よんじゅうきゅうかいめ もうひとつの物語かな?
異世界アルティディア。世界暦59年。歴史に大きく名を刻むことになる初代勇者リンダヴァルトは、魔王アリステアと最後の勝負を交わしていた。
これは、世界を見ることになる観測者にとって、何千回も何万回も無限に続けられる歴史の中でも大きなストーリーの一片。
だが、彼らに一回一回の記憶は無く、ループするたびに消去される。所詮はリンダヴァルトもアステリアもそこまでの存在なのだ。
―――だが、リンダヴァルトはそこまでで終わる存在ではなかったのだ。
「問おう、リンダヴァルトよ。貴殿は真に私について来たくはないのか?」
「俺が聞きてぇよ。アステリア、お前、何で俺が勇者だと知ってよ。初代っていうすげぇ人物だと知ってよ、まだそんなことを言うんだ?」
「理由など、ない。私から見て、貴殿はとても淋しそうに見えたのだ。この人生に意味はないと、決めつけたように見えたのだ」
魔王は、彼女は、微笑まない。リンダヴァルトは、心の内を突かれた感覚がした。アステリアの禍々しい瞳の中に灯される、小さな光を見つけた。
リンダヴァルトは、だがそれでも魔王の手を取ることは無かった。
生きることが無駄だと見定めた世界にも、魔王を討ち取るという正確な目標があったのだ。リンダヴァルトは、間違いなく天才だから。
異世界からの者ではなく。アルティディアに産まれてアルティディアに生きる、誰の手も借りない、全てを追い越していく天才だった。
だが、彼でもかすりすらしない高みを、魔王は目指しているのだ。
「……もう一度問おうリンダヴァルト。貴殿は、満足しているというのか」
「ははっ。俺が満足? んなこたぁ何が起きたってありえねぇよ。……でも、ありがてぇ。お前は殺さねぇよ。封印しておく。俺よりたけぇ所にいるんだろうな、お前。俺じゃきっとお前にはかすりもしねぇだろうな。……覚えていろ、俺は、俺だけで生きて来たんじゃぁねぇ。お前が思うように哀れな勇者サマじゃあねぇ。俺は俺の―――愚かさを知ってんだ」
「……リンダヴァルト」
「黙っとけよ。自分がどうやって封じられるのくらい覚えろ。……俺だけは知ってんだ。俺よりお前のが哀れだよ。お前の周り、誰も居ねぇんだろ? 誰かそばに居る奴が欲しくて、わざと世界を敵にしたんだろ? 愚かで、あまりにも俺に似すぎてんだ。やめとけよ、次の人生は、絶対にやめろ。俺はなぁ……英雄も魔王も―――もうこりごりなんだってんだ!」
リンダヴァルトは聖剣を、エクスカリバーを、振り下ろした。彼は唯一知っていた。この世界が、この瞬間だけが何回も繰り返されたことを。
リンダヴァルトが魔王を封じたのはもう何回目だろうか。この巡回を乱してはいけないことをリンダヴァルトが知ってからどれだけ時が経っただろうか。
もう会えない仲間たちの事を浮かべてみる。昔の事を考えてみる。何もできなかった、愚かな自分だった時のことを。
仲間がいて、ちやほやされて、紛れもなくリンダヴァルトは天才だった。
でも違ったんだ。負けたことなんて一度もない。それでも、違うんだ。英雄の本当を見たら、誰だってがっかりするんだよ。
リンダヴァルトの片割れだった名前を――ヴァルテリア。
紛れもない大英雄が消えてから、リンダヴァルトが一度も勝てなかった相手が消えてから、皆はいなかったかのように彼を忘れた。
そしてリンダヴァルトを称えて、ヴァルテリアを地に突き落とした。
―――どうして。
確かにリンダヴァルトは一度だって負けたことは無い。だがそれは10代の時までだった。魔術が使えるようになってリンダヴァルトは激変した。
『おう。お前はもう出来るようになったな。じゃぁ、俺はそろそろ消える』
ヴァルテリア。どうして。どうして君は去ってしまうんだ。もうみんなに忘れられてるじゃないか、帰ってきてくれ。
もしかしたら、タイムリープしているのかもしれない。
だが、リンダヴァルトは会いたかった。誰よりも強かった相棒で、十歳年上の師匠に、会いたかった。今すぐにでも会いたかった。
目の前に氷漬けにされている魔王だって、きっともう会えなくなったけど待っている家族だって、ヴァルテリアに勝る者はいない。
カラン。と、リンダヴァルトの手から剣が滑り落ちた。
(この状態を何度繰り返したってかまわない……ヴァルテリア、俺ぁお前を忘れたりしねぇからな。いつか帰って来やがれ)
哀れな勇者サマは嫌いだ。英雄と讃えられるのも嫌いだ。だが、リンダヴァルトは大英雄だったヴァルテリアが大好きだ。
《 ―――吠えろ英雄。貴様の思いを吠えてみろ。貴様の想いは、星の輝きにも勝つのか――― 》
「……ったりめぇだ。星の輝きが何だってんだ。ヴァルテリアは俺よりずっと、星なんかよりずっと輝いてた! なぁそうだろ、管理してたお前ならわかるだろ! ヴァルテリアは全部助けた! ヴァルテリアは世界の危機を避けた! でも、俺が、俺がそれを知らないうちにまるっきり全部奪ってたんだよ! 大英雄は俺じゃない! それを知ってるのももう大賢者しかいねぇだろうがなぁ……お前なら分かるだろ!? 見てたんだろ、動かしてたんだろ!? 俺は違う。俺は英雄サマなんかじゃねぇ。でもよぉ……ちょっとくらいいいじゃねぇか。英雄がねだっちゃだめだって誰が言ったよ。なぁ、俺は愚かだよな―――?」
突然降り注ぐ管理神のセリフに、リンダヴァルトは返した。力いっぱい吠えた。魔王にだって世界にだって伝えなかったセリフを。
心の中に溜まりすぎて、もう忘れ去りたくなってしまった、想いを。
星などに追いつかれてたまるか。憧れた師匠の功績を知らずに奪っていて、それでも英雄面してへらへら笑っていた愚かな勇者は、吠える。
一度言葉を切って、問う。当然のように、答えは帰っては来ない。管理神はその次の言葉を期待しているのだ。
高みを目指すアステリアだって誰よりも強いリンダヴァルトだって、追いつけない。ヴァルテリアの強さは、もっと別の所にあるのだ。
「愚かじゃねえ人間なんているかよ―――俺ばっかりどうして英雄面してなきゃいけねぇんだよ。俺の師匠はヴァルテリアだ! 世界を救ったのはヴァルテリアだ! 俺じゃねぇ、この才能は、本当は俺に与えたらだめなんだ! おい、管理神、聞いてるか。愚かな俺の願いを聞いてくれよ。俺はなぁ―――ヴァルテリアに会いたい。それでいい……それでいいんだよ、もう何もいらない。俺は……魔王の言う通り、救いが欲しかったのかもしれねぇ。だったら、くれよ、救い……どうして神は神らしく救ってくれねぇんだろうな」
《…… ―――よく吠えた、世界をも超越した勇者よ。その願い、この私の力を得てかなえて見せよう。魔王と共に、だがな――― 》
「……ったく、詳細のひとつもねぇのかよぉおおおおおおおおおっ―――!」
落ちる―――! そう思い目だけは瞑らず真っ黒いブラックホールに落ちていくリンダヴァルト。しかし、そこまで感触は悪くない。
意外にもゆっくり落ちていくそれは、話す時間を作っているように感じられる。
リンダヴァルトは黙ってディステシアの次の言葉を聞こうと浮く体を立て直し、自分の体をコントロールできるようにした。
「んで、俺は何処に行ってどうなるんだよ」
《 ―――話すと長くなるが、初代世界の巡回を向かわせたお前の次に、テーラが巡回させた……そして三人目の時代へ飛ばす――― 》
「おう、ってことはテーラにも会えるし、他の英雄にも会えるってことか……そりゃ、巡回させた英雄だけ無限にコレクションされるからな。つーか、テーラは巡回してねぇのか?」
《 ―――その時の管理神は私ではない。本人にでも聞くんだな。三人目の英雄は神を絶滅させることで世界を巡回させる。だが、圧倒的に力量が足りない。復活して、魔王と共に彼に味方をしてくれ、テーラはすでにそこにいる――― 》
感情というものを置き去りにしなければなれない管理神の座は、声こそ平坦で何も変わりはないが、リンダヴァルトはそこに確かな心配を宿しているのがわかった。
だてに英雄をやっているわけではない、彼はしっかりと全てを吸収しているのだ。新たな勇者を補佐するのについては、問題は無い。
勇者とは、大抵が愚かだ。愚かで、最初はきっと自分以外何も見えていない。テーラは淡々と生活を送っただけだ。リンダヴァルトはヴァルテリアのためだけに戦い続けていた。
―――三人目は、テーラを、リンダヴァルトをも超えるほどの器量を持っているだろうか。
「じゃあ、そいつの名前を教えてくれ。直接天界にとばしてくれよ。……あぁ、明らかに中間地点に送るなよ? ひっそりした誰もいない、つーか誰も来ない位置に送ってくれ。できればで良いんだが―――」
《 ―――英雄の名を、ルネックスという。場所についてだが、お前には魔王が居るだろう。その迫力を利用してド派手に登場してやれ。時間を急がせる……送るぞ――― 》
「俺の魔王じゃね―――」
今度こそ素晴らしいスピードを出されるかと思ったが、ディステシアも彼女なりに考えており、負荷をかけないようにリンダヴァルトの意識を強制的にシャットダウンさせた。
まあ、リンダヴァルトの言葉を途中で切ったのは悪かったと思っているが。
ふぅ、と残された小さな粒の意識の中で、ディステシアは一息つく。タイムリープの洞窟に漂うリンダヴァルトを意識体で見つめる。
(やっと終われるな……なあ聖神。これがお前の望んだことか。お前は、どの英雄よりも悪党よりも愚かだと思うんだ。なあ―――)
ディステシアは、何が起きても自分と聖神以外の誰かを責めようとはしない。
(私を恨め。ルネックスを、世界を、全てを敵に回す結果にはどう見てもならないだろう―――!)
そもそも、聖神とディステシアの間に溝ができ、見習い神だった聖神が、当時の聖神を殺した事件がおきたきっかけ。
そのきっかけは、紛れもなく聖神自身の性格のせいだったのだ。子供でも考えつくほどの、子供が怒るほどの出来事だった。
小さな童話で語り子供が喜びそうな、それだけの出来事だった。
(お前は―――プライドが―――高すぎた―――)
ぷつり。
ディステシアの意識が消えた。もう二度と復活することは無い。何故なら、体を維持するための意識体すら破壊したためだ。
ディステシアは聖神に思い知らせて欲しかった。己に出来ることを知って欲しかった。ひとつのことにこだわるなと言いたかった。
―――だが、気づいたときには遅かった。
だから、ディステシアは、自信が愚かだと知りながら英雄に頼った。それが正解の道ではないと知っても、そうしようと思った。
だが物語は変えようもない。紡がれていく世界も、壊れ行く構造も、全てが英雄を歓迎し、英雄にとっての小さな試練だ。
聖神の間違いは大きすぎて、きっともう誰にも訂正させることはできない。
だって、神でありながら堕ちることなく世紀の大悪党として君臨するのだから。
―――なぁ、最重要指名手配。お前はそれで満足などしているのか?
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っと、シリアスな物語によらず、ちょっと逸れたことを口走るなぁやんでした。
愚かな行動には理由がつきものです。
ですが、必ずしも白の道に行くわけでもなく、止める者がいない或いはすでに止められないほど進行している場合は、黒の道へ行き引き返してなど来れないでしょう。
反対に、白の道から黒の道に行くのは、あまりにも簡単すぎるのです。




