ごじゅうさんかいめ 限界の突破かな?
ルシファー。天使全てを統べる大天使。炎に関する魔術で彼女の右に出る者はおらず、神の中でも中級に至る実力者。
その彼女の頭の上に、小さな女の子がちょこん、と乗っていた。紫の髪は、小さな体に合わず足を超えて伸ばされており、前髪も伸びていて顔があまり見えない。
唯一見えるのは、この残酷な情景が見えないかのような晴々とした笑顔だ。
「……教えてあげるわ。この子はサラリア。そうね。貴方が先程犠牲にしてしまった自意識体と一緒かしら……彼女は001番よ」
「アタシハサラリア……コノ世界ノ平衡ヲ壊サナイタメニ―――」
001番。自意識体を作ったのはゼロの神だが、その中でもゼロの神が一番心を込めて作った自意識体がサラリアなのだ。
勿論、それを知っているルネックス、リンダヴァルト、ヴァルテリアが油断することは無い。何せ、ルシファーよりサラリアの方が強いのだから。
「教えてくれないと思うけど、今天使たちの組はあとどれくらい残っているの?」
「ふん。ずいぶん舐められているようね。もういないわよ、私以外。まあ、ついでに言っておくけれど、私は捨て身よ」
「わざわざ教えてくれるのかよ。何か企んでいるようにしか見えねぇが?」
「私たち天使は高貴なる一族よ。誰が好んで大破壊をもたらした聖神などに付き従うものですか。でも、戦うことは嫌いじゃないの」
自由を求めて戦ったメルシィアとは違い、メルシィアのために戦ったその仲間たちとは違い、ルシファーは聖神に付きたくはなかった。
天使とは、高貴な一族なのだ。世界を好き勝手に変えていく神とは違い、人間達を見守る高貴な一族なのだ。
そういつも口にするルシファーが、喜んで聖神などにつくものか。
「もうひとつ言うと、これから貴方達は間違いなくピンチになるわね。降りてきた情報はこれだけよ。どうせ死ぬのだから、最後に英雄の手助けができたのなら喜びよ。……でも、もう一度言うわ。よくもやってくれたわね。私はルシファー。天使よ。最上級の、ね……今まで通り簡単にはいかないわよ!」
彼女は自分に誇りを持っていた。同時に、聖神の言うことを聞く神の世界に怒りを持っていた。本質はなにもルネックスとは変わらない。
だが、ルシファーはメルシィアに憧れていたのだ。だから許せないのだ。
ルシファーとメルシィアは仲が良かった。片割れが消えたのならば、片割れを消した存在に命を賭けて挑もうではないか。
ルネックスはそんな彼女の考えを、こくりと頷いて受けとめた。
そんなことは今の今まで知らなかった。別に誰かから聞いたわけじゃない。でも、見ればわかるじゃないか。
人を超えた者らしくない、その悲し気な表情を見れば、分かるじゃないか。
リンダヴァルトは、ヴァルテリアは。そんな彼女に共感をした。片割れを失ってしまうことは―――限りなく悲しいのだから。
「行きますわよ―――!」
「向コウ0,0001秒、ソノ速度ノ差デ死ヌ可能性アリ。焦点ヲ合ワセル」
―――瞬間。閃光が弾けた。ルネックスは駆け出したルシファーから目をそらして後ろを見る。誰の指揮なのか。
全てが団結していた。ひとつの閃光に攻撃がまとめられている。
英雄たちの強き想いと、必死に彼らに追いつこうとする兵たちの思いを束ねたそれが、ルシファーに向かっていく。
ルシファーは目を閉じた。
かつてメルシィアとともにいた日々を、一瞬だけ思い出して。
「終わらせやしないわ。サラリア、ナビモード!」
『承知。―――サラリアがナビモードとなりました。これより攻撃に割り振ります。三秒後に全てのステータスを投げ捨ててください』
流ちょうに話せるようになったサラリアが、相変わらずルシファーの頭に乗ったままスラスラと言葉を繋げていく。
それがアーナーに重なったからこそ、ルネックスは攻撃を止めなかった。
アーナーがルネックスのために消えたのならば、アーナーではない誰かなんて気にする必要などないのだから。
ドォン、と地が弾け、神雷霆ゼウスが更なる閃光を迸らせる。
ルネックスが目を閉じた。魔力を練る。彼すらも分からなかっただろう、その正確さがテーラまで匹敵するほどになっていたことを。
後ろから熱気が迫る。これは、味方の力。―――ゼウスだ。
「連携―――」
「灯断―――」
二つの思いが混ざり合わさり、後ろからの閃光が光の中に入る。これは哀れみ。これは慈悲。これは心配の声。これは後悔の音。
清き心などひとつもない。英雄のように清く正しく生きることだってできない。
ルネックスは愚かだ。巻き込んだ挙句に後ずさろうとするくらいには、胆力がない。だが、仲間がいるからこそ、彼は。
清き心など持ち合わせていなくても、神様のように光輝く光を持っているのだ。
「アステリアァッ! こっちも連携だ、タイミングあわせろよぉッ!」
「問題はない! 合わせ済みだ、行くぞぉっ!」
―――そして、それは英雄になるための『ひとつ』でしかなかったのだから。
リンダヴァルトとアステリアが見事な連携を行い、閃光に入っていく闇。その中にも、地平線を超えるほどの大きな光があって。
やがて虹色に輝く『それ』はサラリアとルシファーをおしていく。
「……言ったでしょう。私は捨て身なのよ。忘れないで欲しいわ……」
『サラリア、モード転換。ただいまより――計画プランBを開始します!』
虹色の光と、無限の炎が交差した。二つは、しかし触れ合うことは無かった。ルネックス達などに届くことのない攻撃。
ゼウスの反応が一瞬遅れた。だが、それが計画を左右してしまう。
全能神だって何も万能じゃない。
顔を青ざめさせた彼女もとい彼はせめて、と技を繰り出した―――。
「まさか!」
ルネックスが気づくのは、また一足遅かった。リンダヴァルトとヴァルテリアが瞠目する。本当に、捨て身だったのだ。
無限の焔は爆裂し、それでも英雄たちの致命傷にはなれず、傷ひとつ付けることはできなかったが。奴隷たちにとってはどうだろう。
少し遅れてしまっている人たちにとっては、どうだろう。
虹色の閃光を受けたルシファーとサラリアは、未だ死んではいなかった。
「……言われたことは、ちゃんとやるタイプなのよ。高貴なる、一族は……広い心を、持っているの…………お願いが、あるわ」
「聞くよ。それが最後の願いだっていうのなら」
「ありがとう。……天使の一族を……どうか、忘れないで、欲しいわ……」
「忘れないよ。とても高貴な一族だった。その思いを持ってして、聖神を倒して見せる。だから安心して。君もいい敵だった」
そう言うと、ルシファーは安堵したような表情を浮かべて、目を閉じて消えた。正しく女神の美しさを持った、清き姿だった。
そうだ。それもすべて含めて聖神は許せないのだ。ルネックスは後ろを見る。
前衛部隊は半分ほど。後衛部隊はさらに後ろにいるフィリア達のみ。中衛部隊は三分の一ほどしか残っていなかった。
「中衛部隊を、フィリア達を守るために後衛に回して。英雄たちを全員前衛に。テーラ様達は中衛にいるようにお願いして!」
「了解しました、ルネックス様!」
反応したのは、前衛の中の前衛である、リエイスだった。フレアルが聖女家に協力を依頼した時、ともに行動した奴隷の一人。
奴隷兵たちと比べて、彼女は傷が少なかった。彼女も稀に見る逸材なのだから。
頼もしいリエイスに頷くと、ルネックスは前を見据える。これからの敵は、恐らく聖神に忠誠心を持つ者が多い―――
「ルネックス!」
「っ―――!?」
ヴァルテリアが叫んだ。しかしそれも一足遅く、ルネックスの腹から氷の刃が貫通していた。管理神シェイトル。
ディステシア死亡後、精霊管理神を引き継いだ上級神シェイトル。
ルネックスにとって、殺しがたいようで殺さなければいけないと思える、微妙な立場にいる相手だった。ちなみに彼は知名度も高い。
無言で奥から、手を突き出しながら歩み寄ってくるシェイトル。ルネックスは地に伏せたまま彼を見つめていた。
(早い……! すぐに回復できそうだけど、さすが神様。回復阻害がかかってる)
「回避性能が弱いな。創造神にすら攻撃が当てられるのか……リアスの息子とはこんなものなのか?」
「何を言っているの?」
「元の主だ。俺はそれだけの存在。眷属が居なきゃ何もできない存在さ。今は別の眷属がいるけど、リアスがやっぱ一番強かったな」
ルネックスは瞠目する。忘れそうになっていた、村の襲撃の時。フェンラリアがリアスと話していた内容を聞けば分かる。
当時リアスの主であったのがシェイトルなのだと、彼は言う。
そう言われると、なんだか落ちぶれた気持ちになった。このままではいけない、と気持ちが昂った。勿論、傷はすでに治っている。
「いくぞっ!」
「大地剣ガイア! ……行け、我が力を糧に前の敵を潰すがいい!」
速度を重視しているとみてわかるシェイトル。彼の強さは創造神の中でも上のものだ。
加えて、精霊管理神になったからかその体には無数の精霊を纏っている。
「えあかったー!」
此処では決して聞こえないはずの、いつもの『彼女』の健気な声が響いた。無数の刃がシェイトルの体を傷つけていき、舌打ちをひとつ。
振り向けばフェンラリアが立っている。後衛はほぼ全滅したのだから、彼女が此処に来るのも不思議ではない。
違うのは、いつもの明るい表情とは違って、険しい表情をしていた。
「君は大精霊か。……なぜ僕のもとにつかない? 何故そこにいる? 僕が主だ。しかし、キミはそうだと思っていない。……なぜ?」
「あたしにとっての主は、るねっくすただひとりだよ!」
「……そうか。残念だ」
「ぅぐあぁっ!」
「るねっくす!?」
「「「ルネックス!」」」
神聖槍ティア。神聖槍とは、世界に四振りしかないといわれる伝説の武器。刺さったら、英雄だとしてもその命を取り留めるのは難しい。
そのため、シェイトルでは扱えないほどの強い武器として知られているが。
それがルネックスの背中を貫通している原因は。疑問を浮かべながら、ルネックスは膝をつく。その前に神雷霆ゼウスで自分を支える。
「―――不意打ちに弱いのかな? 英雄さんたち、そんなに人数あるのに気づかなかったのかなぁ、すでに回り込まれてるよ?」
もう聞きなれて、聞きたくもない宿敵の声。―――聖神だ。
気付かなかったんじゃない。気づけなかったんだ。シェイトルすらもはるかに凌駕するスピードで放たれたのだから。
ぎゅ、とルネックスはこぶしを握り締める。
「世界を変える? 巡回させる? ……ふざけないで! もう巡回など懲り懲りよ。どうせならこの世界はこのまま消えていけばいいんだよ!」
「……消える? この世界が? どうしてそんなことが言えるの? 確かに、あなたは壮絶な過去があるのかもしれない。でも、頑張ろうとしてる人をッ! 這い上がろうとしていく人をッ! 叩き落していくあなたに、そんな資格があるものかァッ!」
「戯言を……資格など語る資格はお前にもない! いつだって私ばかりが落とされていくんだから。努力する人間は消えていけばいい、這い上がろうとするやつは落とされてしまえばいい。世界はそんな風にしか回っていけないんだよォッ!」
口を動かしながらも手は止めない。フェンラリアが必死にルネックスを守っている。……あぁ、まただ、また誰も守れない。
アーナーを失った。
アルフィナも消えた。心配させて、あんな決断をさせてしまったのは誰だ?
弱くて、英雄になっても構わないと決めたのは自分なのに、後退しそうになったのは誰だ? 何も超えれずに立ちすくむ自分に、英雄になる資格はあるのか?
「―――ルネックス! 弱音を吐くな! あんたにどんだけ期待がのしかかってると思ってんの!? 一人死ぬ度に、その人の人間関係が全部切れていくんだ! あんたにそれを全てつぐなう術はない! だったら守れ、少なくするんだよ。聖神相手に弱音はいてる暇あんのかよ! あると答えるなら、まさしくこの世界なんて巡回をやめちまえ!」
「テーラ……さま……僕は」
「あーもうグダグダ言うな! 限界すら突破できないというの? あなたは壁を超えられないというの? あなたはこのまま聖神に押し負けるの?」
視界が開けた。銀髪を揺らしながら聖神に強大な一撃を加え、後退させた二次巡回の英雄はルネックスにわざと冷たい言葉をかける。
突き放すように並べられていくソレは、しかしルネックスの視界を開けていく。
聖神に押し負ける? 冗談じゃない。
聖神がしたことを許せるものか。ここまできて、ようやくここまできて、許せない相手を前に、こんな無様な姿をあらして。
―――このままで終わらせやしない。僕に限界なんてない!
「【言霊】【紅蓮】【身体強化】【全攻撃無効二倍変換】……さぁいけ! 全ては僕の武器。全ては僕のために在る。語れ、紡げ、全ての物語を僕は受け入れよう!」
―――王の語り!
いつしかゼロ2と戦った時に使った言霊を掲げ、紅蓮の炎を身にまとい、その上で身体強化を施し、全ての攻撃を無効化する。
そして最後の詠唱は――決定的な威圧と勝負の結果を持っていた。
ルネックスが手を振り払う。
全てが切り裂かれる。
恨みを通り越し哀しみを通り越し怒りを通り越し無となった感情の一撃。
感情の枠を通り越した恨みと妬みを―――いつしか無というようになった。
「うぁっ」
「聖神様!」
「いかん……引き下がれ! 聖神様が攻撃を受けた、引き下がれ―――!」
「下がらせるかよ!」
「オイ魔王、いいな!?」
「勿論だ!」
真っ黒な刃を避けようとしたものの、持ち前の速度でも避けられなかった聖神は、背中から毒を持つ刃に切り裂かれた。
バタン、と倒れる聖神に上級神やシェイトルが駆けつけ、引き下がるように言うが。
そんなものを英雄たちが見逃すものか。ヴァルテリアが大地を操り退路を塞ぎ、アステリアとリンダヴァルトは連携で黒き球を打ち込む。
「……転移ッ」
歯を噛み締めた聖神が、最後に詠唱し消える。無感情に光るルネックスの横顔が、ふっといつもの柔らかい少年の姿に戻る。
聖神や聖神のそばに居た上級神以外は全て消えた。シェイトルは未だ消えていないが。
ルネックスは限界を超えた感覚を握りしめていた。己の分を超えている自覚がある。自分でも受け入れられないほどに強くなった自覚がある。
「やるじゃん。あぁそうだ。うちのゼウス様は向こうらへんで回り込んだ神たちを消してるから、後で来る。とりあえず休憩しよう、限界を超えた後の体って疲れてるからね。何せ限界超えちゃったしね。とりあえず休もうか」
「あの、テーラ様、待ってください! 聞きたいことがあるんです」
「うん、なに?」
「……本気、出してませんよね……全然」
「―――! 良く見抜いたね。確かにボクは全然本気出してないけど。君が限界を突破したから、今度から本気出すよ」
「僕のためだったんですか!?」
焦ったような声を帯びて、ルネックスがテーラを呼び止める。ぞろぞろと後衛のテントへ行く者達の中で、彼らだけが止まる。
そこまで気を使われていたのか。と、ルネックスはテーラに頭が上がらなかった。
「そんな顔しなくていいって。まあ、そう思うならボクを超えればいいでしょ。ルネックスならできるよ、ボク以上に天才だからね。このボクの保証ではまだ足りない?」
「いえ、十分です。ありがとうございます!」
「うん。休める時間は少ないから、しっかり休んでおいで」
そう言ってテーラは早足でセバスチャンの方に向かった。仲間に迷惑をかけるのは悪い事ではない。だが己の器を理解することが大切。
フィリア達のところへに戻ると、ヴァルテリアとリンダヴァルト、アステリアによくやった、と言われたりからかわれたのは余談である。
―――そして翌日。気持ちを緩やかにする暇もあまりなく、第二戦が始まった。
文字数まで色々突破しました(笑)
ちなみに聖神簡単に傷を与えられていますが、邪神覚醒が万全ではないのです。
こいつでは無理だろうと舐めてました。
第二戦はそう簡単にはいきません。何故なら限界突破が最低条件となりますからね。




