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LOVE ME てんだぁー

「私は戦士だ。恐れてなどいない」


 口ではそう言うけれど、腕は震えているし寝そべったそこから出ている尻尾は、微妙に太く力が入っている。緊張しまくっている。


「はーい。大丈夫。大丈夫だからねー」

「……うむ。ひと思いにやってくれ」


 決意を込めて呟いた目を閉じたスナコさんだったけど、遠くから悲鳴が聞こえて目を見開く。


『ダッギャァぁぁあぁぁぁ……』


 耳がピーンとなって、視線がさ迷い始める。――あー……無理もないよね。僕も怖い。スナコさんの目が物凄く助けを求めていて……。どうして、こんな危機的状況に!?




   **********




「うむ。やはり、油揚げでデザートにするならばこうだろう」


 僕らはレイカちゃんが経営させられている【お稲荷the椀】の新商品開発……と言いながら、デザートの食べ歩きをした後に、お店のキッチンで色々な甘味を組み合わせている。――そう、お稲荷で甘味だ……。


「やはり油揚げをそのまま使うのはいけない」


 スナコさんが油抜きをした油揚げに、生クリームを詰めた物を出す。一口食べて、油っぽさに手が止まる。うーむ……これはきっついぞー。たまちゃんですら微妙な顔だ。


「次に、お稲荷の形状では中に物を詰めてもいいが……」


 食べ物、特に甘い物の事になるとやたらと語り始めるスナコさんが、色々と新商品を並べていく。その中にはどう考えても罰ゲームレベルのものから、なんだかお洒落な物までと幅が広い。


「はい!」

「うむレイカよ」


 珈琲で口の中をさっぱりさせながら立ち上がったレイカちゃんは、クレープみたいに切り開いた油揚げに生クリームとあんこが入れられた物を指す。


「これが一番よいかと。オペレーション的にも仕込み易く、バリエーションも豊富ですダギャ!」

「後はあれかなぁ、ちゃんと油抜きを普段以上にやれば、味の癖が減って食べやすそうだね」

「たまちゃんもこれは好きー」


 うむうむと頷きながら、スナコさんがホワイトボードに書き込んでいく。――「よい」「うまい」「素敵」……ザックリしてる。


「よし、では次回はこれを発展させていこう。では次の試作品だが……」




 結局捨てるのは勿体ないと、食べ切れない分は、スナコさんが食べ尽くした試作品たち。――全く、一体どんな胃袋してるんだよ!?


 僕もたまちゃんも、だいぶお腹が辛い。というか胸焼けが……。


「あらスナコちゃんたち。ちょうど良かった。今日は抹茶豆乳プリン作り過ぎちゃったんだけどいかが?」


 通りがかったそらさんが持ってきたプリンの箱を、スナコさんは当然の様にもらい受け、そのままスプーンですくって食べ始める。


「たまちゃん……。スナコさんってチベットでもあんなに食べてたの……?」

「うーん……。さすがにあそこまでは……」


 さらにその後も何故だか商店街の人たちから甘いものばかり貰ってスナコさんは嬉しそうに食べまくった。




 翌日。スナコさんのうめき声に起こされた。


「なんだ……この傷みは! 歯が、歯が!」


 あうあう言うスナコさんの顔が見るとなんか腫れている……。


「虫歯じゃないの……? 昨日歯磨きしてなかったと思うし」

「私がそんなものに負けるだと……」


――驚愕してるけど、勝ち負けじゃなくて摂理だよ! 大自然の摂理だよ!


 とりあえず、たまちゃんが動物園の日だからご飯を作って送り出す。


「スナ姉大丈夫なのー?」

「僕が病院連れてくから大丈夫だよ」

「……びょう……いん……だと……」


 スナコさんが、有り得ないという顔で虚空を見詰める中、僕は歯医者へ予約を入れるのであった。




「アブリャーゲデンタルクリニックへようこそ。初めてのご利用ですか?」


 近場にあった歯医者さんに予約を入れたんだけど、名前からして若干嫌な予感が。他の所は既に埋まっていたのだ。とりあえずスナコさんが書けそうもないので代わりに問診票を書いていく。


【どの辺りが気になりますか】

【油揚げは好きですか】

【歯磨きの回数はどの位ですか】

【ブラッシングはいいよね】

【糸ブラシでの歯磨きは行っていますか】

【アブリャーゲコーポレーションを知っていますか】

【きつね< ̄(エ) ̄>もふもふ】

【甘いものは週にどれ位とっていますか】


 明らかによく分からない質問が多い中、スナコさんに確認しながら埋めていく。


「千部さーん。千部スナコさーん。八番のお部屋にお入り下さ〜い」

「さ、スナコさん行くよ」

「……やだ」


 俯いて僕を見ないスナコさん。まさか銃弾すら目を閉じない戦闘種族チベスナが、歯医者が怖いなんて事は……ないよね?

 僕の視線から目を反らしながら、スナコさんがチベスナモードになって逃げようとするのを、しっかりと捕まえて僕は指定されたの部屋へ。


「コャァ! コアァ!」

「はーい、いいこだから早く済ませようね」


 暴れるスナギツネを連れて部屋に入った僕を、のほほんと見つめるお医者さん。なんか、頭の上に三角耳と、尻尾見えているんですけど。

 僕が思わず目を奪われていると、スルリと僕の手から抜け出したスナコさんが速やかに人の形になって、ビシリと女医さんに指を突きつける。


「私は、私は悪には屈しない!」

「そうね、悪いのはきっと虫歯とその原因ね」


 すさまじい正論で返す女医さんにスナコさんは固まる。その間に、女医さんは華麗にリクライニングな治療用の椅子を動かすと、スナコさんを捕獲。さらに腕と足も固定。


――本当に悪者ぽいし、すっごい手慣れている……。そんなに暴れる患者ばかりなんだろうか……。


『いやだ、いやダギャ。そんな、絶体に、ドリルなんて……うわぁうわぁ……ダギャダッギャァァァァァ……』


 タイミング良く悲鳴が聞こえてくる。ホラーだ。


「さ、千部さん。診察の……お時間ですよ」

「うわぁぁあ……」


――スナコさんが悲鳴を上げるという珍しい状況の中、診察は進んでいくのだった。




「はーい。お口を開けましょうね」

「拷問には屈しない」


 抵抗激しいスナコさんの耳に、女医さんは囁く。


「口の中を見られるだけで怯えるなんて、チベットには臆病者しかいないのかしら?」


 なんだと! と思わず口を開いた瞬間に器具を突っ込まれて口が開いたままに。小さなライトも駆使して素早くチェックしていく女医さん。そしてピタリと止まる。


「あらあら、これは痛いわけね。詳しく見たいからちょっとレントゲンで撮影するわね」


 そのまま悲鳴を上げているスナコさんを、椅子のまま動かして隣の部屋へ。何やら機械に頭を突っ込ませると、スイッチに手をかける。


「さぁ、どこまで抵抗出来るかしら?」

「や、やめろぉ……」


 バシュン! ひぎぃ

 バシュン! こああ

 バシュンバシュンバシュン きょあああ


――ただのレントゲン撮影なんだけど、慣れてないからか悲鳴が連射されている。確かに撮影のたんびに結構な音がするし、光るし驚くよね。


 ぐったりしたスナコさんが椅子ごと戻ってくると、女医さんが現像した写真を取りに行く。その間に椅子のすぐ側にいった僕の手を力無く握って来るスナコさん。


「スナコさん大丈夫?」

「父には、スナコは立派な戦士だったと……伝えてくれ……」


――まだ治療もしていないのに、瀕死なんですが……。 


「はい、写真で見るとよく分かるんだけど。これは抜かなきゃ駄目ね」


 スナコさんがビクリと震えて、僕を子犬の様な目で見つめる。――小さい時のスナコさんの純真無垢なあの瞳だ。思わず僕が頭を撫でようと伸ばした眼の前で、椅子がクルーっと動いて、女医さんの前へ。


「じゃあまず麻酔から」


 一切の慈悲もためらいもなく、注射針が奥歯の辺りの歯茎にブスリ。――うっわ、その針がまず痛そう。


「薬に負けてなるもの……か……」

「はいはい。抵抗は無意味よー」


 歯の周りにしか効かないだろう麻酔。だがスナコさんは効かない様に耐えている。――いや、それ耐えちゃ駄目だから! 薬の効き目が無さそうなスナコさんの様子を見て、女医さんは悪の女幹部の様な表情を浮かべる。


「たまにいるのよね……。強情なが……」


 仕方ないわね、と女医さんはすっと奥の部屋へ。


「勝った……。私は、勝利したぞ!」


 僕に向かって褒めてくれという表情で尻尾を振るスナコさん。僕が曖昧な顔をしていると、女医さんが何かを持って奥から戻ってきた。


「この間開発した凶悪な麻酔……。試してみましょうね?」

「え、ちょ。あの、ごめんなさい。すいません。本当あの今すぐ薬に負けるのであの……」


 ブスリと凶悪過ぎる大きさの注射器が、スナコさんの謝罪を無視して突き刺さる。――というか、スナコさん。いつもなら悪くても謝らないとかなのに、なんかもう謝りまくってる。すごい。


 さすがに大人しくなり、むしろすっかりとトロンとした顔で黙々と治療を受けるスナコさん。女医さんは奥歯を速やかに処置。処置自体はあっという間に終わってしまった。腕は確かだったらしい。




「歯医者怖い。歯医者強い」


 お会計時には、スナコさんはそう言ってチベスナモードになったまま僕の腕の中で震えていた。まだ麻酔が効いているのか、フラフラしているのもある。――普通そこまで麻酔効かないんだけどね!


「お会計お願いしまーす」

「はーい。お会計こちらになります。あ、千部さん。次回の日程なんですが……」

「コァァ!」


 震え出すスナコさん。僕の胸に顔を埋めたまま動かないので、落ちついたら電話で予約しますねと伝えておいた。


――誰にだって、恐いものはあるんだなぁ。




   **********




「たまよ。これが私の奥歯であり、親知らずだ! これで私も大人なのだ!」

「おぉぉーおとなー!」


 スナコさんが抜いたのは虫歯じゃなくて親知らずだった。たまちゃん相手に大人アピールをしている……。と、家の郵便受けに何か届いた。見に行ってみると一枚の葉書。


『親知らず、残り三本も抜いておきましょうね☆ アブリャーゲクリニック』


 それを見せた時に、スナコさんが悲鳴を上げたのは言うまでもない。

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