表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/100

お菓子の日

本編終了後、チェルナ王国の王都クージェの城にて。

 

 

 小ぶりの麻袋からお(わん)扁桃(アーモンド)の種をあける。隣の大鉢には昨日()いてもらったばかりの小麦粉を。奮発してバターもケチらず買ってきた。鶏卵は、(かまど)係のパヴラおばさんからのご厚意だ。

 お昼時の、上を下への大忙しが一段落した厨房(ちゅうぼう)の調理台の片隅で、ウネンはそれらの材料を前に胸を張った。それからくるりと後ろを向いて、思い思いの場所で一足遅い昼食をとる厨房(ちゅうぼう)係の使用人達に「場所をお借りします」と頭を下げ、「使った道具はあとでぼくがきちんと洗っておきます」と忘れずに付け加える。

「頑張れよー、おチビ先生」と料理長が気安い口調で応えたその時、パン用(かまど)の横にある勝手口の扉が(ひら)いた。

 扉の向こうに停められた手押し車から、若い使用人が、大きな籠をえっちらおっちらと地面に下ろす。それをもう一人が、いとも軽々と持ち上げて、勝手口の中へと入ってきた。


「あ、オーリ」


 ウネンに呼びかけられ、オーリは驚いたように目を見開いた。だが、背後から「向こうの棚の前に置いてもらえますか」と声をかけられ、「わかった」と視線を手元の籠に戻す。


「なんだい、カシュパール。またオーリさんをこき使ってるのかい」


 パヴラが悪戯(いたずら)っぽく口角を上げる。

 二つ目の籠を必死の形相で運んできたカシュパールは、これ見よがしに下唇を(とが)らせた。


「こき使うつもりなんてありませんよぅ。偶然、一の門でオーリさんと出会って、運ぶのを手伝ってくれる、って言われて、それで……」

「『重くて運べなーい』とか、わざとがましく弱音を吐いてみせたんじゃないの?」

「あ、いや、そんなことはなかった。たまたま手が空いていたので、いい運動になるな、と思って、俺のほうから声をかけたのだ」


 パヴラにここぞと突っつかれるカシュパールを気の毒に思ったのだろう、オーリが慌てて彼の援護にまわる。

 パヴラは、あっはっは、と豪快に笑うと、「わかってるよ、ごめんごめん」とカシュパールとオーリを順に見やった。


「前も、下で荷おろしを手伝ってくれた、って聞いてるよ。いつも、うちの(おい)っ子が世話をかけてすまないねえ。でも助かるよ、ありがとう」


 クージェの王城は、町を見下ろす岩山の上に建てられている。中でもここ主館の周辺は一番の高台となっており、同じ城内においても荷物の運搬は、なかなか骨の折れる仕事なのだ。

 皆から口々に礼を言われたオーリは、(かす)かに頬を緩めると、小さく会釈を返して棚の前を離れた。食事を続ける一同の(そば)を通り過ぎ、勝手口に向かいかけたところで足を止め、しばしの逡巡(しゅんじゅん)ののち、ぐるりとウネンを振り返る。


「どうしたんだ?」

「どうした、って、ああ、これ?」


 調理台の上に展開する大小の袋と器などをウネンが指差せば、オーリが「うむ」と(うなず)いた。


「これはね――」


 と、ウネンの返答にかぶって、聞き覚えのある声が食堂へと通じる開口部から聞こえてきた。


「ご馳走(ちそう)様でしたー」


 モウルが、空いた食器を持って厨房(ちゅうぼう)に姿を現した。


「おやおや、モウル様」


 料理長が食事半ばに席を立って、モウルの持つ皿を受け取りにいく。


「いつものように食卓に置いておいてくだされば、あとでわたくしどもが片付けますのに」

「今日のスープがとても美味しかった、とお伝えしたくもあったので。ああ、勿論(もちろん)、いつも美味しくいただいていますけれども」


 恐縮です、と頭を下げる料理長に、よそゆきの笑顔を振りまいたモウルは、入ってきた出入り口へは戻らず、そのままウネン達の(そば)へと寄ってきた。


「モウルは、今、お昼だったんだ。少し遅かったんだね」


 そう言えば、先刻の食事時にモウルの姿はテーブルにはなかった。手が離せない仕事か何かで部屋で食べることにしたのかな、とウネンは漠然と考えていたのだが、どうやら違っていたようだ。


「まあね。それより、こんなところで二人(そろ)って一体何してんの?」


 モウルの問いを受け、オーリも物言いたげにウネンを見やる。

 ウネンは静かに深呼吸をした。これで失敗はできなくなってしまったぞ、と。


「実はね、パヴラさんの故郷では、今度の休日は『お世話になった人や好きな人にお菓子をあげる日』なんだって。それで、ぼくもちょっと頑張ってみようかなって思ったんだ。丁度、今日はお昼からお休みだしね」


 気合いを入れるべくウネンが胸を張るのを見て、向こうのテーブルからパヴラが「そうそう」と話しかけてきた。


「九時課の次の鐘(午後四時)までなら、パン窯なら自由に使ってくれていいからね。薪くべなんかも、適当に手が空いてる人間に頼んでくれて構わないからさ」

「ありがとうございます!」


 頑張りなよ、との声援に、ウネンは満面に笑みを浮かべて調理台に向き直った。さて、と勢いよく袖まくりをする。

 モウルがそっと口元を緩ませて、ウネンの手元を(のぞ)き込んできた。

 ほぼ同時に、オーリも相変わらずの仏頂面でウネンの(そば)に寄る。


「お菓子かぁ。そりゃ楽しみだなあ」

「手伝おうか」


 二者二様の発言にウネンが何か応えるよりも早く、口にした当人達が「えっ?」と驚いて互いに顔を見合わせた。


(もら)える気でいるのか?」

「オーリは欲しくないの? ていうか、『お世話になった』っていうなら、僕にも充分権利があると思うんだけど」


 なんだかややこしいことになってきたぞ、と、ウネンは大慌てで二人の間に割って入った。


勿論(もちろん)二人にもあげるつもりだよ!」

「ほらね。楽しみだなー」


 にんまりと、どうやら本気で(うれ)しそうに、モウルが微笑(ほほえ)む。

 その横で、オーリがますます眉間の(しわ)を深くさせる。


「俺の分もあるのなら、なおのこと手伝おう」

「え?」

「え?」


 怪訝(けげん)そうな声を漏らすモウルに対し、オーリもおうむ返しに同じ言葉を返す。

 しばしの沈黙を経て、モウルが(いぶか)しげにオーリの胸元を指差した。


「なんでオーリが手伝うわけ?」

「ちょうど今日の午後は輪番から外れていて時間が空いている」

「いや、そういう意味じゃなくて。ウネンは僕らにお菓子を作ってくれる、って言ってるんだよ? (もら)う立場のオーリがなんで手伝うのか、って()いてるんだよ」

「自分の分があると知らなかったらともかく、知っていて、どうして手伝わない?」


 見事なまでに、会話が()み合っていない。

 モウルが盛大に首をかしげた。


「贈り物、って、(もら)う側があまり口や手を出さないものだと思うんだけど?」

「贈り物……?」


 たっぷり一呼吸、それからオーリはやにわに右手で口元を覆った。視線を足元に落とし、狼狽(うろた)えながら、「いや、しかし」と(つぶや)いたきり硬直する。


「え? 何? どうしたの?」


 ウネンの問いに、オーリは口元を押さえたまま、「なんでもない」と絞り出した。

 明らかに普通ではないオーリの様子に、ウネンは、真正面からオーリの顔を見上げる。


「なんでもないことないよ。何か問題が?」

「いや、そういうわけじゃない」

「ぼく、何かまずいこと言ったかな?」


 ウネンの周囲に視線を彷徨(さまよ)わせていたオーリが、とうとう観念したか大きく肩を落とした。


「いいや。単に、俺が……、その、贈り物ってのが、初めてで、それで、見当違いなことを言っていただけだ。……面目(めんぼく)ない」


 おのれの失態に恥じ入るように、オーリは、ついと視線を()らせる。

 失言をあげつらうつもりなど無かったウネンは、慌てふためいて両手を振りまくった。


「あっ、でも、その、実はお城の皆の分も沢山作るつもりだから、正直なところ、手伝ってもらえるととっても助かるんだけど!」


 オーリが、モウルが、目をしばたたかせた。


勿論(もちろん)、オーリの分は全部ぼくが作るよ。自分で自分の分作っちゃったら、『贈り物』にならないもんね。手伝ってくれたお礼も込めて、特別に他の人のより大き目にして、砂糖もたっぷりまぶしてあげる」

「『特別に』なんて言われちゃうと、弱いなあ」


 モウルがいそいそと袖まくりをしながら、オーリの横に並ぶ。

 オーリは、殊更(ことさら)に冷ややかな眼差しをモウルに突き刺した。


「『口や手を出さないもの』じゃなかったのか」

「僕らの分はウネンが作ってくれる、って言ってたじゃない。耳悪いの? 君」


 オーリが、ぐぬぬ、と奥歯を()み締める。


「じゃあ、あらためて、僕も手伝うよ、ウネン」

「ありがとう!」


 ではさっそく扁桃(アーモンド)の種を割ってもらおうかな。中身を粉にするところまで頼んじゃってもいいだろうか。ウネンは、すっかり上機嫌で木製の乳鉢に手を伸ばした。

 

 

 

    〈 了 〉

 

 

 

※モウルが厨房に顔を出したのは、料理長の「おチビ先生」って呼びかけに続けて、パヴラがオーリの名を呼ぶのが聞こえてきたから。さびしんぼか……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

web拍手 by FC2

「九十九の黎明」電子書籍化のお知らせ

『九十九の黎明1 地図描く少女』表紙
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ