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ヒトならざるもの

 

 無言のままにウネン達の(そば)までやってきたオーリは、しばし暗灰色の大(なまず)を見上げたのち、「意外と近かったな」とだけ(つぶや)いた。


「オーリ!?」


 驚愕(きょうがく)安堵(あんど)がない交ぜとなって、ウネンの口からほとばしる。

 その横ではモウルが、未だかつてないほど狼狽(ろうばい)した様子で、小さく一歩をあとずさった。


「ど、どうやって……ここに……」


 冷ややかな目でモウルをねめつけるオーリの後ろから、ヘレーがひょいと顔を出した。


「専門家の目の前で一服盛るとか、なかなか豪胆だね」


 ヘレーはそう言うと、彼にしては珍しく毒のある笑みを浮かべて、肩をすくめた。「おかげで麦酒を飲み損ねてしまったけれども」


「一服盛る専門家、ですか」


 歯ぎしりとともに、モウルが絞り出す。

 ヘレーが愉快そうに「言うねえ」と口角を上げた。


「でも、どうやって」

「手品のタネは明かさないほうが面白いだろう?」

「そういえば、食事の最初のほうで一度、席を立っておられましたもんね。あの部屋の暗さなら、(くだ)でも手巾(しゅきん)でも仕込み放題ですよね」

「君が眠り薬を仕込むのと同じぐらいには、簡単な作業だったよ」


 舌打ち一つ、とうとうモウルはむくれてそっぽを向いてしまった。モウルの性格からして、出し抜いたと思っていた相手に実は出し抜かれていた、などというこの状況は、この上もなく腹立たしいものに違いない。

 オーリとヘレーの二人は不貞腐れるモウルを捨て置き、あらためて司令船を振り仰いだ。


「これが、そうか……」

「この多湿な環境でここまできれいに残っているなんて……どうやら本当に『生きて』いるんだね……」


 と、ヘレーの言葉が終わりきらないうちに、キィンという耳鳴りに似た高い音が、船のあるほうから降ってきた。

 オーリが剣を抜き前に出た。

 ヘレーがウネンを(かば)うようにして一歩下がる。


「船体から……いや、違う、もっと近かったな……」


 いつの間に立ち直ったのか、モウルが呪符を構えてオーリの横に立っていた。「あの辺り……夜空に紛れているけど……何か……」


『ヒトの子よ……』


 まさしくモウルが指し示した中空から、今度は、なにものかがウネン達に語りかけてきた。


『……ヒトの子よ、立ち去るがよい。ここは、(なんじ)らが来るべきところではない』


 その声は、傍耳(かたみみ)に聞くばかりは、低い男の声のようだった。だが、やけに均質な音吐(おんと)といい、平坦(へいたん)な発声といい、どこがどうとははっきり解らないが、不自然さを感じさせる声でもあった。よどみなく流れる音節とは裏腹に、妙にぎこちない抑揚は、「(しゃべ)っている」というよりも、単に「声を発している」とでも言い表すべきか。


 ウネンが、ヘレーが、そしてオーリまでもが度肝を抜かれて立ち尽くしていると、モウルが一歩前に進み出た。

 彼はぎらぎらと光る(まなこ)で声のしたほうを見上げ、堂々たる態度で口を開く。


「我々は、ノーツオルス。この船を造りし人々の知識を受け継ぐ者だ。ここの(あるじ)とお見受けする。どうかお目通りをお許し願いたい」


 残る三人は、モウルの言動に口を差し挟むどころではなく、ただひたすら息を詰めて事態の推移を見守るばかり。

 しばしの沈黙を経て、再び先刻の異質な声が宙から降ってきた。


『ノーツオルス……秘密の、人々……』


 一本調子な声は、まるで書きつけを読み上げているかのようだ。


(なんじ)の言う(あるじ)とは、どのような定義か』


 対話が成立したことを受け、モウルが得意そうにウネン達を振り返った。それから彼は、気合いを入れ直すように唇を引き結んで、再度宙へと向き直った。


(あるじ)とは、この船を管理する――この船を保全し、他人から隠し、この船に立ち入る許可を与えることができる人間のことだ」


 (わず)かな間を置いて、声が驚くべき言葉を吐き出した。


『そのような者はいない。(はる)か昔に存在はしたが、既に身罷(みまか)っておる』

「そんな馬鹿な。ならば、一体誰がこの船を守り、まやかしをかけているというのか。そもそも、あなたは一体何者なのだ」


 (いら)立たしげなモウルの声にも、謎の声はまったく動じた様子がない。


『この船を保全しているのも、隠しているのも、(われ)だ。だが、(われ)はヒトにあらざるゆえ、(なんじ)の言う(あるじ)には当てはまらぬ』

「船の頭脳か……!」


 間髪を入れず、モウルが驚愕(きょうがく)の声を上げた。

 上ずった彼の声に肩を揺さぶられ、ようやくウネンはおのれを取り戻す。


「船の頭脳? それって、一体どういう……」

「源文明には、自分で考えて判断を下すことができる機械が存在したのさ。ヒトのように、いや、ヒト以上に賢い頭脳を持つ高度な機械が、ね」


 ウネンの問いにモウルが答えるのとほぼ同時に、ヒトならざる声の主が『(いな)』と返してきた。


(われ)は確かに今こうやって船の声を借りてはおるが、(われ)は船ではあらぬ』

「どういうことだ?」


 今度はオーリがモウルに問う。

 唇を()んで首を横に振るモウルの代わりに、当の声が言葉を継いだ。


(われ)は、本来は、ただ有るべき存在だった。太古の昔より、この星にたゆたうだけのものであった。(なんじ)らヒトとの邂逅(かいこう)によって、(われ)(われ)となった……』

「まさか!」


 モウルが(あえ)ぐように声を発した。


「まさか、そんな……、神がこのように明瞭に言葉をくだされるなどと……」

『若き〈かたえ〉よ。(われ)は、(なんじ)の神や他の我らとは違い、長きに(わた)ってヒトと深い聯繋(れんけい)を持つに至った。ヒトと意思の疎通が可能となったのは、それゆえのことだと認識している』


 息を詰めて会話に聞き入っていたウネンの脳裏に、ふと、懐かしい声が(よみがえ)った。おのれが見当違いの術を放とうとしても、神が『落ち着け』と(たしな)めてくれる、と語っていた、しわがれた声が。


「ジェンガ様が言ってたことと同じだ……」

「ジェンガ様、って、あの、クージェの王城の耄碌(もうろく)(じい)さん?」


 (ひど)い言いようだが、モウルがジェンガ翁からこうむった迷惑を考えれば、それも無理のないことかもしれない。


「うん。ジェンガ様が、ちょっぴりだけど神様と話ができるようになった、って言ってたんだ。『最近、随分はっきりと神の言葉が分かるようになった』って。それって、つまり、ヒトと長期間結びつけばつくほど、神様はヒトと具体的な言葉のやり取りができるようになる、ってことなんじゃ……?」


(しか)り』と船の――機械の――声で、神が肯定した。


『若き〈かたえ〉よ、(なんじ)にはまだ分からぬだろうが、(なんじ)が契約を結びし神も、(なんじ)とともに成長し、変化しているのだよ……』


 モウルが、外套(がいとう)の胸元をきつく握りしめた。手袋の外からでも分かるほど、その手は小刻みに震えていた。


「〈かたえ〉とともに成長し、変化し、そうして遂には〈かたえ〉など必要としない、絶対的な存在となる、と、そういうことなのか」

『何故そのように考える』

「現に、あなたはこうやって我らが祖先の技術を使いこなしているじゃないですか。我々から科学文明を奪い取っておきながら」


 憎々しげに吐き捨てるモウルに、神は静かに言葉をかけた。


(いな)。〈かたえ〉なくして、(われ)(われ)とあらしめることなど、不可能だ』

「ならば、あなたの〈かたえ〉に会わせてください!」

『もう会っておる』


 束の間、神の声が(わず)かに緩んで聞こえた。まるで、微笑(ほほえ)んでいるかのように。


(われ)の今の〈かたえ〉は、この船だ。(なんじ)が先ほど言及した、〈船の頭脳〉こそが(われ)の〈かたえ〉だ』

「まさか、そんなことが……」


 モウルが、信じられない、といった様子で首を横に振る。

 ウネンは、おずおずとモウルの袖を引いた。


「ヒトよりも賢い頭脳を持っているんだったら、別に〈かたえ〉になってもおかしくないんじゃないの?」

「え、あ、それは……」


 言いよどむモウルの声を聞いてか、またも神が微笑(ほほえ)んだ、気配がした。

 ややあって、静かな声が、四人の頭上に降りかかる。


(なんじ)らは、古い知識を受け継いでいると言っていたな。その知識とは、(なんじ)らの先祖が、我らを根絶やしにしようとしたことも含めてのものか?』

「根絶やし……?」


 眉間に(しわ)を寄せるモウルに代わって、ヘレーが「ここは私に任せてくれ」と一歩前に出た。


「神々が、人類の出す電磁波や電波を嫌っておられた、とは聞き及んでおりますが……」

『それもまた真実ではある、が、逆もまた(しか)り、だ。我らは確かに電磁波を(いと)うたが、同時に、(なんじ)らもまた我らを(いと)うたのだ』

「それは、神々が人類の機械を壊してまわったから……」


 神妙な顔で理由を説明しようとするヘレーを、神の声が押しとどめた。『なるほど、そのように伝えられたのか』と。


「真実は違う、と(おっしゃ)るのですか」

『我らの息(づか)いが、(なんじ)らの機械に悪影響を及ぼしていた、と()は言っていた。通信機を始めとする電子機器が異常をきたし、地上活動を行うに障害が出ていたのだ、と。(なんじ)らは、障害を――つまり我らを――一掃しようと、空を()く機械を作動させた。()の言葉をそっくり借りるならば、〈静止軌道上で待機している通信モジュールから、強力な電磁パルスを発生させた〉のだ』


 ヘレーが、モウルが、大きく息を()む。

 二人から一歩下がったところで、オーリが小声で「どういうことだ」と(つぶや)いた。

 ウネンも「分からない」とオーリに首を振ってみせる。「とにかく、ヒトが神様達を滅ぼそうとした、ってことなんだよね」


 そのとおりだ、と、神が、ウネンの言葉を拾い上げた。


『電磁パルスは、容赦なく我らを次々と消していった。まさに我らは、(なんじ)らに根絶やしにされようとしていたのだよ。だから、(われ)が電磁パルス砲を破壊した。これ以上の殺戮(さつりく)を止めるために、我らは(なんじ)らから知識を奪い取った』


 他でもない、目の前の存在が〈初期化〉の端緒を開いたのだ。予想もしていなかった展開に、四人は一様に肩を強張らせ、こぶしを握り締める。

 重苦しい沈黙を破ったのは、ウネンだった。


「何故、あなただったんですか?」

『実に核心をついた質問だ』


 どこか楽しげに声が返答した。


(なんじ)らは、とても大勢で我らが星へとやってきた。船の記録には〈RDOSS計画〉とあるな。Research and Development Organization for Space Settlement――宇宙移民のための研究開発機構。二つの司令船、十六の移民船、積載人員はそれぞれ……ああ、このような数字は今(なんじ)らが求めているものではないな』


 淡々と記録を読み上げかけたところで、神が言葉を切る。話が脱線しかかって口をつぐむなど、まるで人間のようだが、これは、神がそもそも持っていた性向なのだろうか、それとも、ヒトとの関わりがもたらしたものなのだろうか。

 固唾を()んで聞き入る四人に、神は語り続ける。


『司令船には、その計画に参加した国々で選ばれた代表委員が乗り込んでいた。その(ほとん)どは、心のうちにただ一柱の神を信奉している者だったが、数人、八百万(やおよろず)に心を開いている者がいた。そのうちの一人である()――ガルトゥバートルが、船が地上に着いて間もなく(われ)を見(いだ)し、(われ)の〈かたえ〉となった。彼が(われ)の盾となってくれたおかげで、(われ)は電磁パルスの衝撃を耐えることができたのだ』


 たっぷり一呼吸の間ののちに、神は、やや音調を下げた声でつけ足した。


(なんじ)らが(われ)に穏やかならぬ気持ちをいだくのも無理はないと思うが、(われ)はあくまでも、自らと、同族の命を守ろうとしただけのこと』

 ヘレーが、声にならない(うめ)き声を()らして一歩あとずさった。震えるほどにこぶしを握り締め、「なんということだ」と絞り出す。


 ウネンは、心配に思ってそっとヘレーの様子を(うかが)った。

 ウネンにとっては、〈初期化〉の話は、つい先日耳にしたばかりの新しい情報である。まだ充分に咀嚼(そしゃく)されてもいなければ、実感もない、(はる)か昔のお伽噺(とぎばなし)も同然のことだった。


 だが里の人間、とりわけ里の中枢を担うと目されていたヘレーにとっては、その話は盤石(ばんじゃく)たる事実であって、里の、ひいては自分の歴史の根幹を成すものだったに違いない。それが今、一方的にではあるが、真実ではなかったと告げられたのだ。その衝撃たるやいかばかりか。

 黙り込んでしまったヘレーの代わりに、モウルが再び前に出た。


「その、ガルトゥバートルという人は、あなたの〈かたえ〉であったために知識を失わなかったのですね」

(しか)り。彼は司令船の修復システムを強化すると同時に、(われ)のちからを使って船を森で隠した。ヒトがこの船を悪用しないように』

(はる)か昔に身罷(みまか)ってしまったという船の管理者が、その人なんですね」


 (しか)り、と神が言葉を返した。どこか寂しそうな声だった。


『彼はヒトとしては随分長生きをしたが、百二十歳を超えてしばらくのちに、司令船の頭脳に真名(まな)を引き継いで身罷(みまか)ってしまった』

真名(まな)の引き継ぎ?」


 モウルが怪訝(けげん)そうに眉をひそめる。


真名(まな)を交わした以上、(われ)と〈かたえ〉とは一心同体。〈かたえ〉が散れば(われ)も散る。そうなればこの船は維持できない。それを避けるための措置だ』


 ウネンのすぐ前で、ヘレーが「まさか」と(つぶや)いた。

 どうしたんだろう、とウネンが怪訝(けげん)に思う間もなく、神が話を続ける。


『若き〈かたえ〉よ、(なんじ)が疑念を(いだ)くのも(もっと)もだ。確かにキカイの頭脳が(われ)に心を向けることはない。普通ならば(われ)がキカイを〈かたえ〉として見(いだ)すようなことはなかったであろう。だが、(われ)の今の〈かたえ〉は、間違いなくこの船なのだ』


 夜のしじまに、神の声が吸い込まれてゆく。

 静かに降り積もる沈黙を、モウルは左手の一閃(いっせん)で払いのけた。


「なるほど、解りました。あなたは実質的に司令船の(あるじ)であると同時に、我々から知識を奪い取るきっかけを作った張本人でもある、ということですね」


 だとしたら、話が早い。挑戦的な眼差しをもって、モウルがそう言葉を継いだ。


「神よ、我々人類に文明を返していただきたい」


 モウルは空に向かって胸を張ると、朗々たる声で語りかけた。


「〈初期化〉前と違い、人類は今はあなたがた神々の存在を認識しています。もう以前のように不用意に電磁波を()き散らすことも、勿論(もちろん)、電磁パルス砲を使うこともないでしょう。自分達で知識を、ちからを制御していきます。だから、我々に発展の余地をいただきたい!」

『信用できぬな』


 渾身(こんしん)の力を込めたモウルの訴えは、一刀のもとに切り捨てられた。

 驚きか、怒りか、モウルの頬が夜目にも判るほどに紅潮する。


『勘違いをするでない。(われ)(なんじ)が信用できぬと言いたいわけではないのだ。だが、(なんじ)らヒトは、個体の枠組みを超えて意識を持ち越すことはできないのであろう? (なんじ)の言う〈自分達〉が死んだあとはどうなるのか。確証など何もない』


 きしりと奥歯を()み締めたのち、モウルが大きく息を吐いた。膨れ上がる(いら)立ちの、圧を少しでも減じようとして。


「ならば……我々が自由になるためには、あなたがたと戦わねばならないということか……」

「早まるなモウル」


 神とモウルのやり取りを黙って聞いていたオーリが、モウルの肩をぐいと引いた。

 モウルは即座にオーリの手を払いのけると、()け口を見つけたとばかりにオーリに食ってかかった。


「何故止める、オーリ! 君は、誰もが夜の闇に(おび)えずにすむ世界を望んでいたじゃないか。二度とツェウさんのような被害を出さないために!」

「ああ、望んでいる。だが、俺達自身は、そのすべを持たないんだぞ。全ての責任をウネンに背負わせるのは、反対だ」

「なんで彼女が責任を負うことになるのさ! 僕が全部ひっかぶるに決まってるだろ!」


 モウルの言葉を聞き、オーリがそっと眉を寄せた。そうして、ゆるりと首を横に振った。


「それでも責任を感じてしまうのが、人ってものだろう」


 怒りに震えるモウルの眉間から、力が抜けた。彼は呆然(ぼうぜん)とオーリを見つめると、ほんの刹那、まるで泣くのをこらえるように顔をしかめた。


「オーリ、君は……ずっとツェウさんの事故のことを……」

『若き〈かたえ〉よ』


 モウルの声を、神の声が遮った。


『若き〈かたえ〉よ、(なんじ)に一つだけ忠告をやろう』


 モウルは口元に力を込め、宙を振り仰いだ。


『この二千年間、(なんじ)らが知識を深めるのと同様に、我らもまた(なんじ)らについて多くのことを知った。そして、我らは(なんじ)らとは違い、他の我らと少なからぬ情報を共有している。得た情報は我らが死に絶えぬ限り、我らの中に蓄積され、失われることはない。もしも、(なんじ)が我らを滅するというのならば、我らは全ての知識を使って全力で(なんじ)らに抗うことになるだろう。それだけならばまだ良い。どのような報復を我らが行うか、もはや(われ)には予測もつかない』

「……まさか神が脅しをかけてくるとはね」


 ハッ、と強く短く息を吐いて、モウルが吐き捨てる。

 神の、苦笑めいた声が夜気を揺らした。


『無為な争いは好かぬゆえ』


 鷹揚(おうよう)たる声。そこには、優位に立つ者に独特の、余裕とも言えるものが(にじ)んでいる。

 モウルが歯ぎしりをした。

 オーリが、ヘレーが、やりきれない表情で息をつく。

 ウネンもまた小さく()め息を()らした。煮詰まった豆茶のような、どろりと苦い()め息だった。(ほの)かな甘みは、落胆に混じった安堵(あんど)だろうか。神を滅ぼすなどというおおごとに加担せずに済んだという、安心感。


 ウネンは再度()め息をついた。モウルが人類の未来を思って奮闘しているというのに、自分の身を守ることばかり考えているおのれを自覚して。先刻オーリがモウルを制止した時、ウネンは確かに内心で胸を()で下ろしていたのだ。

 込み上げる自己嫌悪を、ウネンは必死で()みくだす。

 と、その時、神がまるで独り言のように、声を(こぼ)した。


『誰だ……? ナランゲレル……? ガルトゥバートルは、彼女のアクセス権を削除しなかったのか……』


 言葉の意味を判じかねて皆が押し黙る中、オーリが「誰だとは誰だ?」と率直な問いを()らす。


「ナランゲレルとは、書庫の魔女の本名だ」


 ヘレーが蒼白(そうはく)な顔で(つぶや)くように答えた。


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