ごじゅうごかいめ 思いと証の称号かな?
「ディステシアさんは、精霊管理神だったよ。それを殺しちゃっても神界であなたは信頼を勝ち取った。どうしてなのか、教えてもらってもいいかな?」
「……その名を言う愚か者が本当に居るなんてね。いいよ、教えてあげる。私は言論でねじ伏せたんだよ。裏切りなんてできないように握りつぶしてやるためにね」
―――やはりか。と、ルネックスは目を細めながら聖神を見る。彼女は誰もかれも見捨てるつもりで、誰も味方にする気などない。
いや、少し違うな。彼女は、そもそも『裏切る』ことしかしてこなかった。裏切らないという選択をしてこなかった。
いや、これも違う。――聖神には、一体何があったんだ?
「―――それに、ディステシアは正当な理由で殺されたよ。ルネックス、君は神界の中でも恐れられていた。ディステシアがキミに加担してたでしょ? だからだよ。ディステシアが反乱を起こさないようにした……つまり君が殺したということだね?」
「そうだと言い切れるあなたが凄いよ。僕に押し付けようとしているね?」
両方正論だ。二人の言論をじっと見つめるテーラ。大きく深呼吸をするが、その空気が吐かれることは無かった。
聖神の中には何があるのだろうか、もしや、裏切られたのではないか。
大昔の中から、テーラは存在してはいたが、こまごまとした出来事をいちいち気にしていられるほど気が楽な人生ではなかった。
聖神に何があったなど知るはずもなく、今になって後悔することになった。
「……どう思う、ゼウス様」
「どう思うも何も、分からんな。我のアカシックレコードすら阻まれるのだから、恐らくあの者でも無理だろう。試みようとはしているが、巧みに阻害されておるな。過去の邪神の力をここまで使えるようになった者は初めて見る」
「ゼウス様で倒せないほどなのか? 最高神なんだろう、楽にとはいかなくても倒せるという程度ではないのか?」
「……我は一度殺されておる。テーラが救ってくれたことはお主も知っているだろう。言ってこなかったが、聖神と命を賭けたな。あの時ですら命を捨てたまで……たとえあの時は一人で戦っていたといえど、今の聖神の力は倍以上あるのだ、難しい」
「ルネックスのアカシックレコードには特別なものがはめ込まれているんだ。世界の神に阻まれない、自分なりのシステムをね。きっとゼウス様よりも強くなれると思うんだ、それに英雄たちもいる、きっと大丈夫だし、ボクも頑張るよ。―――第十形態」
ゼウスとセバスチャンの意見を聞いたテーラがついに本気を出す。銀髪は黒く染まり、白の服にいくつか入れられている青いラインまでも黒く染まる。
黒く染まったラインから機関銃が出てくる。―――テーラは、異世界からの勇者だ。
テーラには、知識がある。ルネックスのように世界をとび越えることはもう望みはしないが、第十形態はそれよりも特別だ。
完全な略殺に特化した、未だルネックスが踏み込めない領域外の領域。突如襲うルネックスを超える威圧感に聖神が瞠目する。
ゼウスのそれを遥かに超えた力の流動が、空気と風を押し殺していく。
「ねぇ聖神、覚えてるかな。ボクはあの時何と言ったか。覚えているのなら、分かったのなら、こんなことをどうしてするのかな?」
「貴様の言葉はッ! 私を止めるに足りないからだッ! 何がわかる、なにが分かるというのかッ! 信じることは、無為でしかないッ!」
「―――『君に何があったのかは分からない。でも、だからこそ、そんなことをしていい理由にはならない。なぜなら、みんながみんな自分しか守っていないという自意識があり、自分以外はどうでもいいという潜在意識があるからだ。だから、キミが好き勝手やってもいい理由は無い。この世界は君のためのものじゃないからだ』とね」
「うるさい、うるさいッ! 黙れぇっ……信じたことがないとでも思ったのか、分からないとでも思ったのか!? 好き勝手やりたいとでも思うのかっ! 貴様らにはわかるものか……私の思いなど、踏みにじられるだけだ!」
聖神の偽りなき本心が悲痛な声で次から次へと叫ばれる。きっと、重いものを背負ってきたのだろう。悲しい思いもしてきたのだろう。
だが、それはこの戦闘から外れていい理由にも許される理由にもならない。
此処に居る全ての者の思いが聖神一人に押し負けるというのか。やっていたことは、誰もかれも軽くはない。
ならば―――全員が対等なこの戦場で、退いていい者は誰もいないということだ。
「そうなのだろう。あなたにとってはそうだろうし、あなたにもそういう自意識が働いてたんだと思うんだ。だからこそみんな同じだって気づかないかい? あなただけ違うんじゃない、あなたばかりが苦しんで居るんじゃない。だってほら――みんなが対等じゃないか」
「っぁ……黙れえぇぇぇええええええ―――!!!」
まっすぐとぶつけられる、かつての自分と同じ純粋な思い。明るく、単純に、しかしそれでいて鮮明に。憧れていたんだ、いつかの自分も―――。
だが聖神は鞭を振るった。そんな思いがいつか挫折を呼び寄せることを知らせるために。
真っ直ぐな思いなど、無慈悲なこの世界にとって無意味であることを教えるために。彼女は純粋な思いに混沌の闇の感情をぶつけた。
無知な若者に、愚かな英雄に、絶望と言う名の切り札を叩きつけるために。
「そうだね、想いはきっと人それぞれだ。―――でもだからこそ、君から逃げていい理由にはならないし、だからこそもう僕は言論なんてしようとしない」
「うぁぁぁぁああああああ――――――!」
「僕が望むのはひとつだ。あなたを殺そうとは思わない。このくだらない世界を、くだらない僕を、巡回させろ―――!」
弱い自分を、無意味なことしかできない自分を、何も分かっていない、無知な自分を、変えていきたい。そしてそんな自分と似て過ぎる世界を、変えたい。
これが真っ直ぐな思いと言うのか。これが英雄の思いと言えるのか。ルネックスにはわからない。
何故なら、これだけ犠牲にしてしまったのだ、いつか大成するかもしれない、英雄になれるかもしれない者達の命を散らせてしまったのだ。
大切な仲間すらも、ろくに見守る事すらできなかった自分は――何ができるのか。
ルネックスは神雷霆を振るった。一撃一撃に、確かなダメージを聖神に食らわせる。加えて、援護の射撃はフェスタの盾を容赦なく突き破る。
ガレクルは必然と英雄たちの攻撃を全て受けることとなり、苦い顔をしながらもロゼスの登場を待ちながら―――。
「―――分かってるさ。だから、そんな君が愚かだと言っている。新しい考えができないのか? こんな世界は滅びて、自分はほかの世界へ行ってしまえ、と。こんなことで僕の手を煩わせるなんてね、やはり君は変わってないよ」
ばきり、と、神雷霆にひびが入った。冥王剣ハーデース。神雷霆ゼウスに対抗することができる武器はただそれだけだ。
幸い、少しひびが入ったくらいで神の武器が揺らぐことは無い。ルネックスと聖神、各英雄たちは一度体制を立て直す。
「これからはそう簡単にはいかないよ。僕が来たからには」
話し方も一人称もルネックスとよく似た少年、ロゼスが聖神の前へ立ちはだかる。ロゼスに聖神を守る気は無い。
聖神にロゼスを守る気もない。だが、利害関係が一致している今は守る義務がある。
ロゼスの後ろで、ガレクルとフェスタが目を輝かせている。彼らにとって、今のロゼスの登場は英雄の登場とよく似たのだろう。
時を満たしたとき、ピンチの時、英雄が舞い降りる、と。だが、違う。
ルネックスと根本的に違うロゼス。しかし、強くなった道も似ている。愚かだということも、勿論。だが、この世界に求めることは違った。
世界を変えると主張するルネックスと、違う世界へ行くと主張するロゼス。
交差する意見の中で二人が分かり合える確率はかけら程もなかった。ロゼスがスラインデリアを呼び出してハーデースを構える。
「そう。でも、僕だってそう簡単に行かせるつもりはないよ。だって僕は―――」
【称号:全てを超える者を手に入れました。ただいまより、全ステータスがフリーズ致します。思いと強さのオーバーフロー、世界超越の勇者様、ようこそです。わたくしは勇者専用ナビアリシアと申します。わたくしにどうぞお任せください】
「嘘、全てを超える者!? まさかこんなに早く……ルネックスに受け入れられるかどうか……いやでも、ルネックスの場合は大丈夫か」
世界を超越し、巡回することを許された勇者には『全てを超える者』の称号が与えられる。リンダヴァルトはそれを与えられなかった。
巡回させることはできたが、世界を救うという根本的なことはできなかった。世界に新たなシステムを作成することが不可能だったのだ。
そして同時に、テーラにとってこの称号は自分を縛る糸でしかなかった。この称号にどれだけ苦しめられたか、そんなの数え切れないほどだ。
だが、ルネックスは違うのかもしれない。明確な意志を持った英雄なのだから、テーラよりは受け入れられるかもしれない。
先輩顔負けではないか、と思ったテーラは、ひょんと競争心を燃やした。
「ナビ、か。これからよろしく、アリシア」
アリシアは人工ナビではなく、現在六つ存在する勇者のための意識体だ。その気になれば、実体化することもできる。
戦闘行為もできるし、異世界で言う戦闘機能付きメイドと言う男のロマンとなる。
テーラには、アイリスという名のナビが与えられている。アイリスはスキルを扱うのに特化したものだが、アリシアは感情や指示に特化したものだ。
人工ナビではないただの意識体で、実体化できない者は『物』とされる。
―――曰く、この称号を手に入れたものは無限を超えることができる。
―――曰く、この称号を手に入れたら無限の運命を受けることになる。
―――曰く、この称号を持てば必ず世界は巡回させなければならない。
―――ルネックスは世界を巡回させる代わりに、運命に囚われることとなるが。ルネックスならば運命すらも吹き飛ばしてしまえるのではないか、とテーラは思う。
「どうせ全ては僕の思い通りにいかないんだ……ならば、全てを消し飛ばして、新しい世界で僕の思い通りにすればいい!」
「そんなことをしたらいつかすべての世界が消えてしまうね。自分の思い通りにしてくれる世界なんて、きっとどこにもない。王様になったって暗殺も反乱もある。平民になったって、ひょんとしたことで死んでしまうかもしれない。僕らに安泰などないから、世界を歩むのは楽しい」
「そうか。まっすぐな方法で終わらせようとするお前には、僕の歩む道など分からない、だから余計な口を出すなッ!」
ロゼスが手を振り払った。大爆発が起こり、それはルネックスの背後に居たリーシャを狙っていた。
ついでにルネックスにもダメージを与えるつもりでいたのだろうが、称号を手に入れたばかりの彼に当てることはできない。
強い称号を手にいれたての者は、それを十分に扱えずに必要以上に力を増幅させてしまうものなのだから。
「ぅわぁっ―――!」
「リーシャッ! カレン、リーシャを頼んだ!」
「分かった……!」
すぐ後ろに居たカレンに、悲鳴を上げて倒れたリーシャを頼んだルネックスがロゼスの方を向きなおす。フェスタが今にも泣きそうなほど目を潤わせていた。
大爆発という名の反面、今の彼らにその程度の魔術は通じない。大爆発ではなく、影響のない小さな爆発程度のものだ。
だが、隠蔽系魔術、完全護衛系のリーシャには如何なる影響を与えようか。
後ろでは、フレアルが大きく悲鳴を上げたのが聞こえた。シェリアがからん、と剣を取り落とし、敵意をロゼスに向けていた。
「やはり君とは分かり合えないようだ。間違っているという言葉をかけることすら無駄な気がしてきたよ。さぁ、言論ではなく―――武力で」
「いいけど、世界の亀裂が増えすぎて壊れるまで、持つといいね。僕らはもう違う世界へ行く準備はちゃんとできてるから」
ルネックスがちらりと後ろを振り向く。着実に亀裂は大きくなっていっている。―――ならば、その前に終わらせる。
『そう簡単に行きやしませんわ―――』
―――だがやはり、此処に居る者達敵味方含めて全員が、運命を舐めていたのだろう。
来た―――!
ようやくここまで書いたよ、ようやく私の一番好きなキャラが登場しますよッ!




