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ご一緒にポテトはいかがですか?

「ご一緒にポテトもいかがですか?」

「えぇっ!? ポテト!?」


 驚愕するお客さんに、さらに炭酸飲料やら珈琲を薦めるスナコさん。混乱が最大値になったのか、結局全部買っていくお客さん。


「お稲荷ワン、コンボA、ドリンク・ホットコーヒー」


 かしこまりました〜と、皆が復唱する。僕は黙ってお稲荷と漬物の小鉢を用意しておぼんに乗せてカウンターへ。


「はい、三番さんあがったー!」

「はい喜んでー!」


――どんだけ居酒屋風でもあくまでファーストフードをうたうこのお店は、果たして大丈夫なんだろうか。なんで経営なんかする事に。どうしてこうなった……。




   **********




「むっ……。なんだとっ……」


 チラシが郵便受けに投函され、スナコさんがコーヒーを片手に取りに行ったと思ったらそのまま驚愕して静止している。


「なにーなにー。スナ姉、それなにー」


 たまちゃんがピョコピョコ飛び上がりながらスナコさんが手に持ったチラシを覗こうとするけど、若干届かない。僕が呆然としているスナコさんからチラシを奪うと、たまちゃんと二人でこたつテーブルに置いて読んでみる。


『新装開店! お稲荷the椀』


 何のお店かいまいち分からないので、さらに読んでいくと、駅前にファーストフードタイプの店舗でお稲荷さんのお店が出来たらしい。目玉は一つ千円もするお稲荷さん。豪華な食材をふんだんに使った品で、なんかこう凄そうだ。


「開店サービスとかもあるし、試しに行ってみるかねー」

「いこーいこー!」


 スナコさんは未だにカタカタと震えながら呟くのだった。


「見せてもらおうか……。お稲荷屋の性能とやらを」




 がやがやと駅前が普段よりも賑やかに盛り上がっている。遠くから見ると和風で小綺麗な店舗だけど、近付くと……


『お稲荷増量中!』

『六個買ったら一つサービス!』

『受験に勝てるお稲荷』


 と、のぼりが沢山出ていて、ひたすら迷走している感じがある。


 さらには、使える色は全部使ったのかという程に看板がカラフル。目がチカチカするなと思ったら、横でたまちゃんはもう目を回している。

 スナコさんが抱き抱え、列に並ぶ。……が、今度は進みが異常に遅いし、中に入って、すぐまた出て来る人までいる。


「盛況だね……?」

「たまちゃんお腹空いたよー」

「たまよ……。獲物は焦らせて頂くのだ」


 目を覚ましたたまちゃんに、スナコさんがなんだかもっともらしい事を言って落ち着かせている。


 そうこうする内に少しずつ列が進み、ついに僕らの番が来た。


「いらっしゃいませ! あれスナコ先輩たち!」


 カウンターにいたのは、アブリャーゲな会社の娘のレイカちゃんだった。そういえば最近忙しいからと、サークルでは見なかった気がしてた。まさかお店を出しているだなんて。


 とりあえず込み合ってるので話は後にして注文する。


「まず油揚げの皮を選んで頂き、具の種類、出汁の甘さ、付け合わせの漬物を……」


 選択肢が膨大過ぎて目眩がする。たまちゃんがまた目を回し始めた。――これは注文が進まない訳だよ……。僕も頭がクラクラしてきた。


 そんな僕たちの横でスナコさんは


「皮は柚子入り、具は山菜。味付けは甘さ最大の、漬物は沢庵で味が優しめ。セットに揚げポテトと、揚げ玉ねぎ。飲み物はコーヒーと濃い目の煎茶。デザートにあんみつパフェと豆乳ドーナッツ。さらに……」


 一切の淀み無く注文し僕らに声をかける。


「二人共。後がつかえているだろう。早く注文を」


 周りから歓声が上がる中、僕とたまちゃんは無難にオススメメニューしか選べなかった。




 僕たちがのんびりと食べ終わり、夕方頃にはお店は閉店となった。初日だからこの位らしい。


「スナコ先輩ボク疲れました〜」


 片手にお稲荷さん、片手にコーヒーを持ってやって来るレイカちゃん。僕らはちょっと残って欲しいと言われて店内で待っていたのだ。


――しかし、何でコーヒーとお稲荷なんだ……。食べ合わせ的にどうなんだろう。最近の狐は分からない……。


「実はちょっと相談があるんダギャですが」


 疲れているのか、色々見せてしまっているレイカちゃん。珍しく狐耳も尻尾も出してぐったりしていて、たまちゃんに尻尾をふにふにされている。


 話を聞くと、社長の思い付きで始めた店舗だけど、全員不慣れな上にあの膨大なメニュー。接客の流れもぐちゃぐちゃで、既に何件かクレームまで来てしまったらしい。


「大体が、何でボクが大学生で店長扱いなんダギャ! 横暴ダギャ〜」


――確かに横暴過ぎる。


「というわけで、良かったら手伝って欲しいダギャよ。賄いでお稲荷は食べ放題ダギャよ」


 レイカちゃんの一言で黙ってコーヒーを飲んでいたスナコさんは尻尾は太く逆立ち、耳は天高く、目は見たことが無い程に開かれる。


「私に任せてもらおう」


 僕には危険な予感しかなかった……。




 翌日、開店の前に集められ着替えさせられた僕ら。――何故僕まで……。

 キタさんやギンコさんまで眠そうに耳を垂らしながら何故だかいる。


「昨夜スナコにいきなり召集されたのよ……。私遅くまでロケだったんだけど……」

「僕も無理矢理……。何か改造しろとか……」


 犠牲者を増やしつつ、お店の帽子を被ったスナコさんは、みなぎるやる気で言い放つ。


「みんな! 頑張るわよ!」


――やばい。アゲレンジャーモードで本気出してきた……。僕は精神も身体も不安になってきた。




「いらっしゃませ! 現在オススメはこちらの柔らか黒糖お稲荷に、味噌汁セットでございます。デザートにお稲荷リンゴはいかがですか? え、アゲレンジャー? 分かりかねます」

「はい、たまちゃんがかしこまりました! ワンバーガーじゃなかった。ワン稲荷Aセットぷりーずーぅ」

「そうですね〜。お兄さんだとお洒落な爆弾稲荷なんかいかがかしら。これね、お腹に凄く溜まるのよー。スマイル? ふふー。高いわよ〜」


 明らかにアゲレンジャーモードの為、アゲレンジャーを疑われるスナコさん。――全く間違ってないだけに危うい接客だ。

 たまちゃんは、つたない感じが逆に一生懸命さが伝わって来て、女性男性問わず少し遅くても和やかな雰囲気で心を掴んでいる。

 ギンコさんは、なんか適当なんだか真面目なんだか分からないけど、実は一番レジ打ちが速い。


 三者三様に女性陣がカウンターで接客を頑張る中、僕とキタさんは厨房で色々作り続ける。レイカちゃんは中間で常に全体を見ながら、手が足りない場所を手伝い続けるという流れだ。


「よし。ヤジさん。これで稲荷作りが三倍は早くなるよ」


 相変わらず僕をヤジさんと呼ぶキタさん。いつの間にかベルトコンベア的な物が作られ、お稲荷セットに合わせてそれぞれ選択した後に、ちょっとトッピングを箸で足すだけとかになってる。――この機械。普通に飲食店に売れるんじゃないかな。


 昨日僕たちが食べに来た時と比べると、驚く程スムーズに接客が進む。あの膨大過ぎるメニューも、きちんとまとめられていてお客さんも迷わない様になっている。列に並んでいる時に見える様にモニターが設置され、注文方法とかが映っていて分かり易く説明されている。やけにハイテクな感じである。


「オイオイオイ! これ虫が入って……」


 ズキュン。古典的なチンピラさんが虫を懐から出してお稲荷に置こうとした瞬間に、それは抜き撃ち・速撃ちで消される。騒ぎにすらならない。勿論銃も立ちどころに消えている。

 テーブルを拭きに行ったスナコさんのお尻を触った、いかにもヤンキーな感じのお兄さんは、スナコさんがノーモーションで放った正拳突きで店外まで吹き飛ばされる。


「やっぱりアゲレンジャーだ!」

「アゲリンゴだ!」

 

 ざわつく店内。


「ワカリカネマス……」


 スナコさんはひたすら目を逸らし続けた。




 その後も、余りにも粘着的に絡んで暴れそうなお客さんは、秒単位で制圧される。ゴミは床に落ちる前に、塵に返る……。こんなお稲荷マズイダギャ〜と一瞬聞こえたと思ったら、そんな人は店の外に排出。お稲荷にお稲荷を足した【追いお稲荷】する人が現れ、高級お稲荷がバカ売れし始め、何人かお客さんが尻尾を出し始め、店内はもう「こゃー」「ぽこゃー」「ダギャー」「にゃー」で埋め尽くされていく……。

 

 そうして太陽が沈む頃に、色々とおかし過ぎるけれど、無事に営業は終わった。




   **********




「皆さん本当にありがとうございましたダギャ!」


 いい笑顔で閉店後の店内でお稲荷を振る舞うレイカちゃん。明らかにカオスだったし、人間のお客さんが少なかった気しかしないけど無事に終わって良かった。


「こんな感じで日々続けていけばいいんじゃないかしらねー」


 ギンコさんがハードル高過ぎる事をさらりと言い、たまちゃんが口にお稲荷入った状態で頷いている。お茶を渡しながら口を拭いてあげつつ、おしぼりも横に置いておく。


「とりあえずオペレーションが楽になる様に、マニュアルは作っておいたから役立ててね」


 キタさんが素敵な事をしてレイカちゃんはさらにダギャダギャと喜びまくる。


「この店の未来は明るいな」


 物凄い数のお稲荷を手元においてスナコさんは御満悦だった。




 後日、スナコさんが食べ過ぎて赤字が出たけれど、軌道に乗ったお店は調子に乗って二号店を出そうとしていると聞いた。だけど、僕たちは色々と知らないふりをするのであった。

「レイカちゃん。あんな無茶苦茶食べる人がいて採算取れるの?」


 僕が尋ねると、レイカちゃんは微妙な顔をする。やっぱりスナコさん食べ過ぎてるよね……。謝ろうとした僕にレイカちゃんは答える。


「お父さん的には、失敗作……。つまり廃棄分の美味しい油揚げなので、原価は限りなくゼロなんです……」


 僕らは二人して、遠い山々に想いを馳せた……。


――どうしてこうなってしまったんだろうね……。

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