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    * * *


 


 前代未聞だという王城内郭での大捕り物が一段落して、ウネン達四人は主館の、陽光明るいあの客間に集められた。

 室内では、クリーナク王とハラバル補佐官が既に一同を待ち構えていた。客間を我が物顔で独占していたヴルバの姿は、どこにもない。


「ウネン殿、このたびのこと、クージェ城主としての、そしてチェルナの国を束ねる王としての、この私の不徳のいたすところだ。心からお()び申し上げる」


 目元に疲弊の色を濃く(にじ)ませて、クリーナクがウネンを真っ直ぐに見つめた。

 ウネンに矢を射かけたのは、ヴルバの近侍(きんじ)ジャルトだった。領地一番の弓の名手だという彼は、(あるじ)の命を受けて、鳥の眼を持つ地図職人を暗殺しようとしたのだ。


 ヴルバが治めるスハーホラには、国営の金山があった。元々は国王からヴルバの先祖にくだされた山だったのだが、金鉱脈の発見によって、あらためて国の管理下に戻されたものだ。

 それが、三代前の王の時代のこと。それから百年が過ぎ、つい昨年、(くだん)の山の頂付近に、再び新しい鉱脈が発見されたらしい。らしい、というのは、ヴルバが鉱山を預かる代官を買収して、鉱脈の発見を王都に報告させなかったからだ。つまり、彼は、新たな鉱脈を、自分のものにしようとしたのだ。


 クリーナクに召喚されたウネンが、王の覚えめでたく王領地の地図を作るようなことになれば、近い将来に金山も測量の対象となるだろう。どうやら新しい鉱脈は、地表近くを走っているようで、一部を露天掘りで採掘しているとのことだった。新鉱脈について、代官や鉱夫の口をつぐませることはできるとしても、山の形は誤魔化せない。土地の起伏すら写しとるという地図をつくられてしまえば、自分の不正が明るみに出るのは必至だ。そうなる前に、と、ヴルバはウネンを亡き者にしようとしたのだった。


 いきさつを説明し終わるなり、クリーナクは、深く、深く息を吐いた。親しい友人が城内で殺人を行おうとしたこと、そして何より、信頼(あつ)封臣(ほうしん)が王である自分を裏切っていたことが、彼を内側から(さいな)んでいるのは明らかだった。

 だが、クリーナクは、今一度眼差しに力を込めて、胸を張った。一同をゆっくりと見回してから、モウルのところで視線を止める。


「ハラバルから、今回の一番の功労者は君だと聞いた。ついては、何故君がヴルバの悪事に気がついたのか、最初から説明してくれないか」


 モウルは、王の言葉に神妙な表情で(うなず)くと、意外にも、まずウネンとイレナのほうを振り返った。


「王都に来る途中に()った追い()ぎの持ち物に、縄や袋など、戦利品の確保や運搬に使うための道具が一切無かったの、気づいてた?」


 体調不良というのはやはり仮病だったのだろう、モウルが溌剌(はつらつ)と、ウネンとイレナに問いかける。

 (はなは)だ不本意ではあったが、ウネンは素直に首を横に振った。


「獲物の持ち物を(かばん)ごと()ればいい、って思うかもしれないけど、抵抗されて(かばん)が破損することだってあるじゃない。取りこぼしのないよう備えは必要だよ。それに、持ち物や馬だけじゃなくて、女子供も立派な戦利品だし、運よく獲物が良家の人間だったら、場合によっては身代金も取れる。なのに、奴らは一束の縄も持っていなかった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と考えないと、説明がつかない」


 モウルはそこで一旦言葉を切り、ゆっくりと一同を見まわした。


「ならば、()()()()()()()()()()()()。可能性の有無だけを考えるならば、少なくとも人数分は選択肢が存在する。けどね、まあ、連中があの時あの場所で凶行に及ぼうとした意味を考えたら、一番可能性が高いのは、君でしょ」


 ウネンを正面から指差して、モウルが口の()を引き上げた。


「他の選択肢はとりあえず脇に置いておくことにして、()ずは『王都へ召喚された地図職人』が標的だった、と僕は仮定した。その前提に立って、昨夜のうちにハラバルさんに協力を仰いだ、というわけなんだ」


 モウルのあとを引き取って、今度はハラバルが話し始める。


「昨夜、モウル殿がわたくしのもとにやってこられ、陛下がウネン殿を召喚なさったことを知っているのは誰か、と問われました。そこでわたくしは、こうお答えしました。陛下と、わたくしと、使者として(つか)わしたスィセル殿とトゥレクの二人、あとは、チェルヴェニーからの言い訳の使者が城に来た時に、たまたまその場に居合わせていたヴルバ様です、と」


 ああ、と、クリーナクが短く息を吐いた。


「王妃には少し話しはしたが、確かに、他の者には詳しいことを知らさなかったな。お前が、地図がでたらめだった場合は、地図屋を城から蹴りだす、なんて言うから、大ごとにすると可哀そうかなと思ってな……」


 と、そこまで語ったところで、クリーナクがハッと息を()んだ。眉間に(しわ)を寄せ、両手を腰にあて、傍らのハラバルをねめつける。


「ということは、昨夜、魔術師殿がお前に戦争がどうとか問うたと言っていたのは、(うそ)だったのか」

「いえ、(うそ)ではありませぬ。ただ、陛下に申し上げなかったことが他にあっただけのことでございます」


 ぐう、と(うな)り声を一つ()らして、クリーナクが黙り込んだ。

 豪胆なのか、信頼関係ゆえか、ハラバルは王の様子に全く頓着せず、話を続ける。


「モウル殿に、往路での詳細をお聞きし、わたくしも、これは追い()ぎの仕事ではないなと思いました。そして、今まで地理学や数学といったことに一切興味をお示しにならなかったヴルバ様が、今回の地図の話――特に、土地の起伏を地図に記すことについて、随分気にしておられたことを思い出しました。ですが、それが追い()ぎもどきの件と関係があるかどうかを判じるには、あまりにも情報が足りませぬ」


 ハラバルの目配せを受けて、再びモウルが話し始める。今度は、クリーナクのほうを向いて。


「それで、駄目で元々は承知で、ハラバルさんには(わな)を張っていただくことにしました。午後にあの(やぐら)塔でウネンと二人きりで話をする旨を、事前に関係者の前で告げていただいた上で、()えて時間に余裕を作り、犯人に行動を促す作戦でした。命を狙われているかもしれない当人が、このややこしい時に街に下りるなどと言いだしたことには、どうしてくれようかと思いましたが……」と、ちらりとウネン達を振り返り「まあ、そのおかげで、標的が彼女だということがはっきりしたから、良かったのかな」

「やっぱり、ぼくを(おとり)にしたんだ」


 王の御前だということは分かってはいたが、どうしてもウネンは、一言言わずにはいられなかった。精一杯の抗議の意思を込めて、思いっきりモウルを(にら)みつける。

 だが、モウルはウネンの視線を軽やかにいなすと、にっこりと極上の笑みを浮かべた。


「だって、それが一番手っ取り早かったんだよ」

「仮病を使ったのは、何故なの?」


 今度はイレナが、眉間に深い(しわ)を刻んで問う。


「暗殺者に対して(おく)れを取るわけにはいかないから、あらかじめ塔の上で待機しておく必要があるでしょ。でも、魔術師があからさまに席を外してたら、犯人が警戒するじゃない。だから一芝居打った、ってわけ」


 なるほど、昼食前にヴルバが食堂に顔を出したのは、モウルの不在を気にしてのことだったのか。そうウネンは合点した。


「他に何か質問のある人は?」


 モウルはそう言って一同を見まわした。誰も何も言わないのを確認し、クリーナクに一礼して一歩下がる。


「大儀であった」とクリーナクがモウルに大きく(うなず)いた。それから王は、惑いを振り払うように、ゆるりと首を横に振ってから、まなじりを決してウネンのほうに顔を向けた。


「チェルヴェニーといい、ヴルバといい、どうやらハラバルの言うとおり、君のその知識には、人を動かすちからがあるのだな」


 そこには、もう、友に裏切られうちひしがれる男の姿はなかった。堂々たる王の顔に戻ったクリーナクは、何事か考え込んだのち、ハラバルを振り返る。


「ハラバル、確認しておきたいのだが、彼女の知識が危険だ、というのは、もしや、彼女の地図を他国に悪用される可能性のことを言っているのか?」

「だいたいそのとおりでございます」

「ならば、そうなる前に、さっさと彼女を我がほうに取り込んでしまえば、問題ないのだな」


 その瞬間、ウネンは勿論(もちろん)のこと、モウルまでもが、「え」と目を見開いて身体を硬直させた。

 ハラバルだけが全く動じた様子もなく、淡々と(おの)(あるじ)に話しかける。


「そういえば、半年前に助手が他家に学者として召し抱えられてしまって以来、手元が少し不便でしてな。単純作業ならば手伝ってくれる者にも事欠かないのですが、いかんせん算術を理解している者となると、なかなか見つかりませぬ。かといって、わたくしが一から教育する暇は無し」

「それは困ったものだな」


 すまし顔で応えたものの、ほどなくクリーナクは眉を寄せて大きく息を吐きだした。


「……まさか、お前、最初からそのつもりだったのか?」

「いいえ。ですが、選択肢の一つではございました」


 目の前で繰り広げられる王と補佐官の会話を、ウネン達はただ呆然(ぼうぜん)と見守るのみ。

 クリーナクはあらためて真面目(まじめ)な表情を作ると、ウネンと真正面から視線を合わせてきた。


「というわけなのだが、ウネン殿、ハラバルの助手になる気はないだろうか」


 ウネンはぽかんと口をあけたまま、クリーナクの顔を見つめた。

 国王陛下からくだされたお言葉を、ウネンは(にわか)には信じられなかった。何か聞き間違いでもしたのではないか、と、今一度、記憶を寸刻前に引き戻してみる。一音ずつ慎重に音を拾い直していき、言葉を組み立て、その意味を再確認する。


「ぼくが、ハラバルさんの、助手に?」


 クリーナクが、静かな笑みを浮かべて、それから力強く(うなず)いた。


「え、でも、ぼくなんかが、ええと、その」


 動揺を収めきれないウネンに対し、今度はハラバルが語りかけてくる。


「ウネン殿は、測量に際して三角法は使っておらぬようだが」

「そういうものがある、ということを、聞いたことは、あるけれど……」


 ウネンが息も絶え絶えに返答するや、ハラバルが口元をほころばせた。


「ならば、わたくしのもとに来れば、君にも大いに得るものがあるでしょうな」

「我が城の図書室には、先祖代々伝わる沢山の書物が並んでいるからな。君が『書庫の魔女』となってくれれば、書物達も喜ぶだろう」


 書庫の魔女、とのクリーナクの言葉を皮切りに、ようやくウネンの胸に(うれ)しさが怒濤(どとう)のごとく押し寄せてきた。一度到達した波は引くことなく、あとからあとから幾重にも重なって、やがて(ふち)を越えて(あふ)れ出す。


「あ……ありがとう……ございます……!」


 まるで夢の中にいるような、ふわふわとした心地の中、ウネンはなんとか言葉を絞り出した。この場に相応(ふさわ)しい礼式など知らないため、出来得る限りの気持ちを込め、クリーナクの藍の瞳を見つめ返す。


「陛下、ウネン殿も来られることですし、これを機に、一度、国土の正確な測量を実施なさいませんか」


 ハラバルが、ここぞとばかりにクリーナクに進言した。


「これまでも、わたくしが再三に(わた)って申し上げておりましたが、陛下は一向に聞いてくださらない」

「いや、ちょっと待て。そう、あれもこれもと一度には出来んぞ」

「少しずつで構わないのですよ。一気に全てを終わらせようとなさるから、なかなか取りかかれないのです」


 ハラバルの攻勢に、クリーナクが「予算が」「時期が」としどろもどろに弁解する。

 そこへ、ウネンの少し後方に控えていたモウルが、右手を胸に当てて、一歩前に進み出た。


「恐れながら、陛下」

「なんだね」


 助かった、と言わんばかりの表情で、クリーナクがモウルに向き直った。


「私とオーリは、ウネンの師匠ともいうべき者の命で、彼女を守る任についております。つきましては、どうか我々が陛下のお手元で、彼女の警護にあたることをお許しいただけないでしょうか」


 ウネンがぎょっとしてモウルを見やるのと同時に、後ろのほうから「えええっ?」というイレナの驚きの声が聞こえた。

 クリーナクも、この展開は流石(さすが)に予想していなかったのだろう、目を丸く見開いてモウルを見つめていたが、ややあって、相好を崩して両手を大きく振り開いた。


「なんと、魔術師殿が我が城に来てくださると言うのか! それは大歓迎だ!」

「お許しいただき、ありがとうございます」


 モウルは、堂々たる態度でクリーナクに礼を述べてから、ウネンのほうに向き直った。そうして、「そういうわけなんで、これからもよろしくね」と、これ以上は無いというほど爽やかな笑みを浮かべた。


 


 


 これからの話を詰めるために、ウネン達は王の執務室に場所を移すことになった。イレナを残し、一同は明るい客間をあとにする。

 主館の二階に連れてこられたウネン達三人は、一旦控えの間に通された。家令や書記達が(そろ)うまで、少しここで待つように、とのことだった。


 王と補佐官が退出してしまうなり、ウネンは大きく()め息をついて、それから残る二人を交互に見やった。

 オーリは、いつもどおりの仏頂面で、ウネンの少し後ろに黙って立っていた。窓際に飾られてある甲冑(かっちゅう)を見つめているようだが、戦い方か何かを考えているのだろうか。


 モウルも、これまた普段と変わらぬ調子で、部屋中をうろうろと興味深そうに見てまわっていた。左手の壁に飾られた、大きなタペストリーの前で足を止め、「おお」だの「へえ」だの(つぶや)いている。

 また深い()め息が一つ、ウネンの口をついて出た。


「随分浮かない顔をしているね」


 モウルが、小首をかしげてウネンを振り返った。

 お前のせいだ、と(なじ)りたいところを、ぐっと我慢して、ウネンは皮肉を言うにとどめた。


「ぼくを守る任務とか、よくもまあ、すらすらと(うそ)が出てくるね。すごいや」

「これが、あながち(うそ)じゃないんだな」


 何の冗談かと思いきや、モウルの眼差しは真剣そのものだった。


「僕らが依頼されたのは、ヘレーが持ち出した禁断の書の確保と、そこに記された知識の拡散を防ぐこと。つまり、僕らは君を監視するだけじゃなく、君の知識を狙う輩から守らなければならないってことさ」


 モウルが語った内容を頭の中で反芻(はんすう)するうちに、ウネンは、臓腑(ぞうふ)を冷たい手で鷲掴(わしづか)みにされたような気がした。

 ウネンの口の中に、次から次へと生唾が(あふ)れてくる。

 無言で立ち尽くすウネンを、どこか楽しそうに眺めてから、モウルは「それに」と言葉を継いだ。


(うそ)をついているということに関しては、君も大概だと思うけどね」


 モウルの(あお)い眼が、ウネンの眼底を突き通す。

 視線をそらすこともできないまま、ウネンは、モウルが得意げに微笑(ほほえ)むのを見た。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 


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