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満天の星の下で

 

 

 宵闇(よいやみ)に包まれる町の広場に、男衆の掛け声が飛び交っている。祭りが終わり舞台や(やぐら)が次々と解体されていくさまを、ウネンは、公会堂の脇の階段に腰かけてぼんやりと眺めていた。

 左手で砂を踏む音がしたと思えば、誰かがウネンの隣に腰をおろした。

 オーリだった。

 ウネンはまたすぐに視線を前に戻した。(つち)の音とともに日常へと戻っていく広場を、じっと見つめる。


「今日はありがとう」


 (つぶや)くような(ささや)きに、オーリが、うむ、と返答した。


「『一体他に誰がその子を……』って言ってくれたの、とても(うれ)しかった」


 やはり、うむ、とだけ声が返ってくる。

 広場では、解体された部材が次々と運び出されている。次の祭りまで、神庫(ほくら)脇の倉庫で眠るのだろう。

 ウネンは前を向いたまま、そっと()め息をついた。


「『これからはここを私達の故郷(こきょう)としよう』」


 記憶に残る声を小声でなぞってみた途端、ウネンの口の中に苦いつばきが(にじ)み出てきた。


「イェゼロの森に住むことを決めた時に、ヘレーさんがそう言ったんだ」


 ウネンの隣で、(かす)かに空気が動いた。

 オーリの視線を感じながら、ウネンは淡々と言葉を継いだ。


「ぼくに気(づか)ってそう言っただけなのかもしれない。でも、ヘレーさんは、一度たりとも故郷(こきょう)の話をしたことがなかった。勿論(もちろん)、子供さんがいるってことも。どこかに帰るべき場所があるなんてそぶりも、一切見せたことがなかった。それって、つまり……」


 その続きを、ウネンはつばきとともに()み込んだ。とてもではないが、口にすることができなかったからだ。

 一際大きな()め息が、隣から降ってきた。


「確かに、ヘレーには里に置いてきた子供が一人いる」


 もう一度深い()め息を挟んで、オーリは話し始めた。


「今から十五年前のことだ。山菜を取りに出ていたヘレーの子供が、山で迷った。日が暮れても戻らない子供のことを心配して、その母親が捜しに出たが、二人は山の中で野獣に襲われた」


 ウネンは思わずオーリを振り返った。

 オーリは、両肘をそれぞれ膝に乗せた前屈みの体勢で、じっと正面を見つめている。


「逃げ場を失った母親は、子供を木のウロに押し込み、自分の身体を盾にしたそうだ。おかげで子供のほうはなんとか助かったが、里の人間が駆けつけた時には、それはもう凄惨な状況だったらしい」


 淡々と吐き出される言葉の隙間に、血と(けだもの)の臭いを嗅ぎ、ウネンは知らず恐怖で身を震わせた。


「ヘレーは里一番の医者だった。奴の診療所は常に患者で一杯で、それで奴は、妻と子供を捜しに出られなかった。奴は、妻を助けられなかった自分を呪い、妻の死の原因を作った子供を憎んだ。そしてとうとうある晩、奴は、寝ている子供の首に両手をかけ――」

「まさか!」


 あまりのことに、悲鳴のような声がウネンの喉をついて出た。まさか、人を(あや)めたというのは、自分の子供のことだったのか、と。

 ウネンの心を読んだかのように、オーリが小さく首を横に振った。


「子供の首を絞め上げる代わりに、奴は家を、里を飛び出した」


 また、()め息一つ、そうしてオーリはウネンのほうを見た。


「お前を引き取ったということは、たぶん、奴は、自分が誰かの親であることを思い出したんだろう。捨ててきた実の子供に対して、多少とも思うところがあったんだろう」


 


 あれは、今から九年前。ヘレーがウネンを引き取ってから一年間の漂泊を経て、イェゼロの森に定住を決めた時のことだ。

 持ち主がいないと判った小屋に入り、隅々まで入念に見まわっていたヘレーは、満足そうに(うなず)いた。


「うん。少し手を入れれば、充分に住めるようになるだろう」


 大工道具と、(くぎ)と、材木と、と必要なものを書きつけていくヘレーの手が、ふと止まり、それから彼は申し訳なさそうな表情でウネンを振り返った。


「もう少しロゲンに近いところが良かったかもしれないけれど……」


 ウネンは、躊躇(ためら)いなく首を横に振った。


「ここでいい。ううん、ここがいい」


 ヘレーが、もの問いたげに眉をひそめた。


「確かに、ロゲンはぼくが生まれたところだけど、帰るべきところじゃないと思うから」


 ウネンは足元に視線を落とした。荒れた床の上には、戸や窓の隙間から吹き込んだ枯れ葉や小枝が沢山散乱していた。


「そうかい」と、少し寂しそうな声でヘレーが応えた。「じゃあ、またいつか君がお母さんに会いたくなったら、その時はまた一緒に旅を……」


 ウネンが首を横に振ったことで、ヘレーの声が途切れた。

 ウネンは顔を上げた。そうして、真っ直ぐにヘレーを見上げた。


「だって、母さんは、ぼくを捨てたんだよ」


 ヘレーは、しばし身動き一つしなかった。

 やがて彼は、寄せていた眉を緩め、引き結んでいた唇をそうっとほどいた。


「じゃあ、これからはここを私達の『故郷(こきょう)』としよう」


 ウネンは、ぱあっと顔をほころばせると、「うん」と力一杯(うなず)いた。


 


 あの時のヘレーの眼差しを、ウネンは未だはっきりと覚えている。

 ウネンのことを可哀そうと思っているのだろう。気の毒がっているのだろう。そう考える一方で、ウネンは若干(じゃっかん)の違和も感じていた。ウネンを思い()っているのと同じか、それ以上に、ヘレー自身が何かつらい思いを(いだ)いているようにも見えたのだ。


 欠けの生じていたモザイク画に、今、オーリが語ってくれたヘレーの過去がぴたりと()まり込む。


 もしかしたら、と、ウネンはこぶしを握りしめた。もしかしたらヘレーは、ウネンの母に自分を重ねていたのかもしれない、と。

 おのれの身勝手から子供を重篤な栄養失調状態にさせたエレンと、心神喪失状態で子供の首を絞めようとしたヘレー。それぞれ事情と手段は違えど、我が子を殺しかけた二人の親は、その事実と向き合うことよりも、子供を捨てる道を選んだのだ。


 それでも、ヘレーはウネンを拾ってくれた。大切に育ててくれた……。

 ふと、穏やかならぬ気配を感じて、ウネンは左側を向いた。

 オーリが眉間に(しわ)を寄せてウネンを見ていた。

 オーリを安心させるべく、ウネンは少し大げさに明るめの声を出した。


「ヘレーさんに会えたら、することが一つ増えた」


 オーリが、怪訝(けげん)そうにまばたきを繰り返した。


()ずは、ぼくを引きとってくれたお礼を言って、次に、ヘレーさんが追われている件に決着をつけるお手伝いをして、それから、ヘレーさんに、里に置いてきた子供さんにきちんと謝れ、ってお説教する」


 オーリの目が見開かれた。それから、ついと細められた。

 それは、とても優しい表情だった。一見、いつもとあまり変わりがないように見えるけれども。


「ああ、そうしてやってくれ。きっとあいつも喜ぶだろう」

「もしかして、オーリの友達?」

「そんなところだ」


 友達思いだね、と言えば、きっとオーリは物(すご)狼狽(うろた)えるだろう。そう思ったウネンは、オーリに話しかける代わりに、なんとなく空を見上げた。

 かち色に染まる天穹(てんきゅう)に、星がぽつりぽつりと輝き始めていた。東に目をやれば、家々の屋根の陰から円い月が顔を出し、柔らかい光をふりまいている。


「イェゼロにいる時、ヘレーさんと一緒によく星を見たなあ……」

「そうか」


 ウネンの視界の隅で、オーリが身を起こすのが見えた。ウネン同様、空を仰ぎ見て、「星か……」と(つぶや)く。

 と、その時、ウネンの目の奥で火花が散った。流れ星でも飛び込んで来たんじゃないかと思うほどの衝撃だった。


「ちょっと待って!」


 ウネンの勢いに、オーリが(わず)かに身を引いて「なんだ」と問う。


「さっきオーリが言ったことって、つまり『ヘレーさんは、子供さんを手にかけようとしたことで心に衝撃を受け、発作的に里を飛び出した』って意味だよね!」


 オーリが、露骨に「しまった」という顔になった。

 折よく、いや、オーリ達にとっては「折悪しく」と言うべきなのかもしれない、砂を踏む音とともに飄々(ひょうひょう)とした声が二人のもとへと近づいてきた。


「二人とも、こんなところにいたんだ」


 ひらひらと左手を振るモウルを見て、オーリが慌てて腰を浮かす。


「おい、待て、来るな馬鹿!」

「へ?」


 


 


 祭りの片付けもあらかた終わり、静寂が訪れた広場の片隅、先ほどまでウネンが腰かけていた公会堂脇の階段には、今、オーリとモウルが仲良く二人並んで、(かしこ)まって座っている。

 その前には、両手を腰にあてたウネンが、小さい身体を少しでも大きく見せようと精一杯胸を張って立っていた。


「ヘレーさんが里から秘伝書とやらを持ち出したというのは(うそ)なんだよね」

「ハイ」


 二人の声が、きれいに(そろ)った。


「人を殺したって話は?」

「残念ながら、それは本当」


 モウルが、どこか弱々しい苦笑を浮かべて肩をすくめる。

 ウネンはこれ見よがしに特大の()め息をついた。


「出会ってからもうすぐ四箇月、そろそろ本当のことを教えてくれたっていいと思う」

「それは僕らも多少思わなくもないことではあるんですけれども」


 何故か丁寧語で応じるモウルに、ウネンはもう一度()め息を吐き出した。そうして、とっておきの切り札を切った。


「二人とも、何か口封じの術みたいなのを、誰かにかけられているんじゃない?」


 その効果は劇的だった。オーリとモウルは(そろ)って目を見開き、口々に「なんで」「どうして」と身を乗り出してくる。

 ウネンは少しだけ気を良くして、二人に説明し始めた。


「実は、モウルが魔術を使うたびに聞こえる〈(ささや)き〉は、オーリやモウルと初めて会った時にも聞こえてたんだ」

「例の『ウネンなんとか』とか『おかえり』とかいう謎の声とは別に?」

「うん。ほんの一瞬だけだったけれど。あと、ヘレーさんと出会った時も、君達の前任者がヘレーさんを捜しに診療所に押しかけて来た時も」


 そこで一旦言葉を切って、ウネンは挑戦的な眼差しを二人に思うさま突き刺した。


「クージェの城の(やぐら)塔で、オーリが何か言いかけて頭を押さえて(うめ)いてた時や、背割り長屋の前で、銀色の何かをぼくに見られてモウルが苦しんでた時もね。特にその二回は、〈(ささや)き〉がかなり強く聞こえた」


 なるほど、と、モウルが小さく(つぶや)いた。


「ここで(うなず)くと、たぶんまた頭痛に(さいな)まれることになると思うんだけど……」と、早速〈(ささや)き〉がウネンの耳元を()で、モウルが何か痛みをこらえるかのように顔をしかめた。「とりあえず、その〈(ささや)き〉とやらは、どうやら本当に魔術と関係があるようだね……」


 モウルの言葉を受けて、オーリも普段以上に(いか)めしい表情でウネンに(うなず)いてみせる。


「ここまで関わって、これだけ色々と込み入ってしまっている以上、君に知っておいてもらいたいことは山ほどあるんだけどね、僕らにはそれを伝えることができない」

「二人だけで話をしている時は、頭が痛くなったりしないんだ?」


 二人は、今度は難なく首を縦に振った。


「たぶん、発言すること自体に制限がかかっているんじゃなくて、僕らの意識が制限されているんだと思う」

「てことは、二人が(しゃべ)ってるところに、こっそり近づいたら、問題なく聞けるってことかな」

「余程のことがない限り、オーリが気づくと思う」

「気がつかないふりをするとか」

「それができたら苦労はしないよ」


 な、と同意を求められ、オーリがしみじみと首肯(しゅこう)する。

 やはりこの方法しかないか、と、独りごちてから、ウネンは二人の顔を交互に見た。


「じゃあ、ぼくが勝手にしゃべるから、間違っている時だけ指摘して」


 オーリとモウルが、目をしばたたかせて顔を見合わせた。


「ヘレーさんが()った秘伝書、なんて存在しなかった」


 ()ずはここから。二人の様子を探りつつ、ウネンは慎重に次の段に足をかける。


「ノーツオルス、という人物も、存在しない」


 オーリもモウルも、唇をきつくつぐんだまま、真剣な表情でウネンを見つめている。

 二人の反応を踏まえて、ウネンは、また一歩、新たな段を踏みしめた。


「でも、実際のところ、ノーツオルスって存在は、世の中に言い伝えられている。君らの前任者はその名を口にしていたし、オーリも『ノーツオルスの依頼』について、全部が(うそ)というわけではない、って言っていた」


 満天の星を背負って、ウネンは静かに息を継ぐ。


「ということは、ノーツオルスというのは、君達――里とやらを構成する人々――の総称だ」


 ()えて自信たっぷりに言い切ったウネンに向かって、モウルがぱちぱちと拍手を返した。


「里の名前や詳細を伏せた状態で、自分達のことを言い表すのに便利だからね。いつの間にか、『九十九の姿かたちを持ち、何百年と生きる伝説の魔術師』なんて、超人になっちゃってるみたいだけど」


 よどみなく語るモウルに、オーリが心配そうに「おい、大丈夫か?」と声をかける。

 モウルが神妙な顔で「ああ」とオーリのほうを向いた。


「この情報は話しても大丈夫ってことなのかな。それとも、相手が既に知っているのが明らかな情報については、見逃してくれるのかな」

「お前の言ったとおり、制限を受けているのはあくまでも俺達自身の『意識』だということなんだろう」

「相手が既に知っている、つまり、今更自分が(しゃべ)っても問題ない、となれば、制限に引っかからないってことか」


 難しい顔で顎をさする二人に、ウネンはおずおずと問いかける。


「続けていい?」

「どうぞ」


 再びウネンは、自分の立てた仮説を二人に向かって披露し始めた。


「ノーツオルスは伝説の魔術師ではないけど、世間一般の人が知らない知識を持っている」


 オーリもモウルも、身じろぎ一つしない。


「ノーツオルスの親玉みたいな立場の人が、そういった知識が里の外部に()れないように、里の人に口封じの術をかけている」


 そこでウネンは、オーリを見た。(やぐら)塔の屋上でオーリがうっかり口を滑らせて、苦痛に(さいな)まれる羽目になったあの言葉を、最後に付け足す。


「――人の世が、滅ばないように」


 返答は、沈黙だった。つまり、彼らは「()」と言っている。

 ウネンはここぞと語気を強くした。


「でも、解らないんだ。そこまでして秘密を守らなければならない、人の世を滅ぼせるほどの知識、というものが。爆薬にしても、毒物や病原体にしても、単なる知識だけでは、すぐに脅威とはなり得ない。そして、それらの知識が誰かによってもたらされなくとも、人は着々と知識を積み上げていくよ。君達の仲間が何人いるのか知らないけど、一部の人間が頑張ったところで、技術の進歩を妨げることなんてできやしない」

「進歩が、自然な速度でなされるならば、構わないんだ」


 魔術の(いまし)めの影響か、モウルが左手で側頭部を押さえながら、(かす)れた声で答える。


「木の枝を振り回す子供に、鋭利な刃物を持たせるわけにはいかないだろ?」

「その刃物は、誰が用意した?」


 ウネンの問いを聞き、モウルの唇が弧を(えが)いた。


「ああ、とても良い質問だね」


 先刻からウネンの内耳を震わせていた〈(ささや)き〉が、大きくうねる。

 頭を押さえるモウルの指に力が入ったかと思えば、みるみるうちに彼の額に玉の汗が幾つも浮き上がってきた。


「それに答えることができたらどんなに良いか、って思うよ」


 苦渋の声が、夜のしじまへと吸い込まれていく。

 頭上には、気が遠くなりそうなほどに深い夜空が広がっていた。


 


    * * *


 


 頭上には、気が遠くなりそうなほどに深い夜空が広がっている。

 小屋から更に森を奥に行った先、木々が少し開けた場所。ようやく土台部分ができあがった製薬用蒸留炉の、その礎石の上に、ウネンとヘレーは並んで腰をかけていた。


「我々のいるこの大地は、大きな丸い星だ、って言ったろう? 空で光り輝いている星々も、それぞれここと同じように大きな大きな星なんだよ」


 ヘレーが指差すほうへと、ウネンは目を凝らす。


「大きいのに小さく見えるのは、遠くにあるから?」

「そのとおり。ウネンは賢いな」


 褒められたウネンは、「えへへ」と満面に笑みを浮かべて喜んだ。


「遠い星ばっかりだね」

「空は広いからね。あそこの隣同士の星達も、互いにとても近そうに見えるけれど、実際は物(すご)く離れているんだよ」

「どれぐらい?」

「さあ、どれぐらいだろう。たぶん、あの星に立って夜空を見上げても、今、私達が見ているのと同じような空が見えるんじゃないかな」


 ウネンはびっくりしてヘレーの顔を見上げた。


「そんなに? 空って物(すご)く広いんだね」

「広い分、星も沢山あるからね。遠すぎたり、光り方が弱かったりして、ここから見えない星もいっぱいあるんだよ」


 へぇー、と、感嘆の声を()らしてから、ウネンは、思いっきり首を後ろに反らした。

 視界から葉陰が消え、一面の星空がウネンを包み込む。


「そんなに沢山星があるなら、絶対誰か一人は、今、空を見上げてるよね」


 真っ直ぐ天頂を望んだまま、ウネンは「おーい」と星々に向かって両手を振った。

 その横でヘレーが、思いのほか渋い調子で首をひねる。


「うーん、果たして、今見えている範囲に、ヒトが住む星が存在するかどうか……」


 驚きのあまり、ウネンは弾かれたように姿勢を戻した。


「えっ、ヒトが住んでいない星があるの?」

「残念ながら、大抵の星は、ヒトが住むには暑過ぎたり寒過ぎたりするんだよ」


 ヘレーの答えを聞き、ウネンは、信じられないとばかりにもう一度空を見上げた。


「こんなに星があるのに?」

「そう」


 静かに(うなず)くヘレーに、ウネンは次なる疑問を遠慮なくぶつけた。


「ヒトがいない、って、どうやって調べたの?」

「こうやって光って見える星は、基本的に、太陽と同じように高温で燃えている星だからね」

「ああー」


 それは間違いなくヒトが住むには向いていない。

 ならば、と、ウネンはまたも質問を投げかける。


「でも、光ってない星も沢山あるんだよね? それはどうやって調べたの?」


 ヘレーは、ほんの少しだけ何事か考え込む様子を見せて、それから、にっこりと微笑(ほほえ)んだ。


「大昔に、とても耳のよい神様が、空に耳を澄ましてみたんだけれども、どこからもヒトが活動している音は聞こえなかったらしいよ」

「大昔だったら、今は違うかもしれないよ。それに、聞き()らしだってあったかもしれないじゃない。だって、『可能性はゼロではない』もんね」


 ウネンに口調を真似されて、ヘレーは愉快そうに声を上げて笑った。


「そうだね。確かに、不十分な情報で結論を出してはいけないな」


 偉い偉い、と頭をくしゃくしゃと()でられて、ウネンはすっかり上機嫌だ。


「どんな星だろうなあ。行ってみたいなあ」


 そうだね、と、ヘレーがそっと目を細めた。


「いつか、ヒトは空を()く船を造るだろう。そして、広い空に、新天地を求めて旅立つだろう」


 無数の星々を瞳に映して、ヘレーは語り続ける。


「船は、長い航海ののちに懐かしい大地とよく似た星を見つけることができるだろう。そうやって辿(たど)り着いた新しい土地で、ヒトは、新たな歴史を刻むんだ」

「ぼく達みたいだね」


 なんとなく思いついたことを、ウネンは素直に口にのぼした。


「え?」


 ヘレーの眉が(かす)かにひそめられるのを見て、ウネンは慌てて言葉を足す。


「だって、ほら、ここがぼく達の新しい故郷(こきょう)なんでしょ?」


 ウネンは、自分達の小屋のあるほうへと目を凝らした。

 星(あか)りの届かぬ森の中は、まったき暗闇だった。だが、この先に「我が家」があると思えば、何も恐ろしいことはない。

 と、突然、ウネンの肩がぐいと引かれた。

 何事かと驚く間もなく、気がついた時にはウネンはヘレーに抱きしめられていた。


「ど、どうしたの? ヘレーさん」

「なんでもない……なんでもないんだ……」


 ヘレーの声が、(かす)かに震えている。

 どうすれば良いのか分からなくて、ウネンは、少し考えてからヘレーの背中をとんとんと(たた)いた。悪夢にうなされ飛び起きた時にいつもヘレーがしてくれるように、優しく、何度も。

 

 

 


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