ひゃくじゅういっかいめ そして___
―――これは、かの勇者の少年が起点である村から出て、五十年経った話である。
〇
「……ようやくだ……」
ルネックスの部屋には大量の羊皮紙、魔法陣、杖などが散らばっていた。よく見れば彼自身の目にもクマが深々と刻まれている。
魔力の込められた特殊なペンを握ったルネックスは、達成感に満ちた表情で一枚の光る羊皮紙を睨んでいた。
―――そう、彼の研究にやっと結果が出たのだ。伝説になった、少し後に。
そんなルネックスは彼をずっと応援して、良い料理を作り、癒しを与えてくれた少女に真っ先に報告しに行くことにした。
この頃成功しそうになってからは寝ずに、ご飯だけはシェリアに急かされて食べ、それから殆どずっと研究に時間を絶やしていた。
なので、歩く足がおぼつかない。壁に体重を支えてもらい、くらくらする頭を治癒魔術で一時的に治しておき、恐らくシェリアが訓練しているだろう庭に向かって一直線に歩いた。
「ッシェリア! 僕ようやく―――」
懸命に妖刀を振るうシェリアに声をかけようとした瞬間、ルネックスは言葉を発するのを止めた。彼女の真剣な顔を見てしまったから。
それよりも、最後にシェリアの戦闘を見た時以上の速さで振るわれる妖刀の殺生力に、驚いた。今のシェリアは妖刀の力を百パーセント引き出せている。
恐らくルネックスと勝負したって大差なく、すれすれでルネックスが勝てるのではないかと言うレベルまでに昇華していた。
それでも足りない。まだまだ振らなくては。
シェリアの表情はそう物語っていた。速すぎて姿がぶれたり地面が削り取られたり、彼女は既に勇者にすら力が届いているのではないかと彼は思った。
もしかしたら、ルネックスが伝説になりシェリアが勇者になったのかもしれない。少し、確かめたくもなった。
―――だが、彼女の懸命な努力と結果を邪魔するわけにはいかない。
ルネックスは羊皮紙を握ったまま、気配を消しながら家に入っていった。
〇
何度も刀を振る。妖刀が自分の体の一部かのように。妖刀が自分の体に溶け込んでいくかのように。その実際妖刀が通過する地点と想像した地点に寸分もズレがないように。
美しく舞うように。敵を鮮やかに切り裂けるように。ルネックスに―――追い越されないように。
あの人に追いつくように。あの人を追い越せるように。あの人をサポートできるように。シェリアは美しく舞い続ける。
(そう言えば少し前にステータスの称号に勇者が加えられたはず……それはつまり、私が少しでもルネックスさんに近づけたという事、でも……まだ)
シェリアは本当は、ルネックスと一緒に伝説になれたらなあなどと思っていた。一緒になれないのは所詮、自分の実力が足りなかったからだと思う。
だからこうして実力を磨いているのに、やはり伝説の称号が付くことは無い。つまり伝説は必ず一人しか存在してはならない。
そして、シェリアは勇者程度の実力を持つのが限界であることが、分かった。
「そんな……私は、肩を並べられないのですか……!」
シェリアは地面にガン、と拳をぶつける。妖刀がからん、と音を立てて地面に落ちる。涙は流れない。いや、流せない。
英雄として、勇者として、伝説を目指したかった者として、悲しみと怨嗟と後悔の涙は決して流してはいけなかった―――、
人間とは欲が多いものだ。
大切な人のために、勇者にもなったのにさらに上を求めるようになるなんて。
ふとそう思ったシェリアは、口角を上げて乾いた笑みを浮かべたのだった。
〇
核に力を注ぐ。
それは、竜界の王と、それに次ぐ実力を持つ者でなければ逆に核に腐食されてしまうような、並ではない難易度がある。
三日三晩核に力を注ぎ続けることで、やっと核が満タンになる。そしてやっと何かに使用することができる。
並大抵でない難易度を持つ行動を、三日三晩も行い続けていたフレアル、リアス、そして竜界四天王は疲れ切っていた。
いつもの事務室の机に寝そべりながら、フレアルは愚痴をこぼし続けていた。
「あぁ、もう私寝る……」
「だから無理せず途中で一度抜けろと言ったじゃないか。四天王だって途中一時間の休憩があったんだぞ」
「だってカレンのためだし。復活させるの、私達の仲間であるアーナーだし……そう考えるとどうしても休めないんだもの。それに、リアスさんだって休んでないじゃない」
ようやく核へ魔力を注ぎ終わったフレアルは、執事に差し出された水を勢いよく飲み干す。魔界へ協力を表明してから、彼女が一目散に核に向かって魔力を注いでいる。
なのに、彼女が一番休憩していないのだ。四天王はもちろん、リアスでさえも三日の中に一時間だけ休憩を入れたというのに。
初めから最初は全員で、段々とローテーション風に、と決めていたのに、彼女だけ一度も持ち場を離れてはいないのだ。
竜界と神界に近い精霊界は近接している。つまり魔界とは離れている。魔界の核へ力を注ぐためには、次元の歪みを広げる必要がある。
次元の歪みを起動させながら、フレアルは一度も休憩せずに黙って魔力を流し続けたのだ。仲間と、その仲間の望む仲間だった者の命のために。
「頑張んなさいよーカレン……私がこんなに、頑張ったんだからねー……」
こてん、とフレアルは一度上げた顔をもう一度下げて、また机に寝そべる形になった。今度こそ彼女は本当に眠ってしまっている。
そんな彼女を、リアスは苦笑いで見つめながらコートをかけてやった。
寿命がなく、両方同じ年齢のように見える二人。
二人が過去を振り切って新しい恋を見つけるのは、また少し先の事になる。
〇
パキン、と、何かが割れる音がすると共にモニターの画面が移り変わる。核に溜めた魔力が秒速で消えてなくなっていく。
カレンの手もまた忙しく動く。彼女の補佐をしていたヘルも勿論、カレンに追いつくように懸命に手を動かしてモニターのキーボードを打っていた。
先程のパキン、という音はハッキング成功の音だ。魔界の誰にも見つからぬうちに、アーナーをシステムごとモニターにインプットする必要がある。
「早くだ……もっと……」
「っ……!」
それがカレンの独り言だとわかっていても、ヘルは自分の手の動きを速める。これ以上は無理だ、と噛み締めた唇からやや血が染みながら、それでも彼女は手を動かす。
少女は悲しく命を散らした仲間のために。女は敬愛する主人のために。しばらくしてモニターの画面はもう一度移り変わった。
幾多、幾星霜の魂が積み上げられたひとつの空間に、アーナーの魂を認識した。
「ヘル!」
「承知ですぅ~っ!」
その時、冥界の緊急ベルが鳴った。アーナーの魂を折角見つけたのに、核の魔力も使い切りそうなのに、こんなところで手放すわけにはいかない。
アーナーの魂に手が届く前に、冥界の者が来てしまう可能性もある。だがそうならないためには、努力する以外はないのだ。
ヘルは防衛システムを起動させ、カレンはアーナーの魂をシステムにインプットする。
「ぁぁあああああっ!」
半ばやけくそになって、しかし正確に、カレンはキーボードを叩く。アーナーという要素の全てがシステムにインプットされていくのを見届けながら。
《カレン様、何の御用でしょうか》
いつの間にか魔界のベルが奇妙に音を失くしている事も気付かずに、室内全体に聞こえたアーナーの声を聞いてカレンはただ呆然と涙を流した。
〇
『全く、だらしないったらありゃしませんわ』
『そだねー……でも、自分はああいうの、嫌いじゃないなあー……仲間のために懸命になって頑張るのは、いつの時代でも好ましいんじゃないかなー……』
豪勢な一室の中、ピンクのフリルドレスを着こなした少女と、女神のような服装を重たそうに煩わしそうに着こなした少女がモニターの画面を仲良さげに、くっつきながら見つめていた。
アデルと、シャルである。ここは聖界。段々と素直になって来たアデルは最近、シャルの聖界に留まって遊びに来ているのだ。
ただ、そんな二人の後ろにてリリスアルファレット――通称リリア――が不機嫌そうに口をとがらせて入るのだが。
アデルがこちらに来てから、人間界の時間で換算して一週間。こちらの時間だと三日程。三日間で彼女達は随分仲良くなっていた。
そして当然同じ時間冥界を留守にしているアデルは、常時冥界の様子が見れるように冥界システムをパネルにインプットしてあったのだ。
つまり、カレンの行動も今生中継で見れているという事。だがシャルは勿論、アデル本人すら手を出そうとはしない。
そもそも冥界と聖界は正反対の世界である。正反対ではあるのだが、いや正反対だからこそ、という複雑な関係もあって時間経過は同じ。
つまり、同じく三日留守しているわけだ。恐らくそれ以上此処にいるのだし、冥界を誰かが狙ってこないとアデルは断言できない。
そのためにいつでもナタリヤーナと連絡できるようにしているのだし、冥界ベルも緊急時にきちんと作動するように設定した。
ただ、カレンのシステムが見つからないうちに冥界ベルを、アデルが現在手に持っているスイッチで鳴らぬよう弄ったのは、彼女のただの気まぐれである。
その気になれば冥界のものがカレンを見つけてしまうようにもできるのだが、別に仲間意識が気に入ったわけではないのだが、ただ気まぐれで彼女はスイッチを押した。
『自分は……アデルもきっと仲間意識を気に入ったからだと思ってるけどねー……』
『べっ、別に気に入ってなどいませんわ』
二人の友情がリリスアルファレットまでもを巻き込んで、聖界と冥界の和解に繋がってしまうときがくるのは、また少し後の話。
〇
「我が声を聞け、我が命に応えろ! 大地と霊に生かされし人間の思いを聞いてくれ! 今かの者の魂を解き明かし、鮮やかな夜に放とうものならば、我が魂は灼熱に焼かれよう!」
「蘇らせたまえ……もう一度その魂を大地に還元せよ。大いなるすべての自然よ、我が声を聴き、我が命に答えておくれ」
「「今こそ我が全ての願いを放つ時っ。蘇生せよ―――!」」
『生命蘇生ッ!』
皇城の秘匿された一室。そこで、四人の老若男女が特殊な詠唱でリザレクションを唱え上げた。神殿の教皇、大司教の少女サーシャ、そしてご存知ダイムとグロックの四人だ。
ベッドに横たわるコレムは既に今にも息絶えそうな衰弱ぶりで、最初教皇が来た時は思わず彼に駆けつけてしまったくらいだ。
いつも冷静な彼が、だ。
そんな詠唱を、セシリスは黙って見ている。一週間前に即位式を迎えた彼は、スケジュールを無理やり詰めて今の時間、此処にいることを許された。
四人が詠唱を終え、コレムに淡い光がかかる。五人は黙ってそれを見守る。
「……私は、一体……?」
「……!! 父様!」
わ、と歓声が響く。
のちにコレムはセシリスの最高の補佐となり、サーシャ一同は帝王の最高の補佐を救った者達として祭り上げられるのだが、それはもう少し後の話。
―――後の話、後の話、と、どんどん話は延びていく。
―――所詮世界は、終わることなく続いて行くのだから。
そして___
そして___
___そして。
<次回の勇者、英雄の選別を開始致します>
エピローグ1.5です!
主人公視点よりもみんなの視点が増えてきているのは、きっと完結に近づいているからなのでしょうね。
あと五、六話程で完結なので、一向に主人公視点が出てこなくてももうちょっとだけお付き合いくださいませーっ!<m(__)m>
今回の話で一番好きなのは、アデルのツンデレとシャルの弄りです。
あと、カレンの努力も好きですね。シェリアも好きです、コレムの復活もいい感じですし、ルネックスの話も何か空気読んでる感じがいいっ!
結局選べないんですよねえ、どれか選べって言われたらアデシャルです。GLの意味で言ったわけではありません\(゜ロ\)(/ロ゜)/多分
ご安心くださいそんな要素は最後までないんだっ!!




