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里長と嗣ぎ手

 

    * * *


 


「心配だなあ」


 ヘレーが内々に()()の指名を受け、〈継承〉の契約を明日に控えた夜。頼りなげなランプの光の中、妻のツェウが、寝台で眠るオーリの頬を突っつきながら、ぼそりとこぼした。


「何が心配なんだい?」


 明日の仕事の準備をようやく終えたヘレーは、くたくたの身体をツェウの隣に投げ出した。


「あなたが次の里長(さとおさ)になる、ってことが」

「そりゃまた、どうして」

里長(さとおさ)になったら、あなたも変わってしまうんじゃないかな、って思って……」


 ヘレーが首をかしげてみせれば、いつもはきりりと切れ上がっているツェウの眉が、みるみる不安そうにしおれていった。


「だって、おじいちゃんって、里長(さとおさ)になる前は、何をするのも夫婦一緒で、っていうぐらいにおばあちゃんと仲が良かったらしいのに、里長(さとおさ)になったら、全然見向きもしなくなっちゃった、っていうじゃない。もしかしたら、あなたもそうなってしまうんじゃないか、って心配で……、って、何? なんでにやにや笑ってるの?」

「この可愛らしい人を、どうしてくれようか、って思ってね」

「どうするもこうするも、人が悩んでるっていうのに、ちょっ、なんで、頭っ、いくら寝る前だからって、髪の毛ぐしゃぐしゃにしないでよ」


 ツェウの頭をくしゃくしゃと()でながら、ヘレーは(ささや)いた。


「大丈夫だよ。むしろ、『今度の里長(さとおさ)は奥さんをかまってばっかりで仕事をしない』なんて文句を言われないように気をつけないと」

「それだけは絶対に、絶っ対っに無いわね、『仕事の虫』さん。だいたい、今だってちょっと働き過ぎなんじゃないかなって思うのに。たまにはオーリとも遊んであげてよね」


 仕返しとばかりに、ツェウがヘレーの()()()をぐしゃぐしゃに乱す。ヘレーは満面の笑みを浮かべて「はいはい、おおせのままに」と両手を上げた。


 


 


 翌日、午前の診察を終えたヘレーは、約束の時間の十分前に里の神の神庫(ほくら)へとやってきた。

 礼拝室を通り過ぎ、奥にある地下への階段を下りる。

 石造りのしっかりとした階段は、途中何度も踊り場で折り返しては、ぐるぐると深くへ潜ってゆく。

 やがて、階段の終着点である船への入り口が見えてきた。


 扉の左脇、石とは違う材質で作られた、緩やかな曲面を(えが)く暗灰色の壁面に、帳面ほどの大きさの四角い切れ目が入っている。ヘレーはその切れ目の下辺付近を軽く押して、四角い蓋をはねあげた。中にある操作盤に指を走らせ、里長(さとおさ)の部屋を呼び出す。ここから先は一般の里人(さとびと)は、里長(さとおさ)の了承を得ずに入ることはできない。ヘレーはまだ正式に()()となっていないため、勝手に入ることは許されていないのだ。


 ほどなく操作盤の画面に〈開錠〉の文字が表示された。ヘレーが扉に軽く触れた途端、扉はするすると音も無く右手の壁に吸い込まれていく。

 操作盤の蓋を閉め、船の中へ。扉を入ってすぐは、おおよそ二メートル四方の小部屋となっていた。背後の扉が閉まるのを待って、前方の扉が自動的に(ひら)く。


 入り口のあるこの階は、(ほとん)ど全てが書庫として使われていた。きっと今日も、オーリの友人のモウルが奥の机で本を読んでいることだろう。魔術師になるのが夢だという利発な少年は、里長(さとおさ)に頼み込んで毎日のようにここに入り浸っていると聞いていた。


 左右に並ぶ扉を横目に、白々とした照明の(とも)る廊下を進んでいけば、やがて少し(ひら)けた空間に出た。向こう壁にある、他の扉とは少し趣の異なった扉の前に立ち、壁の操作盤に手を伸ばす。


 操作盤に〈許与〉の文字が表示され、昇降機の扉が(ひら)いた。この階から移動するには、たとえ()()(ひか)()であっても、里長(さとおさ)の許可が必要なのだ。

 (かす)かな振動と虫の羽音のような音とともに、ヘレーを乗せた昇降機は里長(さとおさ)の部屋がある上階へとのぼっていった。


 


 


 里長(さとおさ)の部屋は、ヘレーにとってはいつ来ても心の弾む場所だった。

 ヘレーの診療所の、診療室と待合室を足したよりも少し広いだろうか、部屋の壁は一面を残して全てが本棚になっており、里の、そしてこの星の歴史が記された帳面がびっしりと並んでいる。


 残る一面には、腰の高さほどの戸棚と、寝台。この寝台は操作(ボタン)一つで高さを変えられる実に便利なものだ。電気を使わずにこれと同じような機能を寝台に持たせられることができれば、寝たきりの人間を世話する者や足腰の弱った老人の助けになるのだが、今の技術ではどうしても大掛かりになったり、手間や労力がかかったりしてしまうため、あまり現実的ではない。


「よく来てくれた、ヘレー」


 清潔感(あふ)れる乳白色の床に、樹脂の車輪が(こす)れる音がする。車椅子に座った老人が、部屋の中央に置かれた大きなテーブルを回り込んで、ヘレーを出迎えた。


 (よわい)七十を超えてもその精悍(せいかん)な顔立ちに全く曇りはなく、くっきりと陰影を刻む眉骨弓の下では(あお)い瞳が鋭い光を放っている。意志の強さを象徴するかのような、切り立った鼻梁(びりょう)に、頑強な顎。年相応に(かさ)を減じた漆黒の髪をぴっちりと後ろに()でつけているおかげで、秀でた額が目立っているのも、(いか)めしさを強調しているようだ。


「まあ、座れ。契約の儀を行う前に、いっぷくしよう」


 ヘレーがテーブルにつくと同時に、奥の扉から使用人が湯気の立つカップを二つ盆にのせて運んできた。

 煎った豆の香ばしい匂いが、辺りにほわりと広がる。

 何かあればお呼びください、と使用人が退出してゆくのを見送って、里長(さとおさ)がカップに口をつけた。

 ヘレーもカップを手に、しばし豆の茶の(ほの)かな甘みと苦みを堪能(たんのう)する。


「どうして私が選ばれたのでしょうか」


 降り積もる沈黙を湯気とともに揺らして、ヘレーは問うた。()()は、代々里長(さとおさ)によって指名される。今の里長(さとおさ)里長(さとおさ)となって二十余年。長きに(わた)るその任期にて、ヘレーよりも()()相応(ふさわ)しい人間が一人もいなかったとは、考えられなかったからだ。


「そうだな。一番の理由は、()()候補として君を最初にここに呼んだ時に、君が臆せずに私を質問攻めにしてくれたから、かな」


 あらぬ返答に、ヘレーは思わず豆の茶をふき出しそうになった。


「質問攻め? って……、ああ、(おさ)様から()()に引き継がれるという知識とは一体どのようなものか、って、確かに()きましたね。……結局、未だ答えていただけてませんけれども」


 ヘレーがちくりと一言を付け加えるも、里長(さとおさ)は曖昧な笑みを浮かべてカップを傾けるばかり。

 仕方なくヘレーは胸の中のもやもやを、ここぞと言葉にして吐き出した。


「それは、この船の操作説明書や手引書のような、固定された知識なのか。それとも、代々の(おさ)様が積み上げてこられたものも含まれるのか。後者ならば、(おさ)様の個人的な記憶といったものはどうなるのか。感情や人格はそういったものから切り離せるものなのか」


 静かな瞳でヘレーの言うことに耳を傾けていた里長(さとおさ)は、「流石(さすが)だね」と嘆息した。


「それでこそ、だ。()()を決めるのに、長い時間をかけた甲斐(かい)があった。歴代の()()達の中で、おそらく君が一番聡明(そうめい)だろう。君なら真理に到達できるかもしれない」

「歴代?」


 思いもかけない言葉を聞き、ヘレーの声が上ずった。


「まさか、あなたは、これまでの里長(さとおさ)の記憶を全て保持しているというのですか?」


 しばしの間ののち、里長(さとおさ)がそっと目を伏せた。


「それも、引き継ぎの際に分かることだ」

「しかし、ヒトの脳に、二千年間もの記憶を保持できる受容力が……」


 独白めいたヘレーの問いに、どこか得意げに里長(さとおさ)が口の()を上げた。


「それが、あるのだよ。(もっと)も、全てを()らさず克明に覚えているわけではないがね。だが、君が自分の人生を振り返ることができるのと同等には、しっかりと」

「ということは、〈初期化〉を経験なさった初代里長(さとおさ)の記憶も……?」


 里長(さとおさ)は、悠然と自分の頭を指差した。


「ああ。『書庫の魔女』はここにいる」

「ということは、里長(さとおさ)となれば、私は、源文明の記憶をも引き継ぐことになるのですか!」


 興奮を抑えきれずに、ヘレーは大きく前に身を乗り出した。

 だが、里長(さとおさ)はそれには答えず、ただ静かにヘレーの目を見つめ返すのみ。


「ある意味、()()が一番、真理に近づくことができる立場なのかもしれないな」

(おさ)様……?」


 怪訝(けげん)に思って言いよどむヘレーに、更に思わせぶりな言葉が降りかかる。


「これは、賭けなんだよ……。()の者と私との……」

「賭け? ()の者とは?」


 だが、里長(さとおさ)は小さくかぶりを振るなり、車椅子の向きを変えた。


「全ては、君が里長(さとおさ)になった時に明らかになることだ。気になるのなら、それまでに自分で答えを探してみたまえ」


 テーブルから離れた車椅子は、少し先で再びヘレーのほうを向く。


「そして、是非、私の目の前に、それを突きつけてくれ」


 さあ、契約の儀といこうか。そう言って両手を振り広げた里長(さとおさ)に、ヘレーはぎくしゃくと(うなず)いた。


 


 里長(さとおさ)とヘレー、向かい合って(たたず)む二人のもとへ、ちからの奔流(ほんりゅう)が押し寄せる。

 二人の間に(かけはし)を渡すようにして、ゆっくりと収斂(しゅうれん)してゆくちからが、次の瞬間、ふるりと緩んだ。

 あっという間に霧散するちからを、視線でかき集めようというかのように、ヘレーはおろおろと辺りを見まわす。


「どうして……」


 契約の儀を執り行うべく別室に連れてこられてから、これがもう三度目の試みだった。


「完全なる合意がなければ、この契約は()されない。(わず)かでも疑念があれば、契約は不可能なのだよ。それだけ細心の注意が必要な術なのだ」


 薄灰色の壁に囲まれた、がらんとした部屋の中に、車椅子の車輪が(きし)む音が響く。「日を改めよう」と言い置いて扉へ向かおうとする里長(さとおさ)の背中に、ヘレーは周章狼狽(ろうばい)して呼びかけた。


「疑念、などと、私は別に」

「いや、こうでなければならないのだ……」


 振り返った里長(さとおさ)は、むしろ満足そうに見えた。


「君が優秀であるがゆえの不安感なのだろう。心配しなくとも、私には頼もしい二人もの(ひか)()達がいる。焦ることはない」


 里には、(ひか)()と呼ばれる里長(さとおさ)補佐がいる。彼らは里長(さとおさ)と〈輔助(ほじょ)〉の契約を交わしており、万が一、里長(さとおさ)が後継者と継承の契約を結ぶ前に身罷(みまか)ってしまった場合には、(ひか)()の一人が一時的に里長(さとおさ)を引き継ぐことになっていた。


 彼ら(ひか)()は、里長(さとおさ)がその能力を見込んで任命することもあったが、基本的には、里長(さとおさ)の選に()れた()()候補がその役に就くことが多かった。今回ヘレーが無事に継承の契約を済ませることができておれば、残る()()候補のボロゥもまた、里長(さとおさ)輔助(ほじょ)の契約を行う運びだったのだ、が。


 申し訳なさに身を小さくするヘレーに、里長(さとおさ)はいつになく楽しげに微笑(ほほえ)みかけた。


「君には、現時点で私にできうる限りのことを教えてあげよう。そうすれば、君の不安感も消えるだろうし……、(あるい)は真理に辿(たど)り着くことができるかもしれない」


 


 


 完全な契約が()されないままに、ヘレーは仕事の合間をぬっては神庫(ほくら)に通い、里長(さとおさ)から色々な話を聞かせてもらった。正式な()()でなければ入室が許されない神座(かむくら)へも、特別に入れてもらうことができた。


 ヘレーの興味に合わせて、里長(さとおさ)は源文明について特に詳しく語ってくれた。その時の里長(さとおさ)の眼差しはとても懐かしそうで、ヘレーは、里長(さとおさ)の中に書庫の魔女の記憶が息づいているのを確信した。


 いにしえのわざの結晶ともいうべき神座(かむくら)にて源文明の威容に触れるうち、ヘレーの中で里長(さとおさ)への尊敬と憧れはますます強くなっていった。

 いよいよ契約の儀を執り行わん。ツェウの事故が起こったのは、里長(さとおさ)が儀式の日取りを決めようと言った直後だった。そしてヘレーは、里長(さとおさ)と継承の契約を交わしきらないまま、里を飛び出してしまったのだ。


 


    * * *


 


 モウルから、未だ()()が定まっていないと聞いたヘレーは、膝の上でこぶしを握り締めた。


「そもそも私があの時すぐに契約を交わせていれば、里を出ていくこともなかっただろうし、ボロゥが死ぬこともなかった。本当に、申し訳ない……」


 冷ややかな眼差しで口を開きかけたオーリの足に、モウルがさりげなく蹴りを入れる。

 モウルは、(やいば)のようなオーリの視線をさらりと受け流すと、ヘレーに話しかけた。


「エレグ兄……マンガスも、()()候補に上げられたと聞いていますが……」

「そうなんだ。ソリルさんと里を出ていく、と言い出すまでに、彼も何度か(おさ)様の部屋に招かれている。おそらくは彼も、他の里人(さとびと)に比べて、里の内部事情に精通しているはずだ。それに、()()ソリルさんが連れ合いだからね。彼の知識量は相当なものだと思う。ただし、神座(かむくら)――船の中央制御室――への立ち入りは、里長(さとおさ)()()にしか許されなかったからね。彼が私を仲間に引き入れようと必死だったのは、神座(かむくら)の情報が欲しかったからなのだろう」

「制御? 二千年も前の機械がまだ生きているんだ?」


 ウネンが目をしばたたかせる横で、モウルがあきれかえった表情で肩をすくめる。


「生きてなきゃ、船の中は真っ暗だし、扉も昇降機も動かないし、湿度や温度の調節ができないと書庫の本だってあっという間に傷んでしまうでしょ」

「あ、そうか。なんか、普通にランプとか人力とかそういうのを勝手に想像してた」

「こればっかりは、実際に目で見てみないと実感できないだろうね」と、ヘレーがウネンを慰めた。「船で使用する電気については、里の神のご負担にならない範囲で、用途と場所と程度を厳密に絞って、特別にお目こぼしいただいているんだよ」


 マンガスが言っていた「神庫(ほくら)を維持する()()()に野獣避けの柵を」というのは、そういったお目こぼしを期待してのことだったのだ。


「二千年も、と言っても、船の保守には里の神も大いにちからを貸してくださっているからね。そもそも源文明の移民計画は何千年にも及ぶ長期計画だったから、船には生き物のように身体の不調を自分で修復する仕組みが備わっているんだよ。動力が失われない限り、船はまだまだ大丈夫だろうね」


 夢のような話を前に、もはやウネンには感嘆の声を上げることしかできない。「すごいでしょ」と得意げに口角を上げるモウルに、ひたすら「すごい、すごい」と(うなず)いていると、ヘレーがぼそりと言葉を()らした。


「とても真面目(まじめ)で、優しい奴だったんだよ……」


 マンガスの……エレグのことを言っているのだ、と気づき、三人は一様に神妙な顔でヘレーを見つめた。

 ヘレーは、膝のところで組んだ両手を、じっと見つめていた。


「私よりも四つ年下でね、仕事をよく手伝ってくれてね。弟がいたらこんなふうなんだろうな、って思っていたんだ。私は一人っ子だったから、彼が寄ってきてくれるのが(うれ)しくてね……。まさか彼がこんなことになるなんて……」


 オーリが、モウルが、唇を()んでヘレーから顔を(そむ)ける。

 ウネンも自分の膝を握り締め、込み上げるやりきれなさをただ()み締めた。


 


 すっかり夜も更け、足元から()い上がる冷気が、部屋に籠もる(いき)れを食い荒らしてゆく。もうそろそろ寝なければ、明日の行軍に障りが出るかもしれない。


「お茶、ごちそうさま」とウネンが腰を上げるのと同時に、オーリが(おもむろ)に立ち上がった。彼は、何事かと目を丸くするウネンの横に並ぶと、それまでせいぜい顔を向けるだけだったヘレーを真正面から見下ろした。

「あんたは、なんでウネンを引き取ったんだ」


 いつもどおりの仏頂面が、淡々と、端的に、問いを発す。ウネンがもうずっと()けないでいたことを。

 口の中に(あふ)れてきた唾を、ウネンは一息に()み込んだ。思わず握り締めた手のひらに、あっという間に汗が(にじ)んでくる。

 驚きの表情でオーリを見上げていたヘレーが、そっと目を伏せた。


「声が……聞こえてね。ウネンと初めて出会った時に」


 真実はここにあるウネン・エンデ・バイナ、とヘレーが(つぶや)いた。


「最愛の人を失い、可愛かったはずの子供を呪い、気がつけば身に覚えのない罪を着せられて追われていた。もう何を信じればいいのか分からなくて、あの時の私は、ただ抜け殻のように生きていた。自分で命を絶たなかったのは、あの世でツェウに会えなくなるのが嫌だっただけのことだ」


 深い()め息ののち、ヘレーはゆるりと顔を上げると、真っ直ぐにウネンの目を見つめた。


「あの声を耳にして、『真実』とは何のことだ、と強く気を引かれたんだ。話を聞けば、どうやら君が(ひど)くつらい境遇にいると分かった。なんとか改善されないか、と思ったんだが、どうやら(かな)いそうになくてね、見るに見かねて……」

「それだけか?」


 オーリの容赦のない追及に、ヘレーが弱々しくも苦笑を見せた。


「お前が、それを問うのか」

「俺が問わずに、誰が問うんだ」


 静まりかえる部屋に、ああ、と嘆息するヘレーの声が染みとおる。

 しばしの沈黙を経て、ヘレーが口を開いた。右のこぶしをきつく左手で握り締めながら。


「罪滅ぼしのつもりだった。心神耗弱(こうじゃく)状態にあったとはいえ、我が子の命を奪おうとした、その罪滅ぼしに。ウネンを救うことで、自分が救われたかった――」


 訥々(とつとつ)と語り続けるヘレーの声が、束の間、途切れた。それから彼は、(はた)から見ても判るほど強く奥歯を()み締め、絞り出すように言葉を継いだ。


「――私は、捨ててきたお前に許しを乞う代わりに、ウネンを拾ったのだ」

(ひど)い自己満足だ」


 オーリの言葉が、ヘレーの心臓を一息に貫く。

 言葉も無く胸元を押さえて下を向くヘレーを、オーリは憮然(ぶぜん)とねめつけた。それから、大きく息を吐き出した。


「だが、それで、こいつは生き延びることができた」


 そう言ってオーリはウネンの頭を荒っぽく()でた。


「今ので、これまでのことは帳消しにしてやる」


 ウネンは、くしゃくしゃになった髪の毛もそのままに、「うん!」と(うなず)く。

 (うつむ)くヘレーから、(かす)れた声が()れた。「ありがとう」と、「本当にすまなかった」と、震える声が。


 


 


 


 討伐隊が国境の町リッテンに到達するのと入れ違いで、マンガスはとうとうラシュリーデン領を脱出してしまった。

 ここから先は、たとえ少人数であろうとも国の兵隊が動くとなれば、事は外交上の問題となる。兵達はリッテンで一旦追跡の足を止め、ルドルフ王の指示を仰ぐことになった。

 ウネン達は兵達と別れ、引き続き南へ、マンガスを追い続けた。

 

 

 


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