よんじゅうよんかいめ 協力と訓練開始かな?
「まずねえ……聖神のあれは多分最初から最後まで演技。ゼウス様を恐れていたのも、敬語だったのも。あとあの感情の荒ぶりかたも」
テーラが絨毯に座って、どこからともなく出したワインをグラスに入れて優雅に飲みながらそう言った。セバスチャンはそんなテーラの後ろで正座をしている。
ゼウスはまたどこからともなく玉座の複製のようなものを出して高い所に座っていた。
これが彼らにとっての『普通』なのだろう、ルネックス達は何も突っ込まずに真剣にテーラの話を聞くだけにとどめた。
もちろん、気にならないわけではないのだが。
「じゃあ何のためにあんなことをしたんですか?」
「宣戦布告がひとつだと思われる。演技の意味は余裕の示し。演技するほど余裕があるということ。あと邪神覚醒の詠唱速度はわざと緩めてたよ。しかもあえてボクが気づくように。つまり、屈することはない実力を持っている、ということ」
「わたしにとっては……弱いのに……抗っているようにしか……見えない……テーラ様は……強い……聖神たちに……勝つ術はないと思う……」
カレンも一応は大賢者テーラの信仰者の一人だ。どうしても聖神の行動に納得できないのも、ルネックスにはわからなくもない。
一方ゼウスに対する熱い信仰者を見たことのあるフレアルは「ああ」と遠い目だった。
ルネックスは、聖神の行動を察することができなかったという悔しさがあった。強くなったと自惚れていた。
全ては皆の協力がなければ、できなかったというのに。
ぎゅっ、とこぶしを握り締めて、テーラの次の言葉を待つ。
「ううん。あっちは確実にこちらの戦力を超えてる。ボクとゼウス様とセバスチャンが合わさった所で、聖神とロゼスの仲間で一番弱い、誰だっけー、ああ、フェスタって子の足止めにしかならないと思うよ。で、今のルネックスにロゼスは止められないし、もっと言えばガレクルって子もいるんだから。君たちが集めた戦力でどうにかなるならいいんだけどね?」
「そこまで強くなってないってことですかぁ……」
リンネが肩を落として落ち込む。まさかここまでやっていてもロゼス達に劣っていたとは思わなかった。少なくとも足止めはできると思っていた。
それに、ロゼス達や聖神だけではなく、下級から上級の神や、もっと言えば天使らも聖神に協力するかもしれない。
敵は多い。今のルネックス達で覆せる敵ではないことを自覚しなければいけない。
「今挑むのは少し億劫だと思うよ。ボクらはきちんと協力するし、君達も定期的に奴隷たちを……もう解放したから違うか、兵たちを鍛えるんだから、時間と共に差は埋められると思うけど……」
「あちらも努力していないわけではない。つまり、俺達は倍以上の努力をする必要があるということになる。覚悟は良いか?」
「我らも定期的にここにきて訓練を手伝う、一人一人がセバスチャンより強くなれれば、差は釣りがくるほどに埋められる」
「覚悟は、もちろん。でも、一人一人が……」
集めた協力者は千を超えている。一人一人をセバスチャンほどの強さにするためには、テーラが言うもう少しの時間、では当たり前のことだが成し遂げられない。
天界にとってルネックス達は邪魔の存在。あの手この手で今すぐにでも何かを仕掛けてくる可能性が高い。
コレムの命令で王都は修復が開始されている。
こんな情景をまた作り出されてしまっては、いくら何でも挑む以外道は残されない。
「確かに困難。だからつまり誰かが、ボクくらいに登ってこないといけないってワケ。この中でボクに一番近いのはルネックスだね。こっちもいくらか協力者は呼ぶよ。ボクが声をかければ結構な人数が集まるからさ。戦力を集める方法は何も世界征服だけじゃない」
「確かに、ほとんどの世界は征服しました……強い者一人一人に声をかけることは確かにしていません」
「うんうん。次元を行ったり来たりする大英雄とか、しょっちゅうタイムリープする大魔導士とか、ダンジョンに籠る元勇者とか……色々ね?」
何かを極めた者は必ず『大』がつくのか……とルネックスは突っ込みそうになったが、そこは鋼の精神で自分を止めた。
それにしても、何かを極めた伝説たちはこうもキャラが濃いのか……?
「あと、山奥に引きこもる中二病大剣聖とか、いつも姿を隠してる黒魔導士とか、雲と同化しようとする白魔導士とか……あと」
「も、もう大丈夫です!! つ、続きをお願いします」
これ以上聞いてしまうとルネックスの中の何かが崩れてしまう。昔に魔王を倒したグループの神話を読んだことがあるが、イメージが完全に崩壊してしまう。
ちなみに、この中でも一番強いのはテーラなのだという。テーラを抜くと次元を行ったり来たりする大英雄が二番なのだそう。
ちなみに一番弱いのは雲と同化しようとする白魔導士だ。
失礼ながら、そんなことばかりしていたら当たり前かと思わなくもない。
「まあそんな感じのキャラが濃い方々に協力を要請するよ。で、君達はボクがしっかりと訓練して差し上げるから安心して!」
「……安心できないぞ。テーラの訓練はスパルタだからな」
セバスチャンが遠い目で何かを言っていたが、ルネックスは聞こえないふりをする。ちなみにフレアルは固まっていた。何故だろう。
カレンは慣れているのかこくんと頷き、リンネは「ひいい」とルネックスの後ろに隠れ、リーシャはごくりとつばを飲み込む。
一方フェンラリアは大丈夫だ! と自信を持って胸を張っている。シェリアは「やります!」と意気込みをしている。
反応が様々な所、ルネックス達もキャラが濃いな、とルネックスも遠い目をすることになったのは彼自身しか知らない話である。
「それで、聖神の時に話した運命の話。ルネックス、君は全てが終わったあとに力の使い過ぎで消えてしまう可能性が未だ高い」
「でも、みんなだって同じほどの力を使うはずです」
「うん。キミはそんな『みんな』を助けるために、命を維持させていた残り僅かの力まで使ってしまうんだ。本当なら魂があればいいんだけど、あまりにも大人数を治癒するため、ルネックス、キミは魂を燃やしたんだ」
お人好しな所がそうさせてね、とテーラは苦笑いをしながら続けた。カレンは目を瞑り、他のみんなも緊張感が上がっているようだ。
まず、カレンはルネックスにそうさせなければいけないほど自分が力不足なのか、と自分自身を呪うほど、心を痛めつけた。
恐らく、此処に居る全員が。それをテーラも知った上で、彼女は―――
「怖いこと言うけどね。本当にそれを防げるかどうかは、ボクでもちゃんと変えられないんだよ? みんなが頑張ってくれないと」
「実際いえば、運命は絶えず自由に動いている。テーラでも運命を変えることは許されないのでな。手助け程度や助言程度には動けるが、行動は貴様らがやらねばということだ」
―――脳内真っ白であろう彼らに、さらに追い打ちをかけてとどめを刺した。
小さな呻き声が聞こえる。誰のものだったのか、それは分からない。分かるのは、ルネックス自身さえも震え、他の皆は自分を呪っているということ。
そして、しばらく静かになる。悲しみが空気に染みるまで、テーラは黙っている。
「ボクは慰めるつもりなんてないからね。それが事実だ。きっと変わらない。でも、その手で運命は少しずつ行動することで変わっていくんだ。『書き換える』ことはできなくても、君達の手で『書き超える』ことは可能なんだよ」
「それは……つまりどういうことなんですか。すみません、今の僕では、分かりそうにないです……ここまできたのにッ、なぜ―――」
「分かんなくていいんだよ。それが『君』だから。『何故』だって分からなくていい。ルネックスは今一点を見つめてる。信じればいいんだよ、君の仲間たちを。キミの努力を。今の言葉を聞いて、訓練を怠けようって気持ちは、絶対起きないと思うからさ」
暗かった話が嘘だとでも言うように、ニカッとテーラは笑った。光はあって道もある。けど、光は小さくて道も狭い。通るためには、見るためには、それこそ血反吐を吐くような今までの努力をさらに超えて、血反吐なんて出ないほどにならなくては。
それも、今のルネックスに、今残された時間で。出来ることではないとわかったうえで。
テーラは、セバスチャンは、ゼウスは、ルネックス達に甘えることを決して許さないのだ。神に挑むという『事』を、彼らの言葉はルネックス達の心に刻み付けていく。
それは決して甘い言葉でも、暖かい言葉でもない。力を抜いたら諦めてしまうほど、尖っていて闇を見せるような言葉だ。
大切にしてきた仲間の命火が弱まる事も、それを助けるために誰かが死ぬことも、このグループは許さないだろう。
「……足の引っ張り合いは避けてね。分かってるから、全部。君達がそれぞれ苦しむことを許さないってこと。でも、だめだよ」
また、突き刺される。情けをかけられず、情けをかけることすら許さない。
「自分から戦場を望むなら、戦場で果てろ! 分かったな!?」
「……はいっ。僕は果てません。永遠に、生きます!!」
そしてその言葉は、希望を生んでいくのだ。限りなく強く光を灯したテーラの瞳は、ルネックスも、フェンラリアも、カレンも―――いかに暗い過去を持った者達も、照らしていく。固定された感情を、破壊していく。
そういえばルネックスは感情を切断できるスキルを持っていたな。
そんなのは意味がない。言葉で人を動かした者が、最も偉大なのだから。
初めて自分から何かを望んだルネックスを見て、フレアルとカレンは驚き、フェンラリアとリンネは「ようやくか」とため息をつく。
リーシャとシェリアはそれを嬉しそうにして、黙って眺めた。
―――さあさあ、闇は取り除かれた。最強の、伝説の名を、賭けてみよ。
―――ひとつひとつの動作に、己そのものの魂を捧げてみよ。
―――そしてこの世界の伝説は、成り上がっていくのだ。そうだろう?
「訓練、しにいこうか。ごめんね、色々驚かせて、暗い雰囲気にして。でも、色々見えたでしょ? しなければいけないこと、とか」
「はい、見えました。ありがとうございます。僕も驚いていますよ、ただの小さな村の村人だったのに、ここまで来てしまうとは」
「あールネックス! 村長様のところに挨拶とかしに行かない? 応援とかしてもらえるかもよ、あ、でも時間ないよね」
「フレアルちゃん。それは未来に記録がないことだ……是非やってみるといい。今は未来にないことをひとつでもやるだけで、何かが大きく変わる可能性が高いんだよ」
テーラは微笑みながらフレアルに手を差し伸べた。ゼウスとセバスチャンが「やれやれ」と言いながら二人でパチン、と指を鳴らす。
世界が変わる。
真っ白で、しかしそれでいて彩られているように見えた世界は。
あの綺麗な【創造世界】を想像させるようなものだった―――。
【創造世界】については最初辺りを見返してみるとわかると思います。ブレスレットの中の世界にルネックスが名前を付けた、みたいなやつです。
忘れている方も多いのではないでしょうか(゜-゜)




