ウは、宇宙の海で、大運動会のウ。
「お前達はどうかしているぞ。全く……抵抗は無意味だ」
フノコさん(本体)が巨大な身体を曲げて、しゅんとしている。ぷりぷりと怒っている相手に、必死に頭を下げて謝罪するフノコさん(分体)。
「いや、そのあれだ。急いでいたのであって、決して安全確認を怠った訳ではなくてな。これには深い事情が……」
時間が無いからか、いつもよりも歯切れが悪い。――そうだよ今確か、時間が無かったんだよ! どうしてこうなった!
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「海へ行ったそうではないか。水臭いぞ。私だって、夏の海辺でキャッキャウフフしたいと思うじゃないか。それをのけ者にするなんて、いくら私がチベットスナギツネの身体になっているからといって……」
先日の海から帰ってきた翌日に、フノコさんが朝から現れて玄関でまくしたて始めた。要約すると寂しかったらしい。ーーこの辺りの部分はスナコさんよりも素直だ。
「フノコ殿。とりあえず朝餉などいかがだろうか」
珍しくスナコさんが、秘蔵の油揚げセットを見せて誘ったりする。
「おぉ! ならばちょうどいい! それを宇宙で食べながら向かうとしよう!」
ーー向かう……? 宇宙……? 何やらいやな予感がして僕もスナコさんも何か言いかけた途端、僕らはアブダクトされた。
身体が吸い上げられる様に持ち上がった僕らは、軌道上で待機していたフノコさん(本体)の中へ。相変わらず思い切り広い空間の中は、随分と様変わりしていた。ログハウス風の建物と、横に巨大な日本的な蔵まであるし、少し離れた所にはアメリカンなお金持ちの人が入りそうなプールまである。そして、そのプールの中から、コマーシャルの撮影みたいに水飛沫を上げて、ギンコさんが飛び出して来る。そして僕に突っ込んでくる。――パジャマが濡れる!
「だぁぁーりぃーーん! やっぱり来たのねー。スナコ。あんた達遅かったわね」
「ああ。まだ何も食べてないぞ」
そうこうする内に、横の蔵から空さんとスナコ兄の声がして、何かを作りかけていたキタさんも出て来て食事になった。――なんでみんないるんだよ……!
「つまり、宇宙規模の運動会と」
「そうなのだそうなのだスナコ殿。こちらの感覚で言えば数世紀に一回のペースで行われているのだ。しかし、今朝方までそれを失念してしまっていて、急いで皆を呼んだという訳だ。いや、本当にありがたい事だ。はっはっは」
という訳で、ご飯を食べた後に僕らは土星付近まで向かっているそうだ。――人工衛星で三年とか四年位かかる距離だけど、間に合うのかな。食料は大量にありそうだけど……。しかしこの中、遠くから牛の声まで聞こえてるし自給自足出来そうだ。
「では、現状を見てみよう。手の空いてない者も左舷を見てくれ。私の本体付近の映像だ。ちなみに、遮光もしてあるし、目で見て問題ない様にしている親切設計だ。褒めてくれていいぞ」
フノコさんが指を鳴らすと、窓の様な物が空中に現れ、星が点じゃなくて線に見える。物凄い速さで移動しているんだなぁ。――僕と接触した時は、お散歩位の速度だったみたい。この速度でぶつかったてら、僕程度は消し飛んでた気がする……。
「ねーねー。フノコさーん。あれ何ー?」
「む? どうしたのかね、たまちゃん君。観光ガイドをしろというのかね。私はあまりそういうのは得意ではないが、やるのはまぁ、やぶさかではないぞ」
「む。こりゃマズイんじゃないかな。接触コースぽいね。みんな耐ショック態勢になった方がいいかも」
キタさんのその言葉に、一斉にその場に伏せるみんな。その反応の速さは流石なんだけど、スナコ兄は空さんをしっかりとハグしてるし、僕にはどさくさに紛れてギンコさんとスナコさんが突っ込んで来るし、フノコさんまで伏せてるし~って――あなたは避ける人でしょ~!?
「はっはっはっ。これは回避など無理というもの。そーれ、バリアーだ!」
外の映像の中、フノコさん(本体)の顔の前に巨大なピンク色の光の壁が現れる。それに高速で接近していた飛来物は華麗に回避あーんど、そのままUターンすると、フノコさん本体に並走する。衛星だとしたらとんでもない機動だ。ーーってこれ宇宙船?
『そこの高速移動体、止まりなさい。法定速度違反だ。そこの高速移動体、止まりなさい』
「あ、しまった……。ここはもう公道じゃないか……」
フノコさんが頭を抱える中、ぼくの叫びがこだました。
――宇宙にもスピード違反あるのかぁぁあ!?
『ほう、あの運動会へ行くのだね。では今回はおとがめ無しにするから、早く向かいなさいルートは外れないように。次、切符切るからね』
「はい、本当すみませんでした……」
フノコさん(分体)が謝ると、本体も申し訳なさそうに連動してペコペコと動いている。
「宇宙も、色々と大変だな」
「どこもルールがちゃんとあるのね」
スナコ兄と空さんが抱き合ったまま静かに呟く中、フノコさんは左右を指差し確認。本体の目を光らせる、さらには点呼までしながら、安全運転(?)で進んでいくのであった。
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「おぉ集まってる集まってる」
「こんなにいるのね~」
土星付近は、フノコさんサイズから、僕らと同じ位のサイズ。さらにはもっと巨大なものまで沢山集まっていた。端の方に停車(?)したフノコさんへ、UFOが一つ近付いてくる。
『まもなく宣誓式が始まります。エントリーをお早めにお済ませ下さい』
いかにもな灰色のツルッとした肌の宇宙人が指し示す先には、土星の輪っか付近に何だか施設が見える。ゆっくりとフノコさんはそちらへと進んでいった。
「さて、外に出ると流石に空気はないので皆はこれを飲んで欲しい。なぁに、毒では無い。私のチカラの一部を貸し出す感じで、宇宙服なぞ無しでよくなるスグレモノだ。さらに宇宙語翻訳機能もついている。便利この上ないな!」
みんなにそれぞれ渡された錠剤は、ピンク色していてどう見てもただのカプセル的なものだ。早速飲んでみると……。
「おぉ!? たまちゃん九尾に!」
「あら、私もよ~」
「あ、あ、あ、憧れの九尾になれてる!?」
「へぇ、これは修行とかしなくてもいいんだね」
みんな尻尾が九本も生えて、豪勢な感じになっている。僕も何だかお尻の辺りに尻尾が生えてきてる。そしてスナコさんたちは……。
「うむ。動きにくいな。取ってしまおう」
ブツリと、尻尾を外して手に持っている。ビチビチとスナコさんの手の中で暴れる尻尾が八本。スナコ兄も、外そうとしている。
「スナコちゃんだめよ! 勿体ない!」
――空さん、そこなのか!?
「スナコよ、仕方がないから装着だ。なに、グレネードだと思えばいい」
「うむ。そうだな兄よ」
何故かお尻ではなく、腰にスカートの様に装備していくスナコさん。納得の仕方が無茶苦茶な二人だった。
『宣誓! 私たちは、スペースマンシップにのっとり、正々堂々煌めく銀河の様に、戦う事をここに誓うものであります! 長生きと、健康を!』
微妙に地球のと似ているけど、どこか違う宣誓の後に会は盛大にスタートした。僕らは他の参加者(人間サイズ)の方々と待機所付近ににプカプカと浮いている。生身で宇宙とか凄く不思議な気分だ。
「ニンゲンは、どれにえんとりーしたのー?」
「あ、気になるわ~。ダーリン私とスペース二人三脚とかいかがかしらー」
「ヤジさん、僕は玉入れなんかいいと思うんだけど、どうかな?」
宇宙空間なのにスムーズに僕の横へ自然に動いている三人。これが尻尾慣れなのだろうか。そして競技は僕らも参加出来るし、馴染みのある物ばかり。そんな中スナコさんが、皆に宣言する。
「おまえたち……。これにエントリーしていないのかっ!」
競技一覧が表示されているタブレット端末の様な物に写されたのは、パン食い競争ならぬ【油揚げ食い競争】。キツネの人たちを中心に、目の色が変わった瞬間だった。
――なんで! 宇宙で! 油揚げ!?
『えー。今年初参加の地球の皆様もおられるので、軽く説明致しますが、土星の輪っか上に設置されたコースに配置された油揚げチェックポイントの五枚食べて完走するというものです。前回、前々回は種族スペースフォックスの独走状態でしたが、一体今年はどうなるのでしょうかー』
「フノコ殿、本気でやらせて頂く」
「うむうむ。スナコ殿、是非も無し。さぁさ、いざ尋常に勝負!」
「スナ彦さん、私本気出していいんですよね」
「ああ、存分に。俺も本気でいく」
キツネの人たちのやる気がとんでもないことになってきて、若干他の参加者が引いている。――うわ、典型的な赤いタコみたいな方、こっちみてうねうね笑ってるし。あっちの蟹みたいな方はハサミで超威嚇してる。それをスナコさんがいいハサミだなとかナチュラルに褒めるもんだから、茹でたみたいな色になった。ーー照れてるのだろうか。
僕の横で並んで待機している、どうみても恐竜な方が「お互い健闘を」とかすんごいいい声で言ってウインクしてくる。
「さぁまもなくだ」
いつの間にかスナコさんが僕の隣に滑り込んで来て手を握ってくる。僕も握り返し……そしてスタートの合図で超新星が爆発した光が見えた瞬間。僕は高速で投げられていた。
――宇宙では、手に入れた速度は下がらないんだぞぉぉぉぉお!!
振り返る事も出来ず、僕は第一油揚げに衝突。ふんわりとした宇宙油揚げは僕をやさしく抱き締めると、進行方向に向きをほどよく調整してくれて……勢いそのままに僕はまた弾き飛ばされ……
『おおっと! ゼッケン10867987654番速い、速過ぎる~! これは地球の民ですね! 油揚げに愛されたとしか思えない見事な動きで次々とチェックポイントを食べています! これは凄いー!』
――誰かーとーめーてー!
ゴールするまで僕はピンボール状態で加速し続けたのであった。
僕が宇宙記録を塗り替えてしまった油揚げ競争の後、「スペースデブリ(宇宙ゴミ)玉入れ」で辺りを綺麗にし、巨大な宇宙の方々を押していく「超玉転がし」ではフノコさん以上のサイズの方を全ての方々で転がし、二人一組で組んで「障害物破壊競争」では、火力を上げすぎた参加者のおかげで皆が燃えそうになりながらも、なんだかんだ最後の競技になった。
『さぁいよいよ大詰め! 紅・白・まだら・茶・レモン・どどめ色等々……各種の色に別れての対抗リレーです。いやー前回は突如発生したブラックホールに飲み込まれた参加者がホワイトホールで救出されたりとアクシデントもあった楽しいリレーですが、今年はどうなるでしょうかー!? 会場はここ、アステロイドベルト! 隕石群をくぐり抜けて無事にゴールへと辿り着くのはどこのチームだ~!』
物騒すぎるアナウンスに、周りの方々も怖がるどころかやる気はうなぎ登りだ。「俺、ホワイトホール帰りだぜ」とか自慢げに触手をうねうねしている方を賞賛してる参加者。それに何故か餅を渡しているウサギにしか見えない方。ーーそもそも帰ってこれるのか……。
「ようやく同じ競技だな。うむ、なんというか記録も打ち立ててくれて、連れてきた甲斐があったというものだ。第一走者は私だ。ちなみに私は本体と分体がそれぞれ走るからな。そうそう衝撃緩和シールドは、尻尾のこの辺りをだな……」
「行くぞ」
フノコさんの長すぎる説明が終わりを迎える前に、超新星爆発のスタート合図。スナコさんは構えた僕の手のひらを思い切り蹴り、その反動で加速していった。その後ろを説明が終わっていないぞーと追っていくフノコさん。周りも次々と追っていく。各所に設置してあるカメラ的な物が写すのは、隕石を蹴ってさらに加速していくスナコさん。
「あの技は……」
「通常の三倍を悠に越えているぞ」
「やるようになったな、フォックスの白いやつ」
僕を含めた第二走者が口々に褒め称える中、堂々とスナコさんが僕の前に空中で一回転して勢いを消して到着。腰の左右に設置してある尻尾も得意気に揺れている。
「さぁバトンだ。次を頼む」
「うおー。スナコ殿早いではないかー! たまちゃん君、これが私の渾身のバトンである。しっかりと受け止め、次代へと引き継ぐのだ! 健闘をいのーる」
「うおーたまちゃん受け取ったぞ~!」
同じノリになっているたまちゃんがバトンを受け取っているのを尻目に、僕はスナコさんに押し出され加速。――うわ、これめっちゃ怖い!
ぶつかっても衝撃緩和シールド(使い方は覚えた)があるからいいけど、高速で飛び交う僕らには止まってる速度に近い隕石も怖い障害物。――あ、ウサギ系の人が激突した。あっちではたまちゃんがぶつかりかけている!?
「ふんぬー。秘技あーにーまーるどりーる!」
『おおっと! ここでアニマルドリルだー! 解説のキタさん、いかがでしょうか』
『あれは動物系特有の技ですね。本来の動物形態で鼻先を中心に回転する事で、目標まで一気に迫る技です。飼い主のお腹に突き刺さると効果は絶大です。後、可愛いです』
何故か当たり前の様に解説席で一緒に実況しているキタさんの言葉を聞きながら、目標を僕に変えているたまちゃんのドリル攻撃を必死に避けながら、第三走者へ。
「MAKASERO☆」
「お願いします!」
フノコさんのカプセルの翻訳機能が効いていない、何だか機械の塊の様な方にバトンを渡すと慌てて横にそれる。僕に突っ込みかけていたたまちゃんが、回転の方向を変えて華麗に着地。周りから拍手、そしてバトンを次の方へ。
「えへへ。たまちゃん頑張ったー」
――危ないよ!
そのまままた回転して、グリグリと僕のお腹に突き刺さりながら、たまちゃんはご満悦だった。
その後、第四走者で巨大な方々の番となり、僕らは宇宙の海を華麗に走るフノコさんや、巨大な戦艦、UFOなどを見ながら必死に応援した。
『優勝は……圧倒的な速度! スペースフォックス! 解説のキタさん、いかがでしたか今の勝負は』
『そうですね、やはり鼻先が長い分、ゴールテープに突き刺さるのが速かったのが勝因の一つではないでしょうか。二位のエグゼクター号も速かったですが、小回りで若干負けた部分が……』
もはや名解説扱いになってきたキタさんを放置して、優勝したたまちゃんのチームは、宇宙で胴上げ&回転させられ皆が目を回していた。
「いやー、なんか色々すごかったね」
「そうだな」
閉会式も無事に終わり、僕は記録樹立で個人的に表彰までされてしまい、さらにはちょっとした打ち上げ(文字通り打ち上げられた)の後、僕らは帰路についた。流石にみんな疲れたのか、バンガロー風の建物に用意されたキングサイズのベッドに一人ずつ寝ているという豪華な感じに。フノコさん分体も疲れたと言って姿を消し、起きているのは僕とスナコさんだけだ。まもなく地球。その時、行きで見かけた高速飛行物体がゆっくりと近付いてくると、気付けば僕らの側に光の塊の様な人型が。
『その分では、楽しめた様で何よりだ地球の民草よ』
光しか見えないのだけど、微笑んでるみたいだ。とても優しい気配もする。
『さて、君たちに見せたい物がある。この棒状の物の先端をよく見てくれ。そう……そう、いいね』
――あ、僕これ知ってるよ。この後ピカッと光って……
また、いつかおいで、と声が聞こえた気がしたけど、僕の意識はゆっくりと落ちていった。
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むくりと目を覚ますと、僕の部屋にみんながいた。何故かみんな机に突っ伏して寝ていたみたいだ、僕が目覚めたのに気付いて、フノコさんが慌てて声をかけてくる。――あれ? いつみんな来たんだっけ?
「おはようおはよう。私がスナコ殿のえーがを、どうしても見たいと言ったのだが、みんな寝てしまったようだなー」
何故かやたらと棒読みなフノコさん。そしてフノコさんの手元を見ると、何故かトロフィーみたいな物が。
「あ、あ、あ、こ……これはだな……。私のうちゅ……うちの土産物だ。君に是非にも受け取って欲しい」
渡されたそれは、クリスタルの様な素材で、でもどこかで見た事がある様な気がしながら、僕はありがたく受け取るのだった。
「規則ですからね」
「そうですなー。まだ自力で来れない場合は、記憶を消しておかないと」
光の塊の様な人影が二つ、蒼い星を見つめながら優しく微笑むと去っていった。




