よんじゅうさんかいめ 聖神の襲撃と大賢者かな?
ドォォオオオン……。
ガシャァアアン……。
バキッ、グガッ……。
地鳴り、何かが割れる音、何かがつぶれる音、何かが折られる音。
少し前から予想していた事態なので、少女は目もくれずに飛んでいく。目指す地点はただひとつ。この阿鼻叫喚の地獄絵図を作った人物の元。
この国を守る大精霊フェンラリアの目からは闘志が燃えていた―――。
「ここまで来たということは、許可をもらったのかな?」
「もらってないよ。あたしがかってにきただけだから」
「怒られちゃうんじゃないの? 早く戻った方がいいよ」
「うるさい、あなたにしんぱいされるすじあいはないの―――!」
振り上げた魔力を纏った腕も、後ろから襲撃した氷の刃も。あっさり受け止められて、あっさりとかわされる。
目の前の女性―――凶悪を振りまく聖神は、あろうことか苦笑いをしていた。
―――ああ、だめだ。恨みが抑えきれそうにない。
魔力を溜めて、最大の魔術を放出しようとする。相変わらず聖神は薄い笑みを浮かべていて、この攻撃が恐らく効かないことはフェンラリアもどこかで分かっていただろう。
全く効かないわけではない。
しかし聖神にとって脅威にならない程度だということだ。
「消えろ―――」
「フェンラリア」
紅い玉が放射されようとしたとき、フェンラリアの腕をつかむ者がいた。
伝説の名を語られている少年―――ルネックス。
ルネックスの姿を見たとたん聖神は警戒をマックスにして後方に下がっていった。フェンラリアはルネックスの姿を見て薄く微笑む。
その微笑みに何の意味が込められていたのか、ルネックスにはわからない。
「君じゃ勝てない。僕も勝てない。じゃあ、どうする……?」
そう言ってルネックスは神妙な笑みを浮かべていた。ちなみに怒りはあるが怒る気はない。ルネックスの後ろからカレン達が現れる。
フェンラリアは寂しそうな笑みを浮かべて、とてとてと後方へ下がった。
遠くに鎮座している聖神は、警戒しているのがよくわかるが相変わらず余裕の笑みでルネックス達を見ている。
恐らく此処に居る者全員足しても、聖神を倒しきることはできない。
「全員で最大魔術を放つ」
「「「「「はいっ!」」」」」
それも効かなかったら、もうこの国は終わりだと言っていいだろう。計画はまだ終わりではないが、この国はもう救われない。
コレムのためにも、ルネックスは命を捨ててでもここで聖神を止めるつもりだが。
ルネックス達を抜かれてしまったら、もうきっとこの国は助からない。だからこそ―――ルネックスは腰の剣を抜き取った。
全魔力を込め、ブレスレットの中にある強化系スキルなどをすべて使う。
強力な魔術に何個も耐えられる耐久力が、この剣にはあった。
そして、反対の手に付けているブレスレットを前に差し出す。
―――これは、リアスと別れるときに彼がルネックスに渡したブレスレットだ。
「応えよ、精霊王。僕の願いを糧に、全てを蹂躙せよ―――」
光る。限界まで光る。しかしこの場に居る全員が目を閉じない。フェンラリアが住民を素早く避難させている。
そしてその間にフェンラリアも魔力をたっぷりと溜めている。
巨大な魔力の流動に、聖神も本気で盾を作って応じてくるようだ。それでも全魔力を使っていなそうなところを見ると、自分の無力さを思い知る。
ブレスレットで魔力回復・秒を使っているのだが、絶えずやられ続けたり対抗スキルを持たれていたら意味はない。
そして聖神は絶対それを持っているはずだ―――。
「良くそれを使いこなせてるねぇ……ああ、忌々しい。支配権を私に戻してもらおうか」
「無駄だよ」
「っ―――ブレスレットの力ね。そういうことか。それ単体でも本当は私の力を上回っちゃってるからね。良く使いこなせてるとは言っても、まだまだということかッ!」
全員で放った最大魔術を、聖神は魔力半分を使って完全に打ち消した。ルネックスは今でも魔力が回復し続けているが、他の仲間はそうでもない。
聖神の顔を見ると随分疲れ切ったような顔をしている。それを見ると先程の最大魔術は彼女の魔力を削ることができていることが分かった。
今の二倍、魔術を使うことが出来たら聖神を倒せるのに。
荒い呼吸をしながらルネックスは迫りくる氷の刃を見てそう思っていた。
世界が崩れようとしている。
大きな魔力の流動に、耐えきれなかったようだ――――――――――。
「君こそ無駄だね」
満面の笑みを浮かべる聖神にせめて一撃は加えたかった。もっと練習が必要だったな。フェンラリア達の悲鳴が聞こえる。
聖神はそれを心地よさそうに聞いている。
誰もが―――もう終わった―――そう思っていた。運命は彼を見放さなかった。
「どっちが忌々しいよ、あんたが一番忌々しいことに気付いてないの!? ……っと、演技はここまでにしといて、久しぶりだね? 聖神」
「くっ……なんでこんなところであんたが……大賢者テーラ、そこをどいてッ!」
「誰に口をきいている」
「我の前でピーピー泣きわめくでない……神の威厳がないぞ?」
ルネックスたちと聖神の間に立ちはだかったのは、銀髪の少女大賢者テーラ、黒髪執事のセバスチャン、最高神であるゼウスの三人。
かつての伝説―――つまりルネックスの先輩である。
聖神を前にしてまるで余裕な三人。
実験気味で女の姿に変えられた、真っ赤な髪をポニーテールにして足に届くか届かないかの長さになっているのがゼウス。
意外に彼もとい彼女はこの姿を気に入っているのが可愛い所だ。
聖神は三人を見て明らかに焦って顔を険しくした。もっと戦う理由が何処にあるのか、ルネックスは必死に考えた。
戦力を知りたいのか、ブレスレットを回収したいのか。この二つだろう。
―――それとも、単純にルネックス達を殺しに来たのか? あの聖神が?
「さて、何のつもりでここに来たのか教えてもらえるかな?」
「貴様に教える義理はないッ」
「ふん、我は最高神だぞ? この我に逆らうというのか……?」
ゼウスの威圧感は本物だ。にやりと彼が笑うと、空気が悲鳴を上げ、大地は割れ、全ての時間が止まり、雷が空を埋め尽くす。
ルネックスはその迫力に口を開けたまま呆けていた。
「もう、ゼウス様。ただでさえ凄い威圧感をわざと放出しようとしないでくださいよ。ボクとセバスチャンならまだしも、全員耐えきれてないじゃないですか?」
「む、すまない。少々本気を出しそうになってしまった」
しゅ、と威圧を緩めると、顔を青ざめさせている聖神は地面にへたん、と手を付けた。最高神―――創造全能神ゼウスは、彼女よりはるか上の強さを持っている。
宇宙を作り上げたのが創造全能神四人。人間と地球を創り出したのが創造神十二人。
地球以外の星を作ったのは全部ゼウス様に任されていたのである。神界、人間界、竜界、魔女界、魔界、鬼界などを作ったのも創造全能神である。
創造神よりひとつ下が大聖神、その下がようやく聖神なのだから、実力の差は一目瞭然なのだ。
「ああ……貴方が、あの少年の味方をすると、いうのですか」
「うむ。そうするつもりだ。神界に帰れ、忌々しき聖神よ―――」
「駄目です。私は此処で帰るわけには【邪神―――」
聖神の詠唱より、ゼウスの方がひとつ早かったようだ。どんな力を手に入れていても詠唱速度で上の相手に劣ったら終わりだ。
最後のは恐らく【邪神覚醒】。聖神の本来の力を封印したスキルだろう。
それを使う前に神界に飛ばされたのは幸いだ。何故ならそうなればゼウスの手に負えるかどうかわからないからだ。
テーラもセバスチャンもいるが、聖神の実力がどうなっているかわからない。
「大丈夫? ルネックス、だっけ。ちゃんとブレスレット使えてる?」
「……大丈夫です。ブレスレットは―――分かりません。このブレスレットに使える使えないの段階があったことすらも」
「そこで分からないか。では、一旦王城へ帰ろう。全ては俺達が説明する」
カレン達は威圧感に飲まれて話すことができない。ルネックスは大精霊をも超えているのだろう、しかしそれでも話すのがつらい。
破滅寸前になった世界はテーラの力によって修復され平和になっていた。
あちこちで雄叫びが上がる。
フレアルはきっとフィリアは喜んでいるだろうな、と思っていた。
「あ、ちなみにボクはそんなに人間界に来れないから、そのもうひとつのブレスレットでボクを呼んでよ。精霊王はまだそんな力は持ってるからさ」
「せ、精霊王さまのことをしっているの?」
威圧に飲まれていたフェンラリアがやっとのことで声を出す。
「うん。昔に勝負を頼まれてさ、でもボクが凄い勢いで勝っちゃって、それからボクの忠実な下僕なんだヨ」
「そ、そうなんですか……」
予想外そして規格外の強さと余裕な笑み、そして何でもないかのような話し方にルネックスは引きつった笑みを浮かべた。
テーラが差し伸べた手を受け取り、ルネックスは肩をすくめた。
「貴方のような方が僕の味方で、心強いですよ」
「まーね……長年ゼウス様の威厳が消えてるし、ボクはそれを取り戻したいだけだよ」
嘘だ。そうではない。そんな簡単ではない。その瞳はわざとらしく物語っている。まるでルネックスに気付けと言っているようだ。
一方ゼウスの方は嬉しそうにテーラに向かって微笑んでいる。
恐らく神界を攻める目的がテーラにとっては多々あるのだろう。隠している理由も、今言った理由も、その中のひとつだとしか思えない。
何兆年も生きて来た彼女の想いを、ルネックスは感じることができない。
「あとひとつはね、運命の巡回を見て君を失うことができないと思ったからだよ。なのにボクが出て行かなかったら君が死ぬことがかかれている」
「僕が……死ぬ」
「未来にルネックスはいなきゃいけないのに、いない。だからボクがその運命を変えに行くことになったんだよ」
それが一番大きな理由だろう。ルネックスは直感的にそう思えた。
フェンラリア達やテーラたちと話しながら歩いていると、見慣れた王城の大門が見えた。人数がまた増えていることに兵士は苦笑いだ。
なんでこう、外出するたびに増えるのだろうとルネックスも思っている。
まあ良い、今回で男子率も上がるのだから。
と言っても、テーラたちはずっと此処に居るわけではないので増えたわけではない。
かといって減るとそれはそれで計画に支障が出るのである。
(今のところ増えれば増える方がいいと思ってるんだよね……僕が死ななくなるということだろうか……やはり予想は合っていた。テーラ様がそれを覆しに来た、ということかな)
来るもの拒まず去る者追わずなので、守ってくれるなら感謝感激なものだ。
「じゃ、いろいろ話したいことがあるから全員座ってよ」
テーラはルネックス達の部屋に入ると地面をたたいて座れと命じた。
―――この人は休ませるつもりがないな?
ルネックスは自分でそう思って自分で笑って変な目で見られてしまった。




