狐、聖夜ニ慟哭ス
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「これで二人きりだな」
僕は生唾を飲み込む。興奮で少し赤くなったスナコさんの顔に。そしてホテルで二人だけという状況に。
「大丈夫だ。朝まで耐えれば私達の勝ちだ」
耐えるだなんて、僕には厳しいよ! そんな僕の視線も何のその。口の端だけで笑ったスナコさんは、両手にそれぞれ銃を用意すると臨戦態勢に入る。
「さぁかかって来い。紅白の侵入者め」
毎度の事ながら、僕は心の中で叫ばずにはいられない。――どうしてこうなった!
**********
いつもの町はクリスマス一色。歩けば聞こえてくるのはジンゴベー。そんな日に、スナコさんのお兄さんは運び屋のバイトが大忙し。ギンコさんもモデルであちこちでサンタガールするとか。キタさんは何してるんだろう。ともかく、そんなこんなで久々にスナコさんと二人きりなのである。
二人で映画を観に行ったりランチしたりと、番い(カッポー)としてクリスマスはリアルを充実させたいという僕の夢が叶っていく。――まるで、普通の恋人同士みたいだ! あまりの「普通」さに、これは夢なのではないかと疑いたくなるくらいだ。夢なら覚めないで……そう思っていたら、僕らの歩いている前方から怪しげなサンタクロースがこちらに近づこうとして……コケた。そして――
\ チュドーム! /
\ ダギャ~~! /
コケた時に持っていた袋から何かが落ちてそのまま爆発。その爆風で吹き飛ぶと視界から消えていった。――さすが、出落ち感ハンパないことで定評のある油揚げギャングさん。今夜もお疲れ様でした。華麗に退場して下さったので安心だ。このまま素敵な夢が続いてくれると僕は信じていたのだけどスナコさんがギャングをきっかけに渋い表情をし始めた。
「あの赤と白の服は一体何なのだ。今日はあちこちで見かけるが」
どうやら大学入学までチベットの奥地に生息していたスナコさんは、クリスマス自体知らないらしい。僕はスナコさんにサンタクロースの逸話などを色々と説明した。子供に夢を与えるんだよーとか、煙突からね~とか。しかしそれを聞いたスナコさんは可愛らしく微笑むどころか、眼光を鋭く光らせ始めた。――待って、今日だけはこのまま、夢を見続けさせて……!
光る眼のまま何やら考え込んでいたスナコさんが決意を込めて顔を上げる。そして僕をひと睨みし低い声でゆっくりと言った。
「つまり赤と白に身を固めた特殊工作員だな」
違う待って、そうじゃない。そういうのは、今日は! 求めて! ない……!
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「熱い夜となりそうだな」
お高そうなホテルのスイートルームに到着すると、スナコさんが僕をじっと見つめた。しかし、残念なことに僕はちっとも喜びが湧き上がることもなく興奮することもなかった。
ホテルに向かう前、ケンタッキー州の歌が流れるお店で食料を買いこんだ。店を出る間際に聖夜が今年もやってくると定番の歌が流れてきた。僕にも確かにクリスマスはやってきたけど、何だか別の意味で特別な思い出が出来そうな気がしてきた。案の定、裏路地の怪しいお店で武器弾薬も仕入れた。硝煙の香りじゃなくて、大人の香りがいいよ……。――そしてサンタさん、逃げて! 全力で逃げて!!
スィートルームのドアは厳重にロックされ、さらにテーブル等でバリケードが作られる。窓は全てワイヤートラップが張り巡らされ、侵入経路は無事に封鎖された。そして戦闘前の補給が開始される。先程買ってきた食料はあっという間に無くなり、そこに弾薬が収納される。なんて素敵なクリスマスばれーる。クラッカー(手榴弾)もあるよ。
いつのまにかクレイモアが床に配備されて僕はトイレにも行けなくなってきた。入口は分厚い金属の扉。煙突も無し。なんて防衛力の高いホテルなんだろう。赤いやつもこれでは侵入出来まいとスナコさんも言ってるけど、きっと三倍速く通り過ぎてくれるよ。そもそもこんな待ち構えてる僕らはちっとも良い子じゃないからきっと来ないよ!
僕の心の叫びの中で、ふとドアをノックする音が。呼び鈴ではなく敢えてのノックだ。スナコさんが銃の安全装置を外し警戒する中、目線で僕が出ると合図しゆっくりとドアに近付く。
「おめぐみを~ダギャ~」
――無視しよう。
と、部屋に戻りきる前にまたノック。ビクリと反応してしまいゆっくりドアを振り返る。
「だーりーんいるんでしょー。いるんでしょー。ねぇーあなたのギンコよー。いるんでしょー」
酔っ払いの声が聞こえた。スナコさんも天を仰いでいる。これも勿論無視だ。しばらく待って大丈夫そうだと、今度こそ戻ろうとしたらまたノックが。
「ヤジさぁぁぁん、いるんだろぉぉぉ。僕と熱い夜を……うわ何するやめ」
勝手に静かになった。何故いつもの面々がここに来てるんだろう。何でバレてるんだろう。スナコさんも物凄くスナギツネ顔してる。
そしてまたノックの音。いい加減に……
――ガチャ
「メリークリスマス」
ドアが外から勝手に開き足元に何かが転がったかと思うと、それが強烈な光を発する。何も見えなくなりスナコさんが叫ぶ。しかし、何かが僕の横を高速で通り抜け打撃音と共にスナコさんが制圧される音が聞こえる。そして僕も首元に衝撃を感じると意識は闇に落ちた。
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翌朝。僕はふかふかのベッドで目を覚ました。豪華なホテルの部屋は何事も無く綺麗そのもの。窓も廊下にもなにもないまっさらだ。妙な夢を見た気がしたけど、気のせいだったんだろうか。隣を見ると、スナコさんがパジャマ(着る寝袋)で寝ていて、枕元には立派なプレゼントの箱が靴下に入れられて置かれていた。
しばらくして目覚めたスナコさんは不覚だったと枕をパシパシ叩いていたけど、プレゼント箱の中身を見て笑顔になっていた。欲しかったサバイバルナイフや、防弾ジャケットが入っていたそうだ。僕のプレゼント箱もあり、馬印のシャンプーや高価なブラシが入っていた。――スナコさん用のお手入れ用品じゃないの、これは。
そういえば、寝ていた時に夢を見た様な気がしていたけど、きっと気のせいだったんだろう……。スナコ兄がサンタクロースな格好をして、トナカイに跨がり任務完了と言いながら空へと去っていくというもの。きっと夢だよね。お兄さん、仕事だって言ってたし。あんなにごついサンタは、きっと……いない……よね?
キタさんの熱い夜一例:ツイスターゲーム。
クルクル……ピタ
スナコ「右手を黄色に置け」
キタ「オッケー」
クルクル……ピタ
スナコ「尻尾を緑に置け」
僕「え、僕尻尾ないけど」
狐一同スナギツネ顔。
夜は更けて行く……。




