さんじゅうよんかいめ 精霊界征服かな?
岩が少女の何百倍もある高さに伸びている。その先を見ると尖っていて、触れただけで死ぬ自信が少女にはあった。
勿論生身で触れるわけではなく、準備をするのなら死ぬまではいかない。
それも彼女限定にはなる。
何百本もある岩には目もくれず、少女はその羽根を羽ばたかせ奥まで進んでいく。
すると、急に岩が二つに分かれている部位が見えた。
真ん中だけが開いていてまるで誰かに通らせようとしている作りだ。
もっと進むと丸い少女の十倍ほどある岩が見えた。
少女が岩に触れて魔力を流すとその後ろにある突き当りに見えた壁が動き、二つに分かれた。霧が流れ込み、岩も見えなくなる。
慣れた光景に少女はフッと笑い、さらに先へと進んでいく。
霧の向こうを進むといろんな色をした光たちが飛び交じっている。外から見ると光に見えるだけだ。少女は綺麗な風景にも興味がないかのようにまた先へ進む。
少女には目的がある。
少女は急いでいる。
少女は一秒たりとも空白な時間を残すわけにはいかないのだ。
「ひざまずきなさい!」
少女が高く声を上げると、そこに居た大半の光が地に伏せた。それが彼女の管理している者達。地に伏せなかった者はほかの管理者が管理している者達だ。
地に伏せた光たちを見て少女は満足そうに微笑んだ。
「あたまをあげなさい。神殿まであんないして」
「了解しました、大精霊―――フェンラリア様」
「ん」
アルティディアの精霊の大半を従える史上最強の精霊ともいわれた時期があった大精霊―――フェンラリアが一人の精霊を連れて奥に進む。
奥の重圧に耐えきれる精霊も数がある。
大精霊ではない精霊が入るにはそれなりの力が必要だ。
フェンラリアの専属幹部である精霊―――レンダリシアが綺麗な一礼をしてフェンラリアをリードする。
「此処です。それでは私は失礼させていただきます」
レンダリシアはもう一度礼をし、華麗な動きで飛び去っていく。
「―――いかなきゃ」
何度来ても緊張する。何度来てもいい気はしない。
―――精霊たちの幹部が集まる場所、大精霊殿。
精霊の世界に関わる重大なことはすべてそこで話し合って決める。フェンラリアの言葉には莫大な影響力があり話が通される確率が高い。
しかし、権力をもとにする話し合いなのでフェンラリアは好きではない。
大精霊殿は真っ白な建物で綺麗で華やかで美しい。
しかし、初代大精霊がしてきたように花を植えたりはしていない。昔は花を咲かせて精霊たちが遊んでいたのだが、いつからだろう。此処が崇められて汚れていったのは。
フェンラリアはこぶしを握って歯をかみしめる。
―――今はこんなことに構って、こんなことを振り返っている場合ではない。
中に入ると、初代大精霊像が立っていた。
彼女を目標に、とほざいているが誰も目標になどしていない。
「……るねっくすが、まってる」
そう思うと、フェンラリアはその足を速めることができた。
進むと大きなドアがあった。
フェンラリアの何百倍もあるだろうそれは魔力であっさりと開けることができた。
「【全幹部・集結】」
こうすればいつでもどこでも、たとえ全幹部が何をしていても集まることになる。
ただフェンラリアは自由に拒絶することができる。
今まで拒絶したことは一度もないので、それなりに信頼も築いた。
「どうなさいましたか、フェンラリアさま」
「はなしあいたいことが、あるの」
「スラインデリアさまがいませんが、よろしいでしょうか?」
「うん」
フェンラリアがアルティディアのおよそ半数の精霊を治めているのと同じようにスラインデリアも約半数の精霊を治めている。
この二人を抜けば他の幹部は何百体くらいしか治めていない。
精霊の数は億を超えているのだから、その少なさが分かるだろう。そしてスラインデリアとフェンラリアの権力も鮮明に分かるだろう。
スラインデリアを抜いて、フェンラリアも抜くと大精霊は後四人いる。
その四人もそろったところで四つの椅子に座って話が始まる。
「―――協力要請です。神界に、しゅうげきをします。りゆうもあります。ディステシアさまをころしたのは聖神のめいれいだからです」
「……危険すぎます!」
「わたしたちにどうしろと? 精霊界がはかいされたらとんでもないことに!」
「あたしはさんせいかな。神界にはいいきがしないし、もしかしたら聖神ころせるかも?」
「フェンラリアせんぱいについてくからいいや。どうせあたしの下にいる精霊も百人あたりだし。もういろいろあきらめもーど!」
やはり賛成と反対に別れたか。
フェンラリアもこの程度のことは想定範囲内だ。いくらフェンラリアでも精霊界そのものへ影響を及ぼすことをそう簡単に許可されはしない。
彼女には、案がある。
貫き通すための情報を入手している。
「スラインデリアがきていないりゆうがわかりますか? かのじょは聖神のしたについたのです。それだけでもいかりがあります」
会場が押し黙る。
フェンラリアは皆の気持ちが傾いたのを見て続ける。勿論皆驚いていないわけがない、信頼していた者が敵の傘下に入ったのだから。
「そして―――これはるねっくすのねがいでもあります!」
「あの、にんげんですか?」
「かれのきょうりょくがあればもしかしたら! 皆さんめをさましてください、神界はあたしたちにどれだけせいげんをしたのかおもいだして!」
「かみを、超える……できるのかなんてわからないじゃない!」
「精霊界は慎重すぎる……できるかもしれないことすらやってこなかったでしょ? にんげんよりもおとっているといわれているげんいんだよ」
ルネックスが神界で暴れたことは精霊界にも伝わっている。詳しく言えば人間界以外の全ての世界に伝わっているのだ。
ルネックスの名前を出すと会場の雰囲気そのものが変わっていく。
「―――聖神のけいかくをしらべてきました。るねっくすをころしたいだけのようですが、神を超えたかれをころすのはこんなん……世界がまきこまれるでしょう」
「世界、が」
聖神のあの常識知らずの力は皆良く知っている。昔一度世界を破壊しつくし、アルティディアそのものを滅ぼす寸前までに至った彼女の本気の力。
ルネックスを倒すためにはそれくらいなくてはならない。
しかし、そんな力を展開されては波動で世界は昔起きた戦争の二の舞を受けるだろう。
最も、あの時の聖神を倒せたのは大賢者のおかげでもあるが。
「大賢者からのきょうりょくをえられるかはわかりませんが……あたしたち精霊が最初まかされたにんむは世界をまもることではありませんでしたか!?」
「――――――」
此処が汚れている原因は二代目大精霊が世界を守らず聖神に世界を滅ぼされる寸前まで至らせたのだ。大精霊の力があれば少しは和らいだかもしれないのにだ。
「変えましょうよ。あたしたちを、精霊界を!!」
「……」
第二代大精霊を慕っていた者もこの中にはいる。今が気に入っている者ももちろんいる。しかし、世界を守るために産み出されたのが精霊なのだ。
二代目が間違っている。
ここにきてようやく彼らはそう認識することができたのだ。
「精霊のせっとくはあたしにまかせて。フェンラリアさまはせんりょくをあつめにいくんですよね? まかせてください!」
「じゃあわたしもせっとくしにいく」
「ではあたしはちからをととのえましょう。聖神を通すわけにはいきません!」
「私も」
「フェンラリアせんぱい、げんきで!!」
応援をもらったフェンラリアは手を振る大精霊達を振り返って色んな意味を加えて微笑み、転移魔術を使って岩のたくさん生えている地へ移る。
―――次元は回る。
―――時間は進む。
―――全てを覆すものは、いつでもどこでも現れる可能性があるのだ。
―――常識は何もいつまでもあるものじゃない。
―――どれだけの時間積み重なって染み渡っても、簡単に壊されていくのだ。
―――時を渡り次元を超える、少女や少年たちの手によって―――
……
。。。
「るねっくす、待ってるかな?」
岩を通り抜け、来た時と比べてゆったりと進むフェンラリア。思ったより事がうまく進んで機嫌がとてもいいのだ。
フェンラリアがブレスレットに固定されたのは元をたどれば二代目大精霊のせいだ。
その間違った常識で世界を救うことが出来ず、聖神にされるがままになってしまった。
一回目ラグナログで死んでしまったが、それから戦うことがもっと恐れられた。
全知全能神、唯一神などと呼ばれる神に創られたのは、世界を守るためなのに。
「よかったな。いちだいめ大精霊さまも、よろこんでるかな?」
―――間違った常識を覆すことができて。
フェンラリアは一代目大精霊が治めていた時から精霊として生きていた。フェンラリアはどんな時でも親身になってくれる一代目大精霊が大好きだった。
だから彼女の作った「常識」をもう一度広めたかったのだ。
『ありがとう―――フェンラリア』
「ルテスファリアさま!? ど、どうしてここに―――」
一代目大精霊、その名を―――ルテスファリア。
ルテスファリアは真っ白なワンピースを着ていつもの優しい顔でフェンラリアを迎えた。
フェンラリアは急いで跪こうとするが止められ、驚く。
亡くなってしまった彼女の魂は何処にでも行けるが、フェンラリアがもう一度ここに来るのを待っていたのだそうだ。
『ずっと信じていたわ。あなたの封印が解き明かされるその時があることを』
「どうして知っているんですか? あたしがブレスレットに……」
『知っているわよ。何せ精霊界の中で一番親しかったんだから。……私の常識を広めてくれてありがとう。お礼に私の力を全てあげるわ』
「でもそんなことをしたらたましいごと消滅します!」
『いいのよ。こんな時に世界を守るために創り出されたその「一代目」がしっかりしなくてどうするのよ、私たちは世界を守るために存在するのだから―――』
言いたいことを言って優しい笑顔を浮かべたままルテスファリアが消え去った。その魂ごと、この世界から存在ごと消え去った。
その直後、フェンラリアには激しい魔力の波動が注入された。
力が収まると、とてつもない魔力が体の中に入って来た感覚がした。フェンラリアはこの世で二番目に嬉しいプレゼントを抱えて―――。
―――この世で一番うれしい存在に向けて駆けていくのだった。
色々詰めました(笑)
ちょっとだけ精霊界の過去が出たようですが、精霊界の過去についてはこれ以上書き進めるつもりはありません。
番外編にちょこっと出てくる可能性はありますけど。




