だ。何があっても動じなかった。

 でも、ごくまれに激しく動揺するときがあった。全ての動き、仕草ひとつひとつが、大好きだ。だからルネックスへ低評価を押す者は決して許さない。


 ―――ならば、それがルネックスを殺すためなのなら尚更だ。言うまでもない。


 フレアルには聖神の叫びが分からない。素直に全てを言えてしまう彼女は、ちょっとためらう乙女の気持ちが分からない。

 自分も乙女だが、躊躇いは一切ないのだ。シェリアの必死も、聖神の絶叫も彼女には何ひとつ理解できない。

 ただ、何かを大切にしていたことが共通していたことは、分かった。


「ごめんね、何も分かんなくて。最低だって言っていいよ。私が負けたら殺したってかまわない。でも言わせてもらうから、あんたの方が何倍も最低だし、私はルネックスの前で負ける気はさらさらないから」


「じゅんびおっけー、発動する? しぇりあ、掛け声はまかせた!」


 大精霊の特権である特殊魔術の中でも切り札に当たるほどの魔術を準備したフェンラリアが声を上げる。彼女はこの場面に入れなかったことを少し悔しがっていたが問題はない。願わくば全てが終わった時にルネックスにたくさん頭を撫でてもらうことだ。


 フェンラリアがルネックスを好きになったのは村へドラゴンもといルネックスの父が現れたとき、慣れないことを必死にやろうとする姿だった。

 勝てないとわかっていても、情けない姿だけは見せないように懸命に自分を強く見せようとしていた強がりが好ましかった。


 だから、たとえこの戦でどうなったとしても、自分は―――。


「はっ。発動することを言ってしまって何の意味があるのか……」


 目の前に煌々ときらめく美しくも暖かな光に、聖神は口をぱくぱくと動かしながらも何も言えず、絞り出した言葉がそれだった。

 本当は恐れていた。本当は目を背けたかった。もし、此処で死んでしまったら挽回も何も行動すらできなくなってしまう。

 でも、生きたら? 生きたら、やはり自分は死ぬのではないだろうか。


 自分のしてきたことは自分が一番わかっている。だから、勝つ道しか残されていなかった。負けるのと勝つのとで二つの道がある目の前の彼らとは違う。

 確かに負けたら死ぬ。だが、彼らには逃げるという道があった。自分にはそれがないのだ。勝つ以外、何もないのだ。


 逃げてはいけなかった。聖神はこうなっても確かな責任感はあった。自分のやって来たことを、自分の持つ正義をもって正しい事へと塗り替える。

 少し歪んだ正義感をもってして、聖神は掌を差し出した。

 後ろではガレクルとフェスタが援護射撃をしようと二人して手を合わせている。


(後退の道がないのなら、このまま破滅するか勝つ以外道はない。どうせだから勝ちたいし、負けても死ぬことしかできない……なら、本気で)


 この時この瞬間、聖神は確かに光輝く地点を心に見つけていたはずだった。


『世界に轟く天の子よ。地へ名を広げる精霊の守り人よ。私へ力をください。私へ全ての試練を打ち砕く罪の武器をください。願わくば、罪と共に全てを浄める様に』


 静かな祈りの声が響いた。フェンラリアの祈りは、ただの精霊が祈るより最大の力を放出できる。聖神は一度固まった。

 フェンラリアはディステシアの時代に生まれた精霊だ。全ての精霊の純粋さは、力の運用は精霊管理神の力を持ってして成長する。

 ルネックス達一行の戦闘状態はすべて見ていた。精霊界の者達の戦いぶりも全て。その凄まじさに目をそらしたのも、事実。


 ディステシアは本当に凄かったのだ。もうわかっていたことだった。『シルフィリア』では追いつけなかったから、聖神は聖神になった。

 だからこの瞬間はこのままでいさせてほしいと思えた。目の前の敵を打ち砕く力をフェンラリアが放つのなら、自分は自分を探すための力を放つ。


『―――死ね』


 短い詠唱が、しかし闇を纏って光線と化して純粋なる光にぶつかっていく。

 ―――次の瞬間、全ての攻撃が消滅した。


「何事っ!?」


 叫んだフレアルの顔に嘘はない。予想していなかったことなのは全員変わらないという事だ。ルネックスもテーラもこの状況を見えていない。

 三段階の壁が張られているように、自分達以外の周囲の状況は分からず影響も来ない。誰かにこの状態を伝えようとも、無意識に世界に張られた壁を突破できない。

 先程までは乱雑に戦ってシェリアやフレアルがルネックスの戦いに話しを差し込んだり魔術援護も可能だったのに、白熱し始めると途端に壁が作られた。


 この状態をアデルに聞くならば、彼女はなんと答えるだろうか。一旦全員が攻撃の手を止めた。ロゼスが手を掲げて小さな魔術を放つ。

 すると、魔術は上空へ放たれる前に消滅した。今度ははっきりと分かった。

 侵入者だ。

 神聖なる戦に新たな敵が侵入した。最も、どちらの味方なのかは分からないが。もしかしたらアデルのように神界の味方なのかもしれない。


 空間に緊張が走る。何せ、今は相手も状況も何も分からない状態なのだ。


『良かったぜ、お前らが戦いに白熱してくれてよ。知らなかっただろ、人間界はちょっと平和になったぜ。亀裂見てみろよ』


「なッ……亀裂を塞いだッ!? 貴様、何者なの?」


 黒いジャケットがはためいた。黒いローブに黒いジャケット、白いシャツ。爛々と輝く闘志を持った金と銀の瞳が聖神を睨めつける。

 お前に述べる答えはない、と、表情がはっきりそう言っていたのだ。

 

 男の言う通り、亀裂は塞がりかけていた。絶えず流れ出す毒の大気も少しずつ収まっており、冥王の影響で大きくなったり小さくなったりと不安定だ。

 ここまでしかできなかったがな、と男は自分の力をも鼻で笑った。そして、聖神に背を向ける形でフレアルに手を伸ばした。


『安心しろ。俺は味方だ。俺はセイジ。魔界の大魔神とでも呼んでくれ。―――忘れないで、くれよ。まあでも仕方ないがな、忘れるのは』


 にこりと笑った男もといセイジの手を受け取ったのはフレアルだった。下唇を噛みながら味方にするべきか悩んだ結果だ。

 彼に何があったのかはわからないが、ひどく悲しげな感情が伝わってくる。

 何かあった。そう思うと、フレアルは手を差し伸べてしまうのだ。聖神にも毒を吐きながら少し優しい言葉をかけてしまうあたり、フレアルはやはりフレアルなのだ。


 彼女がOKと言ったならば、シェリアも「はい」と言いながらくすりと笑った。一方セイジの正体を知った聖神は固まっている。


「何故だっ、何故此処に居る。魔の主である冥王アデルはそこにいるんだ……それは、それは、まるで裏切りではないかッ」


『まあ、いいんじゃないの? どうせ俺ってさ、空気薄いってよく言われるし、すぐに忘れられるんじゃないか? 裏切りに対してお前、色々感情あるように見えるけどさ、一応言っとくけどやっぱりお前神にふさわしくないな』


 ―――弱いよ、お前。


 ゼウスははっきりといえなかった。ディステシアは気付かなかった。フレアルは言ってしまうのに悪気がさした。シェリアはそもそも興味を持たなかった。フェンラリアは言うつもりもなかった。ルネックスは―――言う必要がないと思った。

 だがセイジは違った。彼の求めるものはもうどこにもなくなってしまったのだ。


 大魔神もとい勇者セイジの活躍は聖神も知っている。彼女が神に上がって試験を受けていた五十年、彼が活躍していた時代だったのだから。

 セイジの隣にいつもいた少女、アルシャーネははっきり言ってセイジよりも強かった。セイジはそんな彼女に憧れて、恋をした。


 魔王討伐の時、仲間の裏切りにあった。アルシャーネはセイジを守るためにその命を投げ出して、そのまま死んだ。

 セイジは仲間を全員殺して、魔王を殺した。そして戻った。何かを期待して。かけられた言葉はどれも祝福の言葉だった。


 唯一、アルシャーネの関係者たちは「仕方ない、悲しむな」などという言葉を投げかけた。違う。欲しいのはその言葉じゃなかった。

 過去型を使ってほしくない。しばらくたって人々はセイジを持ち上げ、アルシャーネなどいなかったかのように忘れ去った。

 仕方ないと言葉を投げかけていった者達も、次第に彼女を忘れていったのだ。


 セイジは怒りに震えた。功績も何もかもよくなって、勇者の称号が嫌いになった。この称号のまま闇落ちしたらいけないという自覚が、理性が少しだけ残っていた。

 だが残念なことに魔性覚醒をした彼は、妙に体に魔の力が合うことに気付いた。めきめきと力を上げて、ここまで来たのだが。


 最初からすることなどなかった。求めることもなかった。欲しいものはもうない。


『そんな弱くてさ、お前。なあちょっと聞きたいんだけど、忘れられてみたらお前どうなる? 死ぬんじゃねぇかなお前。俺さ、忘れられても戦うことしかできないんだよな。出来ることが少なくて虚しいんだ。でもお前のようにはならない。じゃあ言ってやろうか、理由を。……お前、死にたいんだろ?』


 光のない瞳でそう言ったセイジ。それが卑下に聞こえて、自分を見下す言葉に聞こえて、全てを無駄だと言っているように聞こえて。

 聖神は瞠目した。その大きく見開いた目は充血していき、ぶるぶると手が震えて肩が震えた。無駄だと言うなよ、やめてくれよ、嫌だよ。


「あぁ……あぁぁぁああああああ―――ッ!」


 聖神は魔力がごっそり減っていくのも構わず、聖神は最大魔術を撃ちだした。それは弱さを隠すための盾だった。

 なりふり構わず、幼い心ではじき出した恐怖の札だった。

 それを受けとめたうえで、こくりと頷いたセイジは手を掲げて口を開いた。

忘れられる系多いんですよねぇ。

私は地球人が乱入したといわれないような、パーフェクトストーリーを目指s(ry【削除されました】

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