さんじゅうはちかいめ 奴隷育成計画かな?④
「リンネ師匠とお呼びなさぁい!」
胸を張って、どや顔を決めて、指で奴隷たちを指さして。リンネは声高らかにそう宣言した。奴隷たちはきょとんとした表情をしている。
リンネはえ? ヤバイ? という表情で顔を赤らめている。
「あのぅ……ぁ……へ、変なこと、言ったかなぁ……?」
「え、いえ、ナンデモアリマセン! ちょっと驚いただけです!」
「ちょっと棒だったぁあああ!! やっぱり恥ずかしぃ私には無理だぁ!」
実はこのキメポーズ、とあるリンネがまだ魔女界に居たときにとある男性が「こうすると自信家に見えるよ」と教えてもらったポーズだ。
しかし彼には似合っても自分には似合わないと封印してきたのだが。
今日は何を思ったのか、急にやりたくなってしまったのだ。
「ああもう、いいねぇ。———自分が一番表現したい魔術を出してごらぁん。例えば……オーロラを創りたい、とか。大切な人の映像を出したい、とか。些細なことでもいいんだぁ」
「一番、表現したい?」
「僕ね、花火ってのを聞いたことがあって、やってみたかったんだ!」
恐らくリンネがどの訓練の仕方よりもやりやすく優しいだろう。自分のやりたいことをどんなことでも魔術を使って表現する。
言うと簡単だが、表現したいものの度合いによってそれは変わる。
世界を壊したい、というのならそう簡単にはいかないだろう。
逆に飴が欲しい、というのならまだ簡単にはいくと思われる。
つまり、いまリンネが彼らにさせようとしていることは―――。
「やってみてよぉ、どんな難しい魔術でもぉ、クリアしてみせなぁ?」
「―――どんな難しい、魔術でも」
ある者は、複雑な魔術陣を解きたいと願った。
ある者は、複雑な魔術陣を創りたいと願った。
ある者は、天に花火を咲かせたいと願った。
ある者は、花火の動きを止めたいと願った。
ある者は、神に及ぶほどの力が欲しいと願った。
ある者は、神すらも超える力が欲しいと願った。
ある者は、光の熱を超える魔術を放出したいと願った。
ある者は、魔術放出の範囲を世界に広げたいと願った。
ある者は、魔力を効率的に使う方法が欲しいと願った。
ある者は、魔力を不要とする方法を広げたいと願った。
ある者は、遥か昔の家族の映像をもう一度見たいと願った。
ある者は、鮮やかな家族の食卓を世界に広げたいと願った。
ある者は、全てを超越したいと願った。
ある者は、神を壊したいとそう願った。
―――すべての思いを一つに合わせて、大量の願いの魔術が放出される。
「満足だぁ」
そうつぶやき、リンネは微笑んだ。
秒の速さで魔力の動きと強さを速めていく者達を見て、微笑むことができた。
―――ある、魔力を必要としない魔術を研究した者が。
その魔力を必要としない魔術の核を広げて皆にとどけ、リンネにも届いた。
彼女の魔力は「∞」と表示され、永遠に減らないし使われることもなくなった。
「超えなさぁい―――貴方達にしかできない、夢の世界を踏み台にしてぇ」
ふふ、とリンネは微笑む。
―――ある、神に及ぶほどの力が欲しいと願った、神すらも超える力が欲しいと願った者達は、その力をも全体に埋めつけた。
リンネの能力も格段に上がり、奴隷たちの能力も絶えず上がっていく。
魔力の限度もないので、好きなだけ強力な魔術を撃ち続けることができた。一番頭が働くチームはこのチームになるだろう。
「じゃ、終わってぇ! どうだったかなぁ?」
「楽しかったです! 思った魔術って、思うように操って放出することができるんですね!」
魔力の放出―――いや、体力の放出を終えた奴隷たちはリンネの方を見て目をきらめかせてそう語った。リンネは微笑んで応じる。
人間は、一番限界の無い生き物だ。
魔力のステータスを基本にして生きていくなんて、勿体無すぎる。とリンネやルネックスは考えている。
どうせなら限界を突破して、無限の存在になってほしいのだ。
本当は、人間が一番強くなるはずだ。
しかし世間が無理だ無理だと騒ぎ始め、ステータスを基本にして奴隷法などを創り、人の成長を止めているのは真に愚かだと思っている。
すぅ、とリンネは息を吸った。
「貴方達が楽しく魔術を使えると思えるような人生を送りなさい。その力を持ってして神を超えなさい。貴方達に出されたサダメこそが、それなのだ」
一息に、言いたいことを全て言った。いつもの語尾には意味があり、普段から使わなければならないと心に銘じていたのだが。
どうしても今この瞬間は使いたくなかったのだ。
「醜い心も、ある。上には上があるというのも、間違ってはいない。しかしそれでも人間は無限に成長する。では、君らに問おう。人間を創ったのは、誰だ?」
「神、です」
「そうだ。それと同時にステータスに限界を与えているのは、誰だ?」
「……神、です」
「そして、人間の限界を封じているのは、未来を切り開けないようにしているのは、都合のいい時に好きなだけ蹂躙しているのは、誰だ?」
「―――神」
「人間界を創ったうえに成長させることがなく、好きなだけ好きな時に蹂躙する―――それで、いいのか? 君らはそれを許せるというのか?」
溜まっている怒りを、広めるために。良い神ももちろんいるだろう、でも悪い、凶悪な神だっている。逆にその方が多い。
それを知って欲しかった。神を信じすぎないで欲しかった。
初めてできた弟子のような存在に、リンネは自分が恨むものを信じてほしくなかった。
「許せ、ない、です」
「今から私達がしようとしているのは、神々の粛清だぁっ!」
そこからリンネはもっと詳しく今からやる事を説明した。
人間は何だって超えられる、人間を創り出した神だって超えられる。だって意識がある、光を見る能力がある、諦めない者は諦めない。
自分の能力を分かっていても突き進む者はいて、決して屈しない者もいる。
―――だから。
己の限界を知ってそれ以上のことをしない種族よりは、絶対的に強い。
作った者さえも凌ぐ、どんなことだってやれば完成させてしまう―――これが人間という存在の真の意味で、あるべき姿であるとリンネは思う。
リンネが説明した計画を、奴隷たちは受け入れた。
「私達は、リンネ様達に付いて行きましょう―――この身が滅びるまで永遠に。本日の有難き言葉を、心に銘じながら」
「はぁい!」
跪いた奴隷たちに、リンネはシリアスな雰囲気を緩めていつも通な口調でそっと微笑んだ。何メートルかの高台から降りて、発言した少女の髪を撫でる。
「―――今から三人でグループを作りなさぁい、そしてそれぞれのいいところを言えるだけいいなさぁい……相手のことを知らなくてもいい……話しているうちに読み取りなさぁい」
「「「「「「はい!」」」」」」
いいところの言い合い。リンネはそれをいつかやってみたかった。
―――ルネックスの、性格が好き。
いつでも他の者を第一に考えて、どんな苦しみがあっても決して人前には出さない。
―――ルネックスの、真剣の時の横顔が好き。
何かを一点に見つめていてたどり着くべき場所があって、いつも目標がある。
言っていたら、きっと止まらないほどどれだけでも言える。
リンネは先程自分が脳内で語ったルネックスのいいところをもう一度頭の中で再生して、恥ずかしいなと顔を赤らめた。
でも不思議と、やめようという感覚は起こらなかった。
「ふふ」
考えていると、何だかにやけてしまう。
嬉しそうに高台の下でいいところを語り合う、笑顔と楽しさの交える彼らの表情に、そして自分の考えていることに。
今のこの情景が、好きだ。
今のこの風景が、好きだ。
―――願わくば、ずっとこの場所で楽しく生きていけたらいいのに。
「でも、駄目だぁ」
ぽつり、とリンネはつぶやいた。
「全てを終えた後の人生こそが、一番素晴らしいんだぁって」
今幸せになっても、きっと意味がない。今リンネが幸せになった分、きっと不幸になる人もいる。何かを得て何かを失うことを否定しようとは思わない。
でもリンネは神に問いたい。
どうして幸福まで得て失うシステムを創ったのか―――と。
「恨んでいる、とは言わないんだぁ……でも、ひどいよぉ―――」
脳裏に焼き付いている、殺戮の残酷な情景。神の設定した起こるべきことで、魔女大殺戮事件と引き換えに何かが幸せに導かれているはずだ。
―――すべてが終わった時、誰が残り誰が犠牲しているかわからない。
でも、今この残酷な運命の連鎖を止めずに何万年も何兆年も何光年も繰り返す前に、自分たちが生きているところでこの手で止めたい。
自分たちが全員犠牲になったとしても―――。
残酷な連鎖だけは、リンネは止めたかったのだ。
「―――私はきっと何も残らない。いや、残らなくていい。この手に残るものはきっと見るも無残だ。どうかこの残酷が約束される歯車を」
―――止めてくれ。
「皆! もう時間だよぉ! 解散するよぉ! それじゃあ私はまだ仕事があるからぁ、またいつか会える日までぇ!!」
「はい! リンネ師匠!」
「……っ!!」
最初に呼んで欲しかったネームを、少女は口にした。リンネは魔女の翼を展開し、魔女界に急ごうと天に飛び立つ。
飛び立つその一瞬、煌めく涙が地面にぽつりと落ちて潰れた。
「人生は、本当に何も考えつかないなぁ。何が起こるなんてわからない。ルネックスお願い。誰か、お願い!!」
リンネは誰かに助け欲しかったのだ、しかしプライドがそれを許さなかった。
ずっと、泣きたかった。
ずっと、弱音を吐きたい気持ちでいっぱいだった。
「弱音を吐ける未来の世界のために、私は頑張っているんだぁ!!」
足に更なる風を纏わせて、もっと魔女の羽をばたつかせ速度を速める。
―――『最愛の魔女』
魔女というその称号に愛され、白魔女にも黒魔女にも変わる。
この称号を手に入れた者がすることは全て正義に還元されるという称号だ。
称号の存在はゼロが作ったものだ。
だから神が作ったステータスよりももっと貴重だとされている。
ゼロの作った称号の中でも良く出来たベスト5に入るのが、この『最愛の魔女』の称号なのだ。
「私は、行けるぅ!」
最愛の者のために。
最愛の未来の人生のために。
最愛の世界を創るために。
『最愛の魔女』は飛び立ち、挑戦を忘れず神まで挑もうとしている―――。
あはは、としか言いようがない内容ですね。
奴隷育成計画シリーズは皆感動系にしようと思ってはいるんですけど……




