さんじゅうななかいめ 奴隷育成計画かな?③
「あぁカレン様神々しい……」
「リーシャ様可愛すぎる後光がさしているぅ……」
カレンとリーシャは教師の経験もないし、ルネックス達の中でも後衛であまり経験もしたことがない。まあだからこそルネックスは彼女らをペアにしたのだが。
そんな彼女らが分からないだらけの環境の中で導き出した最善策。
布教教育法。
恐らくルネックスも変な教え方をするというところまでは感づいたうえでこのペアにしたのだろうが、さすがに布教は聞いたら驚くと思われる。
しかしこれでどのグループよりも団結力が高くなるのは確定だろう。
「信じる……そうしたら……救われる……」
「神ではなくリーシャたちを信じてください―――ください!」
すでに奴隷たちは……いや、狂信者たちは神を信じるという信念からリーシャとカレンを信じるという信念に変わっていた。
神という存在を敵だとみなし、壊滅させるべき敵だと思っている。
恐らく彼らは起こるべき第二次のラグナログでは諦めるより先に命を散らす。
神との挑みは簡単ではないが、恐らく狂信者達にとっては命を散らすに値する。
「さあ、命を散らせ……わたしに命を預け信じよ……使える最大限の魔術を放出し……神に敵対する意を見せてみよ……」
「リーシャ達を信じる気があるのなら―――なら!」
わざと少し厳しいことを言ってみるが彼らは揺るがない。
神への宣戦布告。
すでに布教を成功させたので彼らにとっては信じる「神」からの最初の任務。命を裂かせ火花を散らし熱量をなくし重力を消し去り常識を超える。
―――彼女たちを信じるのならば。
布教方法は簡単だ。
一人一人に救いの手を差し伸べて心の内を問いかけた、ただそれだけ。
「貴方達の心は、それでいいのですか―――!? ―――ですか!」
信じるのは簡単で、信じるのを放棄するのも簡単だ。だからこそ放棄させてはいけない。だって一度始めた人生を手放すのと同じ事なのだから。
心を問い、欲も悪しき気も全てさらけ出し最も自分らしい自分になる。
それが人生であり、一番楽しい。
勿論行き過ぎた欲は駄目だし、やりすぎた悪もいけない。
しかし、その頑張りを、その欲の渦巻きと悪しき憎しみを、誰かのために使うのなら。
「さあ……やりなさい……!」
カレンの掛け声とともに、それぞれがリーシャと殆ど差がない魔術を撃つ。熱量がカレンとリーシャを押し、恐らくこれがルネックスでも防ぐ時は結構な魔力を必要すると思われた。
魔力の強力度に関しては彼女らのチームが一番を誇るだろう。
様々な魔術がぶつかったら虹色になる? そんな常識はもういらない。
すべての魔力がぶつかり出来上がったのは一筋の光……そしてそこに続いたのはひとつの扉。神聖のようにも見えるその扉は狂信者達を誘っているように見えた。
「いってらっしゃい」
リーシャはにこりと微笑んで応じた。
そして狂信者達は運ばれていく。
【天空の不可侵聖門】
神聖の二文字を超えたその扉のことを神々と人々はそう呼んだ。
世界が神の元で作られたというのなら、神を創った原始点と言ったらいいのだろう人物がその先に居る。世界の存在するはずのない異分子。
その者が現れた時代に神や人間がいたのならきっとその人物をそう言うだろう。
「ルネックス……君には……できないはずがない……探って……原始点を、探って……そのゴールが……たとえ望む未来ではないとしても」
「カレンさん、どうしたんですか? ―――ですか? リーシャ、難しいことは分かりません。何を抱えているのですか―――ですか?」
「どうして奴隷にまで落ちたわたしが……こんなところまで登りつめられたのだと……思う? 今気付いたんだ……わたしは原始点に愛された……原始点の片割れ……」
そう、此処に居る誰もが何かしら「持っている」ことをカレンは推測している。リーシャは魔術の愛し子、カレンは原始点の片割れ。
先程あの神聖なドアを見たとき、リーシャもカレンもそんな知識を流し込まれた。
ただ、リーシャはまだそれを理解しきれていない。
「そしてルネックスは……分からない……バグの存在……チート……というらしい……シェリアは……伝説の聖女で唯一大賢者に近づける者……」
「リンネさんは最愛の魔女、フェンラリアさんは命の遮断、これは一番わからないです―――です」
「フェンラリアは……恐らく……運命的に……命を遮られている……」
「そしてそれ以外の者たちは神ゼウスに愛された神の子ですね―――ですね。ゼウス様は……神であり神という一線を超えていますので、敵ではないですね―――ですね」
今のカレンは頷くしかなかった。
時の巡回を止められる能力を持つのは、ルネックスしかいないから。
……
。。。
『皆さま……よく来たよ、我に選ばれた者達』
声が分からない。
多重人格と言えばいいのか、100人の声は余裕で越しているようなたくさんの人の声が重なり合って聞こえた。
これが、原始点。
恨みも嬉しさも悲しさも怒りも全て、包み込んだ優しい声で語りかけるように。
紫色の瞳をして真っ黒な髪の毛を腰まで伸ばし、しかし身体を揺らしているのに髪が動くことは無い。神聖なるオーラが見えて、狂信者達は思わず息をのんだ。
『我は原始点……ゼロとでも呼んでくれないか』
「ゼロ、様」
飲み込まれてしまった。原始点―――ゼロはにこりと微笑んだ。動作ひとつひとつに対しての空間の全ての動きが計算されている。
壁に刻まれた時や時間や画面、世界で起こっていることが絶えず刻まれていく。
『原始点、ゼロ、観測者、終焉の救世主―――呼ばれ方は様々だが、我という存在は変わらん。そして我から貴様らへ頼みがある』
全てを包み込んだその声を逃げず隠さず、ゼロは語った。これから起こる可能性のある出来事全てを。
何千年前に起こったラグナログ。
そこで、一番活躍したのはゼロと神ゼウスと大賢者テーラの三人だった。対する聖神は一人でそんな人物達を圧倒していった。
ゼロは原始点の力を持ってして聖神を封印する。
神ゼウスは全知全能の力を持ってして世界を安定させる。
大賢者テーラの最強の破格の力を持ってして二度と起こらないようにする。
一連の流れがあったはずなのだ。
しかしそんなところに邪神が現れ、全てを乱し、聖神と合体した―――。
そんな物語が隠されている。
そして時の螺旋が変えられたことにより、今もう一度それが繰り返されることになる。
『協力してはくれないか、この運命の交差を終わらせるために』
ゼロの干渉できない部分は、他の者に任せるしかない。しかし実力があるものでなければ、「この役目」は務まらない。
ルネックスではできない役目なのだ、これは。
『内から、裏から、終わらせてほしい』
此処に集まっている多くの者が暗殺者や裏社会のステージで生きて来た者が多い。
それをゼロは知っているのだ。
「勿論」
「神、敵、認識、した」
『そうか……それでは我からその仕事にあった力を託そう。今から向かってくれ。カレンとリーシャには我から話を付けよう―――ミライ』
『はぁ~い!』
ゼロは原始点の観測者というのなら、ミライは現在点の観測者だ。ゼロが扉に手を置くとその姿はすうと消えていった。
ミライはよし、とかわいらしくウインクをする。
そして狂信者達の手を引いて奥まで進んでいく。完全に重力を無視してゴムを使ってまとめていないのに紫の髪が流れるようになっている。
しかも場所が変わらない。
観測者とまでなれば、重力を変えるなど屁でもないのだ。
力を流し込まれた狂信者達は自分の手を見たり流し込まれた膨大な魔力を全身に巡回させてその威力を確かめたりとやる事は様々だが決意を固めていた。
『さあ、行こう!』
ミライがさらに奥の扉を開くと、そこには膨大な量のデータがあった。大量のデータが狂信者達の頭の中に刻み込まれていく―――。
……
。。。
狂信者達が戻ってくるのを待っていたカレンとリーシャだったが、扉が開いた先に出てきたのは美しい―――性別の判別が不可能な「人物」だった。
体もはっきりしないくらい光に包まれたその人物をカレンは覚えている。
彼女の生みの親である原始点―――ゼロだ。
『すまないが、「奴ら」には任務を与えた。しばらくは戻ってこない。そこで―――貴様らに相応の力を渡そう。片割れよ』
「ゼロ様……いえ……かあ、さん―――?」
『そう呼べと、言った時期はあったな。そう呼んでくれ。今から話したいことがある』
ゼロは狂信者達に話したことをそのまま彼女たちに流し込んだ―――。
「そんなことになっているのですか―――ですか」
『ああ』
「かあさんが……終わらせ……られない……?」
『そうだな。できればそうしたい。しかし運命の歯車が乱れることによって我が手を出せるものや事に制限が加えられたのだ』
「命令する事しかできないということですね―――ですね」
『今から我の力を貴様らに託そう―――カレン、君にはよくわたしの力が馴染むはずです。―――リーシャ、魔術の愛し子の貴方ならきっとできるはずだ』
何百人格を持つだろうゼロが二人の耳元で微笑みながらささやく。そしてその手を握り、リーシャとカレンには気絶するかと思われるほどの力が流し込まれる。
これが、全力ではないというのだ。
夢のようだ。
そしてゼロに力を流された今のカレンこそが、彼女の「あるべき」姿なのだ。
「あぁ―――ぅ」
リーシャは体が熱くなり、体全体が弾かれるような感覚がしたが、徐々に収まっていって優しく体になじんでいった。
「くっ」
一方のカレンは一度体中に痛みを感じただけであとは何も感じなかった。
これが、才能の差である。
全てを見届けたゼロはよくやった、とでもいうかのように微笑み、扉の向こうに姿を消した。
『貴様らなら、できる―――』
何百人もの音声が重なる。
何百人もの期待がのしかかる。
ここまで成長した彼らなら―――――――。
カレンは微笑んだ。リーシャは親指を立てて絶対に終わらせると、そう言った。
ゼロは最後に何かを託すように彼女らの額に十字を書いた。
『【祝福を得し子らに―――幸福あれ―――】』
扉があった場所からそう声が響き、一瞬静けさが場を支配する。
「全部……整った……」
「負ける理由なんてありませんね―――ありませんね!!」
そう言ってカレンとリーシャは―――。
生まれて一番華やかな笑顔を浮かべて本心から楽しそうに笑い合ったのだった。
育成じゃなくなりましたけど見逃してください―――!!




