びば水あそび
「よけろっ!」
僕の真横を鋭く貫く物が、岩に当たってかなりの音がする。――いやいやいや、銃弾じゃないんだから!
その後も幾つも飛んでくるそれを、スナコさんは慎重に見定める。
「そろそろ弾切れのはずだ。3、2、1で行くぞ」
合図で飛び出した僕らは相手に肉薄する。弾倉を交換したのか、また飛んでくる気配がする中で走る僕らを掠めていくアレ。
――あぁ……もぅ! どうしてこんな事になってるんだよぉ〜!
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「……ではぁ……次のページを……千部君に読んで……もらおぅ」
「……コャァ」
あまりの暑さにエアコンが壊れた講義室。みんな力尽きたように机に溶けていて、スナコさんがスナギツネモードで机の上に二本足で立って音読しても気づかない。横を見れば、たまちゃんも舌を出してマヌルネコ状態で溶けている。
「そこまででいいぞ……。次、続きを間温」
「……にゃあ……」
机の上で溶けたまま、にゃごにゃご読んでいるのに、誰一人気にしない。――もう駄目だこの講義……。僕はゆっくり意識を失っていった。
「そんな訳で川遊びなのだが」
「えぇ!? なにそれ!?」
「ニンゲンちゃんと聞いてなかったのー」
気が付けば僕は食堂に運ばれていて、目の前にはカレーまで置いてある。――しかも半分位減ってるし、すごいぞ僕!
無意識なのか、スナコさんたちが運んでくれたのか。ともかくなんか川遊び。
うちの大学で定期的に地域の子供たちと交流を〜という事で色々なイベントをやっていたりするんだけど、うちのサークルが一番統率力あるから、お前らに任せたいという事らしい。確かに「びくとりー」した僕らのサークルはサメにも負けないしね。
「ふふふ。見せてやろうではないか。本気の川遊びを」
「楽しみだねー」
何やら怪しげなオーラを立ち昇らせるスナコさんに僕は嫌な汗をさらにかくのだった。
「川遊びとは、遊びではない」
第一声から何かを刈り取ったスナコさんの言葉に、子供たちもクチポカーンである。そして、笹舟(マスト付き)、魚釣り(素手)、焚き火(棒の摩擦で起こすやつ)、水鉄砲作りと、なんだかんだサバイバルにも似た内容だけど子供たちも順応して楽しみ始めた。
「よいか。釣った魚のはらわたは苦い。このように……」
「水の上から、こうやって〜ほいっ! はい、みんな出来るよね?」
サークルメンバーで手分けしてあれこれ教えて回ってるけど、たまちゃんアグレッシブ過ぎる。しかも何人か出来てるし……。みんな熊になるつもりなんだろうか。
と、火おこしを延々としている僕の横にスナコさんがやって来て、竹を炙っては曲げ、炙っては曲げを繰り返して何かを作っていく。
「このように炙ってやる事で折ることなく曲げることが出来る。さすればこのような形状も雑作ないのだ」
スナコさんが高々と上げたのは、竹で出来ている以外はやたらと精巧なモデルガン。カートリッジみたいな別パーツに水を入れて装着して引き金をひくと……。
――ピシュンッ!
「このように葉っぱなどちり紙程度だ。皆、手元に武器が無いときにはこれだ。よいな」
――何を教えてるんだぁぁあ!? しかもその威力はなんだぁぁぁ!? 殺傷能力あるだろぉぉお!
次々と竹水鉄砲を加工していく子供たち。なんてこった……。武器製造工場に川岸が変化していく。でも、さすがに威力はみんな普通の水鉄砲だった。安心安心。
「甘いぞスナコ」
スナコさんの足元に、水の弾丸が突き刺さる。
――うそぉ! 砂えぐれてるよ!
「兄よ。なんのつもりだ」
突然乱入してきたスナコ兄は、やる気満々で、上半身裸の体にターゲットマーカー(的だよ)を付けている。
「実践無くして勝てる訳がない。さぁ勝負だ」
何故か水鉄砲バトルが勃発した。
「皆アンブッシュするぞ」
その言葉にスナコチームのみんながあちこちの岩影に隠れる。いつの間にか着替えた競泳水着のスナコさんのお腹にも、紙でターゲットマーカーが貼られている。濡れたらすぐにやられた事が分かるようになっている。同じく水着の子供たちもみんなあちこちに貼り付けている。
「すなこたいちょー。といれー」
「すなこたいちょー。おなかすいたー」
「すなこたいちょー。なんでおみみながいの」
意外と慕われているスナコさん。一人ずつに丁寧に返事したり、持っていたお菓子を分けてやっている。珍しい。
と、双眼鏡を覗いていた一人が声を上げる。
「すなこたいちょー。なんか、かわのしたのほうから、きますー」
僕も慌てて見ると、銀の三角耳と、銀の尻尾をふりふりさせてビキニ姿のギンコさんが泳ぎながらやって来る。――すごくお胸が……スナコさんと比べると……すごく……。
殺気を感じて僕は目を反らす。そしてスナコさんは攻撃命令を下す。ギンコさんは集中砲火を浴びる。
「ちょっスナコ! 私、援軍……ちょっちょっまっ。あー」
流されていった。多分ギンコさんなら大丈夫だろう……。
「胸部装甲は飾りだ。偉い人にはそれが分からんのだ」
競泳用の水着の恐るべき平坦さを見ながら、スナコさんはむせび泣いた。
「てきしゅうー! たいようのほうがくー」
そうこうする内に、上流側にいるスナコ兄軍からの攻撃がやって来る。あちらにはたまちゃんもいるし、かなり苦しい戦いになりそうだ。スクール水着に『さんのえー、たま』とか書いてあるけど、誰があんなの用意したんだ……。たまちゃんに向かってみんなが水鉄砲攻撃するけど、避けられる避けられる避け……
「あーっ〜」
川に流されていった。足元を見ていなかったらしい。下流でギンコさんがキャッチしたのが見える。これで一番の敵はお兄さんだけだ。
「うっ」
「あいたー」
「くっ……やられだだとぉー」
三者三様に悲鳴を上げて子供たちがやられる。――まさか狙撃!? 水鉄砲で!?
「早く岩影に!」
「ぎゃーやられたー」
「たいちょー。あとはまかせたー」
大人げないスナコ兄の猛攻に、あっという間に半分以下になるメンバー。
「これは使いたくなかったが……」
スナコさんは残った数名になんだか大きな武器を託すと、僕を一瞥すると岩影を盾にしながら上流へ向かう。僕はスナコさんを狙う気配に水鉄砲を放ちながら援護する。そして、滝みたいになった場所の上に、ついにスナコ兄を発見する。ちょうど水切れなのか、よいしょと水を汲んでいるところだ。――しかも竹に穴開けて後ろから押し出すだけのやつ。なんであれで威力があるんだ……。
慌てたスナコ兄が乱射する。でも威力は弱い。そしてついにスナコさんが飛び射ちで、お兄さんを撃ち抜こうとした瞬間。
「スナ彦たいちょーのあいずだー。こうげきしますー!」
「うてうてー」
なに!? と叫んだスナコさんが撃墜される。滝の横に何人か構えてた! 僕一人じゃお兄さんグループには勝てない。僕は、よく見えるように立ち上がると、水鉄砲から手を放し……真後ろから飛んできた巨大な水の塊に、スナコさんもろとも巻き込まれて宙を舞った。
空中から見下ろすと、子供たちがスナコさんから託された水鉄砲ならぬ、水大砲を操っているのが見えた。
――もはや、川遊びじゃない……。
僕らは虹になった。
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「おぉ優秀なチームだ」
町の美術館で自由研究の展示と発表があった。今年は竹の水鉄砲を作る子供たちが沢山いて、ガンマニアの注目を集めたらしい。確かに異常な力作揃いで、なんかもうレベルがおかしい。
「あ、すなこたいちょーだ」
「たいちょーたいちょー」
子供たちが群がり、スナコさんはしゃがんで目線を合わせて頭を撫でてやる。なんかいいお姉さんって感じだ。
「こんど、みずがとりんぐ、つくりたいのー」
「ぼくも、みずせんしゃ、つくりたいー」
何度も頷いたスナコさんは、懐から設計図を取り出す。
「人に向けてはいけないぞ」
――それ以前の問題だぁぁぁぁぁぁあっ!
僕の絶叫が、美術館にこだました。




